転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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私たちの前に立ち塞がる影

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デザートのプリンを食べ終えた私たちは、後片付けをするというミリアを残して部屋を出た。
ホールでセイたちにおやすみと挨拶をしてから別れ、部屋に戻った私はミリアが戻るまでの時間をどうやって過ごそうかと思案した。
ミリアに食事を摂ってから戻るようにと告げてきたので、戻るまでしばらくかかるだろう。
お茶を淹れようかと思ったけれど、そんな気分でもない。
「そうだ、お風呂の準備はできてるってミリアが言っていたから戻る前に入っちゃおうかな?」
そのままバスルームに向かおうとした私を阻むように輝夜かぐやが立ち塞がった。
『ちょいと! アタシのメシはどうなってんだい? メシも出さずに置いていっちまってさあ! 待ちくたびれたよ!』
「置いていったなんて人聞きの悪い。一緒に行こうとしたら逃げて隠れちゃったのは輝夜かぐやじゃない」
『にっ逃げてなんかない! あれは、そう、戦略的撤退ってやつさ! そもそもあんなおっかない奴らと一緒に食事なんて、食べた気がしないじゃないか』
「やっぱり怖くて逃げたんじゃない……まあ、強制的に人型にされたり、着せ替え人形にされたりとひどい目にあってるから気持ちはわからなくはないけど」
『そういうことじゃなくて! アンタにゃ奴らの怖さはわからないんだろうけどさ……そ、そんなことよりメシだよメシ! 早く出すモン出しな!』
不良のカツアゲか!
思わず心の中でツッコミを入れつつも、待たせてしまったのは確かなので、先に輝夜かぐやのごはんを出してあげることにした。
『アレがいい! 唐揚げ! 唐揚げを出しな! それからおかかのおにぎりだよ!』
輝夜かぐやがてしてしと床を叩きながらお皿の前でリクエストする。
唐揚げねぇ……まあ、あるけど……
「はい、どうぞ。おかかおにぎりは……はい」
インベントリに入れておくと、おにぎりの種類も把握できるし簡単に取り出せるので便利だ。しかもできたて熱々のままだ。
今のところ備蓄はたくさんあるけれど、輝夜かぐやは結構偏ってリクエストする傾向があるから、この調子だとすぐになくなっちゃうかもしれないわね。
『熱ッ! アンタね、アタシは猫舌なんだからこんな熱いの出すんじゃないよ!』
姑の如く文句を言いながらも待ちきれないようで、ガツガツと貪るように食べはじめた輝夜かぐやに呆れながらも水魔法で冷たい飲み水を出してやる。
「いいなぁ……」
「え?」
ポツリと呟く声に振り向くと、真白ましろ黒銀くろがねが羨ましそうに輝夜かぐやを見つめていた。
ああ……そうだよね。私についてきたばかりに、寮の食事を食べているんだもの。
私の魔力が込められた料理を好んで食べている二人にとって、この状態は羨ましいに違いない。
「二人もまだ食べられるでしょう? 同じものを出しておくから食べててね。私はその間にお風呂に入ってくるから」
「やったぁ! くりすてあ、ありがとう!」
「主……かたじけない」
私はテーブルに唐揚げとおにぎりを出して、いそいそと嬉しそうに座る真白ましろ黒銀くろがねを見届けてからバスルームに向かった。

