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4巻
4-2
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獣人がこの世界にいることは知っていた。
だけど、ここドリスタン王国にはあまりいないと聞いていたし、街でも見かけなかったから、まさかここで獣人族が出てくるとは思わなかった。
「ええ。元々はとあるパーティーに所属していた冒険者だったんだけど、商隊の護衛任務中に怪我を負ってしまってね。どうにかこの街までたどり着いたものの、怪我が治っても元のように動くのは難しかったみたいで。斥候役なのに動けない役立たずはいらないって、うちのギルドに着くなりパーティーをクビになって置いていかれちゃったのよ」
「そんな、ひどい!」
なにそれ、仲間なのに役に立たないから置いていっちゃうなんて!
「でしょう? 幸い、手切れ金代わりに成功報酬はきちんともらったらしいから、しばらくはギルドが運営している冒険者用の宿に格安で泊めて、ギルドの下働きをしてもらってたんだけど……」
「ならば、そのままギルドで雇えば良いではないか」
お父様、冷たい! 正論かもしれないけど!
「そうは言うけど、獣人族なんてここらじゃ滅多に見ないでしょう? 各地を転々とする冒険者たちは慣れっこだけど、街の連中が怖がっちゃって……」
ほう、とティリエさんはため息を吐く。
なるほど、近隣の住民の方々から苦情が入ったってことか。
「そんなに恐ろしい風貌なのですか?」
確かに、熊のように恐ろしい外見だったら怖くて近寄れないかもしれない。
「そんなことないのよ。銀狼族と人族とのハーフらしくて、怪我の跡はあるけど、人の姿に耳と尻尾が付いたくらいの違いしかないもの。それでも皆怖がるのよねぇ」
「えっ! ……あ、そ、そうなのですか」
なんだってーッ!? ケモ耳キター!?
しかも銀狼族って、オオカミさん? ひゃー! マジかぁ、かっこいい!
私は興奮を隠しつつ、話の続きを促した。
「本人も気にしてるからどうにかできないかしらって思ってたんだけど、この間、酒場でベーコン料理を試食したら、彼がその味にものすごく感動しちゃって。『ベーコン職人になりたい!』とか言い出しちゃったのよね」
「は?」
「ここなら人目にもつかないし、職人不足も解消できるしで、ちょうどいいから雇ってもらえないかなぁ、って思ったの」
……ティリエさん。エヘッ? ってウィンクしながら言ってもお父様には通用しませんよ?
「くだらん。ベーコン料理が気に入ったのならギルドの酒場で雇えばいい」
ギロッとティリエさんを睨みながら答えるお父様。うーむ、取りつく島もない。
「そうは言うけど、ギルドの酒場には街の人だって来るのよ。それじゃ根本的な解決にならないじゃない! ねえお願いよ。真面目な性格で、骨惜しみなく働くいい子なの。きっと役に立つから!」
お願い! と必死に頼み込むティリエさんは、面倒見がいいんだろう。シンも、冒険者だったお母様が亡くなった時になにかと面倒を見てもらったって言ってたし。オネェで男癖悪そうだけど、こういうところがあるから慕われてるんだろうな。
うん、ここは私もひと肌ぬぐとしますか。
「お父様、とりあえずその方と会ってお話ししてみるのはいかがでしょう?」
「む、しかし……」
「獣人族の方は総じて身体能力や体力がずば抜けていると聞いています。そのうえ真面目とあらば、燻製の生産量を上げるにはうってつけなのではないでしょうか。実際にお会いして、人となりを見てから決めるのでも遅くはないのでは?」
まあ、私が会ってみたいからっていうのが一番の理由なんだけど。
だって、ケモ耳だよ? オオカミさんだよ? 我が家には黒銀がいるけれど「そんな半端な姿になどなる意味がない」って、ケモ耳姿にはなってくれないんだよね……残念!
ふふ。マリエルちゃんが知ったら「ちょっ、マジですか!? うっわ、今からそっちへ行くわ!」と鼻息荒く飛んできそうだわね。
「……良かろう。娘の顔を立てて、会うだけは会ってやる。雇うかは保証しないがな」
「十分よ! ありがとう!」
ティリエさんは嬉しそうに礼を言い、私が用意したお菓子をしっかり平らげたあと、見送りは不要と、忙しなく帰っていった。ちなみにティリエさんの手にはお土産のお菓子がしっかりと抱えられていた……
「まったく、騒々しいやつだ。クリステア、今回は其方の願いだから面接だけは許可したが、雇うかは別問題だぞ」
お父様はそう言い、眉間にシワを寄せてふぅとため息を吐く。
まあね、シンの時も相当粘ってようやく雇ってもらったんだもの。ティリエさんが紹介者として責任を持つとはいっても、お父様の立場上、そうホイホイと雇うわけにはいかないのだろう。
そもそも我が公爵家に勤めているというのは、ある種のステータスらしく、人気の職場なんだって。
前世でいうところのお見合いの釣書に書けば箔がつくとか、そういうのかな?
