転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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最初の一歩だもん!

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またしても長めになってしまいました。
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翌朝。
私はいつも通り軽く朝ヨガをしてから身支度を整えてから階下へ降りた。
階段を降りた先の玄関ホールで、先に降りていたセイたちと合流した。
「おはよう、クリステア嬢」
「おはよう、セイ。いつも早いわね」
セイは朝の鍛錬を終えて着替えてから朝食、というのが習慣のようで朝からシャキッとしている。
「ふあぁ……おはよう。君たち早起きだねぇ。貴族の子どもたち、特に新入生は皆寝坊してばかりかと思ってたけど……」
ニール先生が自室からのそりと出てきて食堂に向かう私たちにボリボリと頭をかきながら声をかけてきた。
ボサボサの頭にヨレヨレのシャツ……もしかして昨日のまま寝ちゃって……いや、もしかしたらあのまま論文を書いたりして寝ていないのかも……あり得る。
「おはようございます、ニール先生」
「おはようございます、先生。これから朝食の支度をするのですが……召し上がられますよね?」
「うん。そう思って出てきたんだ……ふわぁふ」
……ニール先生って、私たちが入寮するまで一人でここに住んでたんだろうけど、よく生活できてたわね。
ミセス・ドーラがニール先生をガミガミ叱る姿が脳内に浮かんだ。
ミセス・ドーラ、苦労したんじゃないかなぁ……今度、ミリアに差し入れのお菓子を持っていってもらおうっと。

授業が始まったこともあって、皆との話し合いで朝食は簡単なものにしようということになった。
前日に洗米して浸水しておいたご飯は白虎様がセイに稽古をつけている間に、朱雀が炊いてくれることになった。
「火加減のことなら、私におまかせくださいな」とのことなのでお願いすることにした。
あとは、お味噌汁や卵焼きなどを作って、前日のおかずや副菜の残りや私のインベントリにあるものでなんとかすることにしたのだ。
「あら皆様、おはようございます」
厨房に入ると、朱雀様が土鍋をコンロから下ろしているところだった。
え、もう炊き上がったのか。はやっ!
「朱雀様、おはようございます。遅くなりました」
私はインベントリから割烹着を取り出して手早く身につけた。
「いえ、私が早く始めてしまったのですわ」
朱雀様はそう言いながら残りの土鍋を下ろしていった。
厨房の魔道コンロは何口もあるとはいえ、皆がたくさん食べるのでご飯炊くための土鍋も複数個使わなければ追いつかないことがある。
お味噌汁や他のおかずを作らないといけないこともあって、コンロが空くのは正直助かるのよね。
朱雀様はそれを気遣って早めに炊いてくださったのだろうと思う。
私はありがたく思いながら、卵の入ったカゴと空のボウルを調理台に置いて黒銀くろがね真白ましろを呼んだ。
「朱雀様、ありがとうございます。黒銀くろがね真白ましろ、ボウルにこの卵を割り入れて溶いてくれるかしら」
「まかされた」
「りょうかい」
黒銀くろがねは器用に片手でパカパカと、真白ましろは両手で慎重に卵を割り入れはじめた。
私はそれを横目で見ながら、冷蔵室に入れておいた水出しの出汁を取り出し、クリア魔法をかけた清潔なざるとふきんで濾しながら鍋に注ぎ入れた。
昨日、ミリアに昆布を小さくカットしたものを鰹節と一緒に水につけておいてね、と頼んでいたのだ。
煮出して作る出汁もいいけど、毎日使うならこうして前日に仕込んでおくほうが楽だからね。
出汁ガラは細かく刻んでから炒りしてから味付けをしてふりかけにするので、ある程度貯まるまでインベントリに入れておく、と。
味噌汁の具材は……野菜のストックを確認すると、サロン棟の食堂から今朝運ばれてきたばかりらしいカブが目にとまった。
ふむ、今朝の味噌汁の具はこれに決めた。
洗ったカブの本体は皮を剥いて縦に割り、厚さ5ミリ程度に切る。葉も2センチ程度にザクザクとカット。
皮は捨てずに千切りにして5センチにカットした昆布と塩をボウルに入れて、お皿でふたをしてから冷蔵室にイン。
夕食で出すお漬物として一品できた。
本当はカブの他に油揚げを入れたいところだけど、油揚げの元である豆腐がないからしかたない。
豆腐のお味噌汁……本っ当に恋しいから作りたいんだけどなぁ。
でもにがりをどこで手に入れたらいいのかしら……結局バステア商会にはなかったし。
ひよこ豆に似た豆を探して、フムスでも作ろうか……学園にいる間は無理かなぁ?
いっそ海水で塩を作るか……海水を煮詰めたら塩ができる過程でにがりができるんだよね、確か。
毎度にがりがないために暗礁に乗り上げる豆腐問題。他にも作り方があったと思うけど前世ではにがりなんてスーパーで手に入るし、豆腐そのものを買えばいいわけだから、豆腐ひとつでこんなに苦労するとは思わなかったなぁ……
そんなことを考えながらも鍋にカブを入れて火にかけ、カブが透き通ってきたら葉を入れて火が通ったところで味噌を溶き入れて味噌汁が完成。
黒銀くろがね真白ましろから溶き卵を受け取り、だし巻き卵にするか卵焼きにするか考える。
うーん、今日はだし巻き卵より甘い味付けの卵焼きの気分だから……
砂糖と醤油、塩を加えてシャカシャカと混ぜ、油を入れてしっかりなじませて熱したフライパンに卵液を流し入れる。
焦げ付きやすいから気をつけないとね。
クルクルと手早く巻いて何個か卵焼きを作り、食べやすい厚さにカットして大皿に盛る。
シャーケンを焼いたストックをインベントリから取り出してこれも大皿に盛った。
味噌汁、卵焼き、シャーケンをドドンと並べてセルフ形式の朝食の完成。
テーブルを拭いたり、カトラリーの準備をして待機していた皆が嬉しそうに各々の皿に持っていくのを割烹着をしまいながら見守ってから、私も列に並んだのだった。

