上 下
124 / 373
連載

ここどこ?

しおりを挟む
私達を乗せた馬車はいくつかの大きな建物の間を通り過ぎ、さらにその奥にある、三階建ての建物の前で止まった。
……あれ? さっき止まった建物からそれほど離れてはいないみたいだけど……ほとんど目と鼻の先ってくらいの距離だよ?
「さてと、到着だ。中に入ろう」
ニール先生はにこやかにそう言って、さっさと馬車から降りてしまった。
え? 降りるの? ここどこ?
お兄様は戸惑う私を見て、ふうーっと深く息を吐いてから、笑顔で手を差し出した。
「大丈夫だよ、テア。僕が側にいるから」
「お兄様……」
うう、お兄様優しい。初っ端からこんな事になってお兄様だって困るでしょうに。
「は、はい……」
私がお兄様の差し出す手をとろうとすると、ぐいっと黒銀くろがね真白ましろに引き寄せられた。
「主は我らが護るゆえ、兄君は先に行くといい」
「ん。くりすてあはおれたちがまもる」
そう言って二人は私の両サイドをがっちり固めてしまった。
んもー! 二人とも! ここで独占欲発揮してる場合じゃないでしょー⁉︎
私だけじゃなく貴方達の問題でもあるんだからねっ⁉︎
「……特に護衛は必要ありませんけどね。クリステアを頼みます」
お兄様は「仕方ないな」とでも言いたげな顔をして先に馬車を降りた。
それから黒銀くろがねが先に降りて私が馬車から出るのをエスコートしてくれて、真白ましろがその後に続いた。
お兄様は御者に何か指示をしたようで、馬車はスルスルと今きた道を引き返していった。
えええ……馬車あしが無くなったらどうやって逃げたらいいの⁉︎
いや別に逃げたりしない……と思うけど。
「お、お兄様。なぜ馬車を帰してしまったのですか?」
「ああ、大丈夫だよ。僕の荷物を男子寮に降ろしてくるよう言っただけだから」
そうだよ! 私の荷物だってまだ馬車に置いたままだよ!
私の分は女子寮に届けてもらえるのかしら。いやいや、そのまま自宅にUターンってことも……
「皆早くおいで。お茶を淹れてあげよう」
ニール先生が建物の扉の前でちょいちょいと招き寄せるような仕草でそう言うと、お兄様は心底うんざりしたような顔をした。
「ニール先生が淹れるお茶なんて飲めませんよ。まだ諦めてないんですか?」
「いやだなぁ、ノーマン君。諦めるってなんだい? お茶の道は奥深く、究めるのは長い道のりなのだよ」
「……先生はその道を早々に諦めたほうが賢明だと思いますが?」
にっこり笑うニール先生に、お兄様は渋い顔をますます歪ませた。
……どういうことなんだろう?
「さ、いいから早く中に入って」
ニール先生がするりと扉の奥へ消えると、お兄様は諦めたような表情で扉へ向かった。
「あの、お兄様……」
ここ、どこなんですか?
お兄様は私がいまいち状況が飲み込めず不安そうな顔をしているのを見て険しい顔を緩ませた。
「大丈夫。きっとクリステアにとって悪いことにはならないよ。さあ行こう」
お兄様はニール先生の後に続いて建物に入っていった。
「……いつまでもここにいるわけにもいかないし、入るしかないか。真白ましろ黒銀くろがね。いきましょう」
私は覚悟を決めて建物の中に入った。

扉の向こうは吹き抜けのホールだった。
決して華美ではなく、質の良い建具で設えられていたそのホールの奥には左右に広々とした階段、そしてその先には大きな扉があった。お兄様はそれより手前にあるこれまた大きな扉の前で私達を待っていた。
私達が隣に立つと、お兄様はノックもせず扉を開けた。
お兄様がそんな無作法をするなんてと驚いていると、その視線に気づいたのかお兄様はくすっと笑って言った。
「ああ、ここは談話室だよ」
「談話室……?」
お兄様に続いて中に入ると、広々とした室内にソファやテーブルが置かれていた。
応接室とは趣きが違って、少し雑然としているけれどなんとも寛げそうな雰囲気だ。
「そう。寮生達が集まって会話したりする部屋だよ」
寮生達が……てことはここが女子寮なの?
それにしては、お兄様や先生が気軽に出入りしているし、人気がない。
「そうだよ~。さ、座って座って」
ニール先生がお茶のセットをワゴンに載せてやってきた。
「……先生、本当に淹れるつもりですか?」
「もちろんさ! 座って待っていてくれるかな?」
ニール先生はにこにことお茶の用意を始めたんだけど、今そんなことしてる場合なんだろうか……
とはいえ、ボーッと立っていても仕方ないので、勧められるままお兄様の隣に座った。
「……クリステア、出されても飲むフリだけでいいから」
お兄様が顔を寄せて耳打ちしてきた。
え、飲むフリって……毒とか入ってるわけじゃないよね⁉︎
私はお茶を淹れている様子を観察しようとニール先生の方へ目を向けると、先生はポットにお茶っ葉をバサっと入れているところだった。
……は? ちょ、ちょっと待って?
ポットも温めてなければ、お茶の葉の量も適当どころか、かなり大胆に入れた……よね?
呆然としていると、ニール先生は水魔法で水をポットに満たすと、火魔法でごく小さなファイアーボールを出してポットに投げ込んだ。その途端、ボンッと音がしてポットの中が破裂したような音がした……けれど、ポットは無事みたい。
「あ、驚かせてごめんね? このポットは強度を上げてるから滅多な事じゃ割れないから安心してね」
ああ、それなら安心……て、いやいや!
そんな淹れ方しなきゃ、強度を上げる必要ないんじゃないですか⁉︎
そもそも、それって飲める代物なんですか⁉︎
パニックを起こしている間にティーカップにサーブされた紅茶らしき飲み物が私達の目の前に置かれた。
「さ、熱いうちにどうぞ」
ニール先生は笑顔で勧めてくれるけど……これ、お茶だよね?
さっきの爆発?らしき現象で粉々になったお茶の葉が中でふわふわと揺れている。
の、飲んで大丈夫なのかな……
「い、いただきます……」
お兄様は飲むフリだけと言ったけれど、少しは飲まなきゃダメだよね……?
そう思って口元にカップを近づけてみたけれど、その時点で「あ、これはダメだ」と本能で理解した。これは、飲んじゃダメなやつだ……!
私はお兄様の忠告に従い、ひとくち飲むフリをしてカップを置いた。
「どうだい? 今は紅茶をいかに効率よく淹れられるか検証中なんだ」
「効率より、これが紅茶と呼べる代物なのかを検証してください」
お兄様がうんざりしたようにティーカップを押しやった。
「えぇ? ちゃんと紅茶の葉だけで淹れたんだから、紅茶だよ? 前みたいに薬草をブレンドしたりしてないよ?」
……ニール先生はどうやらあかんタイプの人みたいですね⁉︎
「……ニール先生、紅茶は普通に淹れるのが一番美味しいと思いますから、効率化だの効果をあげようだの考えないでください」
「人間、向上心は大切だと思うけどね。まあいいや、それじゃ本題に入ろうか?」
ニール先生はソファに深く座り直した。
……きた。
私は覚悟を決めてニール先生に向き合った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。

しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹 そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる もう限界がきた私はあることを決心するのだった

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。