転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

文字の大きさ
上 下
169 / 386
連載

馬車で移動しますよ!

しおりを挟む
私たちが特別寮を出ると、すぐ目の前に馬車が待機していた。
先日、学園長と面談した時に乗ったものと同じ馬車のようだけれど……
「ああ、この馬車は学園の所有物だよ。こうして学園内の移動に使用したり、急遽呼び出しが入って学園外に出なければならない時に使うんだ。今回は念のため移動に使うけれど、基本は徒歩移動だよ」
「そうなのですね」
「初等部の生徒が使う施設は寮に近いところばかりだから心配はいらない。広範囲に展開する上級魔法の実習や専科に進む場合は、修練場や研究棟が離れた場所にあったりするからちょっと大変だけどね」
まあそうだよねぇ。貴族の子女ってそんなに活動的な子はいないだろうから大変だと思う。
いくら学園とはいえ、この広大な敷地内を徒歩で長距離移動なんてすぐに根を上げそうな気がするよ。
私? 私は領地の敷地内を採取も兼ねて散策しまくっていたから、多少は足腰が鍛えられている……はず。
「一応、王宮に設置してある転移陣が各所に設置してあるけれど、魔力を節約したい生徒は基本徒歩だし、裕福な家の子はいざという時のために小さな魔石を複数持たされているから、それを使ったりすることもあるみたいだけれどね」
「魔石を?」
魔石って魔物から得られるんだけど、上質なものは結構なお値段だったはず。小さな魔石でもそれなりにするんじゃないかな。
「訓練である程度魔力量を増やすことはできるけれど、高位貴族でもない限り魔力量がさほど多くない生徒はどうしても課題をこなすために魔力を節約しないといけないから、魔石で魔力の補助をするんだよ。ああでも、クリステアには必要ないから安心して」
「そ、そうですね……」
魔力暴走起こしちゃうくらいの魔力おばけの私には無用の長物ですね、はい。
「セイは魔力量は多いほうなのかな?」
お兄様がセイに話題を振ると、考え事をしていた様子のセイが私たちを見た。
「え? ええ……そうですね。ヤハトゥールでは魔法を使える者がほとんどいませんでしたから、僕の魔力量が多いのか少ないのか確認したことがなくて」
そういえば、セイが魔法を使っているところを見た記憶がない。
「セイはどんな魔法が使えるの?」
「風・火・水・土は使えるみたいだ。先も言ったようにヤハトゥールでは使える者がいなかったから教えを乞うこともできなかったんだ。だから、これから使い方を学ぶのが楽しみだよ」
「そうだったの……」
確かに、私の場合は前世のオタク知識やイメージ力に加えて、マーレン師が魔力や魔法の使い方を指導してくださったこともあって制御が上手くなったのよね。うん。
まともに指導を受けずに魔法を行使していたら、それこそ暴走していたかもしれないもの。
「ヤハトゥールでは、魔力と言わずに神力と呼んでいました。神力を得た者は少なく、そのほとんどは帝をお守りするため神職に就くことが多いんです。ですが、僕は神力を持つ者を輩出した歴史のない武家の子でした。父がせっかく得た力なので、神職を希望しないのならば魔力を持つ者が集うというアデリア学園に留学して神力との違いを学びなさいと送り出してくれたんです」
「なるほど。そういうことだったんだね」
お兄様は納得したようだけれど、セイが実は帝が女官と結ばれて生まれた庶子で、正妃から命を狙われたから海を渡って逃げてきたのを私は知っている。
だけど、そんなことは公にできないからここではそういう話になっているのだろう。
セイがこちらをチラッと見たので、私は「了解」とばかりにコクリと小さく頷いた。
「魔力量や属性についてはいずれ測定があるから大丈夫だよ。その結果でクラス分けが決まるんだ。学問や教養の講座については大講義室でまとめて行われるんだけど、それ以外の講義は魔力量や能力、適正などによって振り分けられることになる。それまでは貴族も平民も一緒に学ぶことになるから気をつけてね」
「「はい」」
貴族と平民がごた混ぜになっての授業かぁ……学園では貴族も平民も平等に扱うことになっているから、はじめにその考えを覚えさせようってことなのかしら。
とはいえ、何かしら衝突が起こりそうで心配ね……
「さあ、もうじき着くよ。ほら、あの建物だ」
さほど遠い場所ではなかったようで、馬車はすぐに目的の講堂の車寄せで静かに止まった。
それと同時に出入り口からレイモンド王太子殿下が飛び出してきた。
「久しぶりだな、クリステア嬢! なかなか会えないから心配したぞ」
レイモンド王太子殿下は馬車の扉を開けるなり、にこにこと笑顔で言った。
「レイモンド王太子殿下、お久しぶりです。お元気そうで何よりですわ」
「レイと呼んでくれと言っただろう? クリステア嬢、入学おめでとう」
いやいや。学園内で親しげにレイ殿下だなんて愛称で呼ぼうものならどんな誤解を招くやら。
ここは全力でお断りいたします!
「あ、ありがとうございます。レ……」
レイモンド王太子殿下を遮るようにお兄様が私の前に立った。
「殿下、式の準備は大丈夫なのですか? 僕が不在の間は、殿下の確認なしでは進められなかったはずでしょう?」
「大丈夫だ、問題ない。滞りなく進行している」
あああ……殿下ったら、自信満々の表情で不穏なフラグが立ちそうなセリフは控えてほしいんですけどぉ⁉︎
「それならいいのですが……さあ、クリステア。他の生徒はもう中に入っているから、早く入ろう」
「クリステア嬢は俺がエスコートしよう! さあ、行こう!」
えっ? それはちょっと勘弁してほしい。
全校生徒が見ている中で殿下にエスコートされて入場なんてしたら、いらぬ憶測を呼ぶじゃないのおおおおぉ!
殿下が差し伸べた手を取るのを躊躇していると、またもやお兄様がガードしてくれた。
「殿下は会長として先導を。セイはその後に続いて。クリステアは身内である兄の僕がエスコートしますから。それが妥当でしょう」
……最近はすっかり春めいてきたと思っていたんだけど、なんだか冷え冷えとしてきた……?
「う……仕方ない。行くぞ」
殿下は渋々引き下がって、セイについて来るように言い、講堂に入っていった。
「さ、クリステア。僕たちも行こうか」
お兄様はいつもの優しい笑顔で振り向くと、優雅に手を差し伸べた。
「はい」
お兄様の手は少しひんやりしていたけれど、すぐにほわりとあたたかくなった。
私はお兄様のエスコートで目の前の講堂の大きな扉の先へ向かった。

