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連載
昼食の前に
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「この辺りが結構あるわよぉ」
ルビィの案内で採取場所を移動し、たどり着いた先はちょっとした広場みたいな空間だった。
「ちょうどいい広さだし、ここで昼メシにしようか。皆ちゃんと昼メシは確保してるだろうな? なけりゃ騎士コースの携行食ならわけてやるぞー。まずいけどな、ははは!」
ヘクター様が笑いながら言った。
騎士コースの携行食ってあれよね、干し肉と固い黒パンと保存のきくこれまた固いチーズに干した果物。
お父様が「あれでは騎士たちの士気が下がる」と憂いていた記憶がある。
「忘れずに持参していますから大丈夫です」
セイが答えると、ヘクター様はあからさまに残念そうな顔をした。
「……そっかー。食べた感想を貰いたかったんだけどなぁ」
聞くところによると、騎士団では現在携行食の改善を求める嘆願書の提出に際していかに携行食が不味いものであるのか一般からもアンケートをとっている最中なのだそう。
騎士団員だけでは手が回らないということで卒業間近の騎士団見習い扱いになる学園の生徒にも協力を要請しているらしい。
あくまでも要請なので強制ではないものの、ごくわずかだろうと提出しないことには義理が立たないそうで……
はあぁ……とため息を吐くヘクター様の姿はノルマ達成に苦慮するサラリーマンのように哀愁が漂っていた。
「……少しでしたら試食してもかまいませんよ」
「俺も。まあ、どんなのかは知ってるけど」
「おお! ありがとう!」
セイとエイディー様が名乗りを上げるとヘクター様は嬉しそうに目を輝かせた。
「あの、私も少しでしたら……」
「あ、あの、それじゃあ私も……」
私とマリエルちゃんが立候補すると、ヘクター様はぶんぶんと首を横に振った。
「いや、君たちに食べさせるのは申し訳ないからいいや。こいつらの感想だけで十分だ」
「ヘクターにぃ、ひでえ!」
エイディー様の悲鳴のような抗議の声がおかしくて皆で笑ってしまった。
「ええと、これが騎士団の一般的な携行食だ」
ヘクター様がそう言って広げて見せたのは先程思い出したラインナップとそっくり同じだった。
これに水か水代わりのワインがつくそうだ。
「うえー、相変わらずまずそう……」
エイディー様は携行食を見て顔を顰めた。
騎士の家系のエイディー様は訓練の時に食べさせられたりすることもあるそうで、味はどんなものかわかっているみたい。
「これをどのように食べるのですか?」
「え? 切ってそのまま食べるけど?」
まじか。そりゃあまずいわ。
口の中の水分を持っていかれるから、咀嚼しては水やワインで流し込み……を繰り返すのだそうだけど、そんなご飯なんてつまらないじゃないか。
「あの、少しでも調理すればましになるのでは……?」
「騎士のやつらが料理できるやつなんてほとんどいないぞ? 滞在が長期になる場合は夜営の時だけスープが出るけど、あれも正直美味くないからなぁ……」
遠い目をするヘクター様とエイディー様。
ええ……?
「あの、少しよろしいですか?」
「ん? なんだ?」
私はヘクター様が首を傾げる横で、スライスした黒パンにチーズを乗せ、手のひらをかざした。
「お、おい。何をやって……」
手のひらに熱が集まるのをイメージして魔力を循環させる。
手のひらが熱くなるのを感じると、チーズがふつふつと温まりはじめた。
「え……えぇ?」
ヘクター様とエイディー様がぽかんとした顔で見つめる中、ポケットから出すふりをしてインベントリからハチミツの入った小瓶を取り出した。
「これをこうして……っと。はい、どうぞ」
とろけたチーズの上にハチミツを垂らして黒パンのハチミツチーズのせの完成だ。
出されていた黒パンを同じように調理して皆に渡した。
「はい、アリシア様もどうぞ」
マリエルちゃんとアリシア様の分はハチミツをたっぷりかけて。
「あ……ええ、い、いただくわ」
お、よかった。受け取ってくれた。
「こんな粗末なもの食べ物じゃありませんわ!」とか言われてはたき落とされるのも覚悟の上だったんだけど。
一応食材が一般的なものだったから拒否する理由がなかったのかもしれないけど、やっぱりアリシア様は悪い人じゃないのかもしれない。
「な……なあ、これもう食べていいか?」
ヘクター様とエイディー様が待ちきれない様子でソワソワしていた。
まるで「待て」をされたわんこのようでおかしかったから、笑いを堪えつつ「どうぞ」と許可を出すと「待ってました!」とばかりに二人が同時にパクつき「んん⁉︎」と目をキラーン! とさせた。
「んっま……! これいつものパンとチーズか⁉︎ 俺、間違えてないよな?」
「チーズがとろとろでうまっ! あと、上にかけたのってハチミツだよな? これがあるとないとじゃ全然違う」
「本当だ。これなら携行食も食べやすいね」
「うん、パンは少々固いが、食べやすいな」
「わたひ、これすきかもでふ~!あまひのとしょっぱひのばらんふがなんとも」
「……まあまあですわね。あの材料でここまで食べられるものになるのは驚きですわ。いったいどうやったんですの?」
概ね好評のようで何より。
だけどね、マリエルちゃん。早く食レポしなきゃと思ったのかもしれないけどちゃんと食べ終わってからにしないと行儀悪いわよ。
そして、意外にもアリシア様から感想をいただけた!