当然その分、シビアな審査がされるわけで。その難関を突破して雇われた人のことを考えたら、気軽に「雇ってほしいな!」「うん、いいよ!」ってなわけにはいかないだろうからね。
「承知しておりますわ。けれど、燻製工房の人手が足りないのも事実ですもの。人助けにもなりますから、もしいい人材であれば雇えば良いのではないでしょうか?」
「其方はそう言うがな、奴が連れてくる人物だぞ?」
ロクでもないのを連れてくるに違いない、とお父様はしかめつらでさらに深いため息を吐く。
そうかなぁ、いくらティリエさんの面倒見がいいとはいえ、そんな変な人を我が家に連れてくることはないと思うんだけどな。
獣人であることや怪我を負って以前のように動けないことなど、不利な点もきちんと話した上で推薦するんだから、大丈夫なんじゃない?
「主、銀狼族と言っておったな。銀狼族は主人と決めた者には恐ろしく忠実で、勤勉だ。冒険者をしておったのなら、そやつは主人を持たぬはぐれだろう。主人を持たず、人柄に問題がなければ雇っても良いだろう」
あら、黒銀が他人を受け入れるなんて珍しい。
「黒銀は銀狼族のことを知ってるの?」
「うむ。森の奥深くに集落を作り、狩りを行って生きている狩猟の民だ。群れの中で強く、思慮深く、統率力のある者が長となり、その結束は強固だ」
へえ~まんま狼の群れのスタイルなんだね。
「私も銀狼族については知っている。冒険者としてやっていけなくなった経緯については気の毒だと思うが、冒険者とはそういうリスクがあるものだ。いちいち同情するわけにはいかぬ。とにかくティリエのことだ、明日にでも連れてくるだろうから其方があれこれと考える必要はない」
そう言ってお父様は席を立つと、執務室へ向かったのだった。
『くりすてあ、そのじゅうじんをやとうつもりなの?』
もそもそと膝の上に乗ろうとする真白を抱き上げ、もふもふを堪能する。
「さあ、どうなるかしらね。燻製工房の経営についてはお父様におまかせしているのだし……実際に会って人となりを見て、工房の役に立つ人物だと思ったらお父様を説得しようかな、とは考えているけれど」
『そっか。くりすてあのそばにいるんじゃなけりゃいいや。くりすてあ、うわきしないでね?』
「う、浮気って……」
本当にもう、真白ったら、どこでそんな言葉を覚えてくるの?
翌日、お父様の言葉どおりティリエさんが自ら獣人さんを連れ、オーク肉の納品をしに我が家へやってきた。
「まさかこんなに朝早くにやってくるとは……」
先触れを出して面会予約をとってから訪問するのが礼儀だろうと、お父様はブツブツ不満を漏らすものの、会うだけは会ってやると言ってしまった手前、断ることもできない。さっさと済ませてしまおうと、私と黒銀、そして真白を伴って応接間へ向かった。
「早い時間にごめんなさいねぇ、善は急げと思って」
うふふと悪びれもせず謝罪するティリエさんの後ろに、噂の獣人さんが立っていた。
ティリエさんよりも頭ひとつ背が高く、鍛え上げられた身体はしなやかで、細身ながらもしっかりと筋肉がついており、まさに獣を思わせた。
強面の顔には魔物にやられたのか、額から左ほおにかけて傷あとがある。どうやら目も傷ついているようだ。
なるほど、確かに銀狼族で鼻がきくとはいえ、視界が狭まれば斥候役は厳しいだろう。
無事なほうの瞳を見ると、深い青色をしていた。銀狼族の名に相応しく、サラサラとした髪の色は銀、そして、そして……!
耳! 本物のケモ耳! それにフサフサ尻尾! どちらも髪の色と同じく銀色だ!
さ、触ってみたい……!
「彼が昨日話した獣人の……きゃっ!」
ティリエさんが私たちに紹介しようとした途端、獣人さんが平伏した。
えっ!? なんでいきなり土下座!?
第二章 転生令嬢は、動揺する。
うわぁお……前世でも時代劇とかドラマとかでしか見たことなかったんだけど……生で見る機会なんてなかなかないよね、土下座って。
「ちょ、ちょっとアッシュ! 貴方さっきから様子がおかしいわよ!? ほら、立って!」
ティリエさんが慌てて獣人さんを立ち上がらせようとするけれど、彼は額を床に擦り付けんばかりに下げたまま、ビクともしない。
えっと、これはどうしたらいいのかな……?
「銀狼の民よ、面を上げるがいい。主が困っておるではないか」
後ろに控えていた人型の黒銀がそう呼びかけると、獣人さんはビクッと身体を震わせて、おずおずと頭を上げた。
んん? 黒銀の知り合い?
「あ……貴方様は、フェンリル様でございますよね? いえ、その気配と佇まい、疑いようがございません!」
「だったらどうした?」
「……ッ! お目にかかれて光栄です! 我ら銀狼族は貴方様の忠実なる僕ですッ!」
ははーっ! と再び平伏する獣人さん。
「ええと……黒銀? 貴方、彼と知り合いなの?」
「知らん。銀狼族は何故か我を神聖視しておるので、そのせいだろう」
「知り合いなど恐れ多いことでございます! その昔、我が祖先は今は亡きとある国で虐げられておりました。それを憂いたフェンリル様に助けていただいたと伝わっております! フェンリル様のおかげで、今の銀狼族があるのだ、一族の者は貴方様に忠誠を誓うべしと教えられて育ったのです!」
ガバッと身体を起こすとキラキラとした瞳で熱く語る獣人さん。フェンリルが過去に銀狼族を助けたことがあって、その恩義を今も感じて忠誠を誓ってる? 今は亡きとある国って、国が亡くなったのはまさか、そのフェンリル……黒銀が原因、じゃないよね?
