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3巻

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 第一章 転生令嬢は、王都行きを告げられる。


「え……社交シーズンはみんなで王都へ?」

 冬のある日、お父様は突然私たちの王都行きを告げた。
 ここは、ドリスタン王国の王都から馬車で二日ほど離れたところに位置するエリスフィード公爵領にある、エリスフィード公爵の住まう館。
 その居間で、当主である父スチュワード、母アンリエッタと共に、食後のお茶を楽しんでいるところだ。

「そうだ。其方そなたも来年の春には学園に入学するのだからな。社交シーズンのこの時季、デビュー前の子弟を集め王宮でティーパーティーがもよおされる。其方そなたも参加して交流を深めておくのだ」

 冬は社交シーズン。普段領地で過ごす貴族が王都に集まり、連日そこかしこでパーティーが開かれる。そこでは大人たちのみならず、子供たちが交流する場もあるのだ。
 現在九歳の私、クリステア・エリスフィードは、来年、魔力を持つ者が通うアデリア学園に入学することになっている。
 おそらく、入学してから誰が誰だかわからず粗相そそうをしないようにしておこうということなんだろうな。
 本来なら、私も毎年社交シーズンのたびに王都へ行き、歳の近い貴族の子女とは面識を持っているはずだ。
 だけど、ある事情でこれまでほとんど領地から出られなかったんだよね。
 というのも、魔力が多ければ多いほど価値があるこの国では、高位の貴族ほど魔力量が多い。
 そんなドリスタン王国に公爵令嬢として生を受けた私は、生まれつき魔力量が多かった。いや、多すぎた。
 幼い私は豊富すぎる魔力をコントロールできず暴走の危険があるので、物心つく前から領地に引きこもって暮らしているのだ。
 そんなある日、ひょんなことから地球という星、いや世界? の、日本という国で暮らしていた前世の記憶を思い出した。その前世が若干オタク気味のOLだったものだから、転生先であるこの世界に魔法が存在すると知ったときは、そりゃあもう感動したものだ。そしてそれまでサボりがちだった魔法学の指導をしっかり受けている。
 結果、魔力のコントロールを覚え、このたび、安心して学園に入学できることと相成ったのだ。
 その上、魔法については、ただ制御できるだけじゃない。アニメやゲームの知識を駆使くしして明確にイメージできるようになったおかげで、魔法学に精通した家庭教師のマーレン師が驚くほど様々な魔法を習得している。
 今や、どこでも自由に物を出し入れできるインベントリや、一瞬で他の場所に移動できる転移、といった特別な魔法さえ思いのまま。
 マーレン師ったら「クリステア嬢の習得の速さは非常識すぎるんじゃ」だって。失礼すぎない?
 以前は精神が未熟で魔力の循環じゅんかんがでたらめだったが、今は前世の大人だった頃の記憶があるからか、精神的に安定したためなのに。まあ、オタクの妄想イメージ力も一役買っているとは思うけれども。
 その代わりと言ってはなんだけど、暴走気味だったかつてのエネルギーは、今や全力で食に向かっている。
 私は、前世で馴染なじんだ庶民の味を再現すべく東奔西走とうほんせいそう……その結果が「悪食あくじき令嬢」の二つ名だ……なんたる不名誉!
 そりゃあ「悪役令嬢」よりマシだけどさぁ、なんだか暴飲暴食の権化ごんげみたいで怖いんだけど。
 私なんて、ちょおぉーっとだけ美味おいしいものに目がない、ごはんがなければ作ればいいじゃない? って頑張ってるただの女の子だよ?
 なのに、妙な二つ名が一人歩きするわ、何故か王太子殿下に婚約者候補として目をつけられそうになるわ……
 王家に嫁ぐだなんて窮屈きゅうくつに違いないこと、庶民の記憶を持つ私としては御免被ごめんこうむりたい。
 幸い、お父様とお兄様は無理に嫁がなくてもいいと言ってくれていることだし、私としては許される限り、理解のある家族のそばでのんびり過ごしたかった。
 もっともお母様はそうは思っていないみたいだけど。
 それにしても、パーティーか……私の場合気をつけなければならない家格の相手なんて限られているから、特に身構える必要はない。むしろ私より低位の子たちに「はーい注目! 私がエリスフィード公爵令嬢クリステアちゃんだよ☆ 無礼なことしないように気をつけるんだぞ☆」と周知するためのものになるだろう。……そんな自己紹介は絶対しないけどね!
 まだしばらくは、おとなしく目立たないようにしたいのになぁ。

