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これが真の◯◯◯◯よ!

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「ま、まままずいとは、どのように、でございましょうか……?」
料理長がガタガタと震えながら私を見つめる。
いやそんなに怯えなくても……
「私のレシピを購入したとおっしゃいましたわね? このお味噌汁、一度でもレシピに忠実に作られまして?」
レシピ通りに作ったことがあるのなら、この味にはならないはず。
私の質問に料理長はぎくっとした表情を見せた。
「そ、それは……」
「やはり……このお味噌汁には、大事なものが入っていませんもの」
「だ、大事なもの⁉︎ そのスープで一番大事なのはミソですよね? わざわざバステア商会まで足を運んで買ってきたんですよ⁉︎」
「もちろん、お味噌がなければこのスープは完成しません。ですが、隠れた主役たちがいるはずなのに、その存在が感じられないのですわ」
私の言葉にセイとマリエルちゃんもうんうんと無言で肯定したので、料理長は愕然とした。
「そ、そんな……隠れた主役? そんなものレシピに書かれていませんでしたよ⁉︎」
「いいえ。レシピに書いていたにも関わらず、使っていない材料があるはず」
「そ、それは……まさか、あれが……?」
料理長は私の指摘に心当たりがあったようで、ふらりとよろめいた。
「ええ、昆布と鰹節……使っておりませんわね?」
そう、このお味噌汁にはおだしが使われていない。煮込んだ具材に味噌を溶いただけなのだ。
初めて食べた人には野菜から出るだしでも十分美味しく感じられるかもしれない。
だけど、ヤハトゥール出身のセイや前世のお味噌汁の味を知っているマリエルちゃんと私の舌は誤魔化せないわよ。
「確かに……レシピに書かれていたそれらは使っておりません。しかし、バステア商会の者はただの木片と黒ずんだ板切れを出してきたのですよ⁉︎ あんなものを食材として出してきたバステア商会はどうかしています! あの見た目の味噌ですら買うのをためらったのに……あ、いや、その」
料理長は購入しなかった説明する間に私たちが怒りを滲ませて睨んでいるのに気づき、口籠もった。
確かに、どれも食材とは思えないような見た目をしているし、味噌を手に入れただけでも勇気が必要だったと思うけれど……せっかくバステア商会がヤハトゥールからはるばるこの王都に仕入れてくれているのにどうかしてるだなんて失礼よ!
味噌が買えたんたら、昆布や鰹節もついでに買ってよね⁉︎
私が領地のバステア商会で初めて購入した時、食材がなかなか売れないと聞いていたけれど、この反応を見れば納得だわ。
……これは実際に口にしてもらわないことには始まらないわね。
真白ましろ黒銀くろがね。聞こえる?』
私は念話で二人に呼びかける。
『うん、きこえてるよ~。どうしたの? なにかあった? すぐにとんでいこうか?』
『主、どうした?』
すぐに返事があった。私の呼びかける声に焦りがないから危険はないと判断したようだ。
『あのね、持ってきてもらいたいものがあるの。厨房にある……』
二人にリクエストすると『『了解りょうかい』』と答えて念話を終了した。
その間、私が無言だったせいか料理長はさらにガタガタと震えていた。
「クリステア嬢、ちと落ち着きなさい」
学園長は私が怒りのあまり無言になったと勘違いしたようで、それを諌めようとカタンと席を立とうとしかけた。
「いいえ、学園長。私は落ち着いておりますわ」
にこりと笑った瞬間、私の背後に人型の真白ましろ黒銀くろがねが転移してきた。
「ヒッ……!」
料理長はいきなり二人が現れて驚いたのか、小さく悲鳴をあげて尻餅をついた。
「ま、まさか……せ、聖獣様……⁉︎ ヒ、ヒイィ‼︎ ど、どうか命だけはご勘弁を‼︎」
え、命だけは? ……もしかして、この状況って私が悪役令嬢っぽく見えちゃってるんじゃない?
背後に聖獣二体を従えて、気に入らないヤツをお仕置きしようとしてるようにしか見えないかも⁉︎
ちょっ、悪食令嬢から悪役令嬢にクラスチェンジとか今更したくないんですけど⁉︎ やだー!
……とはいえ、このまま未完成のお味噌汁のまま提供され続けるのを看過するわけにはいかない。
「主、持ってきたぞ」
「ありがとう、黒銀くろがね。そこに置いてくれる?」
黒銀が厨房から持ってきてくれた鍋をテーブルにどん! と置いた。
「くりすてあ、これは?」
真白ましろもありがとうね。それもここに置いてくれるかしら」
「うん!」
真白ましろは私に嬉しそうに笑いかけ、手にしていた荷物をテーブルに置いた。
「あっ! それは……」
料理長がテーブルを見て声を上げた。
「ええ。これが、昆布と鰹節です。バステア商会で見たものと同じもののはずですわ」
「は、はい……」
「そしてこれを水で戻したのが、この鍋の中にあるだし汁ですわ」
私の説明を聞いて、料理人の性なのか腰がぬけたにも関わらず、そろそろとテーブルに手をかけてどうにか立ち上がり、鍋の中を覗き込んだ。
「料理長、こちらのだし汁を提供いたしますから、これで味噌汁を作ってみてくださいますか? 決してグラグラと煮立てたりはしないでくださいね」
「えっ⁉︎ あ、はい……」
料理長は驚いて私をみたものの、背後に控える黒銀くろがね真白ましろを見てビクッとしていた。
ちょっと二人とも、私から見えないからって料理長を威圧してるんじゃないでしょうね⁉︎
料理長はウェイターに鍋を運ばせ、よろよろと厨房に下がっていった。
「ふう……」
「くりすてあ、なにかあったの?」
「うん、ちょっとね……」
「クリステア嬢、あの味噌汁は未完成品だったのかの? この、板切れと木片……これが食材だと言うのかね?」
学園長が興味津々といった様子で昆布と鰹節を見ている。
「ええ。この板状のものは昆布と言って、海中に生えている海藻を干したものですわ。そしてこの木片のようなものは鰹節と言って、魚を加工して乾燥させたものです」
カビを吹き付けて天日干しをしてを繰り返して水分を抜くのだけど、まあそこは割愛ね。
「ほお、こんなに堅い魚とは……」
「あ、加工することで堅くなっただけで、元は普通の魚です」
「いや、クリステア嬢。カッツオは弱いが一応魔物の一種だ。カッツオ漁専門の屈強な漁師たちが一本釣りで釣り上げ、その場ですぐ活け締めにするんだ」
「そうなの⁉︎」
セイの説明に私とマリエルちゃんは驚いた。
し、知らなかった。この世界では鰹……カッツオが魔物だったなんて。
ヤハトゥールの屈強な漁師さんたちに感謝だわ……!