ちらっと黒銀を見ると視線を逸らした。怪しい……
「こいつ、あつくるしいね?」
こらこら、真白さん、そんなこと言ったらダメでしょ? しかも、指さしちゃダメ。
……私もちょっと思ったけど。
「確かにな。銀狼の民よ、主を困らせるな。早く立つがいい」
「あるじ? ……フェンリル様が契約なさったと!? いったいどなたと?」
「おぬしの目の前におわすこのお方だ」
ちょ、黒銀!? ズイッと私を押し出すのはやめて!
「お嬢様が、フェンリル様の……!」
目を見張り、またもや平伏する獣人さん。うーん、これじゃ埒が明かないじゃないの。
「あの、とりあえず立ってくださいな。このままじゃ話もできませんから」
「は、しかし……」
「いいから、早く立つ!」
「は、はいぃっ!」
業を煮やして思わず大きな声で言い放つと、獣人さんは即座に直立不動の姿勢になった。それでも目線はそわそわと落ち着かない。
「やだもう……ごめんなさいね、クリステアちゃん。普段は大人しくて真面目ないい子なのよ?」
ティリエさんは、困りきった様子で謝罪した。
……うん、真面目すぎるほど真面目なのはよくわかりました。
「ティリエ、この様子では雇っても仕事にならぬのではないか?」
お父様は、黒銀を前にして落ち着かない様子の獣人さんを見て、使いものにならないと判断した様子。これはいかん、初っ端からマイナスポイントじゃないか。
「お父様、黒銀と銀狼族の関係を考えれば、彼が動揺するのも無理はないと思いますわ」
だってさぁ、崇拝の対象がまさに目の前に現れたんだよ? 動揺もするし、拝みたくもなるよねぇ。土下座はびっくりだけど、五体投地じゃなかっただけマシかもしれない。
マリエルちゃんなら「推しが目の前に現れたら、その尊さにそりゃ拝むでしょ!」と言っているとこだよね。
「しかし、黒銀様を見たからといってたびたび平伏していたのでは仕事にならんだろう」
それは確かに。何より口にするものを作る仕事なんだから、土下座なんかされたら衛生面でダメだよね。
でも、この忠誠心があれば技術の漏洩なんてしないだろうし、私としては雇ってあげたいんだけどなぁ……
「まあ、そう言わないであげてちょうだい。この子……アッシュというのだけど、ここで働けるかもしれないって楽しみにしていたのよ? それなのに、屋敷の門をくぐってからずっとそわそわして落ち着きがないと思ったら……黒銀様がいたせいだったのねぇ」
ティリエさんは納得したように獣人さんことアッシュさんを見た。
「す、すいません……」
アッシュさんは大きな身体を縮こまらせてぺこりと謝る。
獣人の本能で館内にいる黒銀の魔力を感じとったとか、そういうことなのかな?
「そういう事情でしたら仕方ないと思いますわ。お父様もいじわるしないでくださいな」
「いじわるなどしていない。事実を述べたまでだ」
お父様ったら、ムスッとして機嫌が悪そうだ。
「確かにお父様のおっしゃるように、黒銀に会うたびに平伏していたのでは仕事にならないわ。床に手をつくなんて、食べものを扱う仕事なのだからもってのほかよ。今後黒銀を見て平伏するのは我慢できるかしら?」
「えっ? あ、あの……はい。頑張ります」
自信なさげに答えるアッシュさん。うーむ、心配だなあ。
「黒銀もそれでいいわよね?」
「ふん。そもそも我がそうしろと言ったわけではないのだから、いいも悪いもない。主を困らせているのなら、むしろただの迷惑だな」
ちょ、ちょっと黒銀! 少しはオブラートに包もうよ! アッシュさんがショックを受けて固まってるじゃないの。
「と、ともかく! そんなことしなくてもいいと本人も言ってることだし! 大丈夫よね? ね?」
「は、はい……」
うわぁ……アッシュさん、黒銀の不興を買ったのではないかと不安そうだよ……もふもふのお耳や尻尾がいかにもしょんぼりとしててかわいそうになってきた。
仕方ない、フォローしますか。
「ねえ黒銀、貴方の頼みなら彼は一所懸命働いてくれると思うわ。それに冒険者をしていたくらいだもの、燻製工房を不審者からしっかりと守ってくれるのではないかしら?」
「……まあ、そうかもしれぬな」
「銀狼族がこれだけ感謝しているということは、ある意味、黒銀の眷属みたいなものだもの。そんな方が工房を守ってくれるなら、私も安心して学園に行けるわ」
「うむ。主はこのように仰せだ、おぬしは我に構わず職務に邁進するがよい」
「はっはいっ‼ 頑張ります‼」
黒銀、ちょろいです。
「待て。雇うかどうか決めるのは私だ」
ぐっ、まだお父様が残ってたか。
「真面目に働いて、さらに用心棒にもなる……またとない逸材ではないですか」
「そうかもしれぬが……」
チラリとアッシュさんを見て渋面を作るお父様。一体何が不満だと言うのだ。
「燻製……ベーコンを事業にすると決めたのはお父様ですわ。生産量を上げなくてはならない現状で、彼の存在は渡りに船なのですから雇わない手はありません」
「それはそうだが……まあ、よかろう。試用期間を設けるが、一応採用ということにしてやろう」
お? 結構あっさりと折れてくれた。よかったー!