「あの、今年も不参加という訳には……」
「いかんな。多くの貴族がそろうこの機会に少しでも顔を出しておかねば、周囲の者が困るだろう。これでもギリギリまで待ったのだ」

 ……ですよねー。


 結局、私の王都行きは決定してしまった。数日後には箱馬車に乗って向かうそうだ。
 はあぁ……馬車かぁ。苦手なんだよね。
 我がエリスフィード公爵家の離れには、王宮に直通の転移陣がある。
 けれど社交シーズンはあえて使わず、馬車で移動して道中の街に立ち寄るらしい。冬ごもり前に各所でお金を落とすためだそうだ。それが貴族としての義務ノブレスオブリージュなんだって。まあ、経済を回さなきゃならないのは仕方ないんだけど……

「はあ、行くのやだなぁ……」

 私は自室のソファにゴロンと横たわった。
 馬車移動はともかく、王都行きに不満はない。どのみち学園に入学したら王都で過ごすのだ。
 それに、王都の市場ではどんなものが売られているのか見てみたい。新たな食材にめぐり会えるかもしれないからね。
 では何故王都へ行くのをしぶっているのかというと、王族と遭遇そうぐうして目をつけられると面倒だからである。
 聞くところによると、お母様だけでなく国王陛下まで、私と王太子殿下を結婚させたがっているらしいのだ。
 夏に我が家を訪れた、王太子のレイモンド殿下のことを思い出す。
 彼は王都の学園に通う私の兄、ノーマンお兄様の学友で、何故か私にもやたらと構ってきた。
 あの王太子殿下のことだ、お兄様と一緒にパーティーへ行けば必ず寄ってくるはず……となると、私も相手しないわけにはいかないよね。
 今まで姿を見せなかった公爵令嬢がいきなり王太子殿下と親しくしていたら、周囲に「まさか彼女が王太子妃の筆頭候補なのでは?」と誤解されかねない。
 その座をねらう令嬢やその家族から、要らぬ反感を買ってしまうではないか。
 おおう……そんな未来は極力避けたい。面倒ごとは本当に勘弁かんべんしてほしいよ。
 私は学園で敵ではなくお友達を作りたいのだ……切実に。ぼっちはいやだあぁ!
 ……行きたくない理由は他にもある。
 今王都へ行くと、年をまたいで新年のパーティーだのなんだのがあり、少なくとも一ヶ月は領地こっちに帰れないからだ。

「はあ……せっかく、もち米が手に入ったのに」

 前世の日本によく似た国、ヤハトゥールの食材を扱うバステア商会。そこを通じて、私は待ちに待ったもち米をゲットしたばかりなのである。ヤハトゥールからの留学生で、友人でもあるセイがどうにか都合してくれたのだ。今度お礼をしないとね。
 折しも季節は冬、しかも年末だ。この季節にもち米を手に入れたからにはやらねばならぬことがある……そう! 餅つきだ‼

「それなのに、王都へ行かなきゃならないなんて……」

 お餅……あの魅惑のもちもち食感!
 焼いて砂糖醤油じょうゆにつけて食べたり、ぜんざいに入れたり、そうそう、新年にはお雑煮ぞうにを作らなきゃだよね。
 鏡餅を飾り、カチカチになったところを割って、油でげて塩をふってかき餅に。それからそれから……あああ、考えただけでテンションが上がる! 早く食べたい!

