転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

文字の大きさ
上 下
263 / 386
連載

さあ、戻ろうか

しおりを挟む
「そろそろ時間だから戻ろうか」
お兄様の合図で、私たちの班は薬草採取を切り上げて転送魔法陣のある場所へ引き返すことにした。
あの後、数回魔物や蛇などが出てきたけれど、護衛役であるヘクター様が全て倒したり逃がしたりしてくださったので、私たちは安心して採取することができた。
蛇が出てくるたびにアリシア様が飛び上がって悲鳴を上げていたり、蛇は種類によっては薬にもなるから殺さないという説明にアリシア様が卒倒しそうになったのは本当に気の毒だった。
慣れたら蛇も案外可愛いですよ、なんて言ったら余計に嫌われそうなので言えないし……
はあ、アリシア様との適切な距離感がわからないよ……

転移魔法陣に魔力を流して集合場所近くの転移魔法陣へ移動した私たちは、職員に結界を抜けるためのペンダントを返却し、全員欠けることなく戻ったことを報告してから集合場所へ向かうと、まだ戻っていない班が大半だったようで、人の姿は疎だった。
専科に所属する先輩方が帰還した生徒たちの点呼をとっていたのでそこへ向かうと、その中の一人が私たちに気づいて近寄ってきた。
「やあ、早かったね。薬草は予定数量採取できたかな? 各自ここに並べてみてくれ」
指定された台の上に各々が採取した薬草を広げると、先輩は一つひとつ状態を検分していく。
「……うん。どれも良い状態で採取しているようだね。特に君と……君の分は量といい、採取のしかたといい素晴らしい。僕が買い取らせてほしいくらいだよ」
そう言って私とアリシア様の採取した薬草の状態が良いことを誉められた。

私の場合、採取に慣れていたこともあるけれど、バッグに入れると見せかけてインベントリに収納してるから鮮度は抜群なのよね。
マリエルちゃんも密かにインベントリ持ちだけど、採取のしかたが少し雑だったからか、高評価には少し届かなかったみたい。
アリシア様の採取用ポーチは時間経過なしのアイテムバッグだったらしく、これまた鮮度は抜群だったし、ピシッと綺麗に揃えられた薬草は見事としか言いようがなかった。
セイはきれいに採取していたけれど、少し萎れていたりしたので、今後のことを考えて、是非ともインベントリを習得してほしいところだわね。
寮に戻ったら提案してみようかな。
エイディー様は……採取を始めてしばらくは雑草との区別ができなかったために数量が予定数ギリギリだったけれど、最後の追い込みで採取した分、鮮度がよかったためなんとか及第点といった感じ。

だけど、ホッとしているエイディー様に先輩が「しかし、この量じゃ本当にギリギリ過ぎて、魔法薬作りで失敗続きだと確実に足りなくなるぞ。明日も採取に行くほうがいいかもしれないな」とアドバイスしたため、エイディー様は明日も他の班に同行して追加採取することが決定したのだった。
エイディー様はがっくりと肩を落としていたけれど、明日は今日よりいいペースで採取できるはずだから頑張ってほしい。
……私やセイに泣きついても、ついていきませんからね!
捨てられそうな子犬のような目で見つめるのはやめてくださいませんか⁉︎
明日こそは自力で頑張ってください!

先生たちはまだ戻ってくる様子のない生徒たちを連れ戻すために手分けして採取場所をまわっているそうで、時間通りに戻ってきた私たちをぼんやりその場に待たせるわけにもいかないからとその場で解散となった。
毎年初回は採取に熱が入りすぎてなかなか帰りたがらない生徒が続出するため、こんなことは珍しくないのだそう。
「初めての採取だからね。後もう少しって思ってしまうのはしかたがないかな。だから、採取に慣れた上級生の僕たちが引率するんだよ。まあ、ついつい下級生と一緒に採取に夢中になる者もいるみたいだけど……」
「あら、そういえばお兄様は採取していらっしゃいませんでしたよね?」
私がお兄様にそう問いかけると、ふわりと柔らかな笑みを浮かべ、ウインクした。
「僕はいつも必要数は確保しているからね。今日僕のやるべきだったのはテアたちの引率とアドバイスだよ」
さすがお兄様! イケメンすぎるぅ!
できる男はやっぱり違うわね。
「……そんな基本的なことを忘れて帰ってこないのは、担当の上級生の責任だと思うよ」
そう言ってお兄様はさらににっこりと笑みを深めたのだけど、少しだけ周囲の気温が下がったのはきっと気のせいだよね、うん。
ボソッと「やっぱりテアの班の担当に捩じ込んで正解だった」って聞こえたのも多分気のせい……!

