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4巻

4-3

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「ふん、おぬしは身の程をわきまえよ」
「……いのちびろいしたね?」
「すすすみませんでした……」

 大きいはずのアッシュさんが気の毒なくらい小さくなっていた。尻尾と耳も怯えるように下がっている。
 獣人さんって、耳と尻尾で感情がモロバレなんだね。うう、触れないのが本当に残念。
 未練がましくアッシュさんを眺めていると、視線を感じたのか、彼は尻尾を隠すようにしながらそそそ……とティリエさんの陰に隠れてしまった。
 そして帰り際も、微妙にアッシュさんに距離を取られてしまい、地味~にダメージが……
 ……セクハラ令嬢と思われていそうで辛い。


 その後の話し合いで、アッシュさんは我が家の使用人の住居スペースに移り住む運びとなった。
 そのため、使用人たちには彼が銀狼族という獣人であること、危険はないのでむやみに避けたり、差別したりしないこと、などをあらかじめ通達しておいた。
 特に「耳や尻尾にみだりに触るべからず」と厳命するのは忘れない。獣人の少ないドリスタン王国では、その行為が性的なお誘いになるなんて皆思いもよらないだろうからね。私も知らなかったし、情報共有は大事よね!

「あの、クリステア様……獣人じゃなくてもいきなり耳や尻尾……ええと、その……か、下半身に触れるなんてことはしないと思うのですが」
「……そ、そうかもね。でも、ほら念のために注意喚起をね?」

 赤くなったミリアから、もっともなツッコミをいただいてしまったよ……そうだよね、普通に考えたら、とんだセクハラ行為じゃないか。
 もふもふに目がくらんで危うくとんでもないことをするところだったよ。
 でも、冬毛だからなのか尻尾がもっふもふだったんだもの……もふもふ好きとしては堪能したくなるのは仕方ないよね!? ね?
 駄目だとわかっていても、目の前であのもふもふ尻尾がゆらゆらしていたら、うっかりもふハラしてしまいそうで恐ろしい。
 そんなもふ欲を昇華すべく、私は真白たちのブラッシングタイムを強化することにしたのだった。


 そうこうしているうちに、お母様やシンたち後続組が馬車で領地に帰ってきた。
 王都から我がエリスフィード家の領地までは、馬車で二日弱の距離だ。その間、延々と馬車に揺られ続けるのはやはりしんどいらしく、皆お疲れ気味だった。
 そのうえシンは、館に到着するなり運悪く待ち構えていた料理長に捕まってしまい、王都で作った新作レシピについてあれこれと質問責めにあっている模様。
 実は私も領地に戻って以降、料理長の熱い視線を感じていたのだけど、捕まったが最後、簡単に放してもらえないという経験則から、気づかないふりをしていた。
 ほら、私も王都の料理長の相手でちょっとお疲れ気味だったから仕方ないよね?
 それにレシピを持ち帰ったのはシンなんだし……ね?
 ……シン、ごめん。健闘を祈る。


「なかなか濃い年明けだったようだのう?」

 私が戻ったことを知ったセイが、久々に市松人形のような着物姿……いちまさんスタイルで我が家にやってきた。
 前世の日本に似た文化を持つヤハトゥールの食材や工芸品、美術品を扱うバステア商会に居候いそうろうしているセイは、大体いつもいちまさんスタイルでいるけれど、それは仮の姿。本当は少年である彼は、事情があって今は女装……もとい、変装しているのだ。
 セイが土産みやげにバステア商会で年末についたというお餅を乾燥させたものを持ってきてくれたので、お持たせのそれを焼き、あんを添えて出してみた。

「おお、すまぬな」

 セイは箸を使って器用にあんをお餅で包み、嬉しそうに食べはじめた。

「王都は色々と楽しかったけど、社交界ってのが厄介だったのよねぇ」

 私も久々のお餅を堪能する。ああ、美味しい……ただ、甘いあんのあとはしょっぱいものが欲しくなるのよねぇ。

「そうか、クリステア嬢は城へ行ったのだったな」
「そうよー。学園入学前に交流を深めるとかいう名目でね。社交界デビューはまだ先だけれど、徐々に慣れさせる目的もあるみたいね」

