転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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優雅なひととき

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「改めてようこそ、特別クラスの皆さん。私は貴族コース講師のマルティナですわ」
マルティナ先生は私たち全員が室内に入り終えるのを確認してから、笑顔で自己紹介した。だけど、その視線はしっかりと私たちを観察しているようにも見えた。
そういえば、家庭教師のレティア先生は「人と対峙したその瞬間から、相手は貴女がどんな人物なのか厳しい目で見ていると思いなさい。ちょっとした振舞いひとつでその後の貴女の評価が決まりますからね」と言っていた。
もしかしたら、マルティナ先生はこの時点で私たちを見定めようとしているのかもしれない。
私は咄嗟に淑女の礼カーテシーをした。
アリシア様はもちろんのこと、他の貴族の子たちもさっと礼をしはじめたので、低位の貴族の子や商家の子たちは「えっ、え?」と周囲を見て戸惑っていた。
入学前にマナー学をやっておかないと難しいよね、うん。でもこれから学べばいいことだから。
私たちは家庭教師がついていたから、ちゃんとできないと家庭教師の面目丸潰れになるからね……アリシア様はさすが、私とほぼ同時に動いていたし、他の子たちもぎこちないながらもちゃんと礼ができたからセーフだろう。
家庭教師のついていなかったマリエルちゃんも私の動きに驚きながらも、すぐに私たちを真似して礼をしたから、うん、ギリセーフ……多分。
「まあ、今年の特別クラスはニール先生が担任と伺って心配でしたけど、生徒が優秀なようですから杞憂でしたわね」
マルティナ先生はうふふ、と笑った。
やっぱり試されてたんだ。こわっ!
「特に貴女、ええと……エリスフィード公爵家の……ノーマン様の妹君だったかしら。それからグルージア家の貴女。二人とも大変美しい淑女の礼カーテシーでしたわ。その年でその所作ができるのは素晴らしいですよ」
マルティナ先生の言葉に上級生たちがザワっとした。え、なんなの。
「ありがとう存じます」
「あ……ありがとう存じます」
「他の皆さんも大変よかったですよ。そうね、これからさらに磨きをかければ、デビュタントまでにもっと素晴らしい所作ができるようになるでしょう」
……数年かけてしっかり矯正しますからね、と副音声が聞こえたような気がした。
とりあえず私とアリシア様は及第点だったみたいでほっとしたわ。
「さて、本日は最上級生の生徒たちの授業を見学していただくわけですが……貴族コースでは社交界で必要なマナーなどを学びます」
知ってる。立ち振る舞いから会話のセオリーなど貴族はかくあるべし、と学ぶことは多岐にわたるのだ。
家庭教師のレティア先生のスパルタ指導でいやというほど叩き込まれたからね……
「今回はデビュー間近ということもありますので、特別にデビュタントのためのダンス練習を見学していただきます」
ダンスと聞いて、女生徒たちがわあっ! と色めきたった。
やっぱり女の子はダンスとか好きだよねぇ。わかるわかる。
やるな、マルティナ先生。まともに挨拶できなかった生徒が萎縮し始めたところを華やかな部分も見せて興味を惹こうってわけね。
「そうね、まずはお手本として……レイモンド殿下とエレノア様、ノーマン様とクレア様でペアを組んで踊って見せてくださるかしら」
マルティナ先生に指名された四人がペアとなり部屋の真ん中に進み出た。
彼らは美しい礼をしてから、音楽に合わせて流れるように踊りはじめた。
 ドリスタン王国では、成人した貴族の子女たちのデビュタントである舞踏会が開かれる。まあ、これは前世と同様に女性が主役で、婚約者のいない方の集団お見合いの場ともなるわけだけど……
