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2巻
2-3
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「お、そうそう。忘れるとこだった」
話題を変えようと質問したら、白虎様は思い出したようにインベントリから木箱と数本の木片らしきものを取り出した。
「……そっ、それは!!」
「そう、お待ちかねの鰹節だ。今日荷が届いたんで、早く欲しかろうと思ってな」
やっぱり! 念願の鰹節!! 削り器まである! すごいっ!
「ありがとうございますっ!」
バッと手を出すと、白虎様はそれらをスッと私の手の届かないところまで持ち上げた。
えっ……?
「お嬢が一刻も早く欲しかろうと、俺は気を利かせて持ってきたんだが?」
白虎様はにんまり笑う。
あー、はいはい。お駄賃をよこせということね。
「白虎様ったら、抜け目ございませんわね?」
「お前さんには負けるがな」
ぐぬぅ。とりあえずインベントリ内のストックから、ようかんと芋ようかんを出して渡した。
「おっ? ようかんか! お前、こんなもんよく手に入っ……」
白虎様はそこで言葉を切り、訝しげに首を傾げる。
「いや、作ったのか?」
「さすが、白虎様ですね。私の行動パターンをよくご存じで。先日バステア商会で寒天を手に入れましたので、色々と作りましたの」
「お前さんもよくやるよなぁ。一応、貴族のお嬢様だってのに」
白虎様はようかんをしげしげと眺めてそう言った。
公爵令嬢を捕まえて一応だなんて、失礼な! ……まあ、お嬢様らしさは皆無だけど。
「まっ、おかげで俺たちも美味いもんが食えるから、ありがたいけどな。お前の作るもんは味も美味けりゃ、込められてる魔力も美味い」
「そう言っていただけますと、こちらとしても作り甲斐がありますわ。おかげでついつい、作りすぎてしまって……」
「お前さんはただ自分が食いたいだけだろ?」
「……否定はしません」
白虎様のツッコミに反論できない私なのだった。
今度、鰹節を使った料理をごちそうすることを約束すると、白虎様は転移で帰っていった。
すると隠れていた輝夜が出てきて、私に尋ねる。
『ちょっとぉ! なんなんだい、あれ!』
「あれって、白虎様のこと?」
『そうだよ! まさか、あれとも契約してるんじゃないだろうね!?』
「白虎様は私のお友達と契約してるのよ。白虎様がどうかしたの?」
そういえば、白虎様が現れてから、輝夜はかなり怯えていた。
『どうかした? じゃないよ! ――なんで、あんなおっかないのがこんなとこに来るのさ!』
「おっかないって……白虎様はあのとおり、気のいい方よ?」
どこがおっかないんだろう?
『ありゃ、神龍に仕える神獣だろう!? 神の領域にいるやつはやばいよ! アタシみたいなのが機嫌を損ねたら、あっと言う間にすり潰されちまうじゃないのさ!』
「ああ、なるほど。神獣と聖獣の違いは、輝夜みたいな魔獣にとっては大きいのね」
神の領域にいる白虎様は、魔獣にとっては畏怖の対象になるのか。聖獣の真白や黒銀は気にしていないから、そんなこと考えもしなかった。
「驚かせてごめんね? でもお友達の契約神獣で、連絡係みたいなものだから、これからも頻繁に来ると思うわよ」
『はあ!?』
「それに、そのお友達は、白虎様以外にも神獣の朱雀様、青龍様、玄武様の三人と契約してるし……」
『はああ!?』
「だから、頑張って慣れてね?」
『はああああ!? んなもん、慣れるわけがないだろーっ!?』
……ですよねー。普通そうだよねー。
動揺して暴れる輝夜に、真白と黒銀が白い目を向ける。
『かぐや、うるさい』
『そうだの。少し落ち着かんか。主のそばにいる限り、仕方ないと諦めるしかないぞ?』
『ふほんいだけどね』
んん? 君たち? 何ですか、その悟ったような口ぶりは。
『……なんてとこに来ちまったんだろ……』
こらこら、輝夜さん? 絶望してるのはどうして? 我が家は馴染めばパラダイスのはずよ!?
『ところで主よ、白虎が持って来たこの箱と木片は何なのだ?』
黒銀がすぱっと話を変えて、削り器をちょいちょいとつつきながら質問した。
「よくぞ聞いてくれました! これはね、鰹節と言って、鰹っていう海のお魚を加工した食品よ!」
私が鰹節を両手で掴んで打ち合わせると、カツーン! と高くいい音が響いた。うむ、素晴らしい。
『それ、きじゃないの?』
『うむ。こんな魚は見たことないぞ?』
『こんなのが魚だなんて、おかしなこと言うんじゃないよ』
みんなはこれが魚だと信じられないようだ。
「見た目がこんなだから魚に見えないだろうけど、元は海を泳ぐ魚なの。まあ、食べてみようか」
物は試しだ。削ってみせようではないか。
というか一刻も早く削ってみたい!
前世のおばあちゃんちで何度か手伝った記憶を頼りに、手順を思い出す。
まずは、鰹節の表面についたカビを、タオルで拭き取る。
次に……そうだ、削り器――鉋の刃を調整しないといけないんだっけ。鰹節は、木の表面を削る鉋で削るのだけど、薄く削れるように、刃の出方を調整する必要があるのだ。
調整には、木づちが必要なんだったかな……あ、箱の中に入ってる。親切だなぁ。
えーと、トントントン……と、木づちで鉋を叩いてみる。
あ、引っ込みすぎた。トントン……と逆側を叩いて刃を出すと、今度は出しすぎた。
い、意外と難しいな。子どもの手だと、小さめの木づちでも重くて、持て余してしまう。
んー、こんなもんかな? うん。とりあえずこれで削ってみよー!
『主は何をしておるのだ?』
『わかんない』
『ちょいと! アタシたちを放ったらかしにして、何してんのさ!』
削り節を作るための作業に没頭している私に、三人は困惑気味だ。
「まあまあ。ちょっと待っててね? 今から削ってみるから」
『『『削る?』』』
そうだよね、みんなはわからないだろうけど、説明が難しいからね……
とにかく、削ってみますか!