 ふむ、二個目のお餅は砂糖醤油じょうゆでいってみるか。
 セイも食べたそうにしていたので同じものを渡す。

「お嬢、俺にも同じのくれ!」
「白虎様にはさっきお餅を三つもあげたではありませんか。まだ食べるんですか?」
「甘いの食べたらしょっぱいの食べたくなるだろぉ?」

 ぐっ、私と同じこと言ってる……
 仕方がないので同じものを四神獣の皆様――白虎様、朱雀すざく様、青龍せいりゅう様、玄武げんぶ様に……催促がすごいので二個ずつ渡す。

「ウチの大食漢どもがすまぬの。しかし、そうか……もうすぐ学園入学か」
「そうね。雪解けの頃には向こうに行くことになるのかしらね?」
「そうだな。我々は王都の近くまで転移を使い、そこからバステア商会の支店に移動するつもりなので、ギリギリまでここにいる予定だ。前もってトラ――白虎に転移先を定めておいてもらったのでな」

 あっいいなぁ……私も転移で移動したい。
 帰る前に王都の館の自室にマーキングしてきたので、いつでも転移できるはずなのよね。試してはいないけど。

「でもそんなに大っぴらに転移しても大丈夫なの? 転移は稀少レア魔法だから、秘密にしておかないと能力を利用しようとするやからに狙われてしまうわよ?」

 私はドリスタン王国の事情にうといだろうセイに、老婆心ろうばしんながら忠告する。
 いつも買い物のためにバステア商会へホイホイ転移している私が言えた義理ではないのだけど……

「もちろん移動の際は十分気をつけるつもりだったが……そうか、もう少し慎重になるべきかな。何もなければ陸路を行くところだが、それだと追手に狙われやすいと思ってな」
「追手?」
「……どうやら自分がヤハトゥールを離れただけでは不安らしい。正妃の手の者が刺客としてドリスタンに差し向けられたようだと義父から連絡が入った」
「そんな……」

 ヤハトゥールの帝の庶子であるために、命を狙われていたセイ。やっとの思いでここ、ドリスタン王国まで逃げてきたのに……どうしてそっとしておいてくれないの?

四神獣こやつらが兄上を次期帝として守護しておれば、奴らとて庶子の自分のことなど気にもしないだろう。だが、いつまでたっても兄上のもとへ顕現けんげんしないので、さすがにおかしいと奴らも気づいたらしいな」

 なるほど。四神獣の皆様は基本的に、次の帝となる人と契約し、その人を護る。ところが、彼らがお兄さんのところに現れなかったから、もしかして……? とカンのいい誰かに気づかれてしまったってことなのね。
 四神獣の皆様は次期帝となるセイを守護するために契約したのに、皮肉なことに、再び刺客に狙われる原因になってしまった、と……

「あら、今の私のあるじはセイ様でしてよ? 他の殿方に仕えるだなんてあり得ません。追手など私が返り討ちにしてみせますから心配無用ですわ」

 朱雀様、とってもカッコいいことおっしゃってますが、お餅を箸でつまんだままのドヤ顔では締まりませんよ……?

「そーだなあ。俺もあのババアは気に入らねぇな。その息子もいいなりのお人形でしかないから仕える気にゃならねぇしよ」

 ……白虎様、そんなこと言いながら皿をこちらに寄越しておかわりを要求しないでください。
 いいこと言ったからあげますけど。

「私も同意見ですね」
「……ん」

 青龍様と玄武様も二人に続く。
 ……チラチラとこちらをうかがってくるので、お二方にもお餅を追加した。すると朱雀様が切なそうにこちらを見つめてきたので朱雀様にも。

「移動方法については再度検討しよう。頼りになる護衛もいることだしな。……ふ、お前たちがに留まる本当の理由は、クリステア嬢の料理だろう?」

 セイは苦笑まじりに指摘する。
 いやいや、まさか。それはないでしょう?

「皆に言っておくが、学園に入学したら今のようにクリステア嬢と接することはできないぞ」

 うん、それはまあ……そうだね。
 セイは男子生徒として入学するので、今と同じように気軽にお茶なんてできっこない。【おセイちゃん】と私はお友達だけど、ヤハトゥール国からの留学生である【セイくん】とはそもそも接点がないはずなのだ。
 親しげにお茶なんぞしているのを見られようものなら、いらぬ憶測を呼んでしまいかねない。

「「「「えっ!?」」」」

 えっ!? って、えっ?
 なんですか、その「聞いてないよ!?」みたいなリアクションは?

「じゃ、じゃあメシはどうすんだよ!?」

 えっ!? 白虎様の心配ってそれなの!?