……一応褒められてる……よね?
「ええと、チーズは意識して手のひらに熱を集めて炙ってみました。火魔法ができない場合は火をおこしてチーズを串にさして炙ればよいかと。ハチミツは小瓶でもいいので持参すれば疲れた時に舐めるだけでも違うと思います」
あとは干し肉と干し果物でタンパク質やビタミンなどを摂ればいいんじゃないかな。
干し肉は固くて顎が鍛えられそうだから、せめてベーコンが追加されればチーズベーコントーストなんかに応用が効くのでぜひ導入してもらえるよう領地のベーコン作りに勤しむ銀狼族のアッシュに量産を頑張ってもらうとしよう。
「す、すげー! クリステア嬢はいい嫁になるな!」
「えっ⁉︎」
ヘクター様の言葉に私はびっくりした。
公爵令嬢が料理なんて、とか言われると思っていたから。
ヘクター様ってそういうの気にしないタイプなのかしら。
「あ、貴族のお嬢様だから嫁になっても料理はしないかな? いい嫁になるのに、もったいないなー。マリエルちゃんのつぎに嫁にしたいタイプだぜ!」
いや、遠慮します。
それに、嫁とか関係なく料理はするし、何なら日常的に寮のごはんを皆で作ってますが?
「……おい、ヘクター。ちょっとこっちに来い」
「え? なんだよノーマン。俺もうちょっと食いたい……え? ちょ、おいい!」
お兄様がヘクター様の首根っこを掴んで木の影に引きずっていき、しばらくするとお兄様の後をヘクター様が怯えながらついて戻ってきた。
……お兄様、何をしたの?
「え、あの二人に一体何が……? まさか……事後?」
マリエルちゃん……頬を染めて期待しながら言うけど、いくらなんでもそれはないと思うよ……?
ルビィの案内で採取場所を移動し、たどり着いた先はちょっとした広場みたいな空間だった。
「ちょうどいい広さだし、ここで昼メシにしようか。皆ちゃんと昼メシは確保してるだろうな? なけりゃ騎士コースの携行食ならわけてやるぞー。まずいけどな、ははは!」
ヘクター様が笑いながら言った。
騎士コースの携行食ってあれよね、干し肉と固い黒パンと保存のきくこれまた固いチーズに干した果物。
お父様が「あれでは騎士たちの士気が下がる」と憂いていた記憶がある。
「忘れずに持参していますから大丈夫です」
セイが答えると、ヘクター様はあからさまに残念そうな顔をした。
「……そっかー。食べた感想を貰いたかったんだけどなぁ」
聞くところによると、騎士団では現在携行食の改善を求める嘆願書の提出に際していかに携行食が不味いものであるのか一般からもアンケートをとっている最中なのだそう。
騎士団員だけでは手が回らないということで卒業間近の騎士団見習い扱いになる学園の生徒にも協力を要請しているらしい。
あくまでも要請なので強制ではないものの、ごくわずかだろうと提出しないことには義理が立たないそうで……
はあぁ……とため息を吐くヘクター様の姿はノルマ達成に苦慮するサラリーマンのように哀愁が漂っていた。
「……少しでしたら試食してもかまいませんよ」
「俺も。まあ、どんなのかは知ってるけど」
「おお! ありがとう!」
セイとエイディー様が名乗りを上げるとヘクター様は嬉しそうに目を輝かせた。
「あの、私も少しでしたら……」
「あ、あの、それじゃあ私も……」
私とマリエルちゃんが立候補すると、ヘクター様はぶんぶんと首を横に振った。
「いや、君たちに食べさせるのは申し訳ないからいいや。こいつらの感想だけで十分だ」
「ヘクターにぃ、ひでえ!」
エイディー様の悲鳴のような抗議の声がおかしくて皆で笑ってしまった。
「ええと、これが騎士団の一般的な携行食だ」
ヘクター様がそう言って広げて見せたのは先程思い出したラインナップとそっくり同じだった。
これに水か水代わりのワインがつくそうだ。
「うえー、相変わらずまずそう……」
エイディー様は携行食を見て顔を顰めた。
騎士の家系のエイディー様は訓練の時に食べさせられたりすることもあるそうで、味はどんなものかわかっているみたい。
「これをどのように食べるのですか?」
「え? 切ってそのまま食べるけど?」
まじか。そりゃあまずいわ。
口の中の水分を持っていかれるから、咀嚼しては水やワインで流し込み……を繰り返すのだそうだけど、そんなご飯なんてつまらないじゃないか。
「あの、少しでも調理すればましになるのでは……?」
「騎士のやつらが料理できるやつなんてほとんどいないぞ? 滞在が長期になる場合は夜営の時だけスープが出るけど、あれも正直美味くないからなぁ……」
遠い目をするヘクター様とエイディー様。
ええ……?