お兄様と男子寮の前で別れて特別寮に戻ると、ホールで人型の黒銀くろがね真白ましろが待ち構えていた。
「くりすてあ、おかえりっ! あーあ、おれもいっしょにさいしゅしたかったなぁ」
「主、疲れただろう。茶の準備をさせたから皆で休むといい」
右は真白ましろが腕を組み、左は黒銀くろがねが私から荷物を取り上げ背を支えながらベッタリとくっつくようにして談話室へ誘導した。
「あらあら、聖獣の独占欲ってホントに厄介よねぇ」
ルビィがうふふっと笑いながら談話室のソファに飛び乗り、その隣に座ったマリエルちゃんに余裕の表情でもたれかかった。
「お前は人前で堂々と主人を独占できるからそのように余裕でいられるのだ」
「くりすてあをしゅじんにしたらうわきしないかしんぱいだからたいへんなんだよ」
真白ましろさんや、別に私は浮気なんてする気はないのだけど……ただ、もふもふが好きなだけで。
真白ましろたちからしてみればそのことが心の浮気に見えるのだろうけれど、私が大切に思っているのは真白ましろ黒銀くろがね輝夜かぐやだし、これ以上契約することなんてないわよ。
……しないわよね?
「させないよ?」
「当然だな」
え……今、声に出してた⁉︎

……いや、マリエルちゃんたちは二人の発言にきょとんとしてるわね。
ちょっと二人とも、私の心を読んでるんじゃないでしょうね⁉︎
「くりすてあがかんがえてそうなことはおみとおしだよ」
「うむ。その上で我らが尽力するより他あるまい」
「じゃまものはてっていはいじょ」
「その通り」
「二人とも物騒な発言はやめようか⁉︎」
私が慌てている姿にマリエルちゃんは焦ったように私たちを見た。
「え、え⁉︎ 皆さんどうしたんです⁇」
「マリエル嬢、契約獣は独占欲が強いというのは知っているだろう? 複数契約しているクリステア嬢はいつもその独占欲に晒されているわけだ」
セイの説明にマリエルちゃんは納得がいったような顔をした。
「な、なるほど……三角関係的な?」
いやマリエルちゃん、それちょっと違うから。

「うふふ、美形って嫉妬する姿も絵になるから見てて楽しいわぁ」
ルビィだけはルビィ専用のおやつとして出されたにんじんスティックをポリポリと齧りつつ高みの見物をしていた。ぐぬぬ。
はあ、しばらく試験のために放ったらかしにしていたせいもあるんだろうな。
今夜は寂しがらせたお詫びにごはんは腕によりをかけて作って、それから夜は皆を念入りにブラッシングしてあげなきゃだわ……
私はミリアが淹れてくれた紅茶をいただきつつ、夜ふかしする覚悟を決めたのだった。
しおりを挟む
感想 3,380

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

生前SEやってた俺は異世界で…

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん
ファンタジー
旧タイトル 前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~ ※書籍化に伴い、タイトル変更しました。 書籍化情報 イラストレーター SamuraiG さん 第一巻発売日 2017/02/21 ※場所によっては2、3日のずれがあるそうです。  職業・SE(システム・エンジニア)。年齢38歳。独身。 死因、過労と不摂生による急性心不全…… そうあの日、俺は確かに会社で倒れて死んだはずだった…… なのに、気が付けば何故か中世ヨーロッパ風の異世界で文字通り第二の人生を歩んでいた。 俺は一念発起し、あくせく働く事の無い今度こそゆったりした人生を生きるのだと決意した!! 忙しさのあまり過労死してしまったおっさんの、異世界まったりライフファンタジーです。 ※2017/02/06  書籍化に伴い、該当部分(プロローグから17話まで)の掲載を取り下げました。  該当部分に関しましては、後日ダイジェストという形で再掲載を予定しています。 2017/02/07  書籍一巻該当部分のダイジェストを公開しました。 2017/03/18  「前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~」の原文を撤去。  新しく別ページにて管理しています。http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/258103414/  気になる方がいましたら、作者のwebコンテンツからどうぞ。 読んで下っている方々にはご迷惑を掛けると思いますが、ご了承下さい。