朝食を済ませ、後片付けは聖獣の皆にお願いして、セイと私は自室に戻り筆記具などの用意をしてから玄関ホールに向かった。
ニール先生もちょうど出るところだったようで、セイと玄関前で話していた。
「君たち、もう出るのかい? 勉強熱心だねぇ。他の貴族の生徒は席取りを平民にまかせてゆっくり行く子が多いんだよ。平民の子は元々早起きの子ばかりだから、いい小遣い稼ぎになるみたいだけど」
え、それって席取りのバイトってこと?
貴族の子たち、それって無駄遣いじゃない?
自分で稼いでるわけじゃないんだからお小遣いは大切に使おうよ⁉︎
……でも平民の生徒たちには大事な収入源なのよね。
うーん、生徒は平等だと言いながらも身分差というものはいかんともしがたいんだよなぁ……
私も学園では自分のことはできる限り自分でやるつもりだけど、屋敷ではミリアや使用人たちにまかせいるわけだし。
私の価値観や正義感でそれを責めちゃいけないのは分かるんだけど、前世の庶民の感覚も持ち合わせているからもやもやするよぅ……
セイも少し考えていたようだけど、スッと顔を上げてニール先生に向き合った。
「僕は両親から自分のことは自分でやるよう躾けられて育ちましたから、できる限り自分でします」
「わ、私も自分のことは自分でするつもりです!」
セイのいう親とは、育ての親……義理の両親のことだろう。
前世でいうところの武家の身分だったそうだから、厳しく育てられたのかな?
茶道の所作や、食事の時のお箸の持ち方もきれいだったものね。
「そっか。うん、それがいいかもね。特別寮ここじゃ人を呼びつけるわけにもいかないしね。じゃ、お先に」
ニール先生はニパッと笑うと、扉を開けて行ってしまった。
「……俺たちも行こうか」
「ええ、そうね……」
セイに促され、食堂にいる皆に声をかけてから寮を出た。
まだ始業には早いこともあり、ゆっくりとした足取りで講堂に向かっていると、隣を歩いていたセイがぽつりと言った。
「……俺はヤハトゥール人だし、ドリスタン王国ここではわずかな期間生活していただけだからこの国の貴族のことはわからない。無理して俺に合わせることはないから」
「……え?」
……ああ、さっきのセイの発言に私が合わせたと思ったのか。
私はドリスタン王国このくにの貴族だから、他の貴族の子みたいにしてもいいんだって言いたいんだろうけど……
「ふふ、セイったら変な気の使い方しないでちょうだい。使用人にまかせずに自ら料理する私が、そんなことしないわよ。私にはミリアがいるけど、もう少し使用人である自分にまかせてほしいって嘆かれるくらいなのよ?」
私が苦笑しながら言うと、セイはホッとしたように笑った。
「それもそうか。クリステア嬢は貴族の子女としては規格外なのを忘れてた」
「もう、何よそれ!」
私がわざと憤慨してみせると、セイは声を上げて笑った。
「……ねえセイ、先生の前ではなのに、私やマリエルさんと一緒の時はなのね?」
私がニヤニヤしながら言うと、セイは無意識だったのか、ハッとしたような顔を見せるとちょっとだけ赤くなりそっぽを向いてしまった。あはは、照れてる。
「……友達と話すのに気取っていたらつまらないだろ」
セイはポソッと呟くと急に早足になった。
「ほら、のんびり歩いてたら遅刻するぞ!」
ふふ、照れくさかったのかな?
セイに置いていかれまいと歩くスピードを上げると、前方にマリエルちゃんが手を振りながら待ち構えているのが見えた。
「クリステアさん、セイ様、おはようございまーす!」
「おはよう、マリエル嬢」
「おはようございます、マリエルさん!」
マリエルちゃんが走り寄ってきて合流してから、三人で並んで歩く。
……友達百人は難しくても、親友はできたよね! えへへ。
うん、今日も一日頑張ろうっと!

私は足取りも軽く講堂に向かうのだった。
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