上 下
273 / 372
連載

伝説の鍛冶師ガルバノ

しおりを挟む
「よし、そうと決まればヤツの店に行くか」
ガルバノおじさまはそう言うと、書き上げたばかりの設計図を手に店の出入り口へ向かう。
「え、あの、どこに……?」
マリエルちゃんたちと慌ててその後を追うと、おじさまは店のドアに「本日休業」の札を下げ、扉を支えて私たちが出てくるのを待っていた。
「うん? そりゃあもちろん、魔導具師のとこに決まっとろう。ヤツ抜きで勝手に進めるわけにはいかんからな」
おじさまは私たち全員が出てきたのを確認すると、施錠してのっしのっしと目的地へ向かい始めた。
「おお、そうそう。ヤツへの報酬だが、あの魔石ほどじゃなくてもええから、ちょいと上質のやつをくれてやってもらえんかな?」
「えっ? ……あ、はい。ええと、魔石ならたくさんあるのでかまわないそうです」
ルビィは店から出てくる間にマリエルちゃんの影の中に隠れてしまったので、マリエルちゃんが念話でルビィに確認して答えていた。
「うむ。それならヤツも二つ返事で引き受けるじゃろうて。ヤツめ、素材の確保にはいつも苦労しておるからなぁ」
おじさまはガッハッハと豪快に笑いながら、職人街の大通りを進んでいく。

すでに昼近いこともあり、通りに人影は少ない。
大半の冒険者たちは朝早くからギルドに向かい、目当ての依頼書がないか探し、とっくに動いている頃だ。
混み合うのは午後をかなり回ってから、夕暮れ前。
戻ってきた冒険者たちが武器を修理に出したり、報酬で装備を新調するために押し寄せるのだ。
職人たちはそれまでの間に新たな商品や依頼の品をせっせと造ったり修理したりして過ごすそう。
この時間帯にいる冒険者がいるとすれば、装備の修理や休暇、旅立つ前の補給などで残っているのだろう。
「お、おいあれ。ガルバノ師じゃねぇか?」
「本当だ。こんな時間に起きて出歩いてるなんて珍しい……武器選びのアドバイスもらえねぇかなぁ? 呑んでる時に下手に声かけっとはっ倒されるからなぁ……」
「ああ……おめぇ、やっちまったのか。あの人は下手な冒険者よか強ぇんだぞ。バカだな」
「身に染みてわかったっつーの。酒場で声かけて気がついたら朝まで床に転がってたわ。それ以来、声かけられねーっての」
「ダハハハハ! ざまあねぇな!」
「うっせぇ! でも今ならいけるかも」
「バッカおめー、あんなにゾロゾロと連れがいんだから接客中だろ。素面の時にやらかすと出禁になンぞ」
「ゲッ、マジかよ……クソッ、せっかくの機会だと思ったのによぉ」
通りすがりに、周囲の冒険者からそんな会話が聞こえた。それ以外にもチラチラとおじさまを見ては声をかけようとして止められる姿が幾つか見えた。
おじさまって、本当にすごい人なんだなぁ。
あんないかつい冒険者たちに恐れられたり尊敬されたりしてるんだもの。
私にとっては、ちょっぴりお酒にだらしないけど何でも気前良く作ってくれる、激甘おじいちゃんという印象しかないんだけど。
小声のつもりかもしれないけれど、地声が大きな冒険者たちの囀りは私だけではなくおじさまにも当然だけど届いていたようだ。
おじさまは、はー……と大きなため息をついてからぴたりと立ち止まり、振り返って周囲を見た。
「おい、お前らぁ! わしのところに来るつもりなら、精神こころと身体、どっちももっと鍛えてから来るんじゃな! わしは見どころのあるやつにしか武器を作る気はないぞい!」
おじさまは大きな声でそう言うと、冒険者たちがそそくさとその場を去るのをフン! と鼻を鳴らして眺めた後、踵を返してズンズンと歩き始めた。

