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3巻

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 ちなみに、討伐とうばつ高ランクの魔物の素材は、魔石や牙をはじめどれも使い道があるので、エリスフィード領にある冒険者ギルドのマスターであるティリエさんのところへこっそりと転移で持っていったらしい。ぬ、抜かりないね。
 ティリエさんはドサドサッと持ち込まれた魔物に顔を引きつらせていたそうだ。
 ……あの余裕綽々しゃくしゃくなオネエルフのティリエさんにそんな顔をさせるだなんて……黒銀、恐ろしい子!

「そっかぁ……ありがとう、黒銀」
『なんの。人型よりこの姿で戦うほうが楽だからやったまでよ』

 クールに答えつつも、尻尾が嬉しそうにふるふるしてるよ。感謝の気持ちを込めて頭をでてやると、黒銀は嬉しそうに目を細めた。

『おれは、くりすてあのごえいがかり!』

 真白はその間、私の護衛係だったそう。

「そう、真白もありがとう」
『くりすてあをまもるのは、とうぜん!』

 ほこらしそうに胸を張る真白。可愛い奴め!
 輝夜は……あ、はい。ミリアのひざの上でお昼寝だね。護衛……じゃないよね?
 そんなふうに過ごしつつ、予定より少し遅れたものの、夕刻の閉門時間には余裕をもって王都に到着できた。

「ここが、王都……」

 赤ん坊の頃に来たことはあるらしいけれど、そんなの覚えているわけがない。
 窓の外を見るも、門の高い壁にはばまれて中をうかがい知ることはできなかった。
 馬車にはエリスフィード公爵家の紋章が描かれているので、ほぼフリーパスで通れるみたいだ。検問では先行した護衛が届けた書状と馬車の紋章を確認されるだけで、中をあらためられることもなく壁の向こうへ誘導ゆうどうされる。
 馬車の窓から外を覗くと、長旅を終えた旅人たちの列が見えた。ようやく王都にたどりついて安堵あんどしていたり、疲れきった表情で検問の順番を待ったりしている。
 その行列はとても長く、閉門までに間に合うのだろうかと心配になるほどだ。
 あまりにもギリギリだと都の中に入れてもらえず、壁の外で一夜を過ごす者もいるのだとか。ここまできてそれはないよねぇ。
 でも変なやからを入れるわけにはいかないから、仕方ないのかな。貴族は護衛ごとフリーパスで警備は穴だらけだと思うのに。
 そんなことを考えているうちに、私の乗る馬車は壁の中へ進んでいった。
 高く分厚い壁に囲まれた王都は広大だ。
 城壁の中は四つの層で成り立っていて、一番外側の壁に囲まれた区域には平民、二番目の壁の中は商人をはじめとした裕福層、三番目の壁の中は貴族が居を構えている。
 そして一番内側の壁の向こうには、立派なお城がそびえ立っていた。

「ほわぁ……大きなお城……」
「クリステア様、お口が開いておりますよ?」

 ミリアにクスクスと笑われる。おっと、いけない。
 だってさぁ……某ランドのお城なんて目じゃないよ? 規模が違う。気持ちとしては「なんじゃああぁ? こりゃあああ!?」と叫びたいくらいだ。
 ひええ……王太子殿下って、こんな立派なお城に住んでる人だったんだね。そりゃ尊大にもなるわ。そんな人に対して、いやがらせのように辛いカレーで意趣いしゅ返ししてしまったのか……よく不敬罪に問われなかったな、私。
 とりあえず、今度会うことがあればお菓子をおくっておびでも……いや極力関わりたくないな。余計なことはしないのが一番だよね、多分……
 悩んでいる間に、馬車は三番目の壁を通過していた。
 貴族の屋敷が建ち並ぶ、いわゆる貴族街と呼ばれる区域の通りをひたすら奥へ進んでいくと、大きな塀が続くお屋敷ばかりになる。
 屋敷の規模を見るに、どうやら外側の壁の近くは低位の、中央に近づくほど高位の貴族の区域になっているようだ。
 私たちの馬車はその中でも最奥さいおくに近い、とにかく長く高い塀が続く屋敷がある門の中へ入っていく。……え、ここ?
 あ、門番のお仕着せに公爵家の紋の刺繍ししゅうが。うん、ここだ。
 ……て、ここなの!? でっかいな‼
 門を過ぎてから、さらに屋敷にたどり着くまでが長いんですけど……?
 領地の屋敷ならいざ知らず、王都でこれはかなり大きなほうなのでは。
 領地に引きこもっていたから、お父様がかなり高位の貴族だってわかっていても実感がなかった。だけど、こうまざまざと見せつけられると、やっぱり公爵家ってすごいのね……としみじみと感じてしまう。
 なんだかんだ言っても私って、世間知らずの箱入り娘なんだなぁ。