「ただし、クリステア。雇うにあたって其方に条件がある」
「え? は、はい。何でしょう?」
なぜ私に? アッシュさんじゃなくて?
「其方はこの銀狼族の……アッシュといったか、この者に対してみだりに触れることのないように」
「え?」
触るなって、どういうこと?
「其方のことだ、耳や尻尾に触れようと思っておっただろう?」
「うっ!」
図星だ。……なぜわかったのですか、お父様。
……いや、あれだけ毎日真白や黒銀をもふもふしているんだから当然か。
「えっ! お、俺の耳や尻尾をですか!?」
アッシュさんは焦ったようにズザザッと後退りした。
尻尾を押さえながら顔を真っ赤にして……んん?
「あの、触ってはいけないんですか?」
せっかくのもふもふケモ耳&尻尾だ。堪能する気満々だったのだけど。
「やはりな……クリステア、獣人の耳や尻尾などに触れるのは家族や恋人だけだ。それ以外の者が触れる場合は求愛行動と受け止められる」
「ふぇっ!? きゅ、求愛!?」
「そうねぇ、触れ方によっては性的なお誘いと誤解されちゃうわね」
「せせせ性的!?」
「くりすてあ、やっぱり、うわきするつもりだったの?」
「ちょっ! 真白!?」
浮気ってそういう意味だったの!?
「主……そういうことであれば我はこやつを雇うのを承服しかねるぞ?」
「フェ、フェンリル様ッ! そんなっ!」
黒銀の発言にショックを受けるアッシュさん。
「ちょ、ち、ちが、違ああああぁう!」
そんなの、知らなかったよーっ!
必死に弁解したけれど、皆の誤解をとくのは大変だったよ……ティリエさんだけはニヤニヤとこちらを見ていたので確信犯とみた。ぐぬぬ。
何はともあれ、アッシュさんの雇用は無事(?)決まったのでよしとしよう……うう。
「え、ええと。そうだわ、お二人はもう朝食を食べられました? よろしかったら何か召し上がっていきません?」
二人とも朝早かったみたいだし、まだなんじゃないかな?
「クリステア、こいつらにそんな……」
「本当ぉ? 嬉しい! ごちそうになるわ!」
「えっ、あの、え?」
お父様が止めようとしたけれど、ティリエさんがそれを遮るように返事をした。うーん、さすがちゃっかりオネェルフ。アッシュさんは展開についていけずに戸惑っている。
「じゃあ、せっかくですからベーコンを使いましょうか」
「っ!」
ベーコンと聞いた途端にアッシュさんは耳をピーン! と立て、私を見つめる。
ひえっ、すごい眼力!
私がひるむと、ティリエさんがそれを察してアッシュさんの腕をポンと軽く叩いた。
「んもう、雇い主を怖がらせてどうすんのよ。落ち着きなさいな」
「……あ、す、すいません……」
「おいティリエ、雇い主は私だぞ。クリステア……本当に大丈夫なのか?」
お父様が不安そうに私を見る。実は私もちょっと不安です……とは言えない。
私は曖昧に微笑んだまま、メイドにベーコンエッグとサラダとパンを持ってくるように頼んだ。私が作ってもいいんだけど、インベントリから材料だの道具だのを取り出して料理をし始める貴族令嬢ってちょっといないからね……いや、今更かもしれないけど。
「お待たせいたしました」
メイドが熱々のベーコンエッグをワゴンにのせて応接間に入ってくる。ちなみにアッシュさんは、メイドが入ってくる前から尻尾を振り振りして期待たっぷりに待っていた。
「さあ、熱いうちにどうぞ。別々に食べても、こんな風にパンに挟んで食べても美味しいですから、自由に食べてくださいね」
ナイフとフォークも用意したけれど、アッシュさんが気をつかうかもしれないと思った私はパパッとベーコンエッグサンドを作って見せ、パクリとかぶりついた。
んんー、熱々のベーコンエッグにシャキシャキのレタス、マヨネーズがそれらを上手くまとめてくれていて美味し~い! お父様と黒銀、真白も私の真似をして食べ始めた。
「ふふーん♪ ワタシも真似しちゃお」
ティリエさんも同じようにして食べ始めると、アッシュさんは周囲を窺いつつ、「じゃ、じゃあ自分も……」とサンドにしてかぶりついた。
「……ッ!」
ベーコンエッグサンドを口にした瞬間、アッシュさんの耳と尻尾がプルプルと打ち震える。見てて飽きないわぁ……
「どう? アッシュ。このベーコンも、マヨネーズもクリステアちゃん考案のレシピなのよぉ? 美味しいでしょう?」
ティリエさんがそう言うと、アッシュさんはベーコンエッグサンドを呑み込んでバッとこちらを見た。ひえっ!?
「これを……お嬢様が?」
「え、ええ」
「一生ついていきます!」
アッシュさんはそう言うと、またしても土下座した。えええええ!?
「アッシュったらもう、仕方ない子ねぇ」
いやいや、ティリエさん、苦笑いですませるのやめてくださいません!?
