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2巻
2-1
しおりを挟む第一章 転生令嬢は、日常を謳歌する。
「うーん、平和ねぇ。平和って本当に素晴らしいわね」
ここは、ドリスタン王国のエリスフィード公爵領にあるエリスフィード公爵家。
その自室で、私――公爵令嬢クリステア・エリスフィードは、穏やかな時間を満喫していた。
弱冠九歳の私だけれど、実は人に言えない秘密を抱えている。
なんと私には前世の記憶があるのだ。
ある日、街でたこ焼きもどきを食べたことがきっかけで、下町暮らしのOLだった前世の記憶を取り戻した。それ以来、この世界の料理を毎日食べるのが、しんどくて仕方がない。
この国は、前世で言うところの中世ヨーロッパみたいな文化。しかも裕福な貴族である我が家は、毎食クリームやバターを使ったこってこてのフルコースだったのだ。
そこで私は、前世の記憶を頼りに食材を探し、かつて食べた料理を再現している。
この国の常識では、貴族の令嬢が料理をするなんてありえない。当初は、家族や使用人にも驚かれた。けれど今はみんな、私が作る料理を気に入ってくれている。心置きなく前世の料理を求める暮らしができて、私も嬉しい限りだ。
とはいえ、全てが思い通りになっているわけではなく――
貴族の間で、私が悪食令嬢だという噂が広まってしまったのだ! 悪食だなんて、失礼しちゃう。
しかもその噂を聞きつけた王太子殿下が、視察という口実をつけて我が家に来ていたから、もう大変。王太子殿下と一緒に帰省したお兄様も、なんだか気苦労が絶えない様子だった。
そんな王太子襲来イベントも、昨日で終わり。
私はやっと、平和な日々を取り戻したのだ。
「お兄様まで王都へ戻ってしまわれたのは残念だけれど、王太子殿下が帰られて本当によかったわぁ」
王太子殿下にいろんな料理を振る舞って、私は大忙しだった。殿下は、大変満足してくださった……はず。王太子殿下が満足する料理を考案したのだから、私が悪食令嬢と呼ばれることはもうない、と信じたい。
前世の料理が認められて、よかったなぁ――
そんなことを考えていると、私の前に伏せる大きなもふもふが、念話で話しかけてきた。
念話とは、いわゆるテレパシーのような魔法で、任意の相手と声を出さずに会話することができる。私は主に、声を出せない獣の姿をとった聖獣たちと話すために使っている。聖獣同士や魔法が得意な人とは、前世で言うところのグループ通話みたいに複数でも会話ができる、便利な魔法だ。
『主よ、手が止まっておるぞ?』
私は手が止まっていたことに気づき、慌てる。
そうだった、私はただ平穏な時間を満喫しているだけではない。契約聖獣のブラッシングという大事なミッションの最中なのだ。
「あ、ああ。ごめんね、黒銀。ぼんやりしてたわ」
黒銀は、私の契約聖獣のフェンリル。黒っぽい銀色の毛並みで、もっふもふの狼の姿をしている。
今は室内でも問題なく過ごせるように大型犬サイズに変化しているけれど、本当はもっと大きい。
態度や見た目がちょっとえらそうではあるものの、意外と頼れる聖獣なのだ。
聖獣とは、この世界において聖なる獣として崇め、恐れられている存在だ。
獣の姿なのに、高い知性と強大な魔力を持ち、気まぐれに人間と契約して守護する。
このドリスタン王国の建国に聖獣が関わっていたと伝えられているため、聖獣と契約することはこの上ない栄誉とされている。
とはいえ私の契約聖獣は、私の作る料理と、その料理に込められた魔力につられて契約したようなもの。だから私からしてみれば、聖なる存在というよりただの食いしん坊たちとしか思えない。
『くりすてあー。くろがねのぶらっしんぐはもうおしまいにして、おれにもして?』