ええと、頭側から削るんだったかな……と思いながら、鰹節を鉋にあてがって滑らせると――
ガッ! 大きな音を立てて、鰹節が引っかかってしまった。
……てへ。失敗しちゃった。今度は慎重に鰹節を滑らせて――
シュッ、シュッ……
お、いい感じ? 今度は引っかかりなく鰹節が削れている。シュッ、シュッ、シュッ……
『ねえ、くりすてあー? まだー?』
はっ! 無心で削ってたわ。
「ごめん、ごめん。さて、どうかな……」
箱をそっと開けてみると、前世で見慣れたあの削り節が収まっていた。
「うわぁ……」
待ちに待った鰹節。まずはそのままパクッと口に入れる。
すると黒銀たちがぎょっとして声を上げた。
『主!? 木の削りクズなんぞ口にしてどうする!?』
『くりすてあ! きをたべちゃ、だめ!』
『アンタ、何食べてんのさ!?』
みんなが何やら言ってるけど、そんなの構ってられない。
ふああ……この味、この食感。鰹節だ。間違いなく鰹節だ!
これでお出汁をとったら、今まで作っていた出汁よりも深みが出るに違いない。もちろん、出汁をとった後はふりかけにして、無駄なく使おう。それに、おかかのおにぎりに、おひたしに……
「美味しい……」
私が頬を緩めていると、真白たちが顔をしかめる。
『くりすてあ? きのけずりくずが、おいしいの?』
『そんな風に食べる木なんぞあったか?』
『うえっ。木クズか美味いなんて、どうかしてるよ、アンタ』
「これは木じゃなくて魚だって言ったでしょう? ほら、食べてみて?」
私は鰹節を少しつまみ、手のひらにのせてみんなに差し出した。
『嫌に決まって……ん? 何だい、この匂いは』
フンフンと匂いを確かめる輝夜。
『木の削りクズの匂いじゃないね……どれ』
輝夜はパクッと食べて、口をモグモグ動かし――
『……?』
もう一度、パクリ。そしてモグモグモグ……
『……な、なんだいこれ? 木じゃないね?』
「だから、お魚だって言ったでしょう?」
『魚にしたって、こんなの食べたことないよ! ……もっとお寄越し』
手のひらにのせた鰹節は、きれいさっぱり食べられていた。
輝夜ったらもう、美味しいなら美味しいって言えばいいのにぃ。
『おぬしはもうよかろう。主よ、我にも食べさせてくれ』
黒銀が輝夜をていっと放り投げ、空いた場所に収まる。
「はいはい」
身体が大きい黒銀には、気持ち多めにあげてみた。
『ん、ほう? 本当に木の削りクズではないのだな。しかし、魚とも、ちと違うような』
まあ、生じゃないし、発酵食品だから旨味が凝縮されているものね。
『くりすてあー、おれも、たべる!』
ドン! と黒銀を押しのけ、真白がせがむ。もちろん真白にも鰹節を差し出した。
「はい、どうぞ?」
『んー、くちのなかに、くっつく~。でも、おいしい? よ?』
あー、あるある。口の中にはりつくよね。
『ねぇ、もうちょっと味見したいんだけど』
輝夜が横から、ちょいちょいとつついて追加を迫ってくる。
気に入ってくれたのは嬉しいけど、ちょっぴり食べすぎたかな?
「うーん。味見だけでなくなっちゃいそうだから、もうおしまい。明日これで料理を作るから、楽しみにしててね?」
がーん! とショックを受ける輝夜を横目に、鰹節一式をインベントリに収納した。
さてと、明日が楽しみだなー!
一夜明けまして、朝です。おはようございます。クリステアです。
目を覚ましたら、契約聖獣たちに囲まれています。こんなもふもふ天国な朝も、日常となって参りました。なんて素晴らしいことなのかしら。
少しだけ変化があるとすれば、輝夜がいることでしょうか。
しかも布団に入ろうとして失敗したのか、黒銀に押さえつけられ、唸っている。
「おはよう、みんな。黒銀、輝夜を離してあげて?」
『む、起きたか、主よ。此奴は生意気にも主の傍らで休もうと企んだので、阻止してやったのよ』
ふふん、とドヤ顔でのたまった黒銀。別に、輝夜だってお布団に入ってもいいんじゃないかな?
『クリステアが寝てる間に、ちょっと魔力補給しようとしただけじゃないさ』
『おぬしは懲りるということを知らんな?』
またもや、ていっと放り投げられる輝夜。しかし猫だけあって、しゅたっときれいに着地した。
『なんだい! アタシだって契約してんだから、お仲間だろ!?』
『はっ、片腹痛いわ。我は望まれて契約したのだ。成り行きで契約したおぬしとはわけが違う』
……私、望んで黒銀と契約したんだっけ? あれは押しかけ契約じゃなかったかしら、黒銀さん?
『くりすてあ、おはよー。みのほどしらずが、あさから、うるさい』
おはよう、真白。朝から手厳しいね?
「みんな、朝から元気がいいのは何よりだけど、仲良くしてよね?」
これが毎朝の風景になるのはちょっと困るなぁ。どうにかしないと。
私はそんなことを思いながら、もそもそと起き上がり、朝食の準備を始めるのであった。
さて、今朝は念願の鰹節を使って、朝ごはんを作りますよ!
