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あわわ、大変だ……!

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「おおい、オーウェンやい、おるんじゃろ? はよ出てこんか!」
ガルバノおじさまが店内に入るなり大声を張り上げたものだから、マリエルちゃんやセイがびっくりしていた。
ガルバノおじさまの地声が大きいのを知っている私は慣れっこだから気にならないけれど、皆はびっくりするわよね。
「うるっせぇよ、おっさん! こちとら繊細な作業してんだぞ? ハンマーガンガン打ち付けるだけの鍛冶とわけが違うんだよ」
店舗の奥の作業場からのそりと出てきたのは、以前冒険者ギルドで見かけ、魔導具師と聞いてついうっかりつけてしまったあの人だった。
作業に集中していたらしく、その顔は無精髭だらけで、以前よりもっさりした感じになっていた。

「おおん? そりゃ鍛冶師に対する挑発と受け取っても構わんか? 少なくともわしの仕事は細心の注意を払ってやっとる! それにおぬしの場合、繊細なんじゃなく偏執的っちゅうやつじゃろうが。どうせまた寝ずに一晩中作業しとったんじゃろ? この魔導具狂いの変態めが」
「ああ⁉︎ やるかぁ? おっさん?」
ガルバノおじさまに言い返されカチンときた様子の魔導具師のおじさん……オーウェンさんはそのまま臨戦態勢になったけれど、冒険者達も恐れるおじさま相手に徹夜でケンカを仕掛けるとか無謀じゃないかな⁉︎
「はっ、おぬしに吠えられても子犬が足元でキャンキャン鳴いとるのと大差ないわい」
ガルバノおじさまはフン! と鼻で笑ってみせた。
「……ちょうど今しがた攻撃魔法を予め仕込める道具ができたばかりで、試運転しようと思ってたところなんだよなぁ……」
オーウェンさんがそう言って手にしていた大きめの宝石が嵌め込まれたペンダントトップをかざして見せた。

オーウェンさんがルビーのような真っ赤で大きな石のはまったペンダントトップをくるりと反転させると、台座の裏には精緻で複雑な魔法陣が刻まれていた。
「この魔石の魔力を使って、火魔法の術式を発動させるんだ。なあに、ちょっとした威力のファイヤーボールが数発発射される程度だ。おっさんなら軽い火傷で済むだろうさ」
「おぬし……またそんなしょうもないモンを作りおってからに」
「とあるご令嬢の護身用なんだってよ。おら、とっとと降参したほうが怪我しないですむぜぇ?」
チャキッとペンダントトップを握り直したオーウェンさんに、おじさまは呆れたように肩をすくめた。
「こりゃいかん。嬢ちゃんたち、今日こいつは使いもんにならんみたいじゃから、また出直してくるとしよう」
「えっ、あの……」
「ちょ、待てよ! 何しに来たんだ……て⁉︎」
踵を返して私たちに店を出るように促すおじさま越しにオーウェンさんと目が合った。
おわぁ!

すると、やさぐれた様子のオーウェンさんの表情がパッと明るいものに変わった。
「なんだよ、久しぶりだなあ! おいおっさんどけよ、嬢ちゃんが入れないだろうが」
オーウェンさんは嬉しそうに駆け寄ると、おじさまを押しのけようとした。
「ええい、どけ。嬢ちゃんはわしの連れじゃから連れて帰るわい。おぬしは店を閉めて寝とれ!」
「は? バカ言うなよ。せっかく久しぶりに魔導具仲間が訪ねて来てくれたんだぜ? さ、入れよ!」
え、魔導具仲間って……?
オーウェンさんの視線は私に固定されている……てことは、私のこと⁉︎
魔導具仲間になった覚えはないんですけど⁉︎
「バカもん! 嬢ちゃんはこのエリスフィード公爵領のご令嬢じゃぞ⁉︎ お前の仲間な訳がなかろうが! 寝ぼけとるんじゃない!」
ガルバノおじさまがオーウェンさんにゴチン! とゲンコツを食らわせた。痛そう!
「は? え? 公爵令じょ……?」
オーウェンさんは面食らったような顔をしたまま、バタンと倒れてしまった。
あわわわわ、オーウェンさああぁん⁉︎