あるじよ、そんなに王都へ行くのがいやなのか?』
『いくのやめたら?』

 私の顔をのぞき込むように問いかけてくるのは黒銀くろがね真白ましろ――私の契約聖獣のフェンリルとホーリーベアだ。
 彼らは、私の魔力と料理が気に入って契約した、とっても素敵なもふもふの持ち主。人型にもなれるけど、聖獣姿の時はテレパシーのような「念話」で話しかけてくる。

「行かないわけにはいかないし、行くのがいやなわけじゃないんだけど、お餅が……」
『食い物か?』
「そう。この前セイから受け取ったでしょう?」
『あれはコメだろう?』
「米は米でも、あれはもち米といって、あれからお餅という食べ物ができるのよ」
『ふうん……。おもち、つくらないの?』
『今からでも作ればよいではないか』
「そうしたいのは山々だけど、まだ道具が準備できてないのよ」

 もち米は普通のお米と違い、くのではなく蒸さなければいけない。蒸し器と、なにより餅つきには欠かせないうすきねが必要……いやちょっと待って?
 蒸し器は鍋に水を張って、水にからないようにざるを置けばいける、かな?
 うす石臼いしうすをイメージして土魔法で作ればいい。そうしたら後はきねだけか。
 きねねぇ、うーん……あ、ハンマー! ハンマーで代用すれば……うすが割れちゃうか。
 それとも、ハンマーでも割れないうすを作るか。となると、ここはプロに頼るのが一番。お父様の友人のドワーフで、凄腕の鍛冶かじ屋であるガルバノおじさまに相談してみよう。
 思い立ったが吉日と言うし、早速これからガルバノおじさまの工房へお邪魔するとしましょうか。
 私はすぐに真白と黒銀をともない、ガルバノおじさまの工房の裏手にある庭へ転移した。
 真白や黒銀とは少し異なる経緯で契約した黒猫姿の魔獣である輝夜かぐやは『は? 鍛冶かじ屋ぁ? そんなとこ行きたかないよ』と言うので留守番だ。
 ……面白いと思うんだけどなー?

「ごめんください……っと。おじさまー? いらっしゃいますかあ?」

 表に回ろうかと思ったけれど、やめた。職人街の表通りの外れにあるガルバノおじさまの工房は人気があるから、通りの端っこでもそれなりに人の出入りが多い。
 荒くれ者がいることもあるので、私のような貴族の子供が一人で歩くには少し危険なのだ。
 変装せずに来た私は、目立たないように裏口のドアを開け、声をかけてみる。

「……うん? なんだ、嬢ちゃんか。どうした?」

 のそりと工房からやってきたおじさまは、裏口から顔をのぞかせる私を見つけると相好そうごうくずし、中へ入るよう手招きした。

「ごきげんよう、おじさま。あの、おじさまの工房に大きなハンマーはありますか?」
「うん? あるにはあるが、嬢ちゃんが使うには重くて無理があると思うぞい?」
「……ですよねぇ」
「そもそもそんな武器は嬢ちゃんに必要なかろう?」
「あ、武器じゃなくて、餅つきに使いたいんです。きね……ええと、ハンマーくらいの大きさの木槌きづちのようなものがいいのですけど」
「モチツキ? キネ? なんじゃそりゃ?」

 ああ、そうか。餅つきなんて言ってもわからないよね。
 私がきねの形や大きさなどを簡単に説明すると、ガルバノおじさまは「すぐに手配しよう」とってくれた。

「こんなもんすぐそこの大工に言って作らせるわい。そこで待っとれ」

 ガルバノおじさまは、ガハハと笑いつつ工房から出て職人街の通りへ行ってしまう。
 ……まるっとおじさまにお任せしてよかったんだろうか。
 こんなにあっさり手に入るとは思わなかったので拍子抜けしちゃった。

「ただ待つのもひまだし、手間賃てまちん代わりに昼食を準備しようかな」

 工房へはこっそりと何度か来たことがあるので、キッチンの場所はわかっている。勝手知ったるなんとやらで、私はそこに入らせてもらうことにした。

「……見事にお酒しかない」

 食品棚を確認すると、酒の他はかわき物……酒のさかなだろうか、塩漬け肉やチーズ、ナッツぐらいしかない。普段おじさまは、街の食堂や酒場で食べているんだろうなぁ。

「いくらドワーフが長生きの種族だとはいえ、これじゃ身体壊しちゃうじゃないの」

 まったくもう、世話の焼ける。
 私はインベントリからきたてご飯の入った土鍋を取り出し、おにぎりを作る。中身は鮭に似た魚を焼いてほぐしたシャーケンフレークと梅。
 それから巻き卵と野菜たっぷりのオーク汁も出すことにしよう。
 ストックが充実しているから、たとえ遭難そうなんしても困ることはない。こういう時にも、サッと出せて便利なんだよね。あってよかった、インベントリ。
 ついでにクリア魔法でテーブルを綺麗にしていく。クリアは広く使われる生活魔法の一つだが、掃除だけでなく洗濯や、身体に使えばシャワーの代わりにもなる優れものだ。魔法って便利。

