転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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まさかの一目惚れ⁉︎

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ヘクター様の視線はマリエルちゃんにがっちりロックオンしていた。
「……ヘクター?」
お兄様がヘクター様の変化に気づいたようで、不審そうに声をかける。
「潤んだ瞳に、薔薇色の頬……吹けば飛んでしまいそうなほどに華奢な姿……今時こんな可憐な少女は見たことがない」
ヘクター様はマリエルちゃんから視線を外さず、うっとりとマリエルちゃんを讃えはじめた。
え、ヘクター様……もしかしてマリエルちゃんに一目惚れ⁉︎

確かにマリエルちゃんは可愛い。小動物を思わせる可愛らしさが彼女の魅力だ。
でも、ヘクター様の言うところの潤んだ瞳に薔薇色の頬は、今まさに貴方をBでLな視線で見つめていたからなのだけど……そんなこと言えないけど。
マリエルちゃんもヘクター様の反応に戸惑っているみたい。
本人曰く「私はあくまでモブ」なのだそうだから、ルビィと契約した時もそうだったけれど、自分に注目されるのは想定外のことなのだ。
どういう反応をすべきか迷っているマリエルちゃんの元へ、ヘクター様がツカツカと近寄り、その場にザッと跪いてマリエルちゃんの手を取った。
「へあっ⁉︎」
マリエルちゃんが残念な声を上げるのも構わず、ヘクター様はにこりと微笑む。
「今日、君に出会えたのは僥倖であり、また運命だ。俺は君を必ず護りぬくと誓おう」
「ふえ⁇ え、あの? その、ありがとう、ござい、ます……?」
マリエルちゃんは顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。
こらこら、マリエルちゃん。今のヘクター様のセリフは今日の護衛のことだけじゃないニュアンスだったわよ?
気軽にありがとうなんて言ったらいろんな意味で了承したと捉えられそうじゃないの!

自分がになるのに慣れてないマリエルちゃんのことをヘクター様にどう説明したものかと迷っていると、お兄様が呆れたように釘を刺した。
「ヘクター、今日君が護衛すべき対象は他にもいるのを忘れるな」
そうだそうだ、お兄様言ってやって!
「いいじゃないか。愛しい妹ちゃんはお前がしっかり護るんだろ? 後は野郎二人と……ああ、なんだ。アリシア嬢じゃないか。久しぶりだな」
ヘクター様がエイディー様とセイの後ろにいたアリシア様に気づいて声をかけた。
アリシア様はいつもの巻き髪ではなくゆるめの三つ編みでひとつにまとめていた。
失礼な話だけど、いつものトレードマークの巻き髪じゃなかったから近くにいたのに気づかなかったよ……
今日のアリシア様の服装は、採取の邪魔にならないようフリルなどは極力抑えてはいるものの、華やかな刺繍が施されていて、とても女の子らしかった。
アリシア様はどんな時でも華やかで女子力高いなぁ……
彼女にくらべたら私……地味すぎだね⁇
いや、いいんだけど。採取に派手さはいらないし。負け惜しみなんかじゃないよ?

「なんだ、とはなんですの? レディに対して失礼ではなくて?」
アリシア様がヘクター様の発言を咎めると、ヘクター様はやれやれといった様子で立ち上がった。
「ほらな。貴族のお嬢様ってのはほとんどがこんな感じだろ? マリエル嬢みたいに楚々とした令嬢は今や稀だ。彼女が擦れたりしないよう俺が護らなければ!」
「へあっ? え、えええ⁉︎」
ヘクター様はマリエルちゃんの肩を引き寄せながら力説した。
マリエルちゃんは顔を真っ赤にしたまま、どうしたらよいかわからずパニックになっているようだった。
いやヘクター様、貴方が護ろうとしている令嬢は、この学園内である意味一番擦れてますが⁉︎
なんなら今しがた貴方もマリエルちゃんの(妄想の)毒牙にかかってましたが⁇
そんなこと言えないけど!(二回目)