「ぷ、ぷりんは!? クリステア様の作ったプリンはどこでいただけるんですの!?」

 ……朱雀様。貴女もですか。

「「……(コクコク)」」

 青龍様に玄武様まで!?

「……まったく。お前たちは勘違いしているようだが、クリステア嬢がこうして美味うまい料理を振る舞ってくれるのは善意からだ。それを当然のように要求するのはおかしいだろう。そもそもないのが当たり前なんだぞ?」
「「「「……」」」」

 ああ~皆様しょんぼりしちゃった。

「あの、そうはいっても食材を提供していただいたりしてますし、真白や黒銀を紹介していただいたりもしましたし……」

 ちょっとかわいそうになってきたのでフォローしておかねば。

「これだけの大食らいなのだから食材の提供ぐらい当然だ。聖獣契約にしても、トラの勇み足が原因なのだからクリステア嬢が気にすることはない。むしろ面倒な状況に追い込んで申し訳ないくらいだ」
「そんなことは……」

 あるけど。あるけどね? でも、もふもふライフは充実しているし、食生活も向上したし、悪いことばかりじゃないんだよね。
 それに、これだけ美味しそうに食べてくれてるのに、いきなり放り出すのは、ねぇ?
 うーむ、どうしたもんかしら。
 ええと……取り急ぎ、王都へ向かう前に大量にストックを作って渡しておくとしても、この大所帯に加えて大食漢揃いとくれば、あっという間に底をついちゃうよね。
 要は、ストックがなくなってからのやりとりをどうするかが問題か……
 今までのように白虎様が深夜、私の部屋に転移してこようものなら大変なことになるに違いない。女子寮に、神獣とはいえ男性が現れたら大問題だもの。
 変質者扱いされるか、はたまた私が男性を引き入れるふしだらな女生徒扱いされてしまうか……いや、年齢差を考えたら白虎様が変質者扱いされるわよね……

「おいこら。誰が変質者だ、誰が」
「えっ!? 今、白虎様と念話なんてしてませんよね?」

 なぜバレたし。

「クリステア様、全て口に出されてましたよ。それに私、大食漢じゃありませんわ……」

 朱雀様が困ったように言った。

「えっ!?」

 マジか……恥ずかしい。気をつけないと。

「クリステア嬢、こやつらのために色々と考えてくれるのはありがたいが、クリステア嬢の不利益にしかならないのだから無理をすることはない」

 セイは私のためを思って言ってくれていると思うのだけれど……

「でも、セイもたまには故郷の味を楽しみたいでしょう?」
「……っ!」

 私がそんなことを言うとは思ってもみなかったのか、セイは目を見開いた。
 白虎様たちをたしなめつつも、こうして一緒に食べに来るのは、やはり故郷の味が恋しいからなのではないかと思うのよね。
 私も、前世を思い出してからは日本の料理が食べたくて仕方なかったし。
 命を狙われ、やむなくドリスタンへ来たのだから、きっと色々なものを諦めてきたに違いないよね。そんな中、せっかく味わえる故郷の味なんだもの。
 私が作る料理なんかじゃ物足りないとは思うけれど、せめてこれくらいは諦めないですむようにしてあげたいじゃない?

「……先ほども言ったように、クリステア嬢が無理してまですることではないし、させたくはない」

 無理ねぇ……しているつもりはないし、料理は苦にならないから受け渡し方法さえなんとかなれば、問題ないと思うのよね。
 どのみち週末に王都の屋敷で自分たちの分は作るつもりだし。それに、ドワーフのガルバノおじさまにお願いして携帯用の魔導コンロとかを作ってもらっているから、学園内でこっそり料理できないかと思っていたりもする。
 そのことを伝えると、セイは戸惑いながらも「……かたじけない。恩に着る」と深々と頭を下げたのだった。

「やだ、セイったら。私たち、友達でしょう? 困った時はお互い様なんだから助けるのは当然よ。……おおっぴらに手助けできないのは申し訳ないけれど、せめてこのくらいはさせてほしいわ」
「クリステア嬢……ふ、そうだな。友か……ありがとう」