「お帰りなさいませ、お館様」

 車寄せに着き、馬車から降りると、家令をはじめとした使用人たちがずらりと並んで主人の到着を待っていた。おお、壮観。
 その迫力にひるむ私とは反対に、お父様は堂々とした態度で応える。

「うむ。今日からしばらく人が増えるが、頼むぞ」
「かしこまりました。にぎやかになるのは嬉しゅうございます。さあ、お前たち」

 家令の一言で使用人たちは全員、サーッと各自の仕事に取り掛かった。荷物を降ろし運ぶ者や、私たちの外套がいとうを預かり誘導ゆうどうする者……全ての者が無駄むだなくきびきびと動いている。
 す、すごい。さすがは王都でも高位の貴族である公爵家に勤めるだけあるわ……
 それに比べ領地のみんなは……うん、しっかり仕事してくれるけれど、ほどよくゆるい感じだね。私としてはあっちのほうがのびのびと過ごしやすいんだけどなぁ。

「クリステア、其方そなたは覚えてはおらぬかもしれんが、家令のギルバートだ」

 そう紹介されたのは、白髪しらがを美しく整えた老紳士だった。ほうほう、セバスチャンじゃないんだね。残念。
 それとも執事の中にセバスチャンがいるのかな?

「お館様、クリステア様がこちらにいらしたのはとてもお小さい頃ですから……。改めて初めまして、クリステア様。なにかございましたら、私どもになんなりとお申しつけください」

 お、おう……なんというか、若い頃はさぞかしモテたのであろうおじいさまといった風貌ふうぼう。いい感じに歳を経てシワさえも計算されたようなイケじいってやつだね?
 私が枯れ専だったらコロリといってしまいそうだわ……いやさすがに孫とおじいちゃんくらい歳が離れてるからね? ないからね?

「初めまして、ギルバート。よろしく頼みます」

 にっこり笑って挨拶あいさつをすると、ギルバートは目尻を下げて微笑ほほえんだ。

「なんとお美しくも可愛らしく成長なさって……。お館様がここにいらっしゃるたび、早くクリステア様に会いに帰りたいとおっしゃるわけですね」

 ……お父様ったら、そんな恥ずかしいことを言っていたのか。

「ギルバート! 余計なことは言わんでいい。仕事に戻れ」

 少し不機嫌そうに言いつけるお父様……おや、照れてる?

「はい。それでは」

 クスクスと笑いながら、ギルバートは使用人たちに指示を出していった。
 きっと、ギルバートはお父様が子供の頃から知っているんだろうな。二人の空気からそういう気安さを感じるよ。滞在中にお父様のやんちゃ時代の話を聞いてみたいなぁ。
 私たちは、ひとまず各自の部屋へ行き、着替えてから晩餐ばんさんということになった。
 王都のごはん、楽しみです!
 晩餐ばんさんまでの間、自室となる部屋に案内され、ミリアたちと一緒にゆったりとお茶を飲む。続きの間では、運び込まれた荷物がテキパキと整理されているようだ。
 私の荷物はさほど多くないので、間もなく終わるだろう。
 本当に必要なものや大事なものは、インベントリの中だからね。食材とか、調理道具とか……
 滞在中の衣服についてはすでに準備していたということで、チラッとのぞいた衣装部屋とも呼べる大きなウォークインクローゼットは、服や小物でめ尽くされていた。
 え、そんなにいらないでしょ……とドン引きしてしまったものの、パーティーやお茶会などで同じ服を着るのは公爵家としてありえないらしく、これくらいは最低限必要なのだそうだ。そ、そうなの?
 私の部屋は落ち着いた色調でまとめられ、調度品の意匠いしょうは女性好みの可愛らしい小花柄で統一されていた。当然、ベッドは天蓋てんがいつきだ。
 私が学園に入学したら週末はこの屋敷に滞在するので、改めて新しいものに総入れ替えしたのだとか。服のことといい、そんなもったいない。
 週末しか使わないんだし、元からあるものを使えばいいじゃないと思ったけれど、令嬢の発言としては適当ではないのでグッと呑み込んだ。

