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週末のお出かけ

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私たちは早速その日のうちにニール先生に外泊届けを提出した。
「いいなぁ……聖獣様方と寮以外で過ごす休日かあ……ひとつ聞くんだけど、引率は必要ないかい?」
「い、いえ……私の家に行くだけですからお構いなく」
ニール先生がついて行きたい下心丸出しで引率を申し出てきたけれど、丁重にお断りしておく。
「そうかぁ……聖獣様がいるなら護衛は必要ないし、そもそも僕じゃ護衛にならないしね。はー、残念だなぁ」
ニール先生はがっくりと肩を落とす。
一生徒の帰省に引率を申し出る教師ってどうなの……と思いつつ、無事全員の外泊許可を得たのだった。

そして週末。
授業を終えて特別寮に戻った私たちは申し訳程度の手荷物を持つと正門前に向かった。
実際のところ、荷物のほとんどはインベントリに入れているのだけれど、外泊するのに手ぶらというのはちょっとね……てことでカモフラージュとしてほぼ空に近いバッグを持つことにしたのだ。
正門へ向かう通りには私たち同様、外出許可を得た生徒たちが乗り合い馬車に乗るために正門を出た先にある乗り場に急いでいた。
王都へ買い物に行くだけならば、乗り合い馬車は休日の朝とその夕方が一番混み合う。
そのため、王都に実家がある生徒はそれを避けて授業が終わってすぐに帰るのが比較的待たずに馬車に乗れるからだ。

私たちは乗り合い馬車ではなく、ミリアに迎えの馬車を手配してもらったので先を急ぐ必要はないのでのんびりと正門へ向かう。
ミリアは自分の荷物の積み込みがあるため先に正門付近で待つ手筈になっていた。
私のインベントリにミリアの荷物も入れておこうと申し出たけれど「クリステア様に使用人の荷物をお持ちさせるわけには……」と固辞された。
別に重いわけじゃないからいいのに。
さらに荷物を積み込んだ後、私たちを迎えに戻ると言っていたのを説得して馬車で待機させたのだ。

正門前の広場に到着すると、エリスフィード家の紋章付きの馬車が控えていた。
「クリステア様、こちらです」
「ああ、テア。待ってたよ」
「お兄様⁉︎」
え、なぜここに?
疑問符を浮かべる私の様子を見てお兄様がいたずらが成功したような得意げな顔をした。
「ミリアからテアが家に帰ると聞いて、それなら僕もと思ってね。テアを驚かせようとミリアには内緒にしてもらったんだ」
「あの、クリステア様。ノーマン様も帰られるご予定でしたら馬車の手配のお手間をとらせてしまっては、と思いまして……」
なるほど……そうよね、家の馬車を手配するならお兄様も帰省するか私から声をかけるべきだったわ。
これは私が悪いし、むしろミリアの機転に感謝しなきゃ。
「ありがとうミリア。お兄様も戻られるのでしたらお父様やお母様もきっと喜びますわ」
「ふふ、二人とも僕よりテアがいつ帰るかと首を長くして待っていたと思うよ。さあ皆乗った乗った。おや? そういえば聖獣の皆様は留守番かい?」
「ああ、皆様ならここでは人目を引くので後から転移してくることになっていますわ」
お兄様が真白ましろたちの姿がないことを不思議に思ったようだけれど、公爵家の馬車とそれに乗るメンバーが話題の人物や聖獣たちとなると注目を集めすぎるし、そもそも人型だと馬車一台では定員オーバーだもの。
これ以上立ち話していては日が暮れてしまうということで、他の生徒たちの視線を集めながらもそそくさと馬車に乗り込んだ。