「戻ったぞい……おお? いい匂いがすると思ったら」
「そろそろお昼なので、よかったら」

 巻き卵とオーク汁の入った鍋をインベントリから取り出し、大きな木のボウルによそう。うちで使ってるおわんじゃ、おじさまには小さすぎるからね。
 おにぎりも、私の手で握れる最大のサイズで握っておいたけれど、おじさまが持つと普通より小さく見えるだろう。

「おお、おお。ありがたくいただくよ」

 嬉しそうに目尻を下げ笑うガルバノおじさま。

「お鍋ごと置いていきますからしっかり食べてくださいね。オーク汁はお野菜たっぷりですよ」
「野菜など食べんでも死なんわい……と言いたいところじゃが、嬢ちゃんの作るメシは野菜も美味うまく食えるからのう。わかった。残さず食べるとしよう」
「ふふ、約束ですよ?」
「わかったわかった。お、そうじゃ。これでええかな?」

 そう言いながらガルバノおじさまは、ベルトにさしていたきねをヒョイと差し出す。

「わあっ、そうです! これです!」

 私が思い描いていたそのもののきねがそこにあった。

「ありがとうございます。あっ、お代は……」
「ええわい、そんなもん。メシと相殺そうさいじゃ」
「え、でも」

 それじゃ釣り合わないような……

「ええんじゃ。こいつを作った奴には貸しがあったからな」

 ぐい、ときねを差し出され、ありがたく受け取ることにした。

「おじさま、ありがとうございます。お餅が上手にできたら持ってきますね」
「おお、そうしとくれ」

 にっこり笑うおじさまにお礼を言って、私は工房を辞去じきょしたのだった。


 ついにきねを手に入れた! よぉし餅つきだー! と意気込んで帰宅したものの、まだもち米の前準備をしていなかった。こんなに早くきねが手に入るとは思わなかったからね。
 餅つきは明日行うことにして、もち米をいで浸水しんすいしておく。今は水温が低いのでしんが残らないようにしっかり水にひたしておかないと。
 料理長をはじめ、調理場の料理人たちには「これは試作用の米だから勝手にいたりしないように」と厳命しておいた。朝起きたら間違ってかれていたなんてシャレにならないもの。
 さて、蒸し器に代用できそうなザルや鍋を見繕いながら、段取りをおさらいしよう。
 そう考えたところで、お餅がくっつかないようにするための餅とり粉が必要なことを思い出した。餅がつき上がってから餅とり粉がない! とあわてるところだった、危ない危ない。
 確か、片栗粉か上新じょうしん……お米の粉でよかったはず。
 初めて精米した時、お米を魔力でうっかり砕いてしまったことを思い出した私は、試しに調理場のすみで生米を手に取った。粉砕するイメージで魔力を込めると、手の中のお米が粉々になる。
 おおう……我ながら怖い。
 気を取り直し、ある程度の量のお米を粉砕する。それをすり鉢でゴリゴリとすりまくり、さらに細かくサラサラの粉末にしておいた。餅とり粉はこれでよしと。
 石臼いしうすは、前世の記憶を頼りに土魔法で作り出す。強度もしっかりとイメージして、実際にきねを入れてサイズを確認。
 そしてきねの先が割れないよう、一晩水にひたしておけば、前日の準備は完了、かな?
 明日はもち米を蒸して念願の餅つきだ。ああ、待ち遠しい!
 餅つきは、ちびっこの私がやるより、大人の人間姿の黒銀が腰を入れてしっかりつぶすほうがいい。私は合いの手係だ。
 黒銀と真白には、大まかな手順を説明しておいたので大丈夫だろう。
 それから、明日はシンも巻き込むつもりだ。エリスフィード家の料理人であるシンのお父様は、ヤハトゥールの出身だという。
 セイからヤハトゥールにもお餅があると聞いたので、ぜひともシンには作り方を覚えてもらいたい。亡くなったお父様の故郷の味だもの。
 ……なんて、餅を丸めたりするのに、人手が欲しかったからなんだけど。
 大人数でやれば速いけど、調理場のみんなに手伝ってもらうと丸めたそばから食べられちゃいそうで、人選には気を遣わざるを得ないんだよね。
 その後は、お餅に合うトッピングを考えたり、王都行きの準備をしたりして過ごし、私は「早く明日にならないかなぁ」と、ワクワクしながら眠りについたのだった。