「ありがとう。とっても素敵なお部屋ね」

 部屋付きのメイドにそう言うと「侍女長に伝えておきます」と、嬉しそうに答える。
 よかった、せっかく私のためにしつらえてくれた部屋なのに「元からあるものでいい」なんて言ったら、頑張って用意してくれたみんなをがっかりさせるところだった。
 前世の感覚がひょっこり出てきてしまう私は、貴族らしくないんだろうなぁ。
 ……だけど、贅沢ぜいたくするのが当たり前という考えは、私らしくないと思うから、この感覚はなくしちゃいけないよね。
 黒銀と真白の部屋は私の部屋の隣に用意された。
 この屋敷の使用人には信用のおける一部を除いて、二人が聖獣であることを秘密にしておくことになっている。私が聖獣と契約していることを隠すためだ。
 本来、聖獣と契約したら、そのことを国に報告して、一生を国に捧げなければならなくなる。私の場合は公爵令嬢という立場もあって、王太子殿下の妃にさせられるだろう。それは絶対に避けたい。
 黒銀と真白には窮屈な思いをさせてしまうかもしれないけど、どこで情報が漏れるかわからない。
 黒銀は私専属の護衛、真白は侍従兼護衛となっているので、別々に部屋を用意されるところなのを、同室にしてもらった。
 どのみち二人はいつもほぼ私にべったりだからね。個室は必要ないそうだ。
 むしろ私と同室か続き部屋に、とお父様に訴えたものの、あっさり却下されしょんぼりしていた。そりゃそうだ。
 聖獣だと正体を明かさない限り、男性の姿で女性と同室なんてありえないからねぇ。
 もっとも、夜はどのみち私の部屋に転移してくる。つまり本当は部屋自体必要ないのだけど、便宜べんぎ上ね。
 加えて、他家の諜報役スパイが使用人として入り込んでいる可能性がないわけじゃないそうで、私の部屋と、黒銀と真白の部屋係になるメイドは口が堅く忠義心のある者を吟味したらしい。
 その中の一人が先ほど嬉しそうに答えていたメイドさんで、侍女長の娘さんだ。
 彼女たちは親子で私の事情を知っている、厳選されたうちの二人なんだって。それなら、ちょっとは安心かな?


 ほどなくして晩餐ばんさんの用意が整い、私たちは食堂へ呼ばれた。
 案内されたのは、身内や親しい友人のためだけに使う部屋だという。
 他にもたくさん部屋があって、客人の身分や人数に合わせて使い分けているらしい。
 王都の屋敷は、他家より見おとりしてはいけないせいか、なにかにつけ豪華ごうかだ。
 ギラギラとまではいかないけれど、キラッキラしている。まばゆい。
 領地の屋敷は質はいいものの、一見地味な調度でそろえられていたから、これはどうにも落ちつかない……帰りたいよぅ。
 前世の記憶が戻る前の感覚だってちゃんと残っているので「貴族ってこんなもんだよね」って思う反面、庶民の記憶も持つ私としては「ありえねえええええ~セレブすげえええええ~!」と驚いてしまって、なんというか……ギャップが激しすぎてつらい。

「みんな待たせたな。でははじめてくれ」

 遅れてやってきたお父様が席に着くと、給仕たちが流れるような動きで配膳はいぜんを開始した。
 おお、なんと美しい所作しょさ。洗練された動きだと、こうして立ち働く姿も優雅ゆうがに見えるんだなぁ……見習わなくては。優雅ゆうがにいただこう、優雅ゆうがに。……ゆうが……に?