 セイは嬉しそうにふわりと笑った。
 さて、納得してもらったところで。

「要は受け渡し方法なのよ」

 それさえクリアすればいいと思うのよね。

「そうだな……さすがにクリステア嬢のところへ押しかけるわけにはいかんし……」

 どうでもいいけど、セイさんや? 言葉遣いが雑になってきてませんかね?
 いちまさん姿には似合わないよ……

「めんどくせえなぁ。俺がお嬢の部屋まで転移して取りに行きゃいいんじゃねぇ?」
「却下します」

 白虎様、変質者呼ばわりを嫌がるくせに、乙女の部屋に入り込むことに疑問を持たないとか、おかしくないかな?
 女子寮じゃなくて王都にある屋敷のほうに来てもらえばいいかもと一瞬考えたけれど、王都には国王陛下と契約している聖獣――レオン様がいる。他国の神獣である白虎様が頻繁に出入りしてたら、ややこしいことになりそうな気がする。
 それに勘のいいお兄様が、覚えのない魔力を察知して警戒しそうだし。

「じゃあどうすんだよー?」

 ぶーぶーと不満げな白虎様。うーむ、このままじゃ本当に白虎様が我が家へ押しかけてきかねない。

「我が遣いをしてやろう」
「えっ? ……いいの?」

 黒銀から言い出すなんて珍しい。
 黒銀は、朱雀様とついついケンカしてしまい、怒った私にごはん抜きを命じられたりする。それを恐れてか、最近はセイたちがいる間はあまり関わらないように傍で静かにしていることが多いのだ。なのに、どういう風の吹きまわしなのだろう。

「かまわん。あるじの料理を届けるだけなのだろう? どこかで落ち合って渡せばいい……そうだろう? 白虎の」
「ああ。でもいいのか?」
「ふん。おぬしからの借りは早々に返したが、逆におぬしらに貸しを作っておくのも悪くないと思ってな」
「うぐっ……仕方ねえ。背に腹はかえられん」

 ふふん、とドヤ顔な黒銀に対し、ぐぬぬと悔しそうな白虎様と……背後の朱雀様。
 と、とりあえず受け渡しのルートを確保したってことで……ひと安心、かな?
 ふむ。セイたちのごはんについては、黒銀が定期的にデリバリーすることで解決した。
 保存についても、白虎様をはじめとした四神獣の皆様はインベントリ持ちらしいので、いたむ心配はない。なら、できるだけ多めに渡すとして……

「皆様、メニューについて何かリクエストはございますか?」

 やはり各々食べたいものが違うだろうし、かたよらないようリクエストを聞いておかないと。

「あ! 俺はアレがいい! ギュードンとかいうやつ!」
「ギュード……? あ、牛丼か。以前、ビッグホーンブルのスジ肉で作った牛すじ丼ですね」

 黒銀や真白と初めて会った時にどら焼きのあとに振る舞ったんだった。

「ああ、アレか。あの牛すじは実に美味うまかった」

 黒銀もうんうんと頷きつつ同意する。

「だろお? アレさあ、汁たっぷりで生卵かけたらいと思うから試してみたいんだよなぁ」
「卵か……なるほど、それは美味うまそうだ」

 ちょ、白虎様ったらつゆだくにギョクとか知らずに、自分で思いついたのか……食に関する執着は私よりすごいかもしれない。

「何? ギュー……ドン? ……トラよ、我らの知らぬ間に他にもいものを食べていたのか?」
「あっ! やべ」

 内緒にしてたの忘れてた! とばかりに慌てる白虎様。
 ……あ、そうか。聖獣契約騒ぎの時に食べたきりだから、セイたちはまだ食べたことがないんだった。

「セイ、私たちが牛丼を食べたのは、黒銀や真白が私と聖獣契約するために来た時なの」
「……ああ、あの騒ぎの時か。まったく、トラはろくなことをせん」

 セイがジロリと睨むと、白虎様は悪戯いたずらが見つかった子どものように大きな身体を縮こまらせた。

「まあいい、トラがそう言うくらいだから美味うまいのだろう。申し訳ないが頼めるだろうか? ……生卵は抜きで」

 あら、白虎様は食いしん坊なだけあって味に関しては信用されてるのね。

「わかりました。卵は少し火を通したものをご用意しますわ」

 生卵はダメでも温泉卵なら大丈夫だろう。ああ、私も久々に食べたくなっちゃった。
 セイたちの分のついでに私たちの分も作らなきゃね。
 それから朱雀様はプリンや茶碗蒸し、青龍様はオーク汁におにぎり、玄武様は親子丼をリクエストした。