 翌日、そわそわと朝食を終えた私は、お父様とお母様が話す王都行きについての注意をうわの空で聞き流し、餅つきのために調理場へ向かった。
 わーい! やっとお餅がつけるよ!
 昨日から浸水しんすいしておいたもち米をザルに上げ、しっかり水を切ってから蒸し上げる。
 その間に魔法でお湯を沸かして石臼いしうすを温めておく。冷たい石臼いしうすに入れたら、もち米が冷えて美味おいしいお餅にならないからね。
 シンは石臼いしうすになみなみと注がれるお湯を見て「お嬢は魔法をなんだと思っているんだ?」とため息をついている。
 ……これだけ惜しげもなく魔法を使いまくるのはどうかって言いたいらしい。でも、私の魔力量は豊富だし、使える魔法だってたくさんある。それなら使わない手はないでしょう?
 細かい調整をすることで魔力のコントロールの練習にもなってるしね。これ本当。
 そうシンに訴えると「へ~、ほ~、ふーん」とか適当に返事された。ぐぬぬ。
 そうこうしているうちに、もち米が蒸し上がった。
 食べてみてしんが残っていないか確認。うん、ばっちり。
 ここからは時間との勝負だ。
 石臼いしうすが温まっているか確認した後、お湯をすくい出し……ている時間が惜しいので、一旦いったんお湯だけインベントリに収納してから捨てる。
 インベントリは液体をそのまま入れても他の収納物に干渉しない。
 そして石臼いしうすの中を軽く拭き取り、その中に蒸し上がったもち米を投入。黒銀にきねで手早くぐりぐりとつぶしてもらう。
 黒銀は事前に説明していたことをしっかり守って、上手につぶしてくれた。
 それが終わると、お待ちかねメインイベントだ。
 ここで気をつけなければいけないのは、きねは力任せに振り下ろすものではないということ。
 きねの重さを利用する程度でいい。うっかり石臼いしうすの角にきねをぶつけて、砕けた木の破片が餅に入り込んだら台無しだ。そこのところは黒銀にしつこいくらい伝えておいた。
 テンション上がると力いっぱいやっちゃう男子とかいるからねぇ。
 そんなわけで、いよいよ餅つきがはじまった。まずはそのまま黒銀についてもらう。私は対面でぬるま湯を準備して合いの手係だ。
 ぺったん、ぺったん、ぺったん……おおお、いい感じ!

「黒銀、もう少し速くてもいいわよ?」
「これ以上速くすると、あるじの手に当ててしまいそうだ」

 むむ、見くびってもらっちゃ困るわね。これでも前世では幼い頃から田舎いなかのばあちゃんで餅つきを手伝っていたから、合いの手だってプロの域だ。
 親戚やご近所さんを巻き込んで、年末恒例の一大イベントだったんだから。
 ……それも途中から餅つき機に取って代わられたけどね。
 高齢化の波には逆らえなかったので仕方ないとはいえ、楽な器機では物足りなかったのを覚えている。
 いけない、湿っぽい話は置いとこう。手早くやらないと美味おいしいお餅が台無しだ。