聖獣&魔獣のみんなは『味見、味見!』とうるさいので、自室でお留守番中。
私は調理場で鰹節を削っている。我が家の料理人のシンには『調理場で大工の真似事はやめてくれ』と言われましたが、くじけずひたすら削り続けた。
朝食の分を削り終えたら、料理開始。まずは昆布と鰹節で丁寧に出汁をとり、定番のお味噌汁だ。
次に、青菜をさっと茹でて、おひたしに。もちろんおかかをのせるのを忘れずに。
それから、出汁巻き卵を作る。使ったのは、お父様のお友達でドワーフのガルバノおじさまに作ってもらった、特注の卵焼き器だ。
最後に、浅漬けをお皿に盛って――と。
「できた……」
これぞ、日本の朝ごはん。完璧とまでは言えないけれど、前世で旅館に泊まった時の朝ごはんを思い出し、上出来じゃない? と悦に入る。
私は、念願の朝食にわくわくしながら、侍女にお父様とお母様を呼びに行ってもらうのだった。
「クリステア、今朝の朝食は素晴らしいな!」
食堂の席についたお父様は、目をキラキラと輝かせて食べている。和食好きだもんねぇ。
お母様も笑顔でお味噌汁を飲んでいる。よかったよかった!
「クリステア、味噌汁がいつにも増して美味い気がするのだが、何か変えたのか?」
おっ? さすがお父様。気づきましたか。
「実は出汁……スープストックを改良しましたの。これからは他の料理も改良予定ですわ」
「そうか、楽しみにしているぞ!」
ご機嫌でご飯を掻き込むお父様。美味しい朝食は一日の活力になりますものね。
「ねえ、クリステア。野菜の上に、木クズがかかっているのだけど……」
お母様がおひたしを見て、顔をしかめる。そう言われると思っていた。
「それは、木クズではございませんわ。海の魚を加工したものを、薄く削ったものですの。おひたしという料理です。そのお野菜と一緒に食べてみてください」
「わ、わかったわ。……あら? 野菜だけより、これと一緒に食べる方が美味しいわ」
そうでしょう、そうでしょう。ふふん。
「これは……卵焼きか? この間のものとは、味が違うな」
お父様が言った『この間のもの』とは、王太子殿下がいるときに作った甘めの卵焼きのことだろう。
「卵焼きとは味付けを変えていまして、今朝のは出汁巻き卵といいます」
「うむ。甘くないが、オムレツともまた味が違っていて、これも美味い!」
お父様の言葉を聞いて、お母様も出汁巻き卵を一口。
「あら、本当。甘くない卵焼きなのね。でも美味しいわ」
鰹節をふんだんに使った朝食は、お父様はもちろんお母様にも好評みたい。やったね!
朝食が終わって自室に戻ると、契約聖獣&魔獣は、まだ思い思いに休んでいた。
私は輝夜に近づき、声をかける。
「輝夜、さあ朝ごはんよ」
彼女の前に、インベントリから出したお皿をコトリと置いた。鶏もどきの鳥ササミを茹でてほぐしたものが、山盛りにのっている。ササミには、おかかもちょっとだけ、オマケでのせてあげた。
猫の姿だと味の濃いものはあまりよくないかもしれないから、本当に少しね。
輝夜が嬉しそうに食べるのを、私はほくほく気分で眺める。
『……主、我らの飯は?』
そう問いかけてきたのは黒銀だ。その隣で、真白も首を傾げている。
「今朝は二人とも、ごはんなしよ」
『『えっ!』』
「さっき輝夜が言ったように、みんなはもう仲間でしょう。仲良くできない子に、ごはんはあげません」
ここは心を鬼にして、釘をしっかり刺しておかないと、今後に影響してしまうからね。
真白はよろめきながらポテポテと私に近づき、しがみついてきた。
『くりすてあ、ごめんなさい。おこらないで?』
「謝る相手が違うでしょう?」
『……かぐや、ごめんなさい』
真白からの謝罪に、ササミを食べていた輝夜はゲホゲホとむせる。私は慌てて魔法で水を生み出し、深皿に入れて与えた。背中をさすってあげると、輝夜は息を整える。
『ケホッ。ああ、びっくりした。まあ、いいよ。どんな聖獣でも、契約を交わした主人への独占欲が凄まじいのは、わかってるさ。アンタはアタシに焼きもち焼いたんだろ?』
『……』
『図星みたいだね。アタシはアンタたちみたいに、このお嬢ちゃんと馴れ合う気はないよ。だから、生きるために必要な魔力供給くらいはさせておくれよ?』
『……うん』
しょんぼりと頷く真白。
でも私は納得できなくて、思わず声を上げた。
「えっ! 何で!? 馴れ合おうよ! 私は思う存分、輝夜をもふりたいよ?」
『アンタねぇ。せっかくいいカンジにまとまりそうだったのに、台無しじゃないか』
『これが、くりすてあだよ』
『……言えてるねぇ』
真白と輝夜がハァ……と、ため息をつく。
えっ、ちょっと待って? そこ、意気投合するところかな?
「だ、だって、みんなが仲良くするのと、私がみんなをもふもふするのは別だと思うの」
輝夜を放置して真白と黒銀だけもふもふするのは、なんか違うと思うんだよね。
『いいや。契約獣同士仲良くして欲しいんだったら、アタシはアンタと馴れ合わない方がいい。契約獣は独占欲が強いって言ったろ? アタシたちはそういう存在なんだ。主人と契約獣が一対一なら、こんなことにゃならないけど、複数いればどうしても対立が生まれるんだよ』
「そんなぁ……」
『輝夜の言う通りだな。だが、契約獣である我らが主の願いを妨げるのは本意ではない。それに、輝夜のように魔力を嗅ぎつけて襲ってくる輩が、また現れないとも限らん。このまま我らがいがみ合っておるわけにはいかんだろう』
黒銀は、観念したように真白と輝夜に言った。
黒銀……!
『わかった。なかよくする……』
『まあね。アタシの命はお嬢ちゃんが握ってるんだから、精々長生きしてもらわないといけないんだ。そのためにはお互い譲り合うしかないか』
真白はしょんぼり頷き、輝夜はフンと鼻を鳴らす。
しぶしぶだけど、仲良くするということで合意してくれたらしい。
「みんな……ありがとう」
『主のためなら最善を尽くさなければな』
『みんなで、くりすてあを、まもるからね?』
『ア、アタシはこんな状態だから、役には立たないかもしれないけど。アタシにできることなら、まあ、やろうじゃないか』
あうう、うちの子たちはみんな、いい子です……!
