転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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さあ、脱出、だー!

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お茶を楽しんでまったりしはじめた頃、お兄様が迎えにきた。
「やあ、テア。今日は大変だったね」
お兄様は玄関ホールで迎えた私の頭を撫でてきた。
「お兄様ったら。もう小さな子どもじゃないのですから」
私が拗ねたように抗議すると、お兄様はくすくすと笑いながら私の髪をひと房取って口付けて上目遣いで私を見た。
「そうか。もうレディとして扱わないといけないね?」
え、ちょ、ちょっとまって?
いきなり色気全開で本気出さないでいただけませんかね⁉︎
「……マダコドモノママデイイデス」
思わず俯いて答えると、お兄様はふっと笑って髪から手を離した。
うぐぐ、揶揄われてる……
そういえば、私ってばお兄様から告白されてたのよね。
色々ありすぎて頭からすっぽり抜けてたよ……
「さあ、荷物を積み込んだらすぐに出よう。荷物はどこだい?」
「あ、私たちの荷物はインベントリに収納しましたので……」
ミリアにまとめてもらった荷物は、ミリアの私物のトランクも含めてまるっとインベントリに収納済みだ。
インベントリって本当に便利よね。
なんなら、馬車を使わなくても屋敷まで転移魔法で移動できるのだけど、今回は寮を出ていると周囲にアピールしなくちゃいけない。
それに、いきなり転移魔法で帰ったら屋敷の使用人たちもびっくりするだろうし、転移魔法については限られた人にしか教えていないからね。
「……テア。インベントリがあるとはいえ令嬢が自分で荷物を運ぶものじゃないよ」
お兄様が呆れたように私を嗜めた。
「は、はい……でも、学園では自分のことは自分ですべきなのではないかと思いまして」
本来なら寮まで使用人がついてこないのだから、学園内では自分のことは自分でやる、が基本なのだ。
ミリアがここにいてくれるのは、現在特別寮付きのメイドがいなくて、急遽お願いしたという特例だし。
屋敷に一緒に帰るのも、本来は私付きの侍女だから屋敷でも仕事をするためだもの。
インベントリに入れた荷物は重さなんて感じないんだから、ミリアの荷物まで収納したのはほんのついでよ。
「そうじゃなくて。淑女たるもの紳士が活躍する場を奪っちゃダメってことだよ。さ、お嬢様お手をどうぞ」
お兄様がそういって戯けながらも恭しく手を差し出してきたので思わず笑みが溢れた。
「ふふ、お兄様ったら」
私が手を上げると、その手が横から掴まれた。掴んだ手の持ち主の方を見ると……
真白ましろ⁉︎」
「くりすてあは、おれたちがえすこーとするから」
「うむ。おぬしは馬車の扉を開けて待っておればいい」
黒銀くろがね⁉︎」
黒銀くろがねまで逆隣に立ち、もう片方の手を取った。
「……いくら聖獣様とはいえ、僕の大事なテアをエスコートする権利は簡単に譲れませんね。大体、横からさらおうだなんてマナー違反もいいところだ。テアをエスコートしたいなら、それに相応しいマナーをまず学ぶべきだと思いますよ?」
お兄様は笑顔だけど、空気は冷え冷えとしてきた。ひえっ!