「……あの、これは?」

 目の前にあるのは、オークのしょうが焼きとお味噌汁とごはん。
 ザ・和食だ。なんとも見慣れた光景だった。

「このたびクリステア様がいらっしゃるとのことで、領地よりレシピと材料を取り寄せ、料理長が腕をふるいました。ぜひご感想をいただきたいとのことでございます」

 ああ……うん。慣れない場所だから、食べ慣れたものをという配慮はいりょなんだろうけど。
 王都にきて初めてのごはんは、和食でしたとさ……て、釈然しゃくぜんとしない。


 私のワクワクを返せーっ! しくしく。
 あ、お味はレシピに忠実で美味おいしかったです。
「王都風でございます」なんて独創的なアレンジとかされてなくてよかったと思うことにする。うん、安定の美味おいしさでホッとします。
 その後、食後にこの屋敷の料理長がやってきて、キラキラしたひとみで私の感想を待った。

「ええと、レシピに忠実で完成度の高いものでした。美味おいしかったですわ」
「ありがとうございますっ! あつかましいと思われるかもしれませんが、ぜひ滞在中になにかレシピを伝授いただけますでしょうか!?」
「え、ええ。時間がとれたら……?」
「必ずですよっ!? クリステア様がいらっしゃるのを心待ちにしておりました……ああ、ついに待ち望んでいたこの時が!」

 え、なに? どうなってるの? どうしてそんなに感極まった、尊敬の眼差まなざしで私を見るの!?
 王都ごはんを楽しみにしていたはずなのに、逆に庶民ごはんの指導をわれるとかどういうことなの……解せぬ!


 晩餐ばんさんの後、ギルバートと仕事の話があるそうで、お父様は執務室へ向かった。
 お母様もお茶会やパーティー用のドレスやら装飾そうしょく品やらをチェックするのだと、侍女長とともに自室に引き上げてしまう。
 私はというと、お母様から「明日は仕立て上がったドレスを合わせたり、新しいドレスの仮いをしたりしますからね。外出などできませんよ?」とくぎを刺され、うへぇ……とうんざりしながら自室へ戻ってきたところだ。

「あ~あ……せっかく王都にきたのに、街に行けないなんて……」

 王都の市場にも行きたいし、カフェや雑貨店にも行ってみたいのになぁ……
 あっ、確かバステア商会の支店があると、セイが言っていたんだよね。場所の確認もねて滞在中に行ってみたいな。王都でもヤハトゥールの食材が手に入るなら、学園に入学してからも安心だ。

「クリステア様、お疲れでしょうから、お早くお休みくださいませ。湯あみの支度はできているそうですよ」
「ありがとう。そうね、昨日今日と移動で疲れたから、ゆっくり湯にかりたいわ」

 そう、領地にも王都の屋敷にもお風呂があるのだ。それだけで貴族でよかったと思う。クリア魔法で簡単にきれいになるとはいえ、やはり元日本人としてはゆっくり湯船バスタブかって温まりたい。
 私はウキウキしつつ、お風呂へ向かった。
 個人的には一人で気がねなく入りたいけれど、使用人に仕事をさせないとダメらしい。近頃はあきらめもついたというか慣れてきたので、髪や身体を洗われる間は、心を無にしてなすがままになっている。
 ただ、ゆっくり湯船にかって温まる時だけは一人にしてもらっていた。それでも扉をへだてた向こうに、人がひかえていると思うと若干落ち着かないけれど……

「……はあ、生きかえるぅ……」

 香りのいいハーブをあらめの布袋に詰めて沈めているこの湯船は、リラックス効果抜群だ。
 そういえば、記憶が戻ってから初めて入ったお風呂で思わず「極楽、極楽……」とつぶやき、ミリアに「ゴクラクゴクラク? なにかのおまじないですか?」って聞かれたんだよね……
 こちらの世界では、お湯にかる時に口をつく定番の言葉ってないのかなと聞いてみたものの、そもそもお風呂に入る習慣があまりないそうで。
 普通クリア魔法を使うか、湯にひたした布でぬぐう程度で、大量の湯を沸かして湯船にかるなんて贅沢ぜいたくは、貴族でもよほどお金持ちじゃないとしないらしい。
 そっかぁ……確かに高価な魔石を使って産み出すか、大量のまきで沸かすしか、湯を手に入れる方法はないわけだものね。
 そう考えると、これだけのお湯を使うなんて贅沢ぜいたく以外のなにものでもないわけで……うん、やっぱり貴族でよかった。
 貴族の子として生まれたことに感謝しつつ、しっかり温まってから湯船を出る。すると外で待ち構えていたミリアやメイドの皆さんによって拭き上げられ、風魔法で髪をかわかされ、クリームやらなにやらをりたくられ、ナイトウェアを着せられた。ああ、こんなに至れり尽くせりでいいのだろうか……

