転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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ルビィのおしゃれ

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「ちょっとちょっと! 見てちょうだいよコレ!」
セイの武器騒動から数日後、朝ごはんの支度に降りてきた私たちの元へ、ルビィが文字通り飛ぶように跳ねてきた。
「ああルビィ、おはよう……って、あらそれ新しい服ね?」
私の前に立ったルビィは胸をはってドヤ顔で新しいジャケットとベストを見せびらかした。
「そうなのよ~うっふふーん、いいでしょお? コレ」
ルビィがくるんっと回って見せると後ろ動きの邪魔にならない程度に少しだけ燕尾服のように裾が二つに分かれていた。
その分かれ目からちょこんと覗くしっぽがとても可愛らしい。
「わあ、とっても素敵ね。マリエルさんが縫ったのでしょう?」
「ええそう! これに合わせた帽子や小物も作ってもらう予定なんだけど、待ちきれなくて先に着ちゃったわぁ、うふふ!」
ルビィが機嫌良くクルクルと回ってみせる。
燕尾服に合わせた帽子……ということはシルクハットかしら?
え、マリエルちゃん帽子まで作れるの?
すごくない?

「お、おはようございます……」
マリエルちゃんが青白い顔でふらつきながら自室から降りてきた。
「おはようございます……マリエルさん、具合悪そうだけど、大丈夫なの?」
「え? ああ……つい衣装作りに夢中になってしまって。ちょっと寝不足で空腹なだけですから大丈夫ですよ」
力なくにこ……と笑う姿はいかにも薄幸の美少女といった風情だけど、やってることはコス衣装作りに夢中になって完徹か半徹夜で作業したレイヤーのそれだ。
まったく、前世はそういう無茶をして過労死したんじゃなかったの?
無理はダメ、絶対!
「そんなに青い顔をして大丈夫なわけないでしょう?」
「いえ、本当に。ごはんを食べたら元気になりますから……」
「ええ……? じゃあ、消化にいいおかゆとかに……」
しようかしら、と言いかけたところでマリエルちゃんが私の手をガシッとつかんだ。
「……もし、もし叶うなら、豚じ……いえ、オーク汁を食べたいのですが」
もじもじしながら私の手を両手で包み込み、上目遣いでリクエストするマリエルちゃんはとっても可愛いのだけど、リクエストしたのはフレンチトーストやパンケーキではなくオーク汁……ギャップ萌え……は、さすがになかった。
「え……ええと、オーク汁ならストックがあるからいいけれど……食べられる?」
「もちろんです! 具沢山のオーク汁で元気チャージします!」
「わ、わかったわ……」
「やったー! 久々のと……じゃない、オーク汁!」
マリエルちゃんは私の手を離すとスキップで食堂へ向かった。
……さっきまでふらついていたはずなのに、現金過ぎませんかね、マリエルさんや⁉︎
マリエルちゃんはおかわりまでして、食べ終えた頃には薔薇色の頬をして元気いっぱいの美少女にクラスチェンジしていた。解せぬ。

朝食の後は揃って教室に向かう。
「それにしても、マリエルさんて器用ね。服だけじゃなく小物も作るんでしょう?」
道すがら「いってらっしゃあぁい! マリエル、早く帰ってきてねぇ♪」と機嫌良さそうに私たちを送り出したルビィを思い出しながらマリエルちゃんに話しかけた。
「ええ、まあ……ルビィにデザイン画を見せた時に『コレ一式欲しいわ!』とねだられまして……ははは」
「すごいわ。どんな小物を作るのかわからないけれど、何か手伝えることがあれば言ってね」
……芸術センス皆無な私が手伝えることは少ないだろうけど。

「そうですね……ルビィからは見た目がよければ別に実用性はなくても平気だと言われてるので、あくまでもなんちゃって、な感じになると思うのですが。物によってはこだわりたいので相談に乗っていただけると嬉しいです」
「何を作る予定なの?」
「ええと、シルクハットにステッキ、懐中時計風の小物入れにトランクですね」
「そんなに作るの⁇」
「はい。シルクハットはぜんせで作ったことありますからなんとかなりますし、懐中時計も時計の機能は必要ないから見た目だけそれっぽければいいということなので、昔父が使っていて壊れたままになっている懐中時計を譲り受けて小物入れに改造すればいけそうなのですが……他の小物はどうしようかと思っていて」
最悪ステッキやトランクは買うにしてもルビィ用のサイズなんてないので、その場合はオーダーになるだろうとのこと。
「サイズは私がルビィの体格から決めるとして、そのサイズのオーダーを受けてくれる職人さんがいるかどうか……」
あー……この世界の職人さんは気難しい人や偏屈な人が多いからねぇ。
子ども以下のサイズなんて「お人形遊び用のものなんざ作るか!」と一蹴されそうだものね。
かと言って「聖獣様用です」なんてルビィを気軽に人前に出すわけにもいかないし……

「それに、ステッキには宝石を埋め込んだデザインにしていたのですが、ルビィが溜め込んでいた手持ちを素材として出すからと言ってくれたのはいいものの、私がそんなものを持ち込んで出所を詮索されたり、最悪の場合すり替えられたりするんじゃないかと不安で……」
さっきまで血色の良かったマリエルちゃんの顔色がみるみる青くなった。
確かに変なところに頼むとそういうこともあるかもしれない。

「マリエル嬢の父上は商人なのだろう? その伝手を頼ることはできないのか?」
隣で話を聞いていたセイが不思議そうに聞いてきた。
「父は今……私が聖獣契約をしたことで貴族からの問い合わせや誘いが殺到していて、これ以上負担をかけるのはちょっと……」
「ああ……なるほど」
「今は家に帰らないようにと言われているくらいですから」
マリエルちゃんは寂しそうに笑った。

そっか。私はお父様やお兄様がシャットアウトしてくれているから家絡みで煩わされることはないし、学園内は学園長のお達しによって不要な接触は皆控えるようになったからいいけれど、マリエルちゃんの場合はお誘いを断るのも大変なのだろう。
学園にいればメイヤー男爵も「娘は今学業が大変なので」とやんわり断れることもできるけれど、帰省中に突撃されたら断りきれないこともあるだろうし……

「そうね……じゃあ、今度の週末は外泊届けを出して皆で出かけましょうか」
「えっ?」
「え、俺もか?」
「ええ、皆で! 私にいい考えがあるの」
よし、週末は皆でお出かけよ! 私に任せておいて!


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