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1巻

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 そんな感じでなかあきらめかけていたある日のこと。
 お父様からとある情報を得た私は調理場へと急ぎ、仕込み中のシンに詰め寄った。

「ねえ、今度シンが市場に買い出しに行く時についていってもいい?」
「却下」

 ダメもとでおねだりする私に、すげなく答えるシン。見事なまでに一刀両断である。

「えっなんで!? もういい加減、外出も許可されていいんじゃないかな!?」
「今のお嬢を街に連れて行くなんざ、飢えた獣を放つも同然だ。とてもじゃないが、俺には猛獣のお守りなんて恐ろしくて無理」

 冷たく言い放つシン。花も恥じらう乙女おとめを飢えた獣扱いとはなんたる無礼!

「なっ、なんでよー! ちょっと市場でスパイスや食材を買ったり、屋台で美味しいものを食べたりしたいだけなのに!」
「そもそも、公爵令嬢は市場で買い食いなんてしないだろ……」

 それはごもっともだね? しかし、私は普通の公爵令嬢ではない。開き直りではなく、前世の庶民の記憶があるという意味で、だからね? そこんとこ誤解なきよう。

「だって、東の島国……ヤハトゥールからの商船が着いたんでしょう? お父様から聞いたわ。何か面白いものがあるかもしれないじゃない」
「やっぱりそれが目的か」

 そりゃそうでしょう! シンのお父様の故郷、東の島国ヤハトゥールは海に囲まれていて、ラスフェリア大陸にはない独特な文化を持つ国なのだそうだ。美術品のみならず、食文化も独特なのだという。となれば、前世の日本に似ている可能性だってあるわけで。だから行くなら今でしょ!?

「なおさらダメ。今は異国人が普段より多くうろついてて危ないだろ。欲しいものがあるなら俺が買い出しに行ってきてやるから、それでまんしな」
「やだ! それじゃ意味ない、自分で探したいの!」

 だって、もしかしたらあるかもしれないじゃないか! お米や的なものとか、しょう的なものとか、アレソレコレが!! もし実際にあるなら、たる単位で買い付けて、商人と交渉して定期購入の契約をしたいくらいだ!!
 それほど、今の私は米やしょうかつぼうしていた。市場には他にも日本っぽい食材が売られているかもしれないし、それは自分が行かないと見つけられないだろう。

「かくなる上は、転移魔法を習得するしかないか……」

 ぼそりと言うと、シンがギョッとする。

「ちょっ……! お前