転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

文字の大きさ
上 下
89 / 386
連載

余話〜輝夜のお留守番

しおりを挟む
アタシ名は輝夜かぐや
誇り高き魔獣……だったんだが、ヘマしちまって今はちっぽけな黒猫の姿だ。
こんな姿にされちまって、これからどうやっていきゃいいのかと悲観していたんだが、アタシをこんな姿に固定しちまったクリステアって小娘が、監視するという名目で住処と食い物を保証した。だからなんとかやっていけている……いや、正直なところ、こんなに楽できるなんて今までの苦労はなんだったんだ? ってくらい快適な生活を送っている……と、思う。
苦労して雨風をしのがずともあたたかく柔らかい寝床がある。ひもじくなりながら駆けずり回って食いもんを探さなくても腹が減る頃には美味いメシが出てくる。信じられなかったね。
はじめの頃はこれを食ったら次はもう無いかもしれないと、ガツガツと身動きできなくなるまで貪り食ったモンだけど、今では落ち着いて食えるようになった。というか、あの小娘……クリステアがアタシの食べる適量を見極め、それ以上出さなくなったからだ。もっと食べたいと思っても、なかなか出さなくなっちまったのはちょっと不満だね。

普段、小娘が聖獣契約しているフェンリルの黒銀くろがねとホーリーベアの真白ましろが側にいる時、アタシは屋敷の中をうろつき、居心地の良さげな場所を見つけては昼寝三昧をしている。
小娘の近くにいると、あの聖獣どもは独占欲丸出しでアタシを寄せ付けまいとするからね。適度に魔力をいただけさえすりゃ、アタシは小娘にべったりしたいとは思わない。むしろ、小娘の方からアタシを構い倒そうとするもんだから、聖獣どもの嫉妬の目を向けられるんで勘弁してもらいたいぐらいだよ、まったく。

聖獣どもが警備のために屋敷の周りを偵察に回る時だけ、アタシはクリステアの側にいるようにしている。何かあれば奴らに念話で呼びかけさえすれば、転移で駆けつけるからね。ちょっとした監視役ってやつさ。アタシは首に付けられた魔導具のせいで自分の身を守るくらいしかできないからね。それでもまあ、小娘を聖獣どもの代わりに監視するくらいはできるだろうと思ってね。
まあ、そんな感じで今はうまいことやってるのさ。

つい昨日のことだ。小娘が『明日は海に魚を捕りに行く』と言い出した。
前に魚を持ち帰った時、美味い魚をたらふく食べたのを思い出す。うん、あれは美味かった。
アタシも過去に海のある土地に行ったことがある。それなりに魔力を持った魔物を喰らおうと襲ったら、逆に海におびき寄せられ、溺れちまった。
どうにかこうにか陸に上がって逃げ出し、それ以来海に行ったことはなかった。
だけど今は小娘がうまいこと魚を捕るみたいだし、ついて行ってとれたての活きの良い魚を食うのもいいかもしれないと思ったんだ。小娘も『今度は一緒に行こうね!』と言ってたことだしね。付き合ってやってもいいかな。

朝早くから出発すると聞いていたから、いつもより早く目が覚めたアタシは、調理場へと向かい、鳥のササミやらを出してもらい食べた。最近では屋敷内をうろつくと何かしら食いもんをくれるやつが何人かいる。おやつがわりにといただくが、その対価として小娘のようにモフらせて欲しいというので寛容なアタシは撫でさせてやるのだ。たまに度を越して触り倒そうとする不埒な輩は爪を立てないようにして顔を押しのけたり、尻尾で叩いてやるんだが、それすらも喜ぶんだから。小娘同様、変な連中だよ。
そんなこんなで軽めに朝食を済ませて部屋に戻ると、そこはもぬけの殻だった。魔力を探るものの、どこにも気配がない。
……どこに行ったんだ?
思っていると、ガチャリとドアが開いた。
「あら? 輝夜かぐや? ここにいたのね」
小娘かと思いきや、そこにいたのはミリアとかいう小娘付きの侍女だった。
「ンナー」
黒猫の姿の時は、アタシの今の力じゃ人間相手では契約者のクリステアとしか念話ができない。だからこいつの言うことに返事することしかできないのだ。
そんなアタシをミリアは抱き上げ、背中を撫でる。こいつの撫で方は優しく落ち着いているので安心して大人しく抱かれるままでいた。
「クリステア様たちは、先程お館様方と一緒にお出かけされたみたいだけど……あなたはお留守番なのね?」
「……ニャ?」
……は? なんだって? 出かけた⁉︎
あいつら、アタシを置いて出かけたってのかい?
「ギニャ⁉︎ ニャニャニャニャニャー!」
そりゃ本当かい⁉︎ アタシを置いてけぼりにしやがってー!
ミリアは憤慨するアタシに驚いてなだめる。
「きゃっ! ど、どうしたの? やっぱりお留守番はさみしかった?」
……! べ、別にさみしかったってんじゃないよ⁉︎ 置いていったのに憤慨してるだけさ! そりゃアタシも今回はついていくとは言わなかったけどさ……置いてかなくたっていいじゃないさ……
しょんぼりとうなだれたアタシをミリアは優しく撫でる。
「……久しぶりに私がブラッシングさせていただいても良いですか? おやつは、シンにお願いしてベーコンを焼いてもらいましょう?」
「……ニャ」
……仕方ないね。アンタがそういうなら付き合ってやろう。
アタシは尻尾でミリアの腕をするりと撫でた。