「……主、我はこれ以上、主人を共有する気はないぞ?」
「くりすてあ、こいつしまつしてもいいかな?」
「ヒッ!」
黒銀と真白が威圧するので、アッシュさんは尻尾を脚の間に挟んで固まってしまった。
「だ、ダメー! アッシュさん、誤解を招く発言をしないように! とにかく立って!」
「は、はははははいぃー!」
アッシュさんはシュバッと立ち上がり、直立不動となる。
だけど、ここドリスタン王国にはあまりいないと聞いていたし、街でも見かけなかったから、まさかここで獣人族が出てくるとは思わなかった。
「ええ。元々はとあるパーティーに所属していた冒険者だったんだけど、商隊の護衛任務中に怪我を負ってしまってね。どうにかこの街までたどり着いたものの、怪我が治っても元のように動くのは難しかったみたいで。斥候役なのに動けない役立たずはいらないって、うちのギルドに着くなりパーティーをクビになって置いていかれちゃったのよ」
「そんな、ひどい!」
なにそれ、仲間なのに役に立たないから置いていっちゃうなんて!
「でしょう? 幸い、手切れ金代わりに成功報酬はきちんともらったらしいから、しばらくはギルドが運営している冒険者用の宿に格安で泊めて、ギルドの下働きをしてもらってたんだけど……」
「ならば、そのままギルドで雇えば良いではないか」
お父様、冷たい! 正論かもしれないけど!
「そうは言うけど、獣人族なんてここらじゃ滅多に見ないでしょう? 各地を転々とする冒険者たちは慣れっこだけど、街の連中が怖がっちゃって……」
ほう、とティリエさんはため息を吐く。
なるほど、近隣の住民の方々から苦情が入ったってことか。
「そんなに恐ろしい風貌なのですか?」
確かに、熊のように恐ろしい外見だったら怖くて近寄れないかもしれない。
「そんなことないのよ。銀狼族と人族とのハーフらしくて、怪我の跡はあるけど、人の姿に耳と尻尾が付いたくらいの違いしかないもの。それでも皆怖がるのよねぇ」
「えっ! ……あ、そ、そうなのですか」
なんだってーッ!? ケモ耳キター!?
しかも銀狼族って、オオカミさん? ひゃー! マジかぁ、かっこいい!
私は興奮を隠しつつ、話の続きを促した。
「本人も気にしてるからどうにかできないかしらって思ってたんだけど、この間、酒場でベーコン料理を試食したら、彼がその味にものすごく感動しちゃって。『ベーコン職人になりたい!』とか言い出しちゃったのよね」
「は?」
「ここなら人目にもつかないし、職人不足も解消できるしで、ちょうどいいから雇ってもらえないかなぁ、って思ったの」
……ティリエさん。エヘッ? ってウィンクしながら言ってもお父様には通用しませんよ?
「くだらん。ベーコン料理が気に入ったのならギルドの酒場で雇えばいい」
ギロッとティリエさんを睨みながら答えるお父様。うーむ、取りつく島もない。
「そうは言うけど、ギルドの酒場には街の人だって来るのよ。それじゃ根本的な解決にならないじゃない! ねえお願いよ。真面目な性格で、骨惜しみなく働くいい子なの。きっと役に立つから!」
お願い! と必死に頼み込むティリエさんは、面倒見がいいんだろう。シンも、冒険者だったお母様が亡くなった時になにかと面倒を見てもらったって言ってたし。オネェで男癖悪そうだけど、こういうところがあるから慕われてるんだろうな。
うん、ここは私もひと肌ぬぐとしますか。
「お父様、とりあえずその方と会ってお話ししてみるのはいかがでしょう?」
「む、しかし……」
「獣人族の方は総じて身体能力や体力がずば抜けていると聞いています。そのうえ真面目とあらば、燻製の生産量を上げるにはうってつけなのではないでしょうか。実際にお会いして、人となりを見てから決めるのでも遅くはないのでは?」
まあ、私が会ってみたいからっていうのが一番の理由なんだけど。
だって、ケモ耳だよ? オオカミさんだよ? 我が家には黒銀がいるけれど「そんな半端な姿になどなる意味がない」って、ケモ耳姿にはなってくれないんだよね……残念!
ふふ。マリエルちゃんが知ったら「ちょっ、マジですか!? うっわ、今からそっちへ行くわ!」と鼻息荒く飛んできそうだわね。
「……良かろう。娘の顔を立てて、会うだけは会ってやる。雇うかは保証しないがな」
「十分よ! ありがとう!」
ティリエさんは嬉しそうに礼を言い、私が用意したお菓子をしっかり平らげたあと、見送りは不要と、忙しなく帰っていった。ちなみにティリエさんの手にはお土産のお菓子がしっかりと抱えられていた……
「まったく、騒々しいやつだ。クリステア、今回は其方の願いだから面接だけは許可したが、雇うかは別問題だぞ」
お父様はそう言い、眉間にシワを寄せてふぅとため息を吐く。
まあね、シンの時も相当粘ってようやく雇ってもらったんだもの。ティリエさんが紹介者として責任を持つとはいっても、お父様の立場上、そうホイホイと雇うわけにはいかないのだろう。
そもそも我が公爵家に勤めているというのは、ある種のステータスらしく、人気の職場なんだって。
前世でいうところのお見合いの釣書に書けば箔がつくとか、そういうのかな?
当然その分、シビアな審査がされるわけで。その難関を突破して雇われた人のことを考えたら、気軽に「雇ってほしいな!」「うん、いいよ!」ってなわけにはいかないだろうからね。
「承知しておりますわ。けれど、燻製工房の人手が足りないのも事実ですもの。人助けにもなりますから、もしいい人材であれば雇えば良いのではないでしょうか?」
「其方はそう言うがな、奴が連れてくる人物だぞ?」
ロクでもないのを連れてくるに違いない、とお父様はしかめつらでさらに深いため息を吐く。
そうかなぁ、いくらティリエさんの面倒見がいいとはいえ、そんな変な人を我が家に連れてくることはないと思うんだけどな。
獣人であることや怪我を負って以前のように動けないことなど、不利な点もきちんと話した上で推薦するんだから、大丈夫なんじゃない?