「くりすてあ、おれがかわるよ」

 ふいに人間の姿の真白が、私と交代を申し出た。

「え、でも……」

 申し出は嬉しいものの、のんびりした子だから手を引きそこねてきねに打ちつけられてしまうのでは、と心配になる。

「だいじょうぶ。やりかたみてたからわかる。やれる」
「ふむ。おぬし相手なら手加減はいらぬな」

 ニヤリと笑う黒銀。悪い笑顔だなぁ……

「くろがねこそ、もたもたしてたらこうたいだよ?」
「望むところだ」

 笑顔でにらみ合う二人の間で、カーン! とゴングが鳴ったようだ……幻聴かな。
 ぺったん、ぺったん……と普通のスピードからどんどん速くなり、しまいにはものすごい高速になっていった。
 ……ちょ、すごい。普段の真白からは考えられない素速さだ。
 黒銀の動きも私と組んでいた時とは比べ物にならない。しかも、それでいて力任せじゃない。
 真白に至っては、合間合間に返しまでしっかりやっている。ま、負けた……

「……すげえな。さすが聖獣様といったところか」
「……うん」

 前世で見た、高速餅つきのパフォーマンスを超えるかのような動きに、私とシンはただ呆然と二人を見守るだけだった。
 普通ならぺったんぺったん……と聞こえるはずの音が高速すぎてぺぺぺぺぺぺぺ……としか聞こえない。どういうことなの!?

「……ハッ! ちょ、ちょっとストーップ!」

 我に返った私は二人を止めた。

「……まだ、しょうぶはついてないよ?」
「うむ。これからさらに速度を上げていこうかと思っていたところだ」

 憮然ぶぜんとした表情を浮かべる二人。

「いやいや、勝負じゃないから。もうお餅がつき上がってるじゃないの」

 私はツッコミを入れつつ、餅のでき具合を見てみる。
 おお、なんとなめらかなもち肌……じゃなくてお餅! 湯気ゆげの立つ熱々のお餅は、きめ細かくなめらかで、とっても美味おいしそうだ。

「うん。美味おいしそうにできてる。さあ、お餅は手早く丸めないとね!」

 まずは一旦いったんインベントリにお餅を入れる。次に木のテーブルを取り出し、クリア魔法をかけてから餅とり粉をく。そうやってお餅がくっつかないようにしてから、改めてお餅をデデン! と置いた。

「さあ、丸めるわよ! ……と、その前に」

 つきたてのお餅をその場でいただくのは、餅つきをした者の特権だ。味見用に小さくちぎってまとめ、それぞれ砂糖醤油じょうゆときな粉を入れたお皿を並べた。

「できたてが一番美味おいしいの。ちょっとだけいただきましょう。一人につき二個までね。あっ! 熱いしやわらかくてのどに詰まらせやすいから、気をつけて食べてね?」

 そう言ってみんなに試食をうながす。
 おっと、すぐに食べない分は冷めないようにもう一度インベントリに入れておこう。
 さて、今世初のお餅をいただきます!
 まずは、砂糖醤油じょうゆから。ちょんと醤油しょうゆひたして、ぱくりと口にした。

「あっ、あふっ! 熱っ!」

 自分で注意しておきながら、お餅の熱さにびっくりする。
 ……なにこれ。めっちゃくちゃ美味おいしい!
 やわらかくて、コシがあって、のびも素晴らしい。高速でつくと美味おいしいお餅になると前世で聞いていたけど、本当だ!
 ……あっという間に食べ終わっちゃった。
 うわぁ、試食の数を決めておいてよかった。際限なく食べてしまいそうだもの。
 次はきな粉で。今朝方「餅にはきな粉でしょ!」と思い出して、大豆だいずを餅とり粉同様に粉にしておいたのだ。
 砂糖を混ぜたきな粉にお餅を投入し、しっかりまぶして、と。
 バクッと一口食べると、口の中で広がるきな粉とお餅のハーモニー……ああ、なんて幸せな味なの。熱々のお餅に、きな粉がしっかりからんで……美味おいしくないわけがない!

「お、美味おいしいぃ……!」

 ふわぁ……と、今の私はきっとゆるみきっただらしない表情を浮かべているに違いない。美味おいしくって、幸せなんだから仕方ないよね。
 あんこもつけたかったけれど、試食が試食じゃなくなりそうなので我慢だ。

「……うん、美味うまい! 少しでも食べた気になるし、腹持ちもよさそうだ」

 シンは食べ盛りの若者らしいコメントだね。


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