「それではクリステア様、おやすみなさいませ」
「ありがとう。おやすみなさい」

 メイドたちを下がらせてから寝室へ向かい、ほどよく温められたベッドの中へもぐり込む。それを確認したミリアはひかえの間に下がっていった。
 寝室へは掃除の時を除いて、私の許可なくミリア以外の人間が入らないよう厳命している。
 それというのも……

『やれやれ、やっとゆっくりできるな』
『やっと、くりすてあといっしょ!』

 聖獣姿に戻ったみんながいるからだ。
 真白と黒銀に与えられた部屋には認識阻害そがいの魔法をかけて誰もこないようにし、二人は私の寝室へ転移してくるそうな。
 そこまでしなくても自分の部屋で寝たらいいのに……と思わないでもないけれど、もふもふに囲まれてぬくぬくで寝られるのだからなにも言わずにそれを享受きょうじゅする。

『ちょいと、邪魔だよ。もうちょっと詰めなよ』

 グイグイと顔を押されたのでちょっとずれると、輝夜が掛け布団の中にするりともぐり込んだ。うん、あったかいもんね。はあ、今夜ももふもふであったかい。
 ……ふわぁ……おやすみなさい。


 朝です。おはようございます。
 私の朝は、ライトという生活魔法で天蓋てんがいつきベッドの中を照らすことからはじまる。ベッドは分厚い織物でおおわれているので、外がどんなに明るかろうが中は薄暗い。

「ライト。……あれ?」

 知らない天井だ……もとい、見慣れぬ天蓋てんがいを見て、王都にきたことを思い出す。
 冬ということもあり、外はまだ暗いらしい。使用人たちは活動しはじめているはずだけど、その喧騒けんそうは私たちの部屋までは聞こえない。
 いつも通りに目が覚めてしまったはいいが、起きるにはまだまだ早かった。普通の令嬢ならまだ夢の中だろう。
 ……おかしいな、私も普通のご令嬢なのに。
 前世の記憶がある分、普通じゃないのは仕方ないよね、と無理矢理自分を納得させて、これからどうしようかとベッドの中で思案する。
 暖炉の火が落ちているので、ベッドから出るととても寒い。
 いつもなら気合を入れてエイヤッとベッドから抜け出し、動きやすい服に着替えて火魔法で暖炉に火を入れ、朝ヨガにいそしむところだ。しかし勝手の違うこの屋敷では、そういうわけにもいかない。
 きっと好き勝手にしても私が怒られることはないけれど、メイドさんたちは雇い主(の娘)に仕事をさせたとしかられる。
 なのでその辺のところを、これからミリアと相談して決めていかなくては。
 私が早く起きることでみんなにまで余計な早起きをさせるのはいやなので、領地ではお父様に頼み込んで自分で朝の仕度をしている。使用人たちには当初ものすご~く反対されたものの、今では適度に放置されて快適になっているのだ。
 ここでもそんなふうにできたらいいのだけれど……
 仕方がないので、私はミリアがやってくるまでぬくぬくとベッドの中で待つことにした。とはいえ、退屈だ。やることがなくひまを持て余す。かといって、二度寝をするのも、ちょっとなぁ……

『んー……くりすてあ、おはよう? おきる?』
「あら真白、おはよう。起こしちゃった? 今日はこのままミリアが来るまでここにいるわ」
『やったぁ。おうとにいるあいだはあんまりいっしょにいられないから、うれしいな』

 私のお腹のあたりで寄りうように寝ていた真白がモゾモゾと這い上がり、枕元に頭をポフッと乗せてきたのででてやる。

「そうねぇ。起きてる間は人前であまりべったりもしていられないものね。ごめんね?」
『ううん、くりすてあをまもるためだから』
「一日中人型でいるのが辛かったら、部屋に鍵をかけて元の姿で休んでいいからね」
『だいじょうぶ。まいにちこうしてくりすてあをほきゅうするから』
『我も真白こやつも無理などしておらぬ。我らはあるじと離れておるほうがいやなのでな』