「主、銀狼族と言っておったな。銀狼族は主人と決めた者には恐ろしく忠実で、勤勉だ。冒険者をしておったのなら、そやつは主人を持たぬはぐれだろう。主人を持たず、人柄に問題がなければ雇っても良いだろう」
あら、黒銀が他人を受け入れるなんて珍しい。
「黒銀は銀狼族のことを知ってるの?」
「うむ。森の奥深くに集落を作り、狩りを行って生きている狩猟の民だ。群れの中で強く、思慮深く、統率力のある者が長となり、その結束は強固だ」
へえ~まんま狼の群れのスタイルなんだね。
「私も銀狼族については知っている。冒険者としてやっていけなくなった経緯については気の毒だと思うが、冒険者とはそういうリスクがあるものだ。いちいち同情するわけにはいかぬ。とにかくティリエのことだ、明日にでも連れてくるだろうから其方があれこれと考える必要はない」
そう言ってお父様は席を立つと、執務室へ向かったのだった。
『くりすてあ、そのじゅうじんをやとうつもりなの?』
もそもそと膝の上に乗ろうとする真白を抱き上げ、もふもふを堪能する。
「さあ、どうなるかしらね。燻製工房の経営についてはお父様におまかせしているのだし……実際に会って人となりを見て、工房の役に立つ人物だと思ったらお父様を説得しようかな、とは考えているけれど」
『そっか。くりすてあのそばにいるんじゃなけりゃいいや。くりすてあ、うわきしないでね?』
「う、浮気って……」
本当にもう、真白ったら、どこでそんな言葉を覚えてくるの?
翌日、お父様の言葉どおりティリエさんが自ら獣人さんを連れ、オーク肉の納品をしに我が家へやってきた。
「まさかこんなに朝早くにやってくるとは……」
先触れを出して面会予約をとってから訪問するのが礼儀だろうと、お父様はブツブツ不満を漏らすものの、会うだけは会ってやると言ってしまった手前、断ることもできない。さっさと済ませてしまおうと、私と黒銀、そして真白を伴って応接間へ向かった。
「早い時間にごめんなさいねぇ、善は急げと思って」
うふふと悪びれもせず謝罪するティリエさんの後ろに、噂の獣人さんが立っていた。
ティリエさんよりも頭ひとつ背が高く、鍛え上げられた身体はしなやかで、細身ながらもしっかりと筋肉がついており、まさに獣を思わせた。
強面の顔には魔物にやられたのか、額から左ほおにかけて傷あとがある。どうやら目も傷ついているようだ。
なるほど、確かに銀狼族で鼻がきくとはいえ、視界が狭まれば斥候役は厳しいだろう。
無事なほうの瞳を見ると、深い青色をしていた。銀狼族の名に相応しく、サラサラとした髪の色は銀、そして、そして……!
耳! 本物のケモ耳! それにフサフサ尻尾! どちらも髪の色と同じく銀色だ!
さ、触ってみたい……!
「彼が昨日話した獣人の……きゃっ!」
ティリエさんが私たちに紹介しようとした途端、獣人さんが平伏した。
えっ!? なんでいきなり土下座!?
第二章 転生令嬢は、動揺する。
うわぁお……前世でも時代劇とかドラマとかでしか見たことなかったんだけど……生で見る機会なんてなかなかないよね、土下座って。
「ちょ、ちょっとアッシュ! 貴方さっきから様子がおかしいわよ!? ほら、立って!」
ティリエさんが慌てて獣人さんを立ち上がらせようとするけれど、彼は額を床に擦り付けんばかりに下げたまま、ビクともしない。
えっと、これはどうしたらいいのかな……?
「銀狼の民よ、面を上げるがいい。主が困っておるではないか」
後ろに控えていた人型の黒銀がそう呼びかけると、獣人さんはビクッと身体を震わせて、おずおずと頭を上げた。
んん? 黒銀の知り合い?
「あ……貴方様は、フェンリル様でございますよね? いえ、その気配と佇まい、疑いようがございません!」
「だったらどうした?」
「……ッ! お目にかかれて光栄です! 我ら銀狼族は貴方様の忠実なる僕ですッ!」
ははーっ! と再び平伏する獣人さん。
「ええと……黒銀? 貴方、彼と知り合いなの?」
「知らん。銀狼族は何故か我を神聖視しておるので、そのせいだろう」
「知り合いなど恐れ多いことでございます! その昔、我が祖先は今は亡きとある国で虐げられておりました。それを憂いたフェンリル様に助けていただいたと伝わっております! フェンリル様のおかげで、今の銀狼族があるのだ、一族の者は貴方様に忠誠を誓うべしと教えられて育ったのです!」
ガバッと身体を起こすとキラキラとした瞳で熱く語る獣人さん。フェンリルが過去に銀狼族を助けたことがあって、その恩義を今も感じて忠誠を誓ってる? 今は亡きとある国って、国が亡くなったのはまさか、そのフェンリル……黒銀が原因、じゃないよね?