「エイディーとそこの留学生。お前たち騎士科を選択してたな。採取の森は魔物はいないし、練習がてらお前たちがアリシア嬢を護衛しながら採取したらどうだ?」
はあ? セイとエイディー様は採取の実習で来てるのよ? それなのに護衛までしろって言うの⁉︎
「ちょっと……」
あんまりな言いように思わず声を上げかけたところで、お兄様がそれを止め、私を庇うように前へ進み出た。
「ヘクター、君が今日すべきことは何だ?」
「ちょっとぐらいいいじゃないか。護衛と言っても魔物が出るわけじゃない、周囲を警戒するだけの簡単な任務だ。周囲に注意を向けていれば薬草だって気付きやすいだろ?」
「そういう問題じゃない。護衛に関しては君に課せられた任務であり、これも単位に加算されるもののはずだ。下級生に押し付けるようなら任務放棄と見なして報告するが?」
「……っ!」
お兄様が冷ややかな声で告げると、単位のことを思い出したのか、先ほどまでの勢いが消えた。
「……すまん。ついムキになっちまって」
あら、意外と素直に引き下がったわね。
「しかしマリエル嬢! 君を護りたいと思う気持ちに偽りはない! これからも君を護らせてくれ!」
「えええっ⁉︎」
だめだ、マリエルちゃんに関しては引く様子がない。
ヘクター様のぐいぐい押せ押せなアプローチにマリエルちゃんはどうしたらいいのかわからずパニクってるし。

「そんなこと許すわけないでしょ」
「ぐはっ⁉︎」
聞き覚えのある声がしたかと思った瞬間、ヘクター様が後ろへ吹っ飛んだ。
ヘクター様のいた場所にストッと降りたったのは……
「「ルビィ⁉︎」」
ルビィは前足をパンパンと叩いてから、腕を組むような仕草で前足を交差させた。
いや、今蹴ったよね? 前足関係ないよね?
私がツッコミもできずに成り行きを見守っていると、ルビィはマリエルちゃんに説教を始めた。
「まったく。マリエルったら、慌てふためいてないで、ちょっとは反撃しなさいよね!」
「え、でも先輩だし、家格も上だし……」
「アンタね、ワタシと契約したからにはロクでもないのとは付き合わせないわよ?」
ルビィは後ろ足をタシタシと地面に叩きつけながらマリエルちゃんを睨みつける。
「え? それって何気に行き遅れフラグでは⁉︎」
「は? フラなんとかは知らないけどワタシがちゃんと見極めるって言ってんの!」
「えええ……」
小姑感丸出しで説教するルビィにお兄様とヘクター様の目は釘付けになっていた。
「カ、カーバンクル……!」
「なんて愛らしい……ッ! マリエル嬢と共にいる光景は尊さの極み……!」
……ん? ヘクター様がハアハアしている……
ヘクター様って、もしかして可愛いもの好き……?
「あらぁ、ワタシの尊さがわかるのは褒めてあげるわ。で・も、今のアンタじゃマリエルのつがいにはさせられないわね」
「そ、そんな……ッ!」
ルビィがフン、と鼻で笑いながらふんぞりかえりながら言い放つと、ヘクター様は愕然として今にも頽れそうになった。
ル、ルビィさん、番って……気が早くない⁉︎
「つが……っ⁉︎ ルビィ、ちょ、ちょっと黙ろうか⁉︎ ……というか、どうしてここに?」
マリエルちゃんもルビィがいることで落ちついてきたのか、ようやく再起動できたようで、ルビィを抱き上げ質問した。
そうそう、ルビィがなぜここにいるの?
寮で留守番していたはずでは?
「何言ってんのよ。アンタの影の中で様子を見てたに決まってんじゃない。それに、ワタシだけじゃないわよ?」
「え?」
まさか……
「アンタたちの聖獣ほごしゃたちもそこらに隠れてるケド?」
はああああ⁉︎
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