転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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さあ、引き上げだー!

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演習場を足早に出た私たちは、出入り口で控えていた馬車に素早く乗り込んだ。
来た時と同様、ニール先生が御者席に乗り込むと、馬車はスルスルと動き出した。
「……ふう」
学園長が小さく息を吐いた。
「これで皆がおとなしくなればよいのだがな……」
疲労感の滲む表情で絞り出した言葉は、祈りのようでもあった。
学園長、最後まで念を押していたものね。
これで何かやらかそうものなら処分せざるを得なくなるから気が重くなるのは無理もないわ。
うう、私たちのせいでこんなおじいちゃんに気苦労をかけてしまって本当に申し訳ない……
「学園長、私たちのために色々とご配慮いただき、ありがとうございました」
私が思わずお礼を言うと、学園長はハッとした様子でこちらを見た。
「いや、すまない。むしろ君たちは被害者だ。今回は無理を言ってすまなかったね」
学園長が頭を下げるので私たちは慌ててそれを止めた。
私たちは学園長の提案で、そのまま馬車で寮まで送っていただくことになった。

「そういえば、クリステア嬢とシキシィマ君の一般教養に関する学力は問題ないと聞いている。なんなら明日は休んで週末の間、屋敷に戻っても構わんが、どうするかね? これからすぐにでも明日の午前中から帰るのでも構わんよ。外出申請書の書き方はこの後ニールに聞けばいい」
え、明日の授業免除ってこと?
来週からはクラス分けされるし、明日講堂でジロジロ見られたり絡まれたりしなくてすむのはありがたいけど……またマリエルちゃんを一人にしちゃうよね……どうしよ。
それに、来週からマリエルちゃんも同じクラスだよって本人にまだ伝えられていないんだよねぇ。
「あの、僕は寮に残ります」
「ああ、シキシィマ君は留学生だったな。休暇中、王都に身を寄せるところはないのかね?」
「いえ。王都の商人街に後見人がいます。ですが彼の商会の住居部分を間借りすることになるので、頻繁には帰らないつもりです」
セイはヤハトゥールにいるより、外国ドリスタンのアデリア学園の方が安全だから留学してきたんだもんね。
それなのに、変に目立っちゃったからなぁ……
「ふむ。しかし今回は後見人の元に身を寄せた方がよかろうよ。明日の夕方はすでに週末の外出申請済みの他の生徒と乗合馬車で鉢合わせになるだろうから、できれば明日の午前中にでも出るといい」
「あの、寮に籠っているのではいけませんか?」
セイはバステア商会に遠慮してるのね。
「それでも構わんが……聞き分けのない生徒たちのお茶会の誘いや面会依頼がひっきりなしに届くかもしれぬから少々面倒かと思うが、君は大丈夫かね?」
「……それは、ちょっと」
学園長の言葉にセイが言葉を詰まらせ逡巡した。
確かに、私たちに余計なちょっかいを出すなと言われても多少の抜け道はある。
お茶会のお誘いや正式に出された面会依頼がそれだ。
聖獣を見せろとは言ってない、あなたたちとちょっとおしゃべりしたいだけ、とあくまで友好的にお願いされてしまうとこちらも断り辛いからね。
セイの場合は特に、高位貴族のお茶会や面会の依頼を無視したり無下に断って引きこもるのは難しいだろう。
この国の作法にはまだ疎いし、ましてや男子だから、面会はともかく、お茶会なんて出たくないはず。
学園内にいなければ、留守です、ごめんなさい、でとりあえずやり過ごせる。
「あの、セイ様さえ良ければ、私とお兄様の友人として我が家にご招待しますわ」
私個人の客人としてセイを呼ぶのは外聞がよろしくないから、お兄様も巻き込んでしまおう。
お兄様なら今後の対応のことだってきっと力になってくれるはずよ。
「……いや、大丈夫。バステア商会に行くことにする。朱雀」
セイは少し考えてから朱雀様を呼んだ。
「はい。先触れを出してまいりますわ」
セイの隣に座っていた朱雀様は胸に手を置いて臣下の礼をすると、パッと姿を消した。
転移魔法でバステア商会に行ったのかな?
学園長は朱雀様がいきなり消えたことに驚くこともなく、座席に深く座り直した。
「すまないね。この週末はニールに寮の門番をさせておくよ。私の権限で届いた招待状は全て没収する。内容によっては処罰するので、没収したものは開封の上、中身を精査しても大丈夫かね?」
招待状に何かしら仕掛けでもあったら危ないので検閲するらしい。え、怖っ!
「はい、友人のマリエル様からの書状以外は構いません」
マリエルちゃんはこのタイミングでわざわざ手紙を書いたりしないだろうけどね。
「僕も、学園内にはまだクリステア嬢とマリエル嬢、それに王太子殿下とノーマン先輩くらいしか面識がありませんので、構いません」
……私も大概ぼっちだけど、セイもいい勝負だったわ。
……お互い、強く生きようね!
「うむ。騙りという可能性もあるから、もし彼らから届いたものでも、念のため中身は見ないで仕掛けなどがないかは確認しよう」
「はい」
「よろしくお願いします」
そうこうするうちに馬車が特別寮の前に着いた。
私たちは白虎様と黒銀くろがねが周囲を警戒している間に素早く寮に入ったのだった。

「まあ、お帰りなさいませ、クリステア様。お疲れ様でした」
自室に戻ると、ミリアがバタバタと荷物をまとめている最中だった。
え、まだミリアには何も言ってないのに。
エスパーなの⁉︎
「お昼前にノーマン様がいらっしゃいまして、週末は屋敷に戻ることになるから準備するようにと……」
……エスパーなのはお兄様のほうだった⁉︎
「そ、そう……お兄様も?」
「はい。ノーマン様は外出許可の申請済みなので、クリステア様が戻り次第こちらを急ぎ提出するようにとおっしゃいました」
ミリアはそう言うと、後は私の名前を記入するだけの申請書と筆記具が置かれているテーブルに私を誘導した。
「わ、わかったわ……」
私はニール先生から受け取った申請書は次回使おうと決めて横に置き、ソファーに座った。
『彼奴め、随分と手際がよいな』
『のーまんもいっしょにかえるの?』
自室に戻るなり聖獣の姿に戻った黒銀くろがね真白ましろは、私の足元や隣を陣取り、寛ぎはじめた。
「どうかしら。お兄様は明日も授業があるでしょうし……」
「あの、ノーマン様もご一緒です。クリステア様だけ帰すのは心配だとおっしゃって。後ほど手配した馬車で迎えにいらっしゃるそうです」
「あ、そうなの……」
お兄様の過保護っぷりは筋金入りだわ。
まあ、黒銀くろがね真白ましろがいるから、護衛の必要がないとはいえ、私だけで帰ったらお父様やお母様をびっくりさせちゃうかもしれないから、お兄様が一緒なのは心強いよね。
サラサラと申請書にサインをすると、ミリアがサッと風魔法でインクを乾かしてニール先生に提出しに行ってくれた。
「……さて、荷造りの必要はなさそうだし、迎えがくるまでどうしようかな」
『くりすてあ、おれ、どらやきたべたい』
『うむ。あの程度のメシでは食った気がしないからな』
そういえば私たちと同じ量だけ食べた後はおとなしくしていたものね。
「お腹すいちゃった? 晩ご飯もあるから少しだけね」
私はインベントリから数個だけどら焼きを出した。
もちろん、私の分もね。
疲れた時は甘いもので癒されないとね!
そのうちミリアが戻ってきたので、お茶を淹れてもらい、迎えの時間までミリアも一緒におやつタイムを楽しんだのだった。
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