デビュタントでは決められたダンスやドレスコードなどがあるため、それなりの下準備が必要なのだ。
そのデビュタントで踊るための練習のようだけど、お手本として指名されるだけあって、二組のダンスはとても美しかった。
「ああ……レイモンド殿下とノーマン様のダンスがこんなに近くで見られるなんて幸せだわ……はあ、素敵……」
「エレノア様とクレア様もお綺麗でため息が出ちゃうわ。デビュタントはどなたと踊るのかしら?」
そんなヒソヒソ声が上級生や見学している生徒たちからも聞こえてくる。
レイモンド殿下やお兄様が踊るのを初めて見たけれど、とてもお上手なのね。知らなかった……
それに、お相手のエレノア様とクレア様、すごく素敵……今は制服だから、裾に盛ったレースがひらひらと舞うくらいだけど、ドレスだったら大輪の花のように華やかで優雅なワンシーンになるに違いない。
アニメにもなった社交ダンス漫画の影響で前世では少し教室に通っていたから、あのレベルで踊れるようになるのは大変なのだというのはよくわかる。
正しい姿勢をキープしながら優雅に踊るのって大変だもの。
見惚れているうちに曲が終わり、二組が礼をすると周囲から拍手が沸き起こった。
「大変結構です。皆さんもこれくらい美しく踊れるように頑張りましょうね」
マルティナ先生が私たちに向かってにっこり笑う背後で一部の生徒が無表情になっていたので、マルティナ先生もレティア先生同様スパルタ指導の疑いが濃厚になった。
これは、頑張らないとだよ、マリエルちゃん……!
私も、レティア先生によるダンスの評価はギリギリ合格点だったから、ちゃんと練習しなきゃだわ。
……というのも、領地で練習していたからダンスの練習相手パートナーがいなかったのよね。
レティア先生に男性パートをお願いしたけど、身長差がありすぎて……ち、ちびっ子だったからしかたなかったのよ!
それでもちゃんとレティア先生から及第点をいただいたんだから御の字よ。
はあ、真白ましろやセイと練習頑張ろうかな。
「さあ、それじゃ次の見学に向かおうか! マルティナ先生、お邪魔しましたー!」
あれこれ考えている間に、ニール先生が次のコースに向かい始めたので、私たちはマルティナ先生や上級生たちに一礼してから実習室を出ようとした。
チラッとお兄様のほうを見ると、お兄様がにっこり笑って手を振っていた。
レイモンド殿下もその隣で小さく手を挙げていたので実習室を出ようとしていた女生徒たちがキャーッと声をあげたのでマルティナ先生に冷ややかな目で「お静かになさいませ」と注意されてしまった。こ、こわっ。
そして次の見学先に移動中、アリシア様にも睨まれてしまった。
……うう、不可抗力なのに。

「さて、次に見学するのは魔法学の上級コースだよ」
そう言ってニール先生の先導でやってきたのは実習棟から少し離れた大きな建物だった。
中に入ると、そこはホールみたいな高い天井の訓練場だった。
「君たちはここで見学だよ」
ニール先生は授業を受けている生徒たちから少し離れた場所で止まり、声をかけた。
「カーソンせんせーい! 新入学生の見学にきましたー!」
大声で呼びかけると、ローブを身につけた講師らしき人がこちらを見て杖をあげ、了解の合図をした。
講師が何やら生徒たちに指示すると、数人ごとに並んで詠唱を始め、遠くにある的に向かって魔法を放っていった。
「おおー! すげー!」
ウォーターカッターやファイヤーボールなど、攻撃魔法が次々と的に当たっていくのを見て、見学していた男子生徒たちが歓声を上げた。
カーソン先生はそれを横目で見ながらこちらへやってきた。
「やあ、魔法学上級コースへようこそ。彼らは君たちの一年先輩だ。来年の今頃にはこれくらいはできるように……いや、特別クラスだったね。それ以上のことができるかもしれないね。期待してるよ」
特別クラスに在籍している生徒は高成績の上、入学前に家庭教師を付けていた貴族の子が多いから、入学前にそれなりの魔法が使える子も多いのよね。