「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。

亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません! いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。 突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。 里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。 そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。 三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。 だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。 とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。 いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。 町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。 落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。 そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。 すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。 ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。 姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。 そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった…… これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。 ※ざまぁまで時間かかります。 ファンタジー部門ランキング一位 HOTランキング 一位 総合ランキング一位 ありがとうございます!

ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?

藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」 9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。 そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。 幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。 叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

【完結】魔物をテイムしたので忌み子と呼ばれ一族から追放された最弱テイマー~今頃、お前の力が必要だと言われても魔王の息子になったのでもう遅い~

柊彼方
ファンタジー
「一族から出ていけ!」「お前は忌み子だ! 俺たちの子じゃない!」  テイマーのエリート一族に生まれた俺は一族の中で最弱だった。  この一族は十二歳になると獣と契約を交わさないといけない。  誰にも期待されていなかった俺は自分で獣を見つけて契約を交わすことに成功した。  しかし、一族のみんなに見せるとそれは『獣』ではなく『魔物』だった。  その瞬間俺は全ての関係を失い、一族、そして村から追放され、野原に捨てられてしまう。  だが、急な展開過ぎて追いつけなくなった俺は最初は夢だと思って行動することに。 「やっと来たか勇者! …………ん、子供?」 「貴方がマオウさんですね! これからお世話になります!」  これは魔物、魔族、そして魔王と一緒に暮らし、いずれ世界最強のテイマー、冒険者として名をとどろかせる俺の物語 2月28日HOTランキング9位! 3月1日HOTランキング6位! 本当にありがとうございます!

兄がやらかしてくれました 何をやってくれてんの!?

志位斗 茂家波
ファンタジー
モッチ王国の第2王子であった僕は、将来の国王は兄になると思って、王弟となるための勉学に励んでいた。 そんなある日、兄の卒業式があり、祝うために家族の枠で出席したのだが‥‥‥婚約破棄? え、なにをやってんの兄よ!? …‥‥月に1度ぐらいでやりたくなる婚約破棄物。 今回は悪役令嬢でも、ヒロインでもない視点です。 ※ご指摘により、少々追加ですが、名前の呼び方などの決まりはゆるめです。そのあたりは稚拙な部分もあるので、どうかご理解いただけるようにお願いしマス。

子持ち主婦がメイドイビリ好きの悪役令嬢に転生して育児スキルをフル活用したら、乙女ゲームの世界が変わりました

あさひな
ファンタジー
二児の子供がいるワーキングマザーの私。仕事、家事、育児に忙殺され、すっかりくたびれた中年女になり果てていた私は、ある日事故により異世界転生を果たす。 転生先は、前世とは縁遠い公爵令嬢「イザベル・フォン・アルノー」だったが……まさかの乙女ゲームの悪役令嬢!? しかも乙女ゲームの内容が全く思い出せないなんて、あんまりでしょ!! 破滅フラグ(攻略対象者)から逃げるために修道院に逃げ込んだら、子供達の扱いに慣れているからと孤児達の世話役を任命されました。 そりゃあ、前世は二児の母親だったので、育児は身に染み付いてますが、まさかそれがチートになるなんて! しかも育児知識をフル活用していたら、なんだか王太子に気に入られて婚約者に選ばれてしまいました。 攻略対象者から逃げるはずが、こんな事になるなんて……! 「貴女の心は、美しい」 「ベルは、僕だけの義妹」 「この力を、君に捧げる」 王太子や他の攻略対象者から執着されたり溺愛されながら、私は現世の運命に飲み込まれて行くーー。 ※なろう(現在非公開)とカクヨムで一部掲載中

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。