転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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一緒に頑張りましょう?

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「……と、説明しなきゃいけないのはこれくらいかな。昼休みに入るまでは個別に相談にのるから、各自どのコースを選択するか考えてね。名前を呼ぶまでは皆で相談しててもいいよ。えーと、誰からにしようかな」
ニール先生はそう言うと、ひとりを指名して呼び寄せた。
ええと……トライン・テイラー、だったかな?
彼は自己紹介で服飾を主に取り扱う商会の子だと言っていたっけ。
お母様が子爵の元令嬢で、それで魔力が少し高めだとか。
彼が教壇の横に置かれた教師用の机の側にある椅子に座ると、マーレン師が机の上に置かれた小さな魔導具らしきものを起動した。
キィン、とわずかに音がしたと思ったら、それ以降はマーレン師やニール先生が何やら話しているようなのに、その声は全く聞こえなくなった。
「あれは……遮音の魔導具? でも、あんなに小さいのは見たことがない……改良品か……?」
後ろで魔法と魔導具オタクらしいロニー様がぶつぶつと呟いている。
なるほど、遮音の魔導具ね。
いつも魔法で遮音結界を展開していたから、専用の魔導具があるなんて知らなかった。
そういえば、領地の魔導具屋では結界の魔導具なんかもあったものねぇ。
「クリステアさあぁん……」
マリエルちゃんが弱りきった様子で声をかけてきた。
「マリエルさん、どうしたの?」
「見てくださいよ、これ……」
そう言って私に差し出したのは先ほど配られた用紙。そこにはマリエルちゃんが受けなければならない必須授業がずらりと並んでいた。
「お、多いわね……」
一般教養や地理の授業なんかは免除になっていたけれど、淑女教育や歴史など、貴族として必須の項目がずらりと並んでいた。
「そうなんですよぉ。やっぱり、入学前に家庭教師をつけてもらっておけばよかったかも……」
「うーん……家庭教師から推薦状がいただけなければ授業免除にはならないから、学園で授業を受けたほうがよいこともあるわよ。ほら、ニール先生もおっしゃっていたじゃない。途中でも十分理解していると判断された段階でその授業は免除になるって」
「それはそうかもしれませんけど……クリステアさんは? ……て、すごっ! ほとんど免除じゃないですか!」
マリエルちゃんが私のプリントを見て言うと、周囲が騒めいた。
「え……ほとんど免除って、そんなことあるの?」
「それ、学園に来る意味ある?」
……ごもっとも。でも、免除になるのは基本ができてるってだけだから。さらに専門的になれば学ぶことはたくさんあるはずだから、来る意味はあるのよ? ……多分。
私の場合はほら、社交っていうか、友だち作りも目的のひとつではあるし。
「ご、ごめんなさい……」
マリエルちゃんが自分の不注意で変に注目を浴びてしまったことを詫びた。
「ううん、大丈夫よ」
うん、無駄に目立つのはもう今更な気がするから、マリエルちゃんが気にやむことはないよ……
「でも、これだけ免除が多いとクリステアさんと一緒に受ける授業がほとんどなくなっちゃう……」
マリエルちゃんが悲しそうに目を伏せる。
小動物がしょんぼりしている姿が重なってしまって、私は慌ててマリエルちゃんの手を握った。
「だ、大丈夫よ。私もおさらいを兼ねていくつかは授業を受けるつもりだから、ね?」
マリエルちゃんは私の言葉にピクリと反応すると、逆にガッと手を握り返した。
「本当ですか? じゃ、じゃあ淑女教育とか一緒に受けましょう⁉︎ で、わからないことがあったら教えてください‼︎」
マリエルちゃんの必死な表情に、私は思わず「え、ええ……」と頷く。
「よ、よかったぁ……一緒に頑張りましょうね!」
……ここで頑張なきゃいけないのはマリエルちゃん、貴女だからね⁉︎