 足元で丸くなって寝ていた黒銀も、真白の反対側に寝そべりでろとばかりに頭を枕に乗せる。よしよし。

『あーっ! もう、せまっ苦しくて寝てらんないよ! どきな!』

 今度は布団の中から輝夜が、ぷはっと抜け出してくる。

「いやいや、まだ早いから。もうちょっとこうしてようよ」

 布団から出ていこうとするのを引き止めると、彼女は私のお腹の上にどかっと乗っかり丸くなった。うぐっ。輝夜さんや、鳩尾みぞおちはやめてえぇ……
 こうしてミリアが起こしにくるまで、私はもふもふを堪能たんのうしたのであった。
 うふふ、寝ても覚めても、もふもふがあるって幸せだねぇ……



 第三章 転生令嬢は、王宮に招待される。


「ぐえっ……! ぐるじい……」
「まだよ。ミリア、もう少ししぼってちょうだい」
「クリステア様、申し訳ございません。もう少しご辛抱くださいね」

 ギュッギュッ、ギリギリギリ……と引きしぼられる感覚に、息が、というか息の根が止まりそうになりながらも、私は必死に耐えていた。
 ここは王都にあるエリスフィード公爵邸の、いくつもある応接間の一室。ただ今、広い室内に衝立ついたてを置いて、ドレスの試着と仮いの支度中である。そう、地獄のコルセットを装着しているところなのだ。
 うう……普段こんなもの着けないから苦しいよぅ。少しでも動いたら、内臓がはみ出すんじゃなかろうか……ぐえぇ。

「お、お母様……こ、これはめすぎなのでは……? 気が遠くなりそうです……」
「そうかしら? こんなものだと思うわよ?」
「これでは、なにも食べられないではありませんかぁ……うぐっ!」
「パーティーやお茶会の場でみっともなくバクバクと食べるものじゃなくてよ。淑女しゅくじょは小鳥がついばむようにいただくものです」
「そ、そんな……!」

 王宮でのごちそうやお茶会でのスイーツを楽しみにしていたのに!? 楽しみがないばかりか苦行しかないなんて、どういうこと!?
 貴族の女性はみんな悟りでも開こうとしているの!? 修行僧かなにかなの? そんなの、絶望しかないじゃないか……!
 ショックで打ちひしがれていると、ミリアがおずおずと発言した。

「あの……奥様? クリステア様は以前よりぐっと細くおなりです。こんなにしぼらなくても、他のご令嬢よりもほっそりとしていらっしゃいますし、十分ではありませんか。なにより、お顔が真っ青です。これでは大切な場で倒れてしまいかねません」

 さすがミリア……ありがとう! 大好き!
 そっか、少しは細くなったんだ! 朝ヨガ効果かな?
 顔色が悪いのは、多分ショックを受けたせいだけどね!

「そうねぇ、エリスフィードのご令嬢は変なものばかり食べるからいつもお腹を下して領地から出られないのだ、なんてうわさもあるもの。人前で倒れでもして、また変な話が広がったら困るし……いいわ、もう少しゆるめてやってちょうだい」
「かしこまりました」

 やったー! ちょっとは楽になっ……いやちょ、ちょっと待って、なんですと? 今、聞き捨てならない発言が!? 悪食あくじき令嬢のみならず、そんな不名誉なうわさまであるの!? やだー!
 ……いかん。これはいかん。入学時にマイナスイメージからスタートなんてありえないでしょ……これは気を引きめてかからねば。
「クリステアちゃんは素敵なご令嬢☆ キラキラ学園生活!」計画のために!
 ……計画名は再考の余地ありだね。
 ネーミングセンスはどこかに置き忘れてきたので、追及はしないでほしい。
 とにかく入学前のこの期間にイメージアップを図らねば! よし、作戦会議だ!

「お母様。私、少し用事を思い出しましたのでこれで失礼を……」
「なにを言っているの? 今日の予定はドレスの試着と仮いだと言っておいたでしょう? 逃がしませんよ?」

 お母様に、あきれた様子で却下された。
 うわあああん! 作戦会議いぃー!


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