「ノーマン先輩、クリステア嬢、この度はお世話になります」
「あっ、え、えっと、お世話になります!」
馬車が走り始めてからすぐにセイが律儀にも礼を言うと、マリエルちゃんも慌ててそれに倣った。
「友人の家に泊まりがけで遊びにくるだけなのだから気兼ねなど必要ないよ。むしろいつもテアと仲良くしてくれてありがとう」
「お兄様ったら……過保護がすぎますわ」
「ふふ。入学前は友人ができるか不安そうにしていたからね。今が楽しそうで本当によかったと思っているんだよ」
「お兄様……もう、恥ずかしいですからやめてください」
ぼっちの学園生活になるんじゃないかと怯えていた時を思えば、今の生活は本当に楽しくて幸せだ。
その当時、お兄様にも心配をかけていたと思うと申し訳ないけれど、友人にそんなことを暴露されるのは恥ずかしいじゃないの。
私は赤くなりながら、艶やかに微笑むお兄様を止めようとすると、マリエルちゃんも顔を赤くしてお兄様を見た。
「わっ、私も! クリステアさんと仲良くさせていただいて嬉しいです! クリステアさんと一緒の学園生活はとても充実しています! ありがとうございます!」
「お……僕もクリステア嬢と知り合えて、こうして親しくしていただいているのは本当にありがたく思っています」
「二人とも……わ、私もです! 二人と友人になれてすごく嬉しい!」
「クリステアさん……!」
「マリエルさん……!」
マリエルちゃんとガシッと手を握り合ったところで、ルビィが足元の影から飛び出してきた。

「いやーん! 青春ね。若いっていいわぁ」
「ルビィ!」
「いいじゃない。影の中にいるのって退屈で。そしたら外でこんな素敵な青春劇やってるんだもの」
頬に両手……じゃない、両前足を当てて、うふふっと笑うルビィにお兄様が驚いていた。
「君は、マリエル嬢の契約聖獣の……」
「ルビィよ。ワタシもお世話になるわね」
器用にウインクしてみせるルビィに、お兄様は貴族の礼で挨拶した。
「こちらこそお招きできて光栄です。ごゆるりとお過ごしください」
「あら紳士ね。そういうコ、ワタシ好きよ」
「ありがとうございます」
気を良くしたルビィはマリエルちゃんの膝にピョンと飛び乗り、座り心地のよいポジションにおさまると、にんじんスティックを取り出してポリポリと齧りはじめた。
ルビィったら、本当にマイペースなんだから。

「でも今回はアナタたちのお屋敷でのんびり過ごすのが目的じゃないのよね?」
一本目を齧り終えたルビィは二本目を取り出しつつ言った。
「え、そうなのかい? テア」
「えっ? ええ、まあ……ちょっと行きたいところがありまして」
「行きたいところ? ああ、買い物かな?」
「いえあの、ちょっと領地へ行きたくて……」
「領地? 週末に行って戻ってくるのはさすがに難しいと思うけど」
「ええ。ですからお父様にお願いして転移部屋を使わせていただけないかお願いしようと思いまして」
「転移部屋か……あれを外部の者に使わせるのは難しいんじゃないかな」
それは確かに。お兄様が懸念するようにあの部屋は王族に縁のある我が家だからこそ設置を許されたものだし、本来なら有事の際に使うべきものだからね。
でもお父様は私がお母様と領地にいる間は毎日のように使ってましたよね? 有事とは。
「そうですか……でしたら、黒銀くろがねたちに転移魔法で連れて行ってもらうことにします」
私も転移魔法は使えるし、王都から領地へ一気に跳んだことはないけれど、私の部屋に自分の魔力をマーキングしているので、できないことはないと思う。
「ちょっと待って。そうか、転移魔法があったか……その場合、テアたちがどこへ転移するかわかったものじゃない……それなら転移部屋を使わせて馬車に乗せたほうがまだ安心か……」
ぶつぶつと呟くお兄様。いや私の場合、自分の部屋に転移するのが精々だから。
でも皆が同じところに転移するとなると、いきなり私の部屋に皆が転移することになるのかな。領地の館の皆がびっくりしちゃうかもしれないわね。

「わかった。転移部屋を使えるよう僕が父上を説得しよう」
「よろしいのですか⁉︎」
「ああ。ただし、僕もついていくよ。テアたちだけで領地に行かせるのは心配だからね」
「それはかまいませんけれど……」
私はマリエルちゃんとセイに目を向けると、二人とも問題ないとばかりに頷いた。
ルビィも私に向かってウインクしてきたから「イケメンは大歓迎よぉん♪」とでも思っていそうだ。
「じゃあ、父上を説得するためにも、どこへ何をしに行くつもりなのか説明してくれるかな?」
お兄様に有無を言わせぬ笑顔で説明を求められ、私は明日の予定と目的を話し始めたのだった。
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