ちらっと黒銀を見ると視線を逸らした。怪しい……
「こいつ、あつくるしいね?」
こらこら、真白さん、そんなこと言ったらダメでしょ? しかも、指さしちゃダメ。
……私もちょっと思ったけど。
「確かにな。銀狼の民よ、主を困らせるな。早く立つがいい」
「あるじ? ……フェンリル様が契約なさったと!? いったいどなたと?」
「おぬしの目の前におわすこのお方だ」
ちょ、黒銀!? ズイッと私を押し出すのはやめて!
「お嬢様が、フェンリル様の……!」
目を見張り、またもや平伏する獣人さん。うーん、これじゃ埒が明かないじゃないの。
「あの、とりあえず立ってくださいな。このままじゃ話もできませんから」
「は、しかし……」
「いいから、早く立つ!」
「は、はいぃっ!」
業を煮やして思わず大きな声で言い放つと、獣人さんは即座に直立不動の姿勢になった。それでも目線はそわそわと落ち着かない。
「やだもう……ごめんなさいね、クリステアちゃん。普段は大人しくて真面目ないい子なのよ?」
ティリエさんは、困りきった様子で謝罪した。
……うん、真面目すぎるほど真面目なのはよくわかりました。
「ティリエ、この様子では雇っても仕事にならぬのではないか?」
お父様は、黒銀を前にして落ち着かない様子の獣人さんを見て、使いものにならないと判断した様子。これはいかん、初っ端からマイナスポイントじゃないか。
「お父様、黒銀と銀狼族の関係を考えれば、彼が動揺するのも無理はないと思いますわ」
だってさぁ、崇拝の対象がまさに目の前に現れたんだよ? 動揺もするし、拝みたくもなるよねぇ。土下座はびっくりだけど、五体投地じゃなかっただけマシかもしれない。
マリエルちゃんなら「推しが目の前に現れたら、その尊さにそりゃ拝むでしょ!」と言っているとこだよね。
「しかし、黒銀様を見たからといってたびたび平伏していたのでは仕事にならんだろう」
それは確かに。何より口にするものを作る仕事なんだから、土下座なんかされたら衛生面でダメだよね。
でも、この忠誠心があれば技術の漏洩なんてしないだろうし、私としては雇ってあげたいんだけどなぁ……
「まあ、そう言わないであげてちょうだい。この子……アッシュというのだけど、ここで働けるかもしれないって楽しみにしていたのよ? それなのに、屋敷の門をくぐってからずっとそわそわして落ち着きがないと思ったら……黒銀様がいたせいだったのねぇ」
ティリエさんは納得したように獣人さんことアッシュさんを見た。
「す、すいません……」
アッシュさんは大きな身体を縮こまらせてぺこりと謝る。
獣人の本能で館内にいる黒銀の魔力を感じとったとか、そういうことなのかな?
「そういう事情でしたら仕方ないと思いますわ。お父様もいじわるしないでくださいな」
「いじわるなどしていない。事実を述べたまでだ」
お父様ったら、ムスッとして機嫌が悪そうだ。
「確かにお父様のおっしゃるように、黒銀に会うたびに平伏していたのでは仕事にならないわ。床に手をつくなんて、食べものを扱う仕事なのだからもってのほかよ。今後黒銀を見て平伏するのは我慢できるかしら?」
「えっ? あ、あの……はい。頑張ります」
自信なさげに答えるアッシュさん。うーむ、心配だなあ。
「黒銀もそれでいいわよね?」
「ふん。そもそも我がそうしろと言ったわけではないのだから、いいも悪いもない。主を困らせているのなら、むしろただの迷惑だな」
ちょ、ちょっと黒銀! 少しはオブラートに包もうよ! アッシュさんがショックを受けて固まってるじゃないの。
「と、ともかく! そんなことしなくてもいいと本人も言ってることだし! 大丈夫よね? ね?」
「は、はい……」
うわぁ……アッシュさん、黒銀の不興を買ったのではないかと不安そうだよ……もふもふのお耳や尻尾がいかにもしょんぼりとしててかわいそうになってきた。
仕方ない、フォローしますか。
「ねえ黒銀、貴方の頼みなら彼は一所懸命働いてくれると思うわ。それに冒険者をしていたくらいだもの、燻製工房を不審者からしっかりと守ってくれるのではないかしら?」
「……まあ、そうかもしれぬな」
「銀狼族がこれだけ感謝しているということは、ある意味、黒銀の眷属みたいなものだもの。そんな方が工房を守ってくれるなら、私も安心して学園に行けるわ」
「うむ。主はこのように仰せだ、おぬしは我に構わず職務に邁進するがよい」
「はっはいっ‼ 頑張ります‼」
黒銀、ちょろいです。
「待て。雇うかどうか決めるのは私だ」
ぐっ、まだお父様が残ってたか。
「真面目に働いて、さらに用心棒にもなる……またとない逸材ではないですか」
「そうかもしれぬが……」
チラリとアッシュさんを見て渋面を作るお父様。一体何が不満だと言うのだ。
「燻製……ベーコンを事業にすると決めたのはお父様ですわ。生産量を上げなくてはならない現状で、彼の存在は渡りに船なのですから雇わない手はありません」
「それはそうだが……まあ、よかろう。試用期間を設けるが、一応採用ということにしてやろう」
お? 結構あっさりと折れてくれた。よかったー!