輝夜かぐやー! ごめん! ごめんなさい! 次は絶対に一緒に行こうね!」
クリステアは海から戻ってくるなり平謝りしてきた。アタシのことをすっかり忘れていたようで、ずっと謝り倒している。
だからってすぐに許すわけにはいかないね!
ツンと不貞腐れたポーズをとり続けていると、晩メシに豪華な魚の切り身……刺身とやらが山盛りになって出てきた。どうやらこれは詫びの印らしい。とっておきのを出してきたようだ、新鮮で美味かったよ。
まあ、また行くんだろうから今度はついて行くと意思表示しよう。うん。今度こそ、海で美味い魚をたらふく食べてやる。

……後日、学園とやらに入学したら、海にはあまり行けなくなると知り、密かに不貞腐れたのは秘密だ。
しおりを挟む
感想 3,380

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

生前SEやってた俺は異世界で…

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん
ファンタジー
旧タイトル 前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~ ※書籍化に伴い、タイトル変更しました。 書籍化情報 イラストレーター SamuraiG さん 第一巻発売日 2017/02/21 ※場所によっては2、3日のずれがあるそうです。  職業・SE(システム・エンジニア)。年齢38歳。独身。 死因、過労と不摂生による急性心不全…… そうあの日、俺は確かに会社で倒れて死んだはずだった…… なのに、気が付けば何故か中世ヨーロッパ風の異世界で文字通り第二の人生を歩んでいた。 俺は一念発起し、あくせく働く事の無い今度こそゆったりした人生を生きるのだと決意した!! 忙しさのあまり過労死してしまったおっさんの、異世界まったりライフファンタジーです。 ※2017/02/06  書籍化に伴い、該当部分(プロローグから17話まで)の掲載を取り下げました。  該当部分に関しましては、後日ダイジェストという形で再掲載を予定しています。 2017/02/07  書籍一巻該当部分のダイジェストを公開しました。 2017/03/18  「前世の職業で異世界無双~生前SEやってた俺は、異世界で天才魔道士と呼ばれています~」の原文を撤去。  新しく別ページにて管理しています。http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/258103414/  気になる方がいましたら、作者のwebコンテンツからどうぞ。 読んで下っている方々にはご迷惑を掛けると思いますが、ご了承下さい。

「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。

亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません! いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。 突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。 里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。 そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。 三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。 だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。 とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。 いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。 町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。 落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。 そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。 すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。 ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。 姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。 そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった…… これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。 ※ざまぁまで時間かかります。 ファンタジー部門ランキング一位 HOTランキング 一位 総合ランキング一位 ありがとうございます!

ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?

藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」 9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。 そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。 幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。 叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

兄がやらかしてくれました 何をやってくれてんの!?

志位斗 茂家波
ファンタジー
モッチ王国の第2王子であった僕は、将来の国王は兄になると思って、王弟となるための勉学に励んでいた。 そんなある日、兄の卒業式があり、祝うために家族の枠で出席したのだが‥‥‥婚約破棄? え、なにをやってんの兄よ!? …‥‥月に1度ぐらいでやりたくなる婚約破棄物。 今回は悪役令嬢でも、ヒロインでもない視点です。 ※ご指摘により、少々追加ですが、名前の呼び方などの決まりはゆるめです。そのあたりは稚拙な部分もあるので、どうかご理解いただけるようにお願いしマス。

子持ち主婦がメイドイビリ好きの悪役令嬢に転生して育児スキルをフル活用したら、乙女ゲームの世界が変わりました

あさひな
ファンタジー
二児の子供がいるワーキングマザーの私。仕事、家事、育児に忙殺され、すっかりくたびれた中年女になり果てていた私は、ある日事故により異世界転生を果たす。 転生先は、前世とは縁遠い公爵令嬢「イザベル・フォン・アルノー」だったが……まさかの乙女ゲームの悪役令嬢!? しかも乙女ゲームの内容が全く思い出せないなんて、あんまりでしょ!! 破滅フラグ(攻略対象者)から逃げるために修道院に逃げ込んだら、子供達の扱いに慣れているからと孤児達の世話役を任命されました。 そりゃあ、前世は二児の母親だったので、育児は身に染み付いてますが、まさかそれがチートになるなんて! しかも育児知識をフル活用していたら、なんだか王太子に気に入られて婚約者に選ばれてしまいました。 攻略対象者から逃げるはずが、こんな事になるなんて……! 「貴女の心は、美しい」 「ベルは、僕だけの義妹」 「この力を、君に捧げる」 王太子や他の攻略対象者から執着されたり溺愛されながら、私は現世の運命に飲み込まれて行くーー。 ※なろう(現在非公開)とカクヨムで一部掲載中

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。