転生令嬢は庶民の味に飢えている

連載

行方不明の秘密

「は～やれやれ。なんとかミリアの監視から逃れられたわ～。」
てくてくと真っ暗な通路を、生活魔法のライトで照らしながら歩くクリステア。
「ここんとこ、マナー学をサボらせまいとミリアも必死だったもんねぇ…。」
いつの間にか行方不明になるクリステアを警戒してか、最近はいつにもましてべったりだった。
「うーん…仕方ない。そろそろ他の時間をやりくりしてマナー学を真面目に受けるとしますか…。」
できるならはじめからそうしろ！とシンからツッコミが入りそうな発言をしつつ、目的地に到着した。

ここは、エリスフィード公爵邸内に密かに存在する隠し通路。
その通路は非常時に無事逃げおおせられるよう、敵から追跡されないために、あらかじめ登録された特定の人物のみが通れるよう魔法がかけられている。特定の人物とは、公爵家当主と伴侶、その子どもたちだ。それ以外の侍女など登録外の者については、避難時にキーとなるものを渡され、それを持つ者のみが通れる仕掛けとなっている。この通路の存在を知るのは現当主、そして信頼に足る伴侶のみとされた。

その隠し通路に気づいたのは本当に偶然だったが、ミステリ好きでもあったクリステアは隠し通路を調べ上げ、こっそりサボりの逃走経路に使っていた。

「ぶぇっくし！…んぁ～…やっぱりここは少し冷えるわね。」
屋外は日増しに暑くなりはじめているが、隠し通路は暗く、ひんやりとしていた。
「さあってと、やりますか！」
ふんぬっ！と腕まくりをしたクリステアの目の前には、ツボがひとつ置かれていた。
しっかりと蓋がされていたそれを手慣れた様子で開け、手指から肘までしっかりクリア魔法をかけてから、ツボの中に手を突っ込んだ。
「ん～…と、あった。」
ツボの中をかき回すようにして、目当てのものを探り当てたクリステアは、ズボッと抜き取った。
「…えへへ～。良い漬かり具合だぁ…。」
手にしていたのはきゅうり。
しかし、先ほど採ったばかりの瑞々しさとはほど遠く、しんなりとし、独特の匂いを放っていた。

そう、それは…ぬか漬けだった。

その後もナスや人参、ズッキーニ、パプリカなど、次々と取り出し、全て出し終わった後は底からかき混ぜるようにして、インベントリから、先ほどちょっとばかり失敬しておいた、今朝収穫したばかりの野菜を埋め込み、表面を均し、またしっかりと蓋をした。

「うわぁ～…ようやくここまできたよ…！捨て漬けやら何やら、ぬか床を完成させるまで色々と長い道のりだったけど、やっとここまでこぎつけた…。」
感無量。その一言につきる。
前世ではおばあちゃんに分けてもらったぬか床で美味しい漬物を食べていたけれど、ここではイチからぬか床を作るしかなかったもんなぁ…。おばあちゃんのぬか漬けには程遠いだろうけど、これから私のぬか床を育てよう。うん。

とりあえず程良く漬かったあれこれをインベントリに収納し、こっそり食べるその時を待つことにした。

「今度、塩むすびも確保しとこうっと。」
インベントリ様様だわぁ…とスキップしながらその場を後にした。