「ただし、クリステア。雇うにあたって其方に条件がある」
「え? は、はい。何でしょう?」
なぜ私に? アッシュさんじゃなくて?
「其方はこの銀狼族の……アッシュといったか、この者に対してみだりに触れることのないように」
「え?」
触るなって、どういうこと?
「其方のことだ、耳や尻尾に触れようと思っておっただろう?」
「うっ!」
図星だ。……なぜわかったのですか、お父様。
……いや、あれだけ毎日真白や黒銀をもふもふしているんだから当然か。
「えっ! お、俺の耳や尻尾をですか!?」
アッシュさんは焦ったようにズザザッと後退りした。
尻尾を押さえながら顔を真っ赤にして……んん?
「あの、触ってはいけないんですか?」
せっかくのもふもふケモ耳&尻尾だ。堪能する気満々だったのだけど。
「やはりな……クリステア、獣人の耳や尻尾などに触れるのは家族や恋人だけだ。それ以外の者が触れる場合は求愛行動と受け止められる」
「ふぇっ!? きゅ、求愛!?」
「そうねぇ、触れ方によっては性的なお誘いと誤解されちゃうわね」
「せせせ性的!?」
「くりすてあ、やっぱり、うわきするつもりだったの?」
「ちょっ! 真白!?」
浮気ってそういう意味だったの!?
「主……そういうことであれば我はこやつを雇うのを承服しかねるぞ?」
「フェ、フェンリル様ッ! そんなっ!」
黒銀の発言にショックを受けるアッシュさん。
「ちょ、ち、ちが、違ああああぁう!」
そんなの、知らなかったよーっ!
必死に弁解したけれど、皆の誤解をとくのは大変だったよ……ティリエさんだけはニヤニヤとこちらを見ていたので確信犯とみた。ぐぬぬ。
何はともあれ、アッシュさんの雇用は無事(?)決まったのでよしとしよう……うう。
「え、ええと。そうだわ、お二人はもう朝食を食べられました? よろしかったら何か召し上がっていきません?」
二人とも朝早かったみたいだし、まだなんじゃないかな?
「クリステア、こいつらにそんな……」
「本当ぉ? 嬉しい! ごちそうになるわ!」
「えっ、あの、え?」
お父様が止めようとしたけれど、ティリエさんがそれを遮るように返事をした。うーん、さすがちゃっかりオネェルフ。アッシュさんは展開についていけずに戸惑っている。
「じゃあ、せっかくですからベーコンを使いましょうか」
「っ!」
ベーコンと聞いた途端にアッシュさんは耳をピーン! と立て、私を見つめる。
ひえっ、すごい眼力!
私がひるむと、ティリエさんがそれを察してアッシュさんの腕をポンと軽く叩いた。
「んもう、雇い主を怖がらせてどうすんのよ。落ち着きなさいな」
「……あ、す、すいません……」
「おいティリエ、雇い主は私だぞ。クリステア……本当に大丈夫なのか?」
お父様が不安そうに私を見る。実は私もちょっと不安です……とは言えない。
私は曖昧に微笑んだまま、メイドにベーコンエッグとサラダとパンを持ってくるように頼んだ。私が作ってもいいんだけど、インベントリから材料だの道具だのを取り出して料理をし始める貴族令嬢ってちょっといないからね……いや、今更かもしれないけど。
「お待たせいたしました」
メイドが熱々のベーコンエッグをワゴンにのせて応接間に入ってくる。ちなみにアッシュさんは、メイドが入ってくる前から尻尾を振り振りして期待たっぷりに待っていた。
「さあ、熱いうちにどうぞ。別々に食べても、こんな風にパンに挟んで食べても美味しいですから、自由に食べてくださいね」
ナイフとフォークも用意したけれど、アッシュさんが気をつかうかもしれないと思った私はパパッとベーコンエッグサンドを作って見せ、パクリとかぶりついた。
んんー、熱々のベーコンエッグにシャキシャキのレタス、マヨネーズがそれらを上手くまとめてくれていて美味し~い! お父様と黒銀、真白も私の真似をして食べ始めた。
「ふふーん♪ ワタシも真似しちゃお」
ティリエさんも同じようにして食べ始めると、アッシュさんは周囲を窺いつつ、「じゃ、じゃあ自分も……」とサンドにしてかぶりついた。
「……ッ!」
ベーコンエッグサンドを口にした瞬間、アッシュさんの耳と尻尾がプルプルと打ち震える。見てて飽きないわぁ……
「どう? アッシュ。このベーコンも、マヨネーズもクリステアちゃん考案のレシピなのよぉ? 美味しいでしょう?」
ティリエさんがそう言うと、アッシュさんはベーコンエッグサンドを呑み込んでバッとこちらを見た。ひえっ!?
「これを……お嬢様が?」
「え、ええ」
「一生ついていきます!」
アッシュさんはそう言うと、またしても土下座した。えええええ!?
「アッシュったらもう、仕方ない子ねぇ」
いやいや、ティリエさん、苦笑いですませるのやめてくださいません!?
「……主、我はこれ以上、主人を共有する気はないぞ?」
「くりすてあ、こいつしまつしてもいいかな?」
「ヒッ!」
黒銀と真白が威圧するので、アッシュさんは尻尾を脚の間に挟んで固まってしまった。
「だ、ダメー! アッシュさん、誤解を招く発言をしないように! とにかく立って!」
「は、はははははいぃー!」
アッシュさんはシュバッと立ち上がり、直立不動となる。
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