「……にんげんのくせに、なまいき」
「……貴様、いい度胸をしておるな」
「僕はただ、公爵令嬢であるテアの隣に立つのならば、それに相応しい振る舞いが必要だとお伝えしただけです」
ちょ、皆、落ち着こう⁉︎
「お? なんだなんだ? ンなところでやらかす気かぁ?」
気の抜けたような声が背後から聞こえてきたので振り向くと、白虎様と朱雀様、そしてセイがいた。
「とんでもない。さあテア、馬車に乗り込むよ。ああセイ、君たちもうちの馬車で送るよ」
お兄様が冷気を消して、ドアに向かった。
お兄様が引いたことで黒銀くろがねたちも威圧するのをやめた。ほっ。
「いえ僕たちは乗り合い馬車で……」
「やめておいたほうがいい。すでに寮の前に生徒がうろついているからね」
「えっ」
「見たところ新入生ばかりのようだ。聖獣様を間近で見ることができたらと思っているのだろうが……その中を通るのは嫌だろう?」
あちゃー。確かに手出しは禁止されてるけど、見に行くのまで禁止されたわけじゃないもんねぇ。
演習場での聖獣の姿を見たばかりで興奮冷めやらず、もう一度、遠目からでも見られたら……と思ってうろついてるのかもね。
そんな中、正門まで歩いていって、乗り合い馬車が来るまで待つとか……生徒たちがぞろぞろついてくる予感しかしない。
「……お言葉に甘えてお邪魔します」
「まあ、お気遣いいただいてありがとうございますわ」
「いえ、商人街を通りますからついでです。さあ、行きますよ」
お兄様がドアを開けると、外にニール先生がいた。
「おっと、もう出るのかな?」
「はい。後はよろしくお願いします」
「はー……できることなら僕も一緒についていきたいよ……まあ、特別寮には侵入できないから大丈夫だよ。気をつけて行っておいで」
ニール先生がスッと身を引くと我が家の馬車が待機していて、その周囲に新入生らしい生徒たちがこちらを覗き込むように見ていた。
シンプルな制服ばかりなので、おそらく平民や商人の子たちばかりだろう。
「さあテア、早く乗って」
お兄様が私の肩を抱いて素早く馬車に向かうのを黒銀くろがね真白ましろが周囲を警戒しながらついてきた。
すると、声さえ出さないものの、周囲の生徒たちが目を輝かせてこちらを見つめてきた。
何処かから「うわ、本物だ……」とか「あの二人が聖獣なんて、うそだろ? 人間と変わらないじゃないか」とかいう声が聞こえてきた。
うーん、完全に好奇心からきた野次馬だろうけど、こんなのが週末押し寄せてくると考えたら外出許可をいただいたのは正解だったわ。
馬車のステップに足をかけようとした時、生徒の一人が前に出てきた。
「あの……」
刹那、黒銀くろがね真白ましろが私を庇うように立ち、生徒を威圧した。
「ヒッ……!」
「主に何の用だ?」
「くりすてあに、きやすくちかよるな」
威圧を受けた生徒はぺたりと尻もちをついて震えだした。
黒銀くろがね真白ましろ! やめなさい!」
私が止めると二人は威圧を止めた。
「こらこら、君。学園長の注意を聞いてなかったのかな?」
ニール先生が尻もちをついた生徒の脇に手をさし入れて立ち上がらせた。
「あ……あの、その、こ……これを、たのまれて……」
震える手で差し出したのは一通の封筒。
「あー……悪いけど、これは没収だね。依頼人には学園長命令だからと言いなさいね」
ニール先生が生徒の手からスッと封筒を抜き取るとたすき掛けにしていた肩かけ鞄に押し込んでしまった。
「え! あの、困ります!」
生徒が慌てて取り戻そうと手をのばしたけれど、ニール先生は生徒の額にピタリと人差し指を押し付けた。
「……こういうことされると、こっちが困るんだよね、本当に。とにかく、これは学園長命令だから。中身は学園長権限で検閲するからそのつもりでいるようにと伝えなさい」
「は……はい」
私の位置からはニール先生の顔は見えなかったけれど、件の生徒がサッと青ざめたので先生が何かしらしたのは間違いない。
一体何をしたのだろう……
ニール先生は生徒の額を指でトン、と突き「さあ皆、散った散った! 早くしないとミセス・ドーラに報告して夕食抜きにさせるよ!」と叫ぶと、他の生徒たちは「げっ」と言わんばかりの顔で寮に向かって走り出した。
蜘蛛の子を散らすようにってこんな感じなのかもねってくらい、見事な退散っぷりだった。
「はあ……まったく困ったもんだよね。さあ、君たちも早く行きなさい」
ニール先生は私たちの方を向くといつものようにへらりと笑って出発を促した。
「はい、後はよろしくお願いしますね。ニール先生」
お兄様がにこりと笑って言うと、ニール先生は胸を張って、拳でドンと叩いた。
「聖獣様のためなら頑張るさ! じゃあね~」
そのままヒラヒラと手を振るニール先生に見送られて、私たちの乗る馬車は正門に向かって走り出したのだった。

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8/12(木)はコミカライズ版「転生令嬢は庶民の味に飢えている」の更新日です!
私は萌え転がりましたので、ぜひお読みください!本当に原作者でよかった!
おうちで舐めるように読んでいただきたいですw
よろしくお願いします!
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