「ええと、それで、この鰹節ですが、このままでは堅くて食べられませんのでこちらの削り器を使って薄く削りますの」
一緒に持参してもらった削り器に鰹節をあてがい、シュッシュッとリズミカルに削って見せるとマリエルちゃんが食いついた。
「わあっ、削り節ってそうやって削るんですね! 私初めて見ました! 私も削ってみてもいいですか?」
「ええ、いいわよ」
マリエルちゃんに鰹節と削り器を渡してから、彼女が料理下手なのを思い出した。
ここでそれを指摘するわけにもいかないので固唾を呑んで見守っていると、案外スムーズに削り始めたので密かに安堵した。
「マリエルさん、お上手ね」
「ものづくりは得意なので……その延長かなって……あ、いやそのえーと」
ああ、前世ではコスプレイヤーだった彼女は、衣装から小物まで自作していたそうだから、手先は器用なのだろう。
……なんで料理だけダークマターになるのかしら?
「マリエルさん、もうそのくらいで。……これが、鰹節を削ったものです。召し上がられますか?」
削り器から取り出した鰹節を学園長とパメラさんに見せると、二人は恐る恐る鰹節を摘んで口に入れた。
「……なんじゃ、これは? ペラペラの紙のようなのに、口の中でうまみが広がる……?」
「まあ、本当ですわ。今まで食べたことがないお味ですが、病みつきになりそうな……」
「昆布はこのままではいただけません。お水に浸して戻すことで水の中にうまみが浸透するのです」
うーん、おだしの説明って難しいわ。
そんなことを考えていると、厨房の方から雄叫びが聞こえた。
「えっ? 何事⁉︎」
戸惑う私たちの元に味噌汁の鍋を手に料理長が駆け込んできた。
「エリスフィード公爵令嬢様! こ、こここれは……ッ!」
ドン!と鍋をテーブルに置いて料理長が跪いた。ひえっ⁉︎
「私めが出したものはとんでもない粗悪品でした! 大変申し訳ございませんでしたああっ!」
土下座せん勢いで謝り倒す料理長に私やマリエルちゃんたちはドン引きである。
事情を知らない黒銀くろがね真白ましろだけがうんうんと得意げである。なんで君らがドヤ顔してるのかな?
「いえあの、おわかりいただけたのでしたら私はそれで構いませんわ。これからはちゃんとレシピ通りに作ったものをお出ししてくださいね?」
「なんと……お許しいただけるのですか⁉︎ お嬢様はなんとお優しい方なのでしょう!」
「だ、誰にでも間違いはございますから。これからも美味しい料理を皆様に作って差し上げてくださいね」
「はい……はいっ! エリスフィード公爵令嬢様のために頑張ります!」
いやそこは私のためじゃなくていいから。
お客様のために作ってね⁉︎
「……ええと、とりあえず今作ったお味噌汁を皆様に出してくださいますか? これが本当のお味噌汁です、と」
「はいっ! 今すぐに!」
料理長は再び鍋を持って厨房に引き上げ、まもなく味噌汁の入ったスープ皿が取り替えられた。
「これは……! 先ほどのもうまいと思うたが、食べてみれば違いは歴然じゃな」
「ええ、こちらの方が味に奥行きというか、深みがあって……先ほどのものは未完成なのだとわかりますわ」
学園長やパメラさんが美味しそうに飲んでいるのを見てほっとした。
セイやマリエルちゃんも、今度は普通に飲んでいたので大丈夫そうだ。
私も味噌汁を口にする。うん、ちゃんと美味しい。これぞ正しきお味噌汁のお味ね。
料理長のご厚意で黒銀くろがね真白ましろにもサービスでごはんセットが提供されたので、皆で和気藹々と残りのお昼ごはんを楽しんだのだった。はあ、満腹。

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情報解禁されましたのでお知らせです!
レジーナのサイトの刊行予定でも告知されましたが拙作「転生令嬢は庶民の味に飢えている」の文庫本3巻が1月上旬に発売予定です。
内容は書籍版と同じですが、書き下ろし番外編が掲載されております!
文庫の1巻はミリア視点、2巻はティリエさん視点のお話を書き下ろしました。
さて、3巻は誰視点のお話になるのか……読んでみてのお楽しみです!
そして、コミカライズ版「転生令嬢は庶民の味に飢えている」3巻は12月22日頃出荷予定です!
こちらも描き下ろし番外編がございますのでお楽しみに!
皆様のお住まいの書店に届くのはその翌日~数日後になるかと思いますが、クリスマスプレゼントに、年末年始の読書のお供にぜひ!
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