転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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またぁ⁉︎

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今日の午後だなんて、学園長はひとっことも言ってなかったよ⁉︎
「あの、マリエルさん。私たち、昨日この件について打診されたばかりなのだけど……」
「ああ、いつにするかはまだ決まっていないはずだ」
「えっ、そうなんですか? でも上級生たちがそう言ってて……それを聞いた下級生もこっそり見に行こうって話してましたよ⁉︎」
えええええ⁉︎
まさか、学園長が言い忘れたってことはないわよね?
いくらなんでも、そんなに性急に事を運ぶわけないだろうし……今日お披露目するなら昨日の段階で話してるはず。
「……クリステア嬢。授業が終わったら学園長に問い合わせよう。学園長に会えなくてもパメラさんに聞けば何かわかるかもしれない」
「ええ、そうね。とりあえず今は授業に遅れないよう急ぎましょう」
私はセイの提案に同意し、講堂へ向かった。

私たちが講堂に入ると、ざわついた室内がシン……と静まり返った。
え、なにこの雰囲気。
あちらこちらから視線を浴びつつ、居心地の悪さを感じながらも空いている席に座る。
次第にざわめきが戻ってきたけれど、着席してからも私たちのほうをチラチラと見る生徒が多くて落ち着かない。
「これって、例の噂のせいよね?」
「そうですね。皆、昨日からずっと期待して待ってるみたいですから」
「ええ……?」
後ろの席まで確認する気はないけど、前列の生徒は私たちを見ながら楽しそうに小声で何か話し合っている。
うっ……かなり期待値が高そう。
そりゃそうよね、聖獣を間近に見られる機会なんて本来ならゼロに等しいもの。
それなのに、学園内にいきなり聖獣契約者が二人も現れたんだから、本物の聖獣を拝めるって期待するよね。
そんなの見たいに決まってる。私だったら見たい。
これで「見せられないよ!」なんて言ったらどんなに非難されることか……ひええっ!
そんなことを考えていると、講堂内のざわめきが大きくなった。
「鳥が入ってきたぞ!」
「えっどこから?」
「いやあれは鳥じゃない、手紙鳥メールバードだ!」
何の騒ぎかと思い顔を上げると、私たちに向かって白い鳥が飛んできた。
「えっ?」
その白い鳥が机に降り立った瞬間、手紙に姿を変えた。
「わ……俺あんな魔法初めて見た」
「魔法であんなことできるの?」
前列の席は平民が多いから通信魔法を初めて見た子ばかりみたいで、珍しそうにこちらを見ていた。
後ろの方でも「今どき手紙鳥メールバードを使うことあるんだな」なんてヒソヒソ話していた。
現在、貴族街では余程重要な書簡や、急ぎだったり屋敷間が離れていなかったりしない限り、従者がわざわざ届ける方が貴族らしい振る舞いとされているの。面倒よね。
お父様はそういうのが煩わしいからと魔導電話を導入したりしている。
まあ、形式に従うべき時は渋々やってるみたいなんだけど、合理的じゃないから書簡のやりとりは時と場合に合わせてうまくやるようにと前に言ってたわ。
その昔、手紙鳥メールバードで密書のやりとりをしていた時に間者スパイに奪われたり撃ち落とされたりすることがあったらしいわ。おおこわ。
マーレン師の講義では高位の術者なら手紙鳥メールバードに防御やスピードを強化した魔法を重ねがけして簡単に奪われたりすることはないとか言ってたっけ。
それに、領地間の貴族の手紙のやりとりは小さな転送用の魔法陣を使うから、今は遠距離なら安心確実な転移魔法陣が主流。
今やメジャーじゃない魔法だけど、近距離の簡単なやりとりなら手紙鳥メールバードが便利だから使うって人は一定数いる。
こういう学園の中なら手軽に使える通信方法よね。
現にミセス・ドーラがミリア宛によく業務連絡を送ってきてるみたいだし。
魔導電話を使えばいいと思うんだけど、仕事の連絡だからメモとして残るメールの方が便利なんですって。
それはさておき、目の前にある手紙を見ると、宛名は私とセイになっていた。
手紙を取り裏返すと、そこには学園の紋章の封蝋が押され、送り主に学園長の名前が……て、学園長から⁉︎
私はセイに目配せしてから封を切り、手紙を開いた。
そこには綺麗な字で「授業を免除するので両名は学園長室に来られたし」と書かれていた。
……え、今から?
隣で手紙を見ていたセイにどうするか問いかけようとしたその時、講師が入ってきた。
「セイノゥシィン・シキシィマ君にクリステア・エリスフィード嬢、手紙が届いているだろう。今から学園長室に向かいなさい」
昨日と同じ講師が私たちを見て指示した。
「は……はい。でも授業は……」
「君たちの試験の理解度であれば今日の授業は出ずとも問題ない。早く行きなさい。行き方はもうわかるね?」
「はい、わかりました」
私たちは手荷物をまとめて席を立った。
あ……マリエルさんをまたぼっちにさせてしまう。
チラッとマリエルさんを見ると、机の下で小さく手を振って口パクで「いってらっしゃい」と送り出してくれた。
私は小さく頷いてから、セイと一緒にざわざわとしている生徒たちの間を抜け、そそくさと講堂を出たのだった。
ああ……入学早々こんなに学園長室へ呼び出される新入生なんて、私とセイだけよね。
何にもしてないのになんだか問題児っぽくてやだなぁ。