それからセイも加わって、マリエルちゃんたちとどの授業を受けるか相談しているうちに、私の順番が回ってきた。
私の前に相談していた生徒に声をかけられ教壇横の机に向かうと、途中でキィン、とさっきと同じ耳鳴りがした。
さらに前に進むと、それまで聞こえていた周囲の騒めきがすっかり聞こえなくなったので、魔導具の有効範囲に入ったということなのだろう。
「はい、クリステア嬢。そこに座って」
私が着席するとニール先生が手元のプリントを見て「うーん……」と唸る。
「クリステア嬢って、本当に優秀なんだねぇ。受ける授業がほとんどないよね? どうする? あっ、何なら僕の研究室で聖獣様について論文でも書く?」
とてもいい笑顔で提案するニール先生。
いやそれ、先生の願望ですよね?
自分が聖獣について知りたいだけだよね?
「いやいや、何を言っとるか。クリステア嬢はわしの授業で助手をすればええ。おお、そういえば嬢ちゃんは魔導具にも興味があるんじゃったな、そっちも手伝ってもらおうかのぉ?」
マーレン師が朗らかに笑う。
「え? 私マーレン師に魔導具に興味があるなんてお話したことありませんけど……?」
魔法に関して根掘り葉掘り質問してしまくりはしたけど、魔導具についてそんなに話したことはないはずなんだけどな。
「嬢ちゃんの領地におる魔導具師、知っとるじゃろ? 彼奴はわしの教え子なんじゃよ。王都に戻る前に顔を見せに行ったら、エリスフィード家の令嬢は魔導具に非常に興味を持っており理解がある上、魔導具を生み出す発想力を持っているから、しっかりと指導してやってほしい、よろしく頼むとお願いされたんじゃが……違うのかの?」
「……違います」
ああああああ⁉︎ あの魔導具オタクの魔導具師、マーレン師の教え子だったの⁉︎
そ、そうよね、あれだけのものが作れるってことは、アデリア学園で学んでいた可能性があったわけで……うちの領地に来る前は王都にいたそうだし。
その頃マーレン師は学園で教壇に立っていたわけだから……
「確かに領地で魔導具師の方とお話したことはありますが、私が魔導具を作ったことはありませんよ?」
もちろん、便利なものなら作ってみたいから興味はあるよ? 主に調理用具だけど。
発想力があるとか、どこ情報よ?
「そうなのかの? まあ、嬢ちゃんの魔力量なら、色々試せそうなんで助手は頼むかもしれんのでよろしく頼むぞい」
「はあ……」
ホッホッホと笑うマーレン師に気の抜けた返事をすると、ニール先生が慌てて止めた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよマーレン先生! 僕だってクリステア嬢に頼みたいことがあるんですからね!」
「おぬしの頼みなんぞ、聖獣様のことしかないじゃろが。クリステア嬢に無理強いすれば聖獣様方は黙っとらんから下手なことはせんほうがええと思うがの?」
「うぐぐ……」
うん、マーレン師のおっしゃる通り!
黒銀くろがね真白ましろは私の嫌がることなら絶対にしないんだから、担任だからって職権濫用はよくないぞ!
「うぅ……クリステア嬢と聖獣様方には、できる範囲でのご協力をお願いします……じゃあ、授業についてだけど……」
ニール先生が肩を落として話を続けるので、私はマリエルちゃんのことも加味しつつ、相談したのだった。

結局、私はマリエルちゃんが心配している淑女や貴族の作法に関するマナー学やダンスなど、主に社交界での決まりごとに関する授業に出ることにした。
社交については知識だけではどうにもならないことだってあるし、授業に出て他の貴族の子たちとも交流を持ついい機会になるだろうからね。
後は、魔物学や魔導学、魔法学など、この世界ならではの授業は必須ね。
前世の某ファンタジーものみたいな授業、受けてみたかったの!
マーレン師とマンツーマンだと、授業というより修業的な感じだったし、前世の記憶が戻ってからは魔法の習得が早くて、マーレン師は「すぐ覚えるからつまらんのう」とか呆れてたものね。
マリエルちゃんの一般教養が免除になったのは下位の貴族としては優秀なほうなんですって。
マリエルちゃんも前世の記憶があるし、日本の受験戦争という修羅場を乗り越えてきたから、私と同様に簡単なことだったんだけどね。
反面、貴族になったばかりだからその方面についてはからっきしってことで、私がフォローすることにしたのよ。
落第そのものはしなくても、落ちこぼれとかになったら社交界では大変だもの。
本人は貴族と結婚する気はないから必要ないと思ってるみたいだけど、メイヤー男爵の仕事を手伝うのなら、しっかり学んでおいて損はないはずよ。
セイも歴史や地理、マナー学などドリスタン王国に関わる知識がないためそれは必須となったけれど、それ以外の一般教養はほぼ免除だった。
これも留学生ということを考えても優秀と言えるよね。
それ以外はエイディー様に誘われて、騎士になるための剣技とかを学ぶ騎士コースを取るみたいだけど、大丈夫なのかな……?
ヤハトゥールの武家の養子だったって言ってたから、ヤハトゥールの武道はやってるみたいだけど……ドリスタン王国の剣技とは型とか違うはず。
後で白虎様に聞いてみよう。
とりあえず、専門コースは今日すぐに決定というわけでは無いので、持ち帰って決めるようにと言われてそのまま昼休みに入った。

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コミカライズ版「転生令嬢は庶民の味に飢えている」3巻が12月末に刊行されます!
コミカライズ版の連載は2月までお休みとなりますが、コミックスには描き下ろし番外編も収録されますのでお楽しみに!!!!
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