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草食なの? 肉食なの⁇

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「……さて、それじゃあ私は夕食の支度に行くわね。マリエルさんは荷解きをしてて」
ひととおり設備の説明が終わったので、マリエルちゃんたちの歓迎会をすべく、私はひと足先に厨房に向かうことにした。
「あら貴女、貴族なのに家事とかそんなことするの?」
ソファですっかりくつろいでいたカーバンクルが意外そうに私を見た。
「ええ、特別寮に料理人はいませんから朝晩の食事は自分たちで作っているんです」
「ふぅん……でもまあ、そのほうがいいわね。契約者も契約獣も何かと狙われやすいから自衛は必要だもの。マリエル、アンタも頼むわよ?」
「えっ⁉︎」
「衣食住のお世話をよろしくって言ったでしょ? あ、ちなみにワタシは基本的に菜食主義だから」
だよね。うさぎの食事って牧草とか野菜に果物でいいんだっけ?
前世ならペレットとかペットフードを与えればよかったからなあ。
……でも聖獣の皆はお構いなしに私たちと同じものを食べているわよね?
カーバンクルの食事内容が前世のうさぎと同じとは限らないか。
……一応確認しておこう。
「基本的に……とは、それ以外の食材も食べようと思えば食べられるということですか?」
「え? ああそうね。食べられないこともないけど……お肉やお魚はあんまり得意じゃないのよねぇ。美容に良くないっていうか」
「そうですか……」
そうなるとオーク汁やオークカツ、それに牛丼なんかはアウトか。
お味噌汁はかつおだしが大丈夫か実際に試してもらうしかないか。
「そんなに難しく考えなくたっていいのよぉ? いろんなお野菜を美しく盛り付けてくれるだけでもいいんだから。マリエル、頼むわね」
「ふえっ? 私ですか⁉︎」
料理の話になってからスゥッと気配を薄くしていたマリエルちゃんは名指しされて明らかに挙動不審になった。
マリエルちゃん、料理苦手だもんねぇ……
「あったりまえじゃない。アンタがワタシの主人サマなんだから。期待してるわよぉ?」
「ワ、ワワワ私ゴトキニ期待サレマシテモ、希望ニ添エマスカドウカワカリマセヌ……!」
苦手を通り越して何やら拗らせている感のあるマリエルちゃんは真っ青な顔をして震えていた。そんなにか。
「マリエルさん。サラダなら切って盛り付けるだけだから大丈夫よ」
「で、でででも……」
「ちょっと。盛り付けるだけって言っても、あくまでも美しくね? 言ったでしょう? ワタシは美しいものが好きだって」
ふんす、と鼻息荒く注文をつけるカーバンクル。
「ががががんばりましゅ……!」
あああ、マリエルちゃんの震えがさらに加速してる⁉︎
私は思わずマリエルちゃんの手をガシッと握りしめた。
「マリエルさん!」
「は、はいぃ!」
「マリエルさん、落ち着いて。発想の転換よ。サラダを作るんじゃなくて、野菜で装飾するのよ。お洋服みたいに」
「そ、装飾……?」
「そう。野菜を素材に衣装を作るように飾りつけるのよ。それならできそうじゃない?」
「野菜で、衣装を……?」
衣装と聞いた途端、マリエルちゃんの震えが止まって落ち着かなかった視線が定まった。
「そう。葉物野菜は洋服の生地やレースにフリル。トマトは宝石やボタン、それから……」
「……そう考えたらできそう、かも?」
「マリエルさん!」
「そうか……レタスをフリルたっぷりスカートにして、にんじんを……」
「マ、マリエルさん?」
マリエルちゃんはぶつぶつとデザインを考えながら自分の世界に没頭し始めた。
「ちょっとぉ!」
「へぶっ⁉︎」
カーバンクルの飛び蹴りがマリエルちゃんの脇に綺麗に決まってよろめいた。
「アンタね、ブツブツ言ってないでさっさと行動なさいよ。それに、ワタシの名付けがまだなんだけど?」
タシーン、タシーン! と床を打ち付けるような足音を響かせてカーバンクルに凄まれ、マリエルちゃんは正気にかえった。
「え? な、名前⁉︎ え、ええと、うさぎと言えば、ピー……」
「ちょっと待ってマリエルさん。それはなんだかまずい気がするわ」
「え、でも洋服も着てるし、ぴったりな気が……」
「言っとくけど、優雅な名前にしてよね。男名とかゴツい名前はまっぴらごめんよ」
「ほら、ね? 他の名前にしましょう」
「えええ……? え、えーと、えーと……」
「ちなみに、私は真白ましろ黒銀くろがねの名付けは毛並みの色合いから連想したわ」
マリエルちゃんがあまりに悩むので、ネーミングセンスは皆無だという自覚はあるけれど、少しでもヒントになれば。
「色合い……そ、そういえば、大昔はカーバンクルってルビーやレッドスピネル、ガーネットなんかの赤い宝石を総じてカーバンクルと呼んでいたって聞いたような……」
「……今、何て?」
マリエルちゃんがボソリと呟いた言葉にカーバンクルが反応した。
「え?」
「今何て言ったかって聞いてんの! 赤い宝石って?」
「へ? あ? え、えーと、ル、ルビィ、レッドスピ……」
「それよ!」
「へあ⁉︎」
右前足をマリエルちゃんの顔に向けてビシッと伸ばした。
もしかして、指差してるつもりなのだろうか。
ダメよ、人を指差すのは行儀が悪いわよ?
「ワタシの名前は今日からルビィよ! 決めたわ!」
「ええっ⁉︎」
「これからワタシのことはルビィとお呼び!」
「は、はいっ!」
……なんだか、ルビィ姐さんと呼んでしまいそうだわ。似合いすぎる。
「じゃあ名前も決まったところで、食事の支度、頼んだわね」
カーバンクル改めルビィは、ソファに飛び乗り、耳をくしくしと毛づくろいし始めた。
か、かわいい……中身はあんなだけど。
「あ、あのですね……」
「何よ?」
ルビィは厨房に向かわずに声をかけてきた私に怪訝そうな目を向ける。
「特別寮では、働かざるもの食うべからず、というのがモットーでして。今日は歓迎会なのでいいですけど、明日から何かしら働いてもらいますね?」
「はあ?」
このまま放置しておけばルビィによるマリエルちゃんの奴隷生活が確定してしまう気がする。
特別寮ここでは皆が共同生活を送っているのだから、今のうちに釘を刺しておかないとね。
「……まさか、聖獣たちも働いてるっていうの?」
「ええ、まあ……」
「……な、なんという、美形の無駄遣い……ッ!」
ルビィがなんだかショックを受けてよろよろしているみたいだけど、ご飯食べるのに美形云々は関係ないから。
ここにいるのは美形でも、単なる食いしん坊聖獣様たちだからね!
「ま、まあいいわ。あの美形たちと触れ合える機会が増えると思えば、手伝いのひとつや二つ……あ、そうだ! ワタシ、ひと仕事終えた彼らの汗を拭う係がいいわ!」
「そんな係はありません」
「チッ」
舌打ちされた。いや、そんな係は普通に考えてもないでしょうよ。
……草食のくせに言動は肉食ってどうなの。
「と、とりあえず夕食の支度をしにいきましょう、マリエルさん!」
ソファで不貞腐れているルビィを置いて、私たちは部屋を出たのだった。

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コミカライズ版「転生令嬢は庶民の味に飢えている」第26話後編が更新されております!
ドキドキの展開をお見逃しなく!
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