「あの、少しよろしいですか?」
「ん? なんだ?」
私はヘクター様が首を傾げる横で、スライスした黒パンにチーズを乗せ、手のひらをかざした。
「お、おい。何をやって……」
手のひらに熱が集まるのをイメージして魔力を循環させる。
手のひらが熱くなるのを感じると、チーズがふつふつと温まりはじめた。
「え……えぇ?」
ヘクター様とエイディー様がぽかんとした顔で見つめる中、ポケットから出すふりをしてインベントリからハチミツの入った小瓶を取り出した。
「これをこうして……っと。はい、どうぞ」
とろけたチーズの上にハチミツを垂らして黒パンのハチミツチーズのせの完成だ。
出されていた黒パンを同じように調理して皆に渡した。
「はい、アリシア様もどうぞ」
マリエルちゃんとアリシア様の分はハチミツをたっぷりかけて。
「あ……ええ、い、いただくわ」
お、よかった。受け取ってくれた。
「こんな粗末なもの食べ物じゃありませんわ!」とか言われてはたき落とされるのも覚悟の上だったんだけど。
一応食材が一般的なものだったから拒否する理由がなかったのかもしれないけど、やっぱりアリシア様は悪い人じゃないのかもしれない。
「な……なあ、これもう食べていいか?」
ヘクター様とエイディー様が待ちきれない様子でソワソワしていた。
まるで「待て」をされたわんこのようでおかしかったから、笑いを堪えつつ「どうぞ」と許可を出すと「待ってました!」とばかりに二人が同時にパクつき「んん⁉︎」と目をキラーン! とさせた。
「んっま……! これいつものパンとチーズか⁉︎ 俺、間違えてないよな?」
「チーズがとろとろでうまっ! あと、上にかけたのってハチミツだよな? これがあるとないとじゃ全然違う」
「本当だ。これなら携行食も食べやすいね」
「うん、パンは少々固いが、食べやすいな」
「わたひ、これすきかもでふ~!あまひのとしょっぱひのばらんふがなんとも」
「……まあまあですわね。あの材料でここまで食べられるものになるのは驚きですわ。いったいどうやったんですの?」
概ね好評のようで何より。
だけどね、マリエルちゃん。早く食レポしなきゃと思ったのかもしれないけどちゃんと食べ終わってからにしないと行儀悪いわよ。
そして、意外にもアリシア様から感想をいただけた!
……一応褒められてる……よね?
「ええと、チーズは意識して手のひらに熱を集めて炙ってみました。火魔法ができない場合は火をおこしてチーズを串にさして炙ればよいかと。ハチミツは小瓶でもいいので持参すれば疲れた時に舐めるだけでも違うと思います」
あとは干し肉と干し果物でタンパク質やビタミンなどを摂ればいいんじゃないかな。
干し肉は固くて顎が鍛えられそうだから、せめてベーコンが追加されればチーズベーコントーストなんかに応用が効くのでぜひ導入してもらえるよう領地のベーコン作りに勤しむ銀狼族のアッシュに量産を頑張ってもらうとしよう。
「す、すげー! クリステア嬢はいい嫁になるな!」
「えっ⁉︎」
ヘクター様の言葉に私はびっくりした。
公爵令嬢が料理なんて、とか言われると思っていたから。
ヘクター様ってそういうの気にしないタイプなのかしら。
「あ、貴族のお嬢様だから嫁になっても料理はしないかな? いい嫁になるのに、もったいないなー。マリエルちゃんのつぎに嫁にしたいタイプだぜ!」
いや、遠慮します。
それに、嫁とか関係なく料理はするし、何なら日常的に寮のごはんを皆で作ってますが?
「……おい、ヘクター。ちょっとこっちに来い」
「え? なんだよノーマン。俺もうちょっと食いたい……え? ちょ、おいい!」
お兄様がヘクター様の首根っこを掴んで木の影に引きずっていき、しばらくするとお兄様の後をヘクター様が怯えながらついて戻ってきた。
……お兄様、何をしたの?
「え、あの二人に一体何が……? まさか……事後?」
マリエルちゃん……頬を染めて期待しながら言うけど、いくらなんでもそれはないと思うよ……?
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