「ええと、それからその……オ、オムライスを作ってもらえると嬉しい」

 ほんのり顔を赤らめてリクエストするセイ。

「せっかく故郷の味をと言ってくれたのだが、アレが美味うまかったのでまた食べたい」

 あ、そうか。さすがにヤハトゥールにはオムライスはないわよね。
 だけど、ごはんを使った料理だから、馴染なじみやすかったんだろうな。

「わかりましたわ。ふわとろの美味しいオムライスを作りますね」

 そう告げると、セイは嬉しそうに「ありがとう。楽しみにしてる」と微笑んだ。
 その他にもリクエストをもらい、できる範囲で作りますということで了承を得た。
 大量の作り置きになるので、料理を盛り付けるための器や寸胴鍋ずんどうなべなどの手配をバステア商会にしてもらうようお願いする。
 その流れでセイが食費を全額負担すると申し出たものの、これまでと同様ヤハトゥールの食材との物々交換で手を打つことになった。

「王都にあるバステア商会の支店でも最近ヤハトゥールの食材が売れるようになったため、定期的に届けるようにしている。せっかくだから珍しいものも一緒に入荷するように手配しよう」

 セイとバステア商会で初めて会った時に側にいた大男さんが、定期連絡も兼ねて王都の支店とエリスフィード領の本店とを行き来し、極力在庫切れが出ないようにしてくれるという。
 そこで、料理の受け渡しは支店でおこない、そのタイミングで私がリクエストする食材のメモを渡してもらうことにした。
 やったね! 帰省の度に和食用の食材を買い込まなくてもよくなったぞー!
 セイは、はしゃぐ私を見てその理由を察したのか、ボソリと言った。

「……クリステア嬢、言っておくが現在の王都支店で一番の上得意は、エリスフィード公爵家だ」

 ……なるほど。買い込む必要なんてはなからなかった……と。



 第三章 転生令嬢は、ひたすら料理する。


 セイたちからリクエストを聞いた私は、ひたすら料理を作った。
 さすがに一日で作れる量ではなかったので、学園入学後、真白や黒銀に食べさせるためのストックだと偽り、毎晩夕食後に調理場を借りて作りまくった。

「さて……と。これであらかた作り終わったかな?」

 リクエストされた分はおかわりも見越してかなり多めに作っておいた。
 これだけあれば食いしん坊の四神獣の皆様でも大丈夫……だと思う。多分。
 ついでに私たちの分も作ったせいで、毎日周囲がドン引きするほどの、ものすごい量になってしまった。
 冷めたりいたんだりしないようにと、作る端からインベントリへしまわれていく料理を、試食を期待して居残っていた料理長たちが「あああ……」と残念そうに見つめていたけれど……気にしないことにした。
 まったくもう、自分たちで作れる料理ばかりなんだから、食べたいのなら自分で作ればいいのに。まあ、人に作ってもらう料理のほうが美味しそうに見える気持ちはわかるけどね。
 お父様もお夜食として食べられるんじゃないかと期待していたらしく、自分の分はないと聞いてがっかりしていたと、あとから聞いた。確かに、最近は皆の料理の腕が上がったので私が作ることはあまりなかったかもしれない。そろそろ新作を作らないと、料理長に詰め寄られそうだわね。

「……それにしても、見事にお肉料理ばかりになってしまったわね」

 セイたちのリクエストのほとんどがお肉メインの料理だったのだ。
 せめてもと豚汁ならぬオーク汁はお野菜たっぷりの具沢山にしたけれど、それでも野菜が足りない。夏野菜をピクルスにしたものや、おひたしなど色々追加するとして……魚料理がないなぁ。
 在庫がたくさんあるさけ――もとい、シャーケンの塩焼きや、身をほぐしてフレークにしたものを、ふりかけとして使ったりお茶漬けにしたりしてもらうことにしよう。おにぎりの具にもいいよね!
 あとは……まだまだ寒いこの季節なら、お鍋なんてどうだろう?
 たらみたいなお魚とか、この世界にいるかなあ? 海老えびかにもあるといいよねぇ。
 次はお魚のメニューを充実させようと心に決め、自室へ向かった。


「ねえ黒銀、今の時期にとれるお魚って何だと思う?」

 自室に戻った私は、長いこと放浪していただけあって物知りな黒銀に聞いてみることにした。

「……我はあまり魚を食わんので詳しくはわからぬ。気は進まぬが、あのセイレーンのオスに聞けばよかろう」
「あっそうか。その手があったわね」

 以前、港町に訪れた際に出会った、美少女と見紛うばかりのセイレーンでは珍しい男の……じゃない、少年にお願いして、お菓子を報酬にまた追い込み漁をすることにしよう。


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