「今は基本の攻撃魔法の精度をあげたり、詠唱を短くする訓練をしているんだ」
初めて魔法を学ぶときは、詠唱の呪文を覚えて正確に放つことから始まるのだけど、そもそも魔法の発動はイメージが大事なので、詠唱付きの魔法に慣れたら、魔法が発動したときのイメージをしつつ、自分なりに詠唱を短くしていく。そして最終的には「ファイヤーボール」などの単語だけで発動できるのを目指すのだそう。
……まあ、イメージさえちゃんとできたら無詠唱でも発動するんだけどね。
「そういえば、今年の特別クラスにはマーレン先生の愛弟子がいるんだったね?」
カーソン先生の言葉に、皆の視線が私に集中した。うっ、ロニー様が睨んでるよぅ。
「それならクリステア嬢のことだね!」
ニール先生が私の名を出してしまったので、隠れることもできない。
私は渋々進み出て、挨拶した。
「クリステア・エリスフィードです」
「おお、そうそう! 君、魔力量とか桁違いにすごいんだってね? どうかな、少しやってみせてくれない?」
「えっ?」
「ほら、あの的に当てるだけでいいんだ。なんなら壊しても構わないから、ね!」
ね、じゃないわよ。
「いえ、私は見学に来ただけですので……」
「え? カーソン先生もそう言ってるんだから、いいじゃない。ちょっとやってみせたら?」
ニール先生ーッ! そこは止めてくださいよ⁉︎
講師二人が期待たっぷりに私を見ている。
これは……やらないと終わらないやつだ……
「……かしこまりました。どの的に当てればよろしいですか?」
「そうこなくちゃ。じゃあええと……いや、どの的でも当たればいいよ。難しいからね」
確かに、先輩たちは的に当たったり当たらなかったり、人によっては並んでいる隣の的に当たったりしていた。
「では、一番左端の的に」
「え?」
さっさと終わらせてしまおう。
何がいいかな? ウォーターカッターだと範囲が広いから、アイスアローかな?
私は氷の矢をイメージして発動させた。
ズドン!
ありゃ、矢にしてはちょっと大きかったか。
槍のような氷の塊が的を貫き、吹っ飛ばしていた。
うーん、やっぱり精度を上げるにはもうちょいしっかりイメージすべきだった。
魔力量が多い分、発動が容易になるから制御が雑になるのは悪い癖よね。
「えっ……む、無詠唱?」
カーソン先生の戸惑う声にハッとして振り向くと、信じられないものを見たかのように皆が私を見ていた。
「え、あの……?」
「……ハッ! あ、す、凄いね君⁉︎ その年で無詠唱が使える上にこの威力……さすがマーレン先生の愛弟子と言われるだけあるね!」
「え、いやその、そんな……」
「だろう? さすが聖獣様と契約するだけあるよね!」
いやニール先生、聖獣契約関係ないからね?
「あの、戻ってもよろしいですか?」
「え、もうちょっとやっていっても……」
「ニール先生! 他も見学しないといけないのですから早く行きましょう!」
カーソン先生が食い下がろうとするのを、無理矢理遮り、ニール先生の袖を引いた。
「え、あー、うん、時間も押してるし、行こうか」
ニール先生は私の勢いに気圧され、見学生を引き連れその場を後にした。
うう、心なしか皆が引いてるような気がする。側にいてくれるのはマリエルちゃんとセイだけだよ……そう思っていたら、エイディー様がテテテッと近寄ってきた。
「すげーな、クリステア嬢! 今度俺に教えてくれよ!」
ニカっと笑うエイディー様に続いて、男子生徒たちが「え、じゃあ俺も!」「僕も!」と近寄ってきた。
ああ……脳筋思考に助けられるときが来ようとは思わなかったよ……
でも、女子はドン引きしてるよ……アリシア様はこちらを見ようともしないし。
うう、マリエルちゃん以外の女友達ってできるのかしら……
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