私とセイは昨日講師について歩いた道のりを思い出しながら学園長室に向かっていた。
複雑な道順じゃないからすぐに例の魔導エレベーターに到着し、扉を開けて乗り込む。
「学園長の呼び出しってことは、やはり午後のお披露目についてだろうな」
「そうね。こんな風にいきなり呼び出されるってことは、もしかしたら学園長もご存知なかったとか?」
「学園長の決定なく決められることなんてあるかな……? でも決まっていたなら昨日それも含めて打診があったはずだ」
「そうよねぇ……」
うーん……と悩んでいるうちに目的の階に着いたので、エレベーターから出てまっすぐ学園長室に向かった。
「失礼します。セイ・シキシマとクリステア・エリスフィード両名参りました」
学園長室の控室に着き、セイがノックして声をかけた。
「どうぞ。お入りになって」
ドアがスッと開き、秘書のパメラさんが私たちを迎え入れてくれた。
「ごめんなさいね。昨日の今日で呼び出しなんて……」
「いえ、僕たちも聞きたいことがあったのでちょうどよかったです」
私たちがパメラさんの誘導で学園長室に入ると、学園長とニール先生がソファに座って待っていた。
「おお、二人とも呼び出してすまない。ちと手違いがあってね……まあ座りなさい」
いつもの人の良い笑顔が少し困ったようなものになっていた。
「手違い……今日の午後のことでしょうか?」
セイが座るなりそう聞くと、学園長は額に手を当てて上を向いた。
「ああ……君たちのところにも噂が届いていたのか。迷惑をかけてすまない。職員棟で私が君たちに打診したと講師たちが話していたのを聞きつけた生徒が寮内で噂を広めたそうなんだが、噂の内容がいつの間にか明日の午後にお披露目となっていたそうでね……」
「はあ……」
それで、一部の生徒だけが希望していたのに、噂のせいで自分も見たい!という生徒が今朝早くに職員棟に押し寄せてきたらしい。
うわあ。朝から大変だったんですね……
そこへニール先生がやってきて、大丈夫だから授業に向かうようにと言って解散させたそうな。
いやそれ大丈夫じゃないでしょ。何が大丈夫なのよ?
私がジトッとニール先生を見ると、ニール先生は慌てて弁解した。
「いやあの、これは白虎様たちも承知してるから大丈夫だよ? 寧ろ、白虎様が人を集めろっておっしゃったんだ」
「え?」
「トラが⁉︎」
白虎様ったら何してくれてるのよー!
「トラぁ! 来い!」
セイも白虎様が勝手に了承したことに怒ったようで、ガタッと立ち上がると若干声を荒げて白虎様を呼んだ。
「おっ? どうした。授業中なんじゃなかったか?」
「びゃ、白虎様ぁ!」
転移魔法で現れた白虎様を見て、ニール先生が助かったとばかりに腰を浮かせかけたのをパメラさんが肩を押さえて止めていた。
「どうしたじゃない! お前が生徒を集めるように指示したと聞いたぞ!」
日頃大人の前では品行方正なセイが怒っている。普段大人しい美形が怒ると怖いよ!
「あ? あー、それな。どうせなら面倒は一気にさっさと済ませたいだろ? だからこいつに皆を集めるようにって手配したんだ」
ニカッと笑う白虎様。
くっ……殴りたい、その笑顔。
セイもいつもなら鉄扇制裁しているところだろうけど、拳をぎゅっと握るに留めていた。
……あーあ、後が大変だよ、白虎様。
「……うちの聖獣が申し訳ありません」
セイは学園長に向き直り、深々と頭を下げて謝罪した。
「いや、我々としても今後のことを考えるとまとめての方がありがたい。君たちに余計なちょっかいをかける愚か者が出る前に面倒ごとは終わらせよう」
「そうそう! 寮に押しかけられたら迷惑だからね」
ニール先生に言われたくないんですけど?
「二人とも、突然ですまないが今日の午後に生徒を集めても大丈夫だろうか?」
「……はい」
セイは白虎様のこともあって断りにくいよね……ここで私が断るわけにもいかないし。
「はい、私もかまいません」
私が答えると学園長はホッとした様子でほほえんだ。
「それでは、せっかくだから午後の披露目について打ち合わせるとしよう。他の聖獣様も呼び出せるだろうか?」
「はい……」
白虎様とニール先生がタッグを組むと、事が大きくなるのかもしれないから今後は気をつけなきゃ。混ぜるな危険。
はー、午後からお披露目かぁ……急過ぎるけど、仕方ない。
私は腹を括って黒銀くろがね真白ましろを念話で呼んだのだった。
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