私たちが慌てておじさまについていくと、おじさまは呆れたような顔をしていた。
「まったく、近頃は嘆かわしいことに骨のあるやつがおらん。わしに一発殴られただけで怖気付き、再び挑戦してくることもない。その時点でわしの武器を手にする資格などないわい」
えええ……あのガタイのいい冒険者をこぶし一発でのしたのなら、そりゃ皆警戒もするでしょ……
そんなんじゃおじさまが武器を作る機会なんて当分ないんじゃないかな?
「……あれ? でもお父様には武器を作ったんですよね?」
魔法攻撃が多いお父様は、滅多に使うことはないけれどガルバノおじさまが鍛えた剣を持っている。
どう見ても冒険者よりは優男風のお父様なのに……
「ふん、あいつは剣も使えるが、普段は魔法メインだからのう。そのせいか武器に関しちゃあ無頓着でなぁ。使えたら何でもええっちゅうような感じでな。わしに武器作りを頼むでもなく、自分に全く合ってない剣で冒険者の真似事をしようとしとったんで、見かねて作ってやったんじゃ。当時ティリエが駆け出しの冒険者の指導をしとった頃に紹介された縁もあってな。知らんかったとはいえ、今の陛下の分もついでに作る羽目になってえらい目にあったわい」
……てことは、お父様が学生時代に陛下と冒険者の真似事をしていた頃に作ったってこと? 陛下の分も?
「え、陛下の剣って……剣が、ついで……?」
マリエルちゃんがポソッと呟いた。
「え、マリエルさん。って?」
「え、あの……」
マリエルちゃんの話によると、当初王太子だった若き陛下の剣の才に感銘を受けた伝説の鍛冶師(ガルバノおじさまのことね)が、「この剣をぜひ陛下に使っていただきたい」と献上した最上級の剣なのだとか……
えええ、何それ。
おじさまに事の真偽を問おうとチラリと見ると、なぜか困ったような顔をしていた。
「ああ、あの噂か……陛下は自分が広めたんじゃないと必死に弁解しとったがのう。大方、陛下に仕える臣下あたりが箔をつけるために広めたんじゃろうて。まあ、本人は否定しとることじゃし、国を治める者には多少のハッタリは必要じゃろうと思って態々訂正して回ったりはせんがの」
あ、そういうこと……
おじさまがそういうことをするタイプには見えないからびっくりしちゃった。
隣にいるマリエルちゃんは真相を聞いて「え、これ私が知ってはいけないことなのでは……?」と動揺していた。
いやいや、言いふらしたりしなきゃ問題ないってば。
私は怯えるマリエルちゃんの背中をさすり、気にしないよう説得するのだった。

それから通りをしばらく歩き、小道に少し入ったところで、とある店の前で立ち止まった。
「よし、この店だ。客もおらんようだしちょうどいい。さあ、入るぞ」
おじさまはそう言って店のドアを勢いよく開けて入って行った。
「おおい、オーウェン! お前さんにぴったりの仕事が舞い込んだぞい!」
あー、やっぱりかぁ……
私は諦めにも似た境地で「魔導具狂い」と呼ばれる、見覚えのある魔導具師の店に足を踏み入れたのだった。

---------------------------
噂の魔導具狂いの彼については、書籍二巻をお読みいただければ幸いです!
文庫版の書き下ろし番外編にもちょこっと出ていたりします(ダイマ)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

【短編】冤罪が判明した令嬢は

砂礫レキ
ファンタジー
王太子エルシドの婚約者として有名な公爵令嬢ジュスティーヌ。彼女はある日王太子の姉シルヴィアに冤罪で陥れられた。彼女と二人きりのお茶会、その密室空間の中でシルヴィアは突然フォークで自らを傷つけたのだ。そしてそれをジュスティーヌにやられたと大騒ぎした。ろくな調査もされず自白を強要されたジュスティーヌは実家に幽閉されることになった。彼女を公爵家の恥晒しと憎む父によって地下牢に監禁され暴行を受ける日々。しかしそれは二年後終わりを告げる、第一王女シルヴィアが嘘だと自白したのだ。けれど彼女はジュスティーヌがそれを知る頃には亡くなっていた。王家は醜聞を上書きする為再度ジュスティーヌを王太子の婚約者へ強引に戻す。 そして一年後、王太子とジュスティーヌの結婚式が盛大に行われた。

【完結24万pt感謝】子息の廃嫡? そんなことは家でやれ! 国には関係ないぞ!

宇水涼麻
ファンタジー
貴族達が会する場で、四人の青年が高らかに婚約解消を宣った。 そこに国王陛下が登場し、有無を言わさずそれを認めた。 慌てて否定した青年たちの親に、国王陛下は騒ぎを起こした責任として罰金を課した。その金額があまりに高額で、親たちは青年たちの廃嫡することで免れようとする。 貴族家として、これまで後継者として育ててきた者を廃嫡するのは大変な決断である。 しかし、国王陛下はそれを意味なしと袖にした。それは今回の集会に理由がある。 〰️ 〰️ 〰️ 中世ヨーロッパ風の婚約破棄物語です。 完結しました。いつもありがとうございます!

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。