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クリステアのお料理教室

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厨房に入った私たちはまずは自分たちにクリア魔法をかけてから私とセイと真白ましろは割烹着を着用し、他の皆はサイズが合わないのでそのまま続けることにした。
……今度、人数分のシンプルなエプロンを用意しておかなくちゃ。
「さてと、それではこれからごはんの炊き方をお教えします。まずは一通りやって見せますね」
私はインベントリから精米済みのお米の入った袋とボウル、土鍋を数個取り出した。
「まずはお米の研ぎ方ですが……お米は炊く前に水で中に混ざっているぬかやゴミを洗い流してから、浸漬しんせき……ええと、お米に水を吸わせ、それから土鍋で炊きます」
私は説明しながら米を測る。
「お米はコップなどを使って必ずすり切り……こうして棒やヘラを使って余分なお米を落として表面を平らに均します。それを数杯分繰り返して……何杯すくったか覚えておいてください。ここでは三杯としますね」
本当は、ちゃんと計量したいんだけど升がないからなぁ……でも、なくても炊けないわけじゃないからね。
「測ったお米をボウルに入れて、洗います。ここからは手早くしないといけないのでしっかり見ていてくださいね」
私はお米の入ったボウルを流しに運び、蛇口についた魔石に触れて水を出した。
この世界では水魔法の魔法陣を組み込んだ蛇口の水の魔石に魔力をほんの少し流すだけで水が出る。隣につけられた火の魔石にも魔力を流せばお湯になるというのだからとっても便利。
「お米を洗う際に気をつけなければならないのは、乾いたお米はとても水を吸いやすいので、まずはじめに水を入れたらすぐに水を流して捨てます。これは、米が水を吸ってぬかくさくなるのを防ぐためです」
片手で受けるようにして流してしっかり水を切る。
「これから米を研いでいくのですが、こう……指先を使って優しくかき回すようにします」
二十回程度かき混ぜてから水を入れ、底から軽く混ぜてから白く濁った研ぎ汁を捨てる。
「これを数回繰り返し、真っ白だった研ぎ汁がうっすらお米が見える程度になれば終了です」
前世だと精米技術が向上したこともあり、しっかり研がなくもよかったんだよね。なんなら研がずに使える無洗米なんてのもあったし。
私は精米したてのお米が美味しくて好きだったから、精米機が欲しかったんだよねぇ……
前世の美味しい炊き立てごはんを思い出しながら、お米をザルにあげる。
「これで研ぎ終わりました。今度は……」
「いよいよ炊くのか?」
大人しく見ていたセイ待ってました! とばかりに身を乗り出して言った。
「いえ、お米に水を吸わせます」
「なんだ、まだなのか……結構な手間がかかるものなのだな」
いやいや、セイさんや。
目に見えてがっかりしているけれど、美味しいごはん作りは時間も手間もかかるものなのだ。
そのくせ食べるのは一瞬なんだぜ……?
皆が「美味しい!」と喜んでくれるから頑張れるってもんですよ。
私の場合、自分が美味しいものを食べたいがために努力しているのもあるけどね!
「測ったお米に対して同量または二割増しのお水を入れます。先ほど何杯か覚えておいてくださいと言ったのはこのためです」
私は軽量に使ったコップを使い、水をボウルに入れる。
「こうして時間をおいてお米に水を吸わせます。夏場は短めに、冬は長めに水を吸わせます」
夏場は三十分以上、冬は一時間以上が目安かな。
「炊くまでに時間がかかるんだなて……」
「その間にお味噌汁を作りましょう。ええと、ごはんの量はこれだけじゃ足りないだろうからあと土鍋二つ分を……」
「我がやろう」
「おれもやる!」
「じゃあ、黒銀くろがね真白ましろ、お願いね」
私はお米研ぎを二人に任せ、インベントリから昆布や鰹節、それからお味噌を取り出す。
「昆布は硬く絞ったふきんで軽く表面を拭いておきます。鍋に水と昆布を入れてこれも少し置いておきます。それから、鰹節ですが……」
私は鰹節の削り器を取り出して鰹節を削って見せる。
「こうして、削り節を作ります。たくさん必要なので誰かやっていただけますか?」
「俺がやる」
セイが名乗りをあげたので、鰹節をセイに渡した。
「こうして、鰹節を削り器に当てて……」
セイの手を取り、削り器に鰹節をスライドさせる。シュッ、シュッ、シュッ……
軽快な音を立てて削り節ができていく。
うん、いい感じ。
「こんな風にやっていただけますか……セイ?」
セイを見ると、顔を真っ赤にさせていた。
「セイ、どうしたの? 顔が赤いけど……」
セイの手を持った時、特に熱かったりはしなかったけど……急に熱でも出たのかしら。
「な、なんでもない! こ、これをたくさん作ればいいんだな⁉︎」
セイはパッと顔を背けると、一心不乱に削り節を作り始めた。
「え、ええ……お願いね」
あの勢いなら体調不良ってこともなさそうだし、大丈夫かな。
「ええと、疲れたらどなたかと交代してくださいね。じゃあ今度は具を……」
味噌汁の具を何にしようかと振り返ると、白虎様がニヤニヤと笑っていた。
「白虎様、何か?」
白虎様がニヤニヤ笑いをしている時は要注意だ。
なにを企んでいるのやらと警戒していると、白虎様はニヤニヤ笑いをさらに深めた。
「いんや? 別にぃ? 春だなぁと思ってさ」
「は?」
「……トラ! お前は無駄口を叩いてないで手伝わんか!」
「へいへーい」
セイが注意すると、白虎様はセイの隣に立って鰹節を受け取ると、セイが白虎様の脇腹をゴツゴツと殴った。だけど白虎様はニヤニヤ笑いを浮かべたまま鰹節を削り始めたのだった。
……なんなの?
