転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

文字の大きさ
上 下
98 / 386
連載

シンのお願い

しおりを挟む
料理長から情報を得た私は、調理場から出て自室へと向かった。
とりあえず、モツが実際に食べられているというのがわかっただけでも収穫だわ。
あとは、処理の方法だけれど……
前世のモツの扱い方で大丈夫なのかなぁ。
さすがにモツは処理済みのものしか買ったことないから、テレビやネットで見た方法を思い出しながらやってみるしかないか。
「おい、いや、お嬢……さま。ちょっとよろしいですか」
「え?」
背後から声をかけられて振り向くと、そこにはシンがいた。
「あら、どうしたの?」
「あー……さっきの件だけど……いや、ですが」
「料理長やミリアもいないし、別に言葉遣いは気にしなくてもいいのに」
「いや、そういうわけにもいかな……いきません。ここで働く以上はきちんとしないといけませんから」
真面目か。
でもまあ、領地とは違って王都では使用人の格も主人の評価になると言われたら頑張らざるをえないわよね。
「……わかったわ。それで? さっきの件って?」
私はシンに敬語を使われるのに違和感を覚えつつ言い淀むシンの言葉を待った。
「前にも臓物が使えないかと聞いてきたことがあったが、まだ諦めてなかったのか……ですか?」
ああ、そういえば以前にもシンには聞いたことあったんだった。すっかり忘れてたわ。
「あの時も敢えて処分することしか言わなかったが、臓物は肉を買うことができないやつらの貴重な食料なんだ。下ごしらえに手間はかかるが、食えないわけじゃない。高級肉だって手に入れられる貴族が、わざわざ口にしなくてもいいだろ?……すいません。いいと思うんです」
「あ……」
なるほど。シンはあの時、わざと言わなかったのか。
たしかに、貧しい平民の貴重なタンパク源だものね。それを私たち貴族が美食のために取り上げたら、彼らが食べられるものがなくなっちゃうと。
それで、臓物は捨ててるって言うだけに留めていたってことかな。
でも今回の料理長の話で、貧しい平民が臓物を食べていることを知られてしまった。
過去、冒険者ギルドで解体の手伝いをしていたシンがそういう需要があるのを知らないわけがないだろうから、敢えて言わなかったということなんだろう。
「お願いします。臓物についてはそっとしておいてやってください」
シンはそういって頭を下げた。
「ちょ、シン……」
「俺も、冒険者をしていた親がガキの頃に死んでたら、そういうものすら食えなかったかもしれない。俺は運良くギルドの手伝いができたから食うには困らなかったけど、そういうやつらがいるのは知ってたんだ。そいつらから食い物を奪いたくない」
頭を下げたままそういうシンに、私はなんと声をかけたものかと悩んだ。
たしかに、どんな食材だって手に入る私が彼らから貴重な食料を奪うことになりかねない。いや、モツ料理を新作として公表すれば、間違いなく彼らの食卓から消えてしまう。
でもお父様にうっかりソーセージのことを話しちゃったし……どうしよう。困った。
「前に使うからと臓物をインベントリにしまい込んだ時にどうしようかと思ったんだが、使う様子がないから諦めてたと思ってたんだ。黒銀様がオークを狩ってきたりすることがあれば、俺が解体してやるから、ギルドから買い取るのはやめてくれないか」
すっかり敬語がなくなってしまったシンだが、そんなことはどうでもいい。
「……前に? インベントリに……?」
しまい込んだ……?
「ああーっ⁉︎」
「えっ? な、何だ⁉︎」
突然叫んだ私にビクッとしたシンを横目に、インベントリ内を検索した。
……あった。モツが。
ビッグホーンブルをシンに解体してもらった時に、捨てられるくらいなら、と回収してたの忘れてた! タンもまるっと一本!
……でも、ビッグホーンブルの腸は体格に見合ってものすごく太かったから、ボロニアソーセージどころじゃない太さになりそうだし……
初めてのソーセージ作りには向かないよね。
「……お嬢……さま? どうしたんだ……ですか?」
シンが恐る恐る私の様子を伺っていた。
叫んでから考え込んでいたから、シンの存在をすっかり忘れてたわ。
「ねえ、シン?」
「お、おう。いや、はい。なんでしょう」
「オークを狩ってくれば、解体してくれるのね?」
「は? はあ、まあ……」
「わかったわ、ありがとうシン! おやすみなさい!」
「え? ちょっ、おい?」
私はシンにおやすみを言うと、踵を返して自室へと急ぐのだった。

---------------------------
拙作「転生令嬢は庶民の味に飢えている」3巻が書店に並びました!
よろしければお手にとっていただけると幸いです。
よろしくお願いいたします!

すでに手に入れられた方もいらっしゃると思います。ありがとうございます。
1巻と2巻の帯にあったWEBでの書き下ろし番外編の告知がありませんが、今回もありますのでレジーナのサイトにてお読みいただけますと幸いです!
今回は書き下ろし番外編のお知らせの代わりに、他の素敵なお知らせが掲載されております!お持ちの方で見逃されている方は、ぺろっと開いて見てくださいね。
私もとっても楽しみにしております!
詳しくは後日、近況のほうでお知らせしますね♪
しおりを挟む
感想 3,386

あなたにおすすめの小説

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな

みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」 タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?

藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」 9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。 そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。 幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。 叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

兄がやらかしてくれました 何をやってくれてんの!?

志位斗 茂家波
ファンタジー
モッチ王国の第2王子であった僕は、将来の国王は兄になると思って、王弟となるための勉学に励んでいた。 そんなある日、兄の卒業式があり、祝うために家族の枠で出席したのだが‥‥‥婚約破棄? え、なにをやってんの兄よ!? …‥‥月に1度ぐらいでやりたくなる婚約破棄物。 今回は悪役令嬢でも、ヒロインでもない視点です。 ※ご指摘により、少々追加ですが、名前の呼び方などの決まりはゆるめです。そのあたりは稚拙な部分もあるので、どうかご理解いただけるようにお願いしマス。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。