転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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転寮

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それからは慌ただしかった。
ニール先生が手紙を送る魔法でミセス・ドーラに転寮のことを知らせ、女子寮に戻って荷物をまとめるようマリエルちゃんを早退させた。
カーバンクルは「じゃあワタシはそれまで影で休んでるわね」と言うや否や、ピョンとマリエルちゃんの影に文字通り飛び込んで消えてしまった。
契約主の影に入り込むことで、魔力を効率よく吸収するそうだ。
……というのは建前で、子供が苦手だって言ってたから、きっと逃げたんだろうな。
マリエルちゃんが最後の挑戦者だったので、残った時間は再度召喚にチャレンジしたい生徒たちのための時間になったため、私とセイは特別寮に戻ってマリエルちゃんとミセス・ドーラを迎え手伝うよう頼まれたのだった。

「マリエルさんが特別寮の寮生になるだなんて。びっくりしたけど嬉しいわね」
「そうだな。だが、あのカーバンクルとやらは大丈夫だろうか」
近いとはいえ女子寮にいたマリエルちゃんが転寮してくることになったから、私は単純に喜んでいたのだけど、セイはカーバンクルのことが気にかかっているみたい。
「大丈夫って?」
「いや……特別寮にはトラこいつをはじめとして聖獣だらけだろう?」
セイが人型になって私たちのやや後ろをついて歩く白虎様に目を向けて言う。
「あっ」
そういえば、魔物にとって聖獣は恐ろしい存在なんだっけ。
今やすっかり猫の姿が板についてしまったけれど、元は力の強い魔獣の輝夜かぐやでさえ神様の領域にいる神獣の白虎様や朱雀様は恐れているし……何故か聖獣なのに黒銀くろがね真白ましろはなんとなく馬鹿にしているみたいだけどね。
初めて遭遇した時はお腹を空かせて必死だったからみたいだけど、今は呆れてるような目で見てるのは気のせいじゃないと思う。
「うーん、カーバンクルは魔物というより聖獣寄りだから大丈夫なんじゃね?」
「聖獣寄りとはどういうことだ?」
セイが白虎様に疑問を投げかける。
「聖獣が魔獣に堕ちることもあれば、魔獣が聖獣に変化することもある。俺たちは神龍に降ったことで神獣……聖獣になったがな。その条件は様々だが、たまーにいるんだよ。聖獣と魔獣の中間みたいなやつが」
「中間?」
「なんつーかな……聖獣にしろ魔獣にしろ、自らの思いに忠実とでもいえばいいのか……自分と相性のいい魔力に対して、何もかも喰らい尽くして奪い取ろうとするのが魔獣。慈しみ護りたいと願うのが聖獣の本質? みたいな?」
白虎様が腕を組み、言葉を選ぶようにしながら話を続ける。
「だけどその両方の性質を併せ持つのがいるんだよ。奪うのも愛おしむのも、どちらも自分の正義と思ってるやつがな」
え、やばくないですかそれ。
「良くも悪くも自分の欲望に忠実。自分の信念に従って動いてるからどっちつかずってーか……まあ、その中でもカーバンクルは善寄りだからな」
ああ、だから聖獣寄りって……
「マリエルさん、大丈夫かしら」
「んー、面白そうだから契約するって言ってたし、大丈夫じゃね?」
そんな、簡単に言いますけど本当に大丈夫なんですかぁ⁉︎
「あいつらは人の心が読めたりするんだから、自分に害のないやつとしか契約しねぇだろうさ。それに、守ると言っても突出した戦闘能力があるわけでもないだろうから契約主に向かう悪意なんかを読み取って主に注意したりするくらいだろ」
えっ、それじゃ希少なカーバンクルを狙ってマリエルちゃんに何かしようとする輩がいても注意喚起しかできないんじゃ……⁉︎
「ま、名前持ちネームドになるとどう進化してるのかはわからんがな」
「進化……ですか?」
「前の主の魔力を得た魔物は単純に魔力量が増えるだけの場合もあるし、主の能力を使えるようになるやつもいる。俺たちは契約主が変わろうとも本来の主は変わらないからそのあたりはよくわからん」
セイと契約していても、それを命じたのは本来の主である神龍だから変わらないってことか……
セイは白虎様の説明を聞きながら考えごとをしているようだったけれど、私が見ているのに気づいて曖昧に笑った。
私と同じこと考えてたのかな。
「まあ、俺たちが自分の主に害なす者ではないのかきっちり見定めてやるから心配すんなって!」
「マリエルさんに危険がないかの確認もお願いします」
「それはわからん!」
えええええ⁉︎
「契約獣がおしかける形で契約したんだからまあ大丈夫だろ。俺たちはお前たちを護るだけだ。協力態勢がとれるなら考えなくもないけどな」
まあ、確かに主を護ることだけしか考えないよね、契約獣って。
真白ましろ黒銀くろがねもそうだもの。独占欲ものすごいし。
私が悲しむのがいやだから、周りの人達も一応は護るけど、それはあくまでついでで、私を護るのが第一なんだよね……
マリエルちゃん。勢いで契約しちゃって大丈夫だったのかしら。
いやまあ、私も人のこと言えないけど。

特別寮に帰ると、聖獣姿の真白ましろが飛びついてきた。
『くりすてあー! おかえり! ……うん、ほかのやつのにおいなしうわきしてないね
……真白ましろ、君は私のことをどう思ってるのかな?
「主、おかえり」
黒銀くろがねは人の姿で私の荷物を引き取ってくれたので、足に抱きついたままの真白ましろを抱き上げる。
「ただいま。あのね、今日からマリエルさんが契約獣と一緒にこの特別寮に住むから仲良くしてあげてね」
『しんいり?』
「ふむ、主に乗り換えようとせぬよう、きっちり言い聞かせておくか」
『だね。まりえるにもたづなをしっかりにぎらせなきゃ』
……君たち、そういうとこやぞ。

しばらくして、ミセス・ドーラがマリエルちゃんと寮付きのメイドさんたちを連れて特別寮にやってきた。
「皆さん、彼女は途中からの入寮となりますが、よろしく頼みますね。お二人とも元から友人のようですから心配しておりませんけれど」
「もちろんです。歓迎しますわ」
「み、皆様、よ、よろしくお願いします!」
マリエルちゃんがバッと頭を下げた。
「それで……ニール先生はどこにいらっしゃるのかしら?」
ミセス・ドーラはニール先生がいつまで経っても玄関ホールに現れないので、ニール先生の部屋である寮監室のほうを見つめながら聞いた。
「あ、あのまだ授業中ですので……」
「あらまあ、困ったこと。仕方ないわね、荷物は部屋まで運ばせますから、後はあなたたちにまかせてもいいかしら」
メイドさんたちが持ってきたマリエルちゃんの荷物はそれほど多くないので、荷解きを手伝うにしても大したことは無さそうだったので快諾した。
「それじゃあ、これがマリエルさんの部屋の鍵になります。登録のしかたはクリステアさんから教わってください」
ミセス・ドーラはメイドさんに荷物を運びこませた後、マリエルちゃんに鍵を手渡した。
「は、はい……!」
「では、私たちはこれで……」
ミセス・ドーラがメイドさんたちを引き連れて寮を出ていったので、皆がふう……と気を抜いた直後。
「はー、もう大丈夫かしらぁ? あー、待ちくたびれちゃったわ……って、キャーッ! な、なな何なの、ここぉ⁉︎」
カーバンクルが影から出てきたと思うと、寮内に悲鳴が響き渡ったのだった。
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