---------------------------
先週12月10日(木)にコミカライズ版「転生令嬢は庶民の味に飢えている」12話が更新されております。
まだご覧になっていない方はぜひ! 今回出番のなかったモフモフ成分を存分に摂取できますよ!
そして、同時期に文庫版「転生令嬢は庶民の味に飢えている」二巻が発売されております。
書き下ろし番外編も収録されておりますのでこちらもよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )
しおりを挟む
感想 3,380

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

生前SEやってた俺は異世界で…

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん
ファンタジー
旧タイトル 前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~ ※書籍化に伴い、タイトル変更しました。 書籍化情報 イラストレーター SamuraiG さん 第一巻発売日 2017/02/21 ※場所によっては2、3日のずれがあるそうです。  職業・SE(システム・エンジニア)。年齢38歳。独身。 死因、過労と不摂生による急性心不全…… そうあの日、俺は確かに会社で倒れて死んだはずだった…… なのに、気が付けば何故か中世ヨーロッパ風の異世界で文字通り第二の人生を歩んでいた。 俺は一念発起し、あくせく働く事の無い今度こそゆったりした人生を生きるのだと決意した!! 忙しさのあまり過労死してしまったおっさんの、異世界まったりライフファンタジーです。 ※2017/02/06  書籍化に伴い、該当部分(プロローグから17話まで)の掲載を取り下げました。  該当部分に関しましては、後日ダイジェストという形で再掲載を予定しています。 2017/02/07  書籍一巻該当部分のダイジェストを公開しました。 2017/03/18  「前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~」の原文を撤去。  新しく別ページにて管理しています。http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/258103414/  気になる方がいましたら、作者のwebコンテンツからどうぞ。 読んで下っている方々にはご迷惑を掛けると思いますが、ご了承下さい。

「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。

亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません! いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。 突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。 里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。 そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。 三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。 だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。 とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。 いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。 町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。 落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。 そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。 すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。 ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。 姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。 そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった…… これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。 ※ざまぁまで時間かかります。 ファンタジー部門ランキング一位 HOTランキング 一位 総合ランキング一位 ありがとうございます!

ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?

藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」 9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。 そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。 幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。 叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

兄がやらかしてくれました 何をやってくれてんの!?

志位斗 茂家波
ファンタジー
モッチ王国の第2王子であった僕は、将来の国王は兄になると思って、王弟となるための勉学に励んでいた。 そんなある日、兄の卒業式があり、祝うために家族の枠で出席したのだが‥‥‥婚約破棄? え、なにをやってんの兄よ!? …‥‥月に1度ぐらいでやりたくなる婚約破棄物。 今回は悪役令嬢でも、ヒロインでもない視点です。 ※ご指摘により、少々追加ですが、名前の呼び方などの決まりはゆるめです。そのあたりは稚拙な部分もあるので、どうかご理解いただけるようにお願いしマス。

子持ち主婦がメイドイビリ好きの悪役令嬢に転生して育児スキルをフル活用したら、乙女ゲームの世界が変わりました

あさひな
ファンタジー
二児の子供がいるワーキングマザーの私。仕事、家事、育児に忙殺され、すっかりくたびれた中年女になり果てていた私は、ある日事故により異世界転生を果たす。 転生先は、前世とは縁遠い公爵令嬢「イザベル・フォン・アルノー」だったが……まさかの乙女ゲームの悪役令嬢!? しかも乙女ゲームの内容が全く思い出せないなんて、あんまりでしょ!! 破滅フラグ(攻略対象者)から逃げるために修道院に逃げ込んだら、子供達の扱いに慣れているからと孤児達の世話役を任命されました。 そりゃあ、前世は二児の母親だったので、育児は身に染み付いてますが、まさかそれがチートになるなんて! しかも育児知識をフル活用していたら、なんだか王太子に気に入られて婚約者に選ばれてしまいました。 攻略対象者から逃げるはずが、こんな事になるなんて……! 「貴女の心は、美しい」 「ベルは、僕だけの義妹」 「この力を、君に捧げる」 王太子や他の攻略対象者から執着されたり溺愛されながら、私は現世の運命に飲み込まれて行くーー。 ※なろう(現在非公開)とカクヨムで一部掲載中

はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~

さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。 キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。 弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。 偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。 二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。 現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。 はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。