『うむ、これで一件落着だな』
うんうん、と一人納得している黒銀。
「ちょっと待って? 黒銀、あなただけ輝夜に謝ってないわよね?」
『……ぬ? そうであったか?』
うん、いいことを言ったけど、謝ってはいないよね?
あれえ? って顔をしている黒銀。仲直りしたことで、もう終わりと思ってるな、これ。
「うん、謝ってない」
『……すまなんだな』
『いいよ、もう』
改めて謝られるとこそばゆいのか、そっぽを向いて答える輝夜。
よしよし。後は、私だね。
「私も、真白と黒銀が焼きもちを焼いてるのはわかってたけど、そんなに大したことないと思ってたの。ごめんなさい、輝夜」
『いいってば』
『これは我らの問題であって、主が心を痛めることはない』
私が頭を下げると、黒銀が前脚でポンポンする。うう……私の見込みが甘くて、ごめんね。
「これからはみんな、平等に可愛がるようにするからね! もふもふも平等に……って、あれ? みんなどうしたの?」
みんなが私を呆れたように見て、同時にため息をついた。
『まあ、主はそのままでよい』
『うん』
『だねぇ』
……あれ? よくわからないけど、みんなが納得したなら――一件落着、かな?
輝夜がうちの子になってから一週間が経過した。
輝夜と真白たちは、仲直りして数日はギクシャクしていたものの、一週間も経てばお互いの距離感が掴めてきたのか、すっかり落ち着いた様子。
やれやれ、ようやく平穏な日常が戻ってきた、と胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。
それにしても……お兄様と王太子殿下が滞在中から先日まで、色々と大変だったなぁ……
お二人が王都に戻られたのは心底ホッとしたけれど、やはり静かになるとさみしいものだ。
さみしさ――は、もふもふで癒すに限りますよね?
「はあぁ、癒されるぅ……」
私は今、床に寝そべった大きな姿の黒銀を、背もたれにしている。さらに膝には真白、腕の中には輝夜が収まっていた。最強の布陣だ。
「もふもふ天国、最高ぉ……」
『主よ。これはちと、はしたないのではないか?』
ぐでぇ、とリラックスしまくった私に、黒銀が注意する。
「え? 何が? 床に寝転がってること? 誰も見てないんだし、いいじゃない」
『……まあ、我は構わんが』
嘆息して、伏せる黒銀。
う~ん、これぞもふもふパラダイス、略してもふパラやぁ……素晴らしい。
前世でも、ここまでもふり放題だったことなんて、なかったよねぇ。精々、ご近所猫さんに構ってもらったり、おばあちゃんちのタマを存分に吸いまくったりしたくらい。
そういえば、輝夜はまだ吸ってなかったな。
そうと気づけばさっそくと、輝夜を持ち上げてお腹に顔を近づけると――四本の脚全部を使って、しっかりガードされてしまった。
あれ? 抵抗できるの? 私に逆らうと、魔導具の首輪に魔力を吸われる契約にしたんじゃなかったっけ?
あ、そうか。輝夜は爪を立ててないし、害意があるわけじゃなく、単なるガード。だから首輪は発動しない……ということかな。
『ちょいとアンタ、何する気だい!?』
「え、ちょっと吸ってみたいな~って」
『はぁ!? す、吸うだってぇ!? バカ言ってんじゃないよっ! 乳なんて出やしないよ!』
輝夜は焦ったように、ジタバタと私の手から逃れようとする。
「えっ? あ、違う違う! お腹の毛の匂いを吸おうとしただけよ!?」
猫のおっぱいを吸うなんて、そんな変態趣味はありません!
『ああ、なんだ……って、それはそれでイヤだよ! お離しよ!』
「えー? 少しくらい、いいじゃない~」
『イヤだって言ってるだろ!』
しばらくギャーギャーと攻防戦を続けたけど、結局逃げられちゃった。ちぇっ。
「うー、残念」
ちょっぴり不貞腐れていると、真白がころんと転がり、お腹を見せる。
「くりすてあ? おれでよかったら……いいよ?」
くっ、真白ったら、あざと可愛いぃ! でもそのままお言葉に甘えちゃうのは、何だか背徳感があるので遠慮します!
それにしても、久しぶりに平穏な日々を取り戻したことで、私はやっぱり脱力気味だ。
「はぁ……。みんなをもふもふして、だいぶ癒されてきた。そういえば、みんなは何かしたいこととか、ある?」
『おれは、くりすてあといっしょなら、なんでもいいよ』
『我もだな』
『アタシだって面倒さえなけりゃ、なんでもいいさ』
「そうねぇ……」
みんながこのままでいいなら、まあいいか。
今はもふもふ天国を堪能することにしよう。ちょうど眠くなってきたことだし、お昼寝するのもいいなぁ……ふわぁ。
うとうとしかけたところで、コンコンとノックの音が聞こえた。
「クリステア様、よろしいですか?」
この声はメイドのミリアだ。
「……んん? ミリアぁ? いいわよ」
まどろみながら返事をすると、ミリアが入室してきた。
「まあ! クリステア様ったら、なんて羨まし……コホン、はしたないですわよ?」
うんうん、羨ましかろう。でも、立場上、そんなことは言えないもんね。
「あら、その黒猫は?」
「ああ、ミリアの前に姿を見せることはなかったから、これが初めましてだったわね。輝夜っていうの。この子とも契約したのよ」
「まあ……そうなのですか」
「お世話を頼むこともあると思うから、よろしくね。それで、どうかしたの?」
ふわぁ、と再びうとうとしかけたところで――低音ボイスが響いた。
「ほう? 契約しないと聞いていたが、しっかり名付けまで終わっているのか」
ん? ミリアさん、いきなり声が野太く……じゃない。
この声は――恐る恐る目を開けると、目の前にはお父様の姿が。
「お、お父様……」
「まったく……其方とは、よおぉく話し合う必要がありそうだな?」
ひっ! お父様、めちゃくちゃ怒っていらっしゃる。
私が慌てて正座すると、そのまま説教が始まってしまった。
あ、足が、痺れて……ひいぃ、ごめんなさあぁぁい!