「まあまあ、クリステア様。バカトラのことは放っておきましょう。それで、お味噌汁の具はどうなさいますの?」
私が腑に落ちないまま二人を見つめていると、朱雀様が続きを促した。朱雀様もなんとなく生暖かい視線なのが気になるけど……
「あ、はい。そうですねぇ……」
お味噌汁といえば、定番は豆腐だけど……
ドリスタン王国では岩塩が主流だから海塩を作る際にできるにがりが手に入らないのよね。
豆腐を作るのにはにがりがほしいところ。
にがりに含まれる塩化マグネシウムが豆腐を固める成分らしいけど、マグネシウムなんて手に入るわけがないし……寒天や片栗粉で固めることも考えたものの、どうもしっくりこないのよね。
海塩づくりまでささすがに手を出せないし。
ひよこ豆を使ったり、お酢やレモンで代用できると聞いたことがあるから、今度試してみるか……
豆腐といえばワカメも入れたいところだわね。
また海に行ったらワカメも収穫しとかなくちゃ。
今日のところはコレとコレでいっとくか。
食品庫にあるストックを確認してから具を決めた。
「今日はキャベツと玉ねぎを使おうと思います」
どちらもクタクタに煮ると甘くて美味しいので、わたしはお味噌汁の具としてよく使っている。
ああ、豆腐さえあれば、油揚げも作って入れるのに……!
豆腐に未練を残しつつ、朱雀様と一緒に具材を刻む。キャベツは芯を薄切りにして葉は短冊切り、玉ねぎは細めのくし切りに。
「クリステア嬢、鰹節はこんなものでどうだろうか」
セイがボウルにたっぷりの削り節を盛って見せる。
おお……結構な量の削り節が。
「ありがとう。じゃあ、出汁の仕上げにかかりましょうか。あ……と、その前に」
浸漬が済んだお米をボウルから土鍋に移し、魔導コンロにかける。
初めから土鍋で浸漬すれば手間がかからないと思うかもしれないけど、それをやっちゃうと土鍋に水がしみ込んでひび割れしちゃうかもしれないからね。
初めは中火から強火にして、沸騰したら弱火に落として15分程度炊く。水がなくなったら10分から15分蒸らしてできあがり。
炊き上がるまでの間に味噌汁作り再開。
「水につけて置いた昆布ごと火にかけて、沸騰する前に昆布を引き上げます。ここにこの鰹節を……」
そう言いながら鰹節をひとつかみドサッと入れると、セイがギョッとした。
「そ、そんなに入れるのか?」
「ええ、このくらいは入れないと……これで、沸騰したら火を止めて、鰹節が鍋底に沈んだらふきんで濾して出汁の完成です」
それから、出汁の入った鍋を火にかけ、玉ねぎを入れて火が通って透き通ってきたらキャベツを入れる。キャベツにも火が通ったら、お味噌を溶き入れて沸騰する前に火を止める。その間にご飯が炊けたので、蒸らすためにしゃもじでごはんを軽く混ぜておく。
「これで、お味噌汁とごはんの完成です。簡単でしょう?」
笑顔でセイたちに問いかけると、セイが神妙な顔でこちらをみた。
「手順は、教わってみれば簡単だが……手間ひまかけているのがよくわかった。いつもこれだけのことをしてくれていたのだな……ありがとう」
セイはそう言って深々と頭を下げた。
「えっ! あ、いやその、慣れたらそんなに大変なことじゃないのよ? 私はただ、美味しいものが食べたいだけだし……」
あわあわと慌てて言うと、セイがプッと笑った。
「そうだな、クリステア嬢はトラたちに負けず劣らず食いしん坊だったな」
「……! セイったらひどい!」
私が抗議すると皆が堪えきれないように笑った。

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12日にコミカライズ版庶民の味11話が更新されております!
コメント機能も実装されましたのでぜひ~!
私はコメントができないのですが(そういう仕様だそうです)皆様のコメントを楽しく拝見させていただいております( ´ ▽ ` )
ありがとうございます!
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