ミリアが用意してくれていたので、ばっちり私好みのお湯加減でキープされていたお風呂にゆったり浸かる。
バスタブは魔導具で、これが適温と決めた温度で保温する機能が付いている。
バスタブの縁にいくつか付いている魔石に触れると追い焚きをしたり、ぬるくしたりもできる。
今のところ、水を満たす、沸かす、冷やす、保温する、の機能が付いている。
でもこれって、ジェットバスとか、マッサージ機能とかつけられるんじゃないかな?
魔導具製作の授業もあるはずだから、そういう機能が付けられないか、調べてみようかなぁ。
……一番手っ取り早いのは、領地の職人街にいる魔導具師に頼めばいいんだけど……
腕はいいのだけれど、魔導具狂いとして鬱陶しがられて王都を追われたくらいの魔導具狂いだからなぁ……
ガルバノおじさま経由でお願いした魔導具は、どれも素晴らしい出来だったけれど、納品された時についていた取扱説明書とともに開発に苦労した点などが事細かに書かれていたのでドン引きしたことがある。
私が特殊な注文をするもんだから「魔導具に理解がある、興味がある人物」としてロックオンされたらしいと、魔導具師を知っている冒険者ギルドのギルドマスターであるティリエさんに言われた。
「あらまあ、クリステアちゃんったらモテモテねぇ?」なんて、愉快そうに。
ガルバノおじさまに「一度依頼人と直に話させろ!」と詰め寄っているとも聞いた。
正直言ってめんどくさいことになりそうなので、丁重にお断りしておいた。
学園の設備だし、ましてや特別寮の中なので来てもらうわけにもいかないしね。
ぼんやりしてたらのぼせそうになったので、私は慌ててバスタブから出たのだった。

ちょうどバスルームを出たところで、ミリアが戻ってきた。
「クリステア様、お湯加減はいかがでしたか?」
「いい湯加減だったわ、ありがとう。食事はちゃんと摂ったの?」
「ええ。しっかりいただきました。お気遣いありがとうございます。まあ、クリステア様、ちゃんと髪を乾かさなければ」
ミリアは穏やかに微笑みながら、私を居間へ連れて行き、巻いていたタオルで丁寧に拭いてくれた。
「ねえ、ミリア。ここは学園ではなくて寮なのだから、学生としてやるべきことはできるだけ自分でやろうと思うの」
「クリステア様はどちらかといえばよそのお嬢様よりご自身の身の回りのことをなさっておいでですが……?」
ミリアはきょとんとして言う。
他のお嬢様方の場合、朝はゆっくり寝坊して侍女に優しく起こしてもらったり、服を着せてもらったり、ごはんは上げ膳据え膳だったりするんだっけ。
私はというと、メイド並みに早起きして朝ヨガして、服も自分で着替えるし、なんなら調理場へ行って朝ごはんを作ったりもするし……うん、確かに。
「ええとね、これから厨房が使えるようになれば、私が料理することになるでしょう? たまに手伝ってもらうことはあるだろうけど、基本的にその時間は他の仕事をして、食事は一緒に摂れたらいいなと思ってるの」
「いえ、私は使用人ですから同席するのは……」
「ミリア、この特別寮では一緒に食べてちょうだい? お願い」
さっき、誰もいないテーブルに一人ついて食事しているミリアを想像してしまった。
館なら他の使用人と賑やかに食べていただろうに、ここにきてしまったせいでポツンと一人寂しく食べることになってしまったと思うといたたまれない。
「一人で落ち着いて食べたいのならしかたないけれど、ミリアにも楽しく食事してもらいたいの。お願い」
私はもたれていたソファから身体を起こし、髪を拭くミリアの手を取りギュッと握った。
「……わかりました。ですが、給仕などは私がします。クリステア様は私の仕事をとらないでくださいね?」
ミリアは真剣に見つめる私に、ふふっと柔らかく微笑み、手を握り返してくれた。
「ええ! もちろんよ!」
よかった、私にとってミリアは侍女でありお姉さん的な存在なのだ。ぼっちメシなんてさせたくない。
「そうと決まれば、明日は厨房を明け渡してもらうべくニール先生をせっついて掃除するわよ! ミリアも手伝ってね?」
「はい、かしこまりました。さあ、クリステア様。御髪を乾かしましょう?」
「はぁい」
私はくすくすと笑うミリアに促され、再びソファの背にもたれたのだった。

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いよいよこの月末に本作の書籍4巻が発売となります!
レジーナのサイトのアンケートに答えていただければ、今回のために書き下ろした番外編も読めるようになりますので是非!
毎回、WEB限定書き下ろしでは脇キャラの視点でのお話を書いておりますので読んでいただけると嬉しいです。
過去の書き下ろし分も読めますので、見逃していた方は是非~!

残念ながら書籍は今回で最終巻となりましたが、WEB連載は細々と続ける予定です。
また、コミカライズの連載再開ももう少ししたらよいお知らせができそうです。
ではでは、よろしくお願いいたします!
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