話題を変えようと質問したら、白虎様は思い出したようにインベントリから木箱と数本の木片らしきものを取り出した。
「……そっ、それは!!」
「そう、お待ちかねの鰹節だ。今日荷が届いたんで、早く欲しかろうと思ってな」
やっぱり! 念願の鰹節!! 削り器まである! すごいっ!
「ありがとうございますっ!」
バッと手を出すと、白虎様はそれらをスッと私の手の届かないところまで持ち上げた。
えっ……?
「お嬢が一刻も早く欲しかろうと、俺は気を利かせて持ってきたんだが?」
白虎様はにんまり笑う。
あー、はいはい。お駄賃をよこせということね。
「白虎様ったら、抜け目ございませんわね?」
「お前さんには負けるがな」
ぐぬぅ。とりあえずインベントリ内のストックから、ようかんと芋ようかんを出して渡した。
「おっ? ようかんか! お前、こんなもんよく手に入っ……」
白虎様はそこで言葉を切り、訝しげに首を傾げる。
「いや、作ったのか?」
「さすが、白虎様ですね。私の行動パターンをよくご存じで。先日バステア商会で寒天を手に入れましたので、色々と作りましたの」
「お前さんもよくやるよなぁ。一応、貴族のお嬢様だってのに」
白虎様はようかんをしげしげと眺めてそう言った。
公爵令嬢を捕まえて一応だなんて、失礼な! ……まあ、お嬢様らしさは皆無だけど。
「まっ、おかげで俺たちも美味いもんが食えるから、ありがたいけどな。お前の作るもんは味も美味けりゃ、込められてる魔力も美味い」
「そう言っていただけますと、こちらとしても作り甲斐がありますわ。おかげでついつい、作りすぎてしまって……」
「お前さんはただ自分が食いたいだけだろ?」
「……否定はしません」
白虎様のツッコミに反論できない私なのだった。
今度、鰹節を使った料理をごちそうすることを約束すると、白虎様は転移で帰っていった。
すると隠れていた輝夜が出てきて、私に尋ねる。
『ちょっとぉ! なんなんだい、あれ!』
「あれって、白虎様のこと?」
『そうだよ! まさか、あれとも契約してるんじゃないだろうね!?』
「白虎様は私のお友達と契約してるのよ。白虎様がどうかしたの?」
そういえば、白虎様が現れてから、輝夜はかなり怯えていた。
『どうかした? じゃないよ! ――なんで、あんなおっかないのがこんなとこに来るのさ!』
「おっかないって……白虎様はあのとおり、気のいい方よ?」
どこがおっかないんだろう?
『ありゃ、神龍に仕える神獣だろう!? 神の領域にいるやつはやばいよ! アタシみたいなのが機嫌を損ねたら、あっと言う間にすり潰されちまうじゃないのさ!』
「ああ、なるほど。神獣と聖獣の違いは、輝夜みたいな魔獣にとっては大きいのね」
神の領域にいる白虎様は、魔獣にとっては畏怖の対象になるのか。聖獣の真白や黒銀は気にしていないから、そんなこと考えもしなかった。
「驚かせてごめんね? でもお友達の契約神獣で、連絡係みたいなものだから、これからも頻繁に来ると思うわよ」
『はあ!?』
「それに、そのお友達は、白虎様以外にも神獣の朱雀様、青龍様、玄武様の三人と契約してるし……」
『はああ!?』
「だから、頑張って慣れてね?」
『はああああ!? んなもん、慣れるわけがないだろーっ!?』
……ですよねー。普通そうだよねー。
動揺して暴れる輝夜に、真白と黒銀が白い目を向ける。
『かぐや、うるさい』
『そうだの。少し落ち着かんか。主のそばにいる限り、仕方ないと諦めるしかないぞ?』
『ふほんいだけどね』
んん? 君たち? 何ですか、その悟ったような口ぶりは。
『……なんてとこに来ちまったんだろ……』
こらこら、輝夜さん? 絶望してるのはどうして? 我が家は馴染めばパラダイスのはずよ!?
『ところで主よ、白虎が持って来たこの箱と木片は何なのだ?』
黒銀がすぱっと話を変えて、削り器をちょいちょいとつつきながら質問した。
「よくぞ聞いてくれました! これはね、鰹節と言って、鰹っていう海のお魚を加工した食品よ!」
私が鰹節を両手で掴んで打ち合わせると、カツーン! と高くいい音が響いた。うむ、素晴らしい。
『それ、きじゃないの?』
『うむ。こんな魚は見たことないぞ?』
『こんなのが魚だなんて、おかしなこと言うんじゃないよ』
みんなはこれが魚だと信じられないようだ。
「見た目がこんなだから魚に見えないだろうけど、元は海を泳ぐ魚なの。まあ、食べてみようか」
物は試しだ。削ってみせようではないか。
というか一刻も早く削ってみたい!
前世のおばあちゃんちで何度か手伝った記憶を頼りに、手順を思い出す。
まずは、鰹節の表面についたカビを、タオルで拭き取る。
次に……そうだ、削り器――鉋の刃を調整しないといけないんだっけ。鰹節は、木の表面を削る鉋で削るのだけど、薄く削れるように、刃の出方を調整する必要があるのだ。
調整には、木づちが必要なんだったかな……あ、箱の中に入ってる。親切だなぁ。
えーと、トントントン……と、木づちで鉋を叩いてみる。
あ、引っ込みすぎた。トントン……と逆側を叩いて刃を出すと、今度は出しすぎた。
い、意外と難しいな。子どもの手だと、小さめの木づちでも重くて、持て余してしまう。
んー、こんなもんかな? うん。とりあえずこれで削ってみよー!
『主は何をしておるのだ?』
『わかんない』
『ちょいと! アタシたちを放ったらかしにして、何してんのさ!』
削り節を作るための作業に没頭している私に、三人は困惑気味だ。
「まあまあ。ちょっと待っててね? 今から削ってみるから」
『『『削る?』』』
そうだよね、みんなはわからないだろうけど、説明が難しいからね……
とにかく、削ってみますか!
ええと、頭側から削るんだったかな……と思いながら、鰹節を鉋にあてがって滑らせると――
ガッ! 大きな音を立てて、鰹節が引っかかってしまった。
……てへ。失敗しちゃった。今度は慎重に鰹節を滑らせて――
シュッ、シュッ……
お、いい感じ? 今度は引っかかりなく鰹節が削れている。シュッ、シュッ、シュッ……
『ねえ、くりすてあー? まだー?』
はっ! 無心で削ってたわ。
「ごめん、ごめん。さて、どうかな……」
箱をそっと開けてみると、前世で見慣れたあの削り節が収まっていた。
「うわぁ……」
待ちに待った鰹節。まずはそのままパクッと口に入れる。
すると黒銀たちがぎょっとして声を上げた。
『主!? 木の削りクズなんぞ口にしてどうする!?』
『くりすてあ! きをたべちゃ、だめ!』
『アンタ、何食べてんのさ!?』
みんなが何やら言ってるけど、そんなの構ってられない。
ふああ……この味、この食感。鰹節だ。間違いなく鰹節だ!
これでお出汁をとったら、今まで作っていた出汁よりも深みが出るに違いない。もちろん、出汁をとった後はふりかけにして、無駄なく使おう。それに、おかかのおにぎりに、おひたしに……
「美味しい……」
私が頬を緩めていると、真白たちが顔をしかめる。
『くりすてあ? きのけずりくずが、おいしいの?』
『そんな風に食べる木なんぞあったか?』
『うえっ。木クズか美味いなんて、どうかしてるよ、アンタ』
「これは木じゃなくて魚だって言ったでしょう? ほら、食べてみて?」
私は鰹節を少しつまみ、手のひらにのせてみんなに差し出した。
『嫌に決まって……ん? 何だい、この匂いは』
フンフンと匂いを確かめる輝夜。
『木の削りクズの匂いじゃないね……どれ』
輝夜はパクッと食べて、口をモグモグ動かし――
『……?』
もう一度、パクリ。そしてモグモグモグ……
『……な、なんだいこれ? 木じゃないね?』
「だから、お魚だって言ったでしょう?」
『魚にしたって、こんなの食べたことないよ! ……もっとお寄越し』
手のひらにのせた鰹節は、きれいさっぱり食べられていた。
輝夜ったらもう、美味しいなら美味しいって言えばいいのにぃ。
『おぬしはもうよかろう。主よ、我にも食べさせてくれ』
黒銀が輝夜をていっと放り投げ、空いた場所に収まる。
「はいはい」
身体が大きい黒銀には、気持ち多めにあげてみた。
『ん、ほう? 本当に木の削りクズではないのだな。しかし、魚とも、ちと違うような』
まあ、生じゃないし、発酵食品だから旨味が凝縮されているものね。
『くりすてあー、おれも、たべる!』
ドン! と黒銀を押しのけ、真白がせがむ。もちろん真白にも鰹節を差し出した。
「はい、どうぞ?」
『んー、くちのなかに、くっつく~。でも、おいしい? よ?』
あー、あるある。口の中にはりつくよね。
『ねぇ、もうちょっと味見したいんだけど』
輝夜が横から、ちょいちょいとつついて追加を迫ってくる。
気に入ってくれたのは嬉しいけど、ちょっぴり食べすぎたかな?
「うーん。味見だけでなくなっちゃいそうだから、もうおしまい。明日これで料理を作るから、楽しみにしててね?」
がーん! とショックを受ける輝夜を横目に、鰹節一式をインベントリに収納した。
さてと、明日が楽しみだなー!
一夜明けまして、朝です。おはようございます。クリステアです。
目を覚ましたら、契約聖獣たちに囲まれています。こんなもふもふ天国な朝も、日常となって参りました。なんて素晴らしいことなのかしら。
少しだけ変化があるとすれば、輝夜がいることでしょうか。
しかも布団に入ろうとして失敗したのか、黒銀に押さえつけられ、唸っている。
「おはよう、みんな。黒銀、輝夜を離してあげて?」
『む、起きたか、主よ。此奴は生意気にも主の傍らで休もうと企んだので、阻止してやったのよ』
ふふん、とドヤ顔でのたまった黒銀。別に、輝夜だってお布団に入ってもいいんじゃないかな?
『クリステアが寝てる間に、ちょっと魔力補給しようとしただけじゃないさ』
『おぬしは懲りるということを知らんな?』
またもや、ていっと放り投げられる輝夜。しかし猫だけあって、しゅたっときれいに着地した。
『なんだい! アタシだって契約してんだから、お仲間だろ!?』
『はっ、片腹痛いわ。我は望まれて契約したのだ。成り行きで契約したおぬしとはわけが違う』
……私、望んで黒銀と契約したんだっけ? あれは押しかけ契約じゃなかったかしら、黒銀さん?
『くりすてあ、おはよー。みのほどしらずが、あさから、うるさい』
おはよう、真白。朝から手厳しいね?
「みんな、朝から元気がいいのは何よりだけど、仲良くしてよね?」
これが毎朝の風景になるのはちょっと困るなぁ。どうにかしないと。
私はそんなことを思いながら、もそもそと起き上がり、朝食の準備を始めるのであった。
さて、今朝は念願の鰹節を使って、朝ごはんを作りますよ!
聖獣&魔獣のみんなは『味見、味見!』とうるさいので、自室でお留守番中。
私は調理場で鰹節を削っている。我が家の料理人のシンには『調理場で大工の真似事はやめてくれ』と言われましたが、くじけずひたすら削り続けた。
朝食の分を削り終えたら、料理開始。まずは昆布と鰹節で丁寧に出汁をとり、定番のお味噌汁だ。
次に、青菜をさっと茹でて、おひたしに。もちろんおかかをのせるのを忘れずに。
それから、出汁巻き卵を作る。使ったのは、お父様のお友達でドワーフのガルバノおじさまに作ってもらった、特注の卵焼き器だ。
最後に、浅漬けをお皿に盛って――と。
「できた……」
これぞ、日本の朝ごはん。完璧とまでは言えないけれど、前世で旅館に泊まった時の朝ごはんを思い出し、上出来じゃない? と悦に入る。
私は、念願の朝食にわくわくしながら、侍女にお父様とお母様を呼びに行ってもらうのだった。
「クリステア、今朝の朝食は素晴らしいな!」
食堂の席についたお父様は、目をキラキラと輝かせて食べている。和食好きだもんねぇ。
お母様も笑顔でお味噌汁を飲んでいる。よかったよかった!
「クリステア、味噌汁がいつにも増して美味い気がするのだが、何か変えたのか?」
おっ? さすがお父様。気づきましたか。
「実は出汁……スープストックを改良しましたの。これからは他の料理も改良予定ですわ」
「そうか、楽しみにしているぞ!」
ご機嫌でご飯を掻き込むお父様。美味しい朝食は一日の活力になりますものね。
「ねえ、クリステア。野菜の上に、木クズがかかっているのだけど……」
お母様がおひたしを見て、顔をしかめる。そう言われると思っていた。
「それは、木クズではございませんわ。海の魚を加工したものを、薄く削ったものですの。おひたしという料理です。そのお野菜と一緒に食べてみてください」
「わ、わかったわ。……あら? 野菜だけより、これと一緒に食べる方が美味しいわ」
そうでしょう、そうでしょう。ふふん。
「これは……卵焼きか? この間のものとは、味が違うな」
お父様が言った『この間のもの』とは、王太子殿下がいるときに作った甘めの卵焼きのことだろう。
「卵焼きとは味付けを変えていまして、今朝のは出汁巻き卵といいます」
「うむ。甘くないが、オムレツともまた味が違っていて、これも美味い!」
お父様の言葉を聞いて、お母様も出汁巻き卵を一口。
「あら、本当。甘くない卵焼きなのね。でも美味しいわ」
鰹節をふんだんに使った朝食は、お父様はもちろんお母様にも好評みたい。やったね!
朝食が終わって自室に戻ると、契約聖獣&魔獣は、まだ思い思いに休んでいた。
私は輝夜に近づき、声をかける。
「輝夜、さあ朝ごはんよ」
彼女の前に、インベントリから出したお皿をコトリと置いた。鶏もどきの鳥ササミを茹でてほぐしたものが、山盛りにのっている。ササミには、おかかもちょっとだけ、オマケでのせてあげた。
猫の姿だと味の濃いものはあまりよくないかもしれないから、本当に少しね。
輝夜が嬉しそうに食べるのを、私はほくほく気分で眺める。
『……主、我らの飯は?』
そう問いかけてきたのは黒銀だ。その隣で、真白も首を傾げている。
「今朝は二人とも、ごはんなしよ」
『『えっ!』』
「さっき輝夜が言ったように、みんなはもう仲間でしょう。仲良くできない子に、ごはんはあげません」
ここは心を鬼にして、釘をしっかり刺しておかないと、今後に影響してしまうからね。
真白はよろめきながらポテポテと私に近づき、しがみついてきた。
『くりすてあ、ごめんなさい。おこらないで?』
「謝る相手が違うでしょう?」
『……かぐや、ごめんなさい』
真白からの謝罪に、ササミを食べていた輝夜はゲホゲホとむせる。私は慌てて魔法で水を生み出し、深皿に入れて与えた。背中をさすってあげると、輝夜は息を整える。
『ケホッ。ああ、びっくりした。まあ、いいよ。どんな聖獣でも、契約を交わした主人への独占欲が凄まじいのは、わかってるさ。アンタはアタシに焼きもち焼いたんだろ?』
『……』
『図星みたいだね。アタシはアンタたちみたいに、このお嬢ちゃんと馴れ合う気はないよ。だから、生きるために必要な魔力供給くらいはさせておくれよ?』
『……うん』
しょんぼりと頷く真白。
でも私は納得できなくて、思わず声を上げた。
「えっ! 何で!? 馴れ合おうよ! 私は思う存分、輝夜をもふりたいよ?」
『アンタねぇ。せっかくいいカンジにまとまりそうだったのに、台無しじゃないか』
『これが、くりすてあだよ』
『……言えてるねぇ』
真白と輝夜がハァ……と、ため息をつく。
えっ、ちょっと待って? そこ、意気投合するところかな?
「だ、だって、みんなが仲良くするのと、私がみんなをもふもふするのは別だと思うの」
輝夜を放置して真白と黒銀だけもふもふするのは、なんか違うと思うんだよね。
『いいや。契約獣同士仲良くして欲しいんだったら、アタシはアンタと馴れ合わない方がいい。契約獣は独占欲が強いって言ったろ? アタシたちはそういう存在なんだ。主人と契約獣が一対一なら、こんなことにゃならないけど、複数いればどうしても対立が生まれるんだよ』
「そんなぁ……」
『輝夜の言う通りだな。だが、契約獣である我らが主の願いを妨げるのは本意ではない。それに、輝夜のように魔力を嗅ぎつけて襲ってくる輩が、また現れないとも限らん。このまま我らがいがみ合っておるわけにはいかんだろう』
黒銀は、観念したように真白と輝夜に言った。
黒銀……!
『わかった。なかよくする……』
『まあね。アタシの命はお嬢ちゃんが握ってるんだから、精々長生きしてもらわないといけないんだ。そのためにはお互い譲り合うしかないか』
真白はしょんぼり頷き、輝夜はフンと鼻を鳴らす。
しぶしぶだけど、仲良くするということで合意してくれたらしい。
「みんな……ありがとう」
『主のためなら最善を尽くさなければな』
『みんなで、くりすてあを、まもるからね?』
『ア、アタシはこんな状態だから、役には立たないかもしれないけど。アタシにできることなら、まあ、やろうじゃないか』
あうう、うちの子たちはみんな、いい子です……!
『うむ、これで一件落着だな』
うんうん、と一人納得している黒銀。
「ちょっと待って? 黒銀、あなただけ輝夜に謝ってないわよね?」
『……ぬ? そうであったか?』
うん、いいことを言ったけど、謝ってはいないよね?
あれえ? って顔をしている黒銀。仲直りしたことで、もう終わりと思ってるな、これ。
「うん、謝ってない」
『……すまなんだな』
『いいよ、もう』
改めて謝られるとこそばゆいのか、そっぽを向いて答える輝夜。
よしよし。後は、私だね。
「私も、真白と黒銀が焼きもちを焼いてるのはわかってたけど、そんなに大したことないと思ってたの。ごめんなさい、輝夜」
『いいってば』
『これは我らの問題であって、主が心を痛めることはない』
私が頭を下げると、黒銀が前脚でポンポンする。うう……私の見込みが甘くて、ごめんね。
「これからはみんな、平等に可愛がるようにするからね! もふもふも平等に……って、あれ? みんなどうしたの?」
みんなが私を呆れたように見て、同時にため息をついた。
『まあ、主はそのままでよい』
『うん』
『だねぇ』
……あれ? よくわからないけど、みんなが納得したなら――一件落着、かな?
輝夜がうちの子になってから一週間が経過した。
輝夜と真白たちは、仲直りして数日はギクシャクしていたものの、一週間も経てばお互いの距離感が掴めてきたのか、すっかり落ち着いた様子。
やれやれ、ようやく平穏な日常が戻ってきた、と胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。
それにしても……お兄様と王太子殿下が滞在中から先日まで、色々と大変だったなぁ……
お二人が王都に戻られたのは心底ホッとしたけれど、やはり静かになるとさみしいものだ。
さみしさ――は、もふもふで癒すに限りますよね?
「はあぁ、癒されるぅ……」
私は今、床に寝そべった大きな姿の黒銀を、背もたれにしている。さらに膝には真白、腕の中には輝夜が収まっていた。最強の布陣だ。
「もふもふ天国、最高ぉ……」
『主よ。これはちと、はしたないのではないか?』
ぐでぇ、とリラックスしまくった私に、黒銀が注意する。
「え? 何が? 床に寝転がってること? 誰も見てないんだし、いいじゃない」
『……まあ、我は構わんが』
嘆息して、伏せる黒銀。
う~ん、これぞもふもふパラダイス、略してもふパラやぁ……素晴らしい。
前世でも、ここまでもふり放題だったことなんて、なかったよねぇ。精々、ご近所猫さんに構ってもらったり、おばあちゃんちのタマを存分に吸いまくったりしたくらい。
そういえば、輝夜はまだ吸ってなかったな。
そうと気づけばさっそくと、輝夜を持ち上げてお腹に顔を近づけると――四本の脚全部を使って、しっかりガードされてしまった。
あれ? 抵抗できるの? 私に逆らうと、魔導具の首輪に魔力を吸われる契約にしたんじゃなかったっけ?
あ、そうか。輝夜は爪を立ててないし、害意があるわけじゃなく、単なるガード。だから首輪は発動しない……ということかな。
『ちょいとアンタ、何する気だい!?』
「え、ちょっと吸ってみたいな~って」
『はぁ!? す、吸うだってぇ!? バカ言ってんじゃないよっ! 乳なんて出やしないよ!』
輝夜は焦ったように、ジタバタと私の手から逃れようとする。
「えっ? あ、違う違う! お腹の毛の匂いを吸おうとしただけよ!?」
猫のおっぱいを吸うなんて、そんな変態趣味はありません!
『ああ、なんだ……って、それはそれでイヤだよ! お離しよ!』
「えー? 少しくらい、いいじゃない~」
『イヤだって言ってるだろ!』
しばらくギャーギャーと攻防戦を続けたけど、結局逃げられちゃった。ちぇっ。
「うー、残念」
ちょっぴり不貞腐れていると、真白がころんと転がり、お腹を見せる。
「くりすてあ? おれでよかったら……いいよ?」
くっ、真白ったら、あざと可愛いぃ! でもそのままお言葉に甘えちゃうのは、何だか背徳感があるので遠慮します!
それにしても、久しぶりに平穏な日々を取り戻したことで、私はやっぱり脱力気味だ。
「はぁ……。みんなをもふもふして、だいぶ癒されてきた。そういえば、みんなは何かしたいこととか、ある?」
『おれは、くりすてあといっしょなら、なんでもいいよ』
『我もだな』
『アタシだって面倒さえなけりゃ、なんでもいいさ』
「そうねぇ……」
みんながこのままでいいなら、まあいいか。
今はもふもふ天国を堪能することにしよう。ちょうど眠くなってきたことだし、お昼寝するのもいいなぁ……ふわぁ。
うとうとしかけたところで、コンコンとノックの音が聞こえた。
「クリステア様、よろしいですか?」
この声はメイドのミリアだ。
「……んん? ミリアぁ? いいわよ」
まどろみながら返事をすると、ミリアが入室してきた。
「まあ! クリステア様ったら、なんて羨まし……コホン、はしたないですわよ?」
うんうん、羨ましかろう。でも、立場上、そんなことは言えないもんね。
「あら、その黒猫は?」
「ああ、ミリアの前に姿を見せることはなかったから、これが初めましてだったわね。輝夜っていうの。この子とも契約したのよ」
「まあ……そうなのですか」
「お世話を頼むこともあると思うから、よろしくね。それで、どうかしたの?」
ふわぁ、と再びうとうとしかけたところで――低音ボイスが響いた。
「ほう? 契約しないと聞いていたが、しっかり名付けまで終わっているのか」
ん? ミリアさん、いきなり声が野太く……じゃない。
この声は――恐る恐る目を開けると、目の前にはお父様の姿が。
「お、お父様……」
「まったく……其方とは、よおぉく話し合う必要がありそうだな?」
ひっ! お父様、めちゃくちゃ怒っていらっしゃる。
私が慌てて正座すると、そのまま説教が始まってしまった。
あ、足が、痺れて……ひいぃ、ごめんなさあぁぁい!
応援ありがとうございます!
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