「いやー、徹夜続きで意識がぶっ飛んじまってたわ……本当にすまん!」
オーウェンさんは気がついてすぐにわははと笑いながら謝っていたけれど、ガルバノおじさまが黙って握り拳を作ったのを見て即座に態度を改めた。
おじさまにゲンコツをくらって気を失ったオーウェンさんを店内の応接用ソファに横たわらせてからこのまま放置していくのはどうかと悩んでいたのだけど、二十分もしないうちに気がついたのでホッとしたわ。
「しっかし、魔導具好きの同志がまさかこの領地のお嬢様だったなんてなぁ。そりゃあ商会の令嬢を探しても見つからないわけだわ」
いやだから同志じゃないから。
聞くところによるとこのオーウェン氏、以前私が慌てて帰ってから全く顔を見せにこなかったため「もしやこの前のことを気にして来れないのでは?」と気にして私のことを密かに探していたらしい。
前に会った時も思ったけれど、基本的に人のいいおじさんなのだ。
魔導具のことに関してはちょっと、いやかなりおかしくなるだけで。
腕はとてもいいみたいなのに、残念な人だよね。

「ガルバノもティリエも人が悪いぜ。お前らのことだからどうせ事の真相は知ってたんだろ?」
「わしらは嬢ちゃんの味方じゃからな。そうおいそれと嬢ちゃんのことを話すわけにはいかんわい」
「あー、まあそりゃ仕方ねぇわな。公爵令嬢じゃなぁ……」
「その代わり、おぬしには優先して嬢ちゃんの仕事の依頼を回しとったろうが。それで楽しめたんじゃからええじゃろ」
おじさまが仕方のないやつじゃな、とオーウェンさんの頭をぐりぐり撫でるのを顔を顰めながら避ける。
「やめろよな……さっきの、こぶになってんだぞ。てか、やっぱりあの依頼も全部嬢ちゃんのアイデアか⁉︎」
おじさまの手を払い除けながら、オーウェンさんはキラキラした目で私に質問してきた。

「え? 依頼⁉︎」
「ほら、ジョッキやコップを冷やすのとか、魔導コンロを応用して作った魔導熱プレートとか」
「あー……」
そういえば、おじさまにお願いしたことあるわ。
「やっぱり! 良いアイデアだけじゃなく魔力量も申し分ないんだから、魔導回路の書き方を理解すればきっとすぐに一流の魔導具師になれるぜ? どうだ? 俺のところに弟子入りしないか⁉︎」
で、弟子入り⁉︎
オーウェンさんの熱意ある勧誘にタジタジになっていると、ガルバノおじさまがオーウェンさんの頭をがっちりと掴んだ。
「いででででっ⁉︎」
「バカな事言っとらんで仕事せんか。ほれ、お前が楽しめる依頼を持ってきたぞい」
ガルバノおじさまがもう片方の手で懐からさっきの設計図を取り出すとオーウェンさんの目がギラっと光った。
「お、嬢ちゃん絡みの仕事か⁉︎ 早く見せろ!」
オーウェンさんはガルバノおじさまの手から設計図を引ったくると、夢中になって見始めた。
もう私たち周囲のことなど気にも留めていない様子。すごい集中力……

「すまんの。こうなったらひととおり納得するまで読み込むから少し時間がかかるとおもうぞ。出直すか?」
オーウェンさんを見てため息を吐きながらおじさまが尋ねてきた。
「いえ、お茶でもいただきながら待ちましょう。あの魔導コンロは使っても?」
接客用なのか、カウンターに茶器のセットや湯を沸かすための小さな魔導コンロが置いてあった。
「うん? ああ、あれか。ええじゃろうて」
「ありがとうございます。マリエルさん、手伝ってくれる?」
「は、はい!」
オーウェンさんの代わりにおじさまの許可を得たので、私はマリエルちゃんとお湯を沸かすために席を立った。

「マリエルさん、ごめんね。なんだか変なことになっちゃって……」
「いえ、私は別に……というか、大変なのはクリステアさんのほうじゃ……?」
「はは……」
私は乾いた笑いで答えを濁しながら、水を入れるためにやかんを手に取った。
やかんの蓋に模様に見せかけた術式が刻まれていたのを不思議に思いながら蓋の取手に触れると、スッと軽く魔力が吸われた感覚がして、いきなりやかんが重くなった。
「えっ?」
慌てて蓋を開けると、空だったはずのやかんに水がなみなみと入っていた。
「え、なにこれ?」
「ああそれ、便利だろ? 水魔法の術式組み込んでんだ。いちいち水を入れにいかなくても済むんだぜ」
設計図から目を離さずにオーウェンさんが言った。
便利だし、すごいけど……
「オーウェンさんって……すごいけど、変な人ね」
マリエルちゃんがぽつりと言った。
うん、私もそう思う。
ガルバノおじさま推薦だけど……ルビィの装備、頼んで大丈夫かしら?
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