今度は、白いもふもふがそう言って、ポフッと私にしがみついてきた。
白いもふもふは、真っ白な毛並みのホーリーベア――子熊の姿の真白。こちらも私の契約聖獣だ。まだ幼いから口調がたどたどしくて、それもまた可愛い。
真白のおねだりに、黒銀がムッと顔をしかめる。
『ぬ、今は我の番だ。しばし待つがいい』
「真白、もうちょっとで終わるから待っててね」
『んー、わかったー』
コロンと転がりブラッシングの順番を待つ真白。とてつもなく可愛い。
そういえば、記憶が戻った時には、この世界が魔法や聖獣、魔物などが存在するファンタジーな世界だってことにびっくりしたなあ。
私は前世でアニメやラノベにハマっていたので、大喜びしたのは言うまでもない。
おまけに魔法はイメージ力がものを言う。前世のオタク知識があり、魔力量も多い私はおかげでチート状態だ。
ここまで揃えばチート無双だ、ヒャッハー! ってなりそうなところだけれど、世界をどうこうしようだなんて考えは、私にはない。
私はただただ、美味しいものを食べて、もふもふと一緒に楽しく暮らしていけたら、十分なのだ。
だから、うっかりこのチートっぷりが公になってしまうと、非常に困る。問答無用で王太子殿下の婚約者にされかねない。
そんなの真っ平御免だ。貴族なんてものは、しきたりだのしがらみだのと、ただでさえ面倒臭い。それに加えて王太子妃教育を受けるだなんてことになったら、やってられない。
それに、私が王妃になる――? いやいや、無理無理無理!
そんな窮屈な暮らし、絶対に耐えられない。そういうわけで、王太子殿下の婚約者になるのは、絶対に避けたい。
だから王太子殿下滞在中は、国に報告の義務がある聖獣契約のことなどもひた隠しにして、ひたすらおとなしくしていた……つもり。
今朝、お兄様から送られてきた手紙によると、王妃様へのお土産として作ったお菓子は大好評だったらしい。『是非とも王宮へ遊びにきて欲しいわ!』と王妃様が熱望され、かつ王太子殿下もノリノリでお茶会をセッティングしそうだったとか。そんな二人を、お兄様はどうにかなだめてくれたそうで……
これ以上目立ってしまっては、王家が本格的に取り込もうとしてくるかもしれない。
難しそうだけれど、今後は極力王家と関わらないで過ごしたい。そして、目立たないようおとなしくし、王太子殿下が私以外の運命のご令嬢と出会って、婚約の運びとなる時を待つのだ。
私の当面の目標は『ひかえめに、目立たずおとなしく、王太子妃候補を諦めさせる』である。
頑張るぞー!!
そんなことを考えているうちに、黒銀のブラッシングを終えた。
「よし、ブラッシング完了。ふふ、素晴らしいもふもふっぷり! さ、今度は真白の番ね」
『はーい』
『む、仕方あるまい』
黒銀はしぶしぶ私の膝から離れ、そこに真白がコロンと転がる。
私は真白専用のブラシに持ち替え、ブラッシングを始めた。
ああ……もふもふ天国って素晴らしい。我が家のもふもふ同好会の会長兼会員第一号である私は、真白のもふもふを存分に堪能する。
「あの……クリステア様、今よろしいでしょうか?」
そこでおずおずと声をかけてきたのは、私付きの侍女であるミリア。
七歳年上の彼女は、魅惑のメリハリボディを堅苦しいメイド服に押し込め、明るい茶色の髪をきっちり三つ編みにまとめた美人さんだ。
私にとってお姉さん的存在で、我が家のもふもふ同好会会員第二号でもある。
いつもなら、ブラッシングをしている至福のもふタイム中、ミリアは声をかけてこない。そんな彼女が声をかけてくるのだから、何か重要な用件なのだろう。
「いいわよ。どうしたの?」
「お館様から、伝言を承ったのですが……」
「お父様から?」
いったい何かしら?
ミリアから聞いた伝言は『庭の景観が台無しだから、石窯を撤去せよ』という内容だった。
その石窯は、王太子殿下をおもてなしするピザを焼くために、私が土魔法で作ったものだ。お父様からの命令とあってはと、私はやむなく撤去作業をしている。
「せっかく作った石窯を壊せだなんて、ひどいと思わない?」
『仕方あるまい。また作ればよかろう?』
『ぴざ、おいしかったのにねー。またつくってね?』
そう言って、私を励ましてくれる黒銀と真白。
うう、せっかくの石窯がぁ……いいもん、また作るもん。
私はふて腐れながら、土魔法を使ってあっという間に撤去完了。今度は目立たないところにこっそり作るとしよう。
そんなことを考えつつ、そのまま真白と黒銀を連れて、敷地内の散策がてら採取に行くことにした。
公爵家の敷地内には森があり、山菜などのちょっとした食材を採取できるのだ。公爵家の敷地内ゆえに荒らす者はいないから、採り放題なのよね。
森に入ると、さっそく大きな木の根元にきのこが生えているのを発見した。
おお、松茸っぽい見た目で美味しそうじゃない? その隣には、紫色のカサのきのこもある。
そういえば、前世では田舎の祖母のところへ遊びに行くと、山菜採りやきのこ狩りに連れて行ってもらったなあ。
山に生えているもの――特にきのこは、食べられるものと食べられないものの区別がつきづらいし、同じように見えて全く違うものもある。だから、素人は絶対気軽に採って食べちゃいけないよ、とよく念を押されたものだ。
この世界でも、私は知識のない素人だから……ここは、鑑定スキルのある黒銀先生にお願いしよう。鑑定とは、見たものの特性や詳細がわかる能力だ。食べ物だと、毒の有無、美味しいかまずいかなど、能力が高ければ高いほど多くのことがわかるらしい。便利でいいなぁ。
「ねえ、黒銀。この茶色いきのこが食べられるか鑑定してくれる?」
『ん? ああ、それはいかん。食えばすぐに腹を下す』
「ええ!? そうなの? 見た目普通なのになぁ。ねえ、この紫色のきのこはどう? 見るからに毒々しい色だから、食べられないわよね?」
『馬鹿を言うでない。それは炙って食べると美味なのだぞ』
「えっ、こんな見た目なのに美味しいの!?」
『うむ。そのことを知っている者はあまりおらぬようだがな』
「ふうん、そうなの……。食べられるきのこの基準って、わからないものなのねぇ」
前世で祖母に厳しく言われた記憶があるから、こちらの世界できのこを見かけても手を出さなかったのだけど、正解だったようだ。
黒銀のすすめに従って、私は毒々しい紫色のきのこを採ってカゴに入れる。
「他にも食べられる野草なんかがあったら教えてね?」
『あいわかった』
『くろがねー? これ、たべられる?』
そう尋ねた真白の手にあるのは、可愛いピンク色をしたきのこ。
『食べられんこともないが……それは、媚薬の材料に使われることが多いな。催淫及び麻痺作用がある』
『ふぅん』
真白はそう呟くと、口元にきのこを持っていく。
「わーっ! 真白、それ食べちゃダメッ!」
私はピンクのきのこを慌てて奪い取り、インベントリに入れる。インベントリは、アイテムを入れたときのままの状態で保存できる、保存庫のような空間魔法だ。私はいつも、食材や料理をここに入れて保管している。
え? なんで捨てないかって? いずれどこかで素材として売れないかなと思って……てへ。
私はピンクのきのこを奪った代わりにと、真白に紫色のきのこを渡す。
そして次なるきのこを求めて歩を進めたのだけど――黒銀からストップがかかった。
『主よ、あまり森の奥へ行ってはいかん。人の手が入らぬ森は、思わぬ怪我をしやすい』
「黒銀ったら大袈裟ね、ここはまだ森の入り口よ?」
それに森と言っても、公爵邸の敷地内だし、何かあれば魔法で家の中に転移すればいい。そんなに心配する必要はないんじゃないかな? 真白や黒銀という護衛もいるのだし。
『気がつけば森の奥にいた、などということは、珍しくないのだぞ?』
「もう、黒銀は心配性ね」
ふふ、と笑ったそのとき、足元に生えているきのこに気がついて、私は座り込む。
『主に限っては、心配するのも仕方あるまい。何をしでかすか、我にも予想しかねるのでな』
「まあ、失礼ね。何もしでかしたりなんてしないわよ」
あっこれ、さっきの媚薬きのこだ。売るにしてもある程度数が揃っていた方がいいだろうから、もう少し採取しておこうかな。そう考えて、媚薬きのこをいくつか手に取る。
その時、目の前のヤブからガサガサッと音がしたかと思うと――
「ん?」
そこから黒猫が現れた。
「ニャアン」
「あら、黒猫さん。こんにちは?」
「ンナー」
黒猫は鳴き声を上げ、私の足にすり寄ってくる。ふふ、可愛い。どこの子かな?
ビロードのような漆黒の毛に、月を思わせる琥珀の瞳がとっても素敵。
黒猫はしなやかな肢体でするりと私の前へ移動すると、ギラリと琥珀の瞳を光らせた。
『主、そいつから離れろっ! そいつは魔獣だ!!』
「え? ――ぐふっ!」
黒銀が叫ぶと同時に、目の前に大きな影がブワァッと膨らんだ。私はその大きな黒い影に押し倒されて、背中を地面に強く打ちつける。
なんとも間の抜けた声が出てしまったのは、影に胃のあたりを押さえつけられたからだ。ぐ、ぐるじいぃ。
『くりすてあ!』
『主、じっとしていろ。その魔獣は我が必ず成敗してくれる』
なんと、魔獣!? 黒銀の言葉に驚いて、私は大きな黒い影に目を向ける。
聖獣とは対極にいる、邪悪な存在とされる獣――魔獣。
人だろうが獣だろうが、欲望のままに獲物を貪り、魔力を喰らう。
聖獣同様高い知性を持つものの、それは獲物を狡猾な罠にかけるために使われる。
私にのしかかっている黒い影の正体が、その、魔獣!? ……っていうか、大きな猫? ううん、黒ヒョウ?
『ああ、うるさい。ガタガタ騒ぐんじゃないよ! いいかいお前たち、ちょっとでも動けば、このお嬢ちゃんの喉を掻っ捌くよ!?』
『くっ……!』
黒ヒョウに脅され、真白と黒銀は身動きが取れなくなる。
「……って、あれ? もしかしてあなた、さっきの黒猫さん?」
真っ黒な毛並みと、琥珀の瞳がさっきの黒猫さんと同じだ。
で、でも……さっき足元にすり寄ってきた黒猫さんの正体が、魔獣で黒ヒョウ?
そんなまさかと思ったけれど、黒銀が聖獣の時の姿を変化させることができるのだから、不思議ではない。それにどうやら念話を使えるようなので、ただの獣ではないのだろう。
『……なかなか豪胆なお嬢ちゃんだねぇ。他の奴らより、よっぽど肝が据わってるよ。人間なんて、こんな状況下なら泣き喚いたり、気を失ったりする奴らばかりかと思ってたよ』
黒ヒョウはそう言うと、私の頬をペロリと舐める。
「ひゃっ!?」
『ああ、でも残念だねぇ。せっかく美味そうな魔力の気配がするのに、犬と熊の匂いがプンプンして、臭いったらありゃしない』
フン! と鼻を鳴らして、黒銀と真白を睨めつける黒ヒョウ。
『くりすてあをはなせ!』
『誰が犬だ! 我はフェンリルだ! 我が主に害なすものは許さんぞ!』
『やかましいねぇ。まったく、美味そうな魔力がすでにお手つきだったのは業腹だが、喰っちまえば関係ない』
黒ヒョウは、舌舐めずりをして私を見る。
うおお、もしかしてピンチってやつ? どうしよう!?
私は焦りながらも、自分をぴったりと覆うようにバリアを作るイメージで、結界を張った。これでいきなり噛みつかれても、少しは時間稼ぎできるはず。
あとは……これでどうだ!
パァン!! と、黒ヒョウの顔の前で、勢いよく手を叩く。いわゆる相撲でいうところの猫だましだ。
『っ!?』
一か八かで試したのだけど、黒ヒョウは猫だましに怯む。
おお! 効いた!? まさか猫だましが効くなんて!!
私はすかさず、手に持っていた媚薬きのこを、黒ヒョウの口の中に転移させた。
『ん!? お前、今いったい何を食わせた!? ……っ?』
ぐらりと、身体をふらつかせる黒ヒョウ。どうやら媚薬きのこが効いたらしい。
即効性があって助かった!
その隙に、私は黒銀たちのそばに転移した。
『うう……ふにゃあん……』
グニャリグニャリと身体を揺らめかせる黒ヒョウ。な、なんか、なまめかしいな……
『くりすてあー!』
『主! 無事でよかった……。しかし、何をしたのだ?』
「え? えーと、猫だましっていう異国の格闘の技を使って怯ませて、動きが鈍くなった隙に媚薬きのこを食べさせたんだけど……」
『は!?』
黒銀が絶句する一方で、真白はニヤリと笑みを浮かべる。
『ざまあみろだね?』
真白? あなた、さっきそのきのこを食べようとしてたよね……!?
『それで、これをどうする気だ?』
「えっ? どう、と言われても……」
黒ヒョウは、まるでマタタビに酔ったみたいにぐでんぐでんになっていた。
……これって発情してるのかなぁ? よくわからないけど、媚薬きのこ、恐るべし。
「とりあえず捕まえるしかないか。でもロープみたいなものは持ってないなぁ」
魔獣だし、普通のロープじゃ切られちゃいそう。
あ、そうだ。結界の応用で、手足を固定できないかな?
例えば、魔力で強度の高いワイヤー製のロープを作るイメージで……
そんなことを考えながら、ロープで締め上げるようにイメージしてみる。
すると、黒ヒョウの前脚と後ろ脚がそれぞれキュッとまとまり、動けなくなった。
「あ、できた」
『主、今、何をした?』
黒銀は、なんだか戸惑った様子で尋ねてくる。
「え? 結界の応用で、魔力のロープをイメージして縛り上げてみたんだけど……」
『……主、それは捕縛という別の魔法だ』
「え? そうなの?」
私が驚いていると、真白が褒めてくれた。
『くりすてあ、すごい!』
いつの間にか、違う魔法を習得したようです。てってれー!
よくわからないけど、やったね。
それはさておき……捕縛の魔法、しっかりできてるよね? いきなり解けたりしないよね?
実は私、さっきからずっと、黒ヒョウの真っ黒でつやつやの毛並みが気になっていたのだ。
ちょ、ちょっとくらい、もふってもいいよね?
『くりすてあ?』
『おい、主!?』
ギョッとする真白と黒銀の制止を無視して、私は欲望のままに黒ヒョウさんをもふりはじめた。
『ふにゃ……、っ!? おまっ? 何を……っふにゃあん……ア、アンッ!?』
おおお、ネコ科ならではのしなやかな身体つきに、スルスルと滑らかな毛並み。
思った通り、素晴らしい手触り……あ、この子、女の子だわ。
『ア……ッ! ああん! ふぁあっ?』
ん? ここか? ここがええのか?
私は、前世で野良猫をも魅了させたフィンガーテクを、惜しみなく披露する。
ふふふ……私のフィンガーテクが火を噴くぜ! ってやつですよ!
『アアアアアアーッッ!』
ポンッ! ――黒ヒョウは、叫び声を上げると同時に、はじめに見た黒猫さんの姿になってしまった。
「あれっ!?」
『魔力切れだな』
『じごうじとくだね?』
……あれ? 黒銀に真白、なぜそんなに白けた感じになってるのかな?
『ふにゃあ、なけなしの魔力があぁ……』
黒猫さんは、深い悲しみの声を上げた。
な、なんか、すまんかった……?
その後、とりあえず黒猫さんを捕縛したまま、私たちは屋敷に戻った。
そしてお父様に、黒猫さんの処遇をどうするか相談しに行くことに。
人払いをしたお父様の執務室で結界を張って、内緒話スタートです。
「クリステア、其方は次から次へと面倒事を……」
はあ、とため息をつくお父様。
「お父様? 私がいつも何かしでかしているみたいにおっしゃらないでくださいな。人聞きが悪いではありませんか」
失礼な話よね、まったく!
「そうは言ってもだな、聖獣の次は魔獣とは……。一体どうなっているのだ?」
「真白と黒銀によると、私の魔力は美味しいのだそうですわ。そういえば、私が作る料理にも若干の魔力が込められていて、それも美味しいのだと聞いたことがあります」
わたしゃ、聖獣&魔獣ホイホイか。でもそれ、私のせいじゃないよねぇ?
そう思っていたのだけど、黒猫さんはヤケ気味に事情を明かした。ちなみに、魔法を使えるお父様は、私と同じように聖獣&魔獣の念話を聞くことができる。
『ああそうさ。以前、ここの坊やたちが分けてくれた飯に、美味い魔力が込められてたんで、坊やたちを尾けてきたのさ。まったく、こんなひどい目に遭うなら、来なきゃよかった』
……まさかの私のせいだった!
詳しく話を聞くと、黒猫さんが尾けてきたのはどうやら、お兄様と王太子殿下のよう。
二人が滞在中に遠乗りに出かけた時、黒ヒョウさんは彼らを見かけたらしい。その時、魔力が切れかかっていたため、強い魔力を持つお兄様たちを襲って奪おうとしたのだとか。
そこで、油断させるために黒猫の姿で近づいたら、お兄様がサンドイッチを分けてくれた。そのサンドイッチに込められた私の魔力の気配が極上だったため、欲が出て、私を食べてしまおうと考えたのだという。
そして、魔力の元である私の居場所を突き止めるべく、お兄様たちの後を尾けて、公爵家の敷地内に入り込んだそうだ。
――もしかして、サンドイッチがなかったら、お兄様たちは黒猫さんに食べられていたかもしれなかったってこと? よかった、お兄様たちは私の作ったお弁当で命拾いしたんだ。
私が胸を撫で下ろしたのと同時に、お父様が頷く。
「なるほど。ノーマンと殿下はクリステアのサンドイッチに助けられたわけだな」
「ご無事でよかったですわ……」
「それで、クリステア? 此奴をどうする気だ? まさかもう契約したとか言うのではあるまいな?」
……お父様の懸念事項は、やっぱそれかぁ。いくら何でも、そんなにホイホイ契約しませんってば。
「いいえ。黒猫さんとはまだ契約していません」
魔獣と契約するのは危険だって、聞いたことがある。魔獣との契約は、契約者の魔力を餌にして交わすものだから、契約者が年老いたり魔力が弱まったりすると、魔獣に喰われてしまうこともあるのだとか。
そんな危険はごめんだ。
「契約する気はございませんが……この子、どうしましょう?」
黒猫さんは、ずっと捕縛されたままおとなしく転がっている。
お父様は眉間に皺を寄せ、黒猫さんを睨みつけた。
「今は魔力切れでそのような姿だが、このまま放逐することはできんな。解放すれば、力を溜めて再び狙ってくる可能性も、他に被害者が出る可能性もある。処分する他なかろう」
「では、どのように処分を?」
『ちょ、ちょいとお待ちよっ! こんなか弱いアタシを殺すっての!?』
処分と聞いて、暴れ出す黒猫さん。
いやいや、今の見た目こそ小さな黒猫だけど、さっきは黒ヒョウの姿で私のこと食べようとしたよね? か弱くないし、同情の余地はないと思うよ?
『かよわくない。ずぶとい』
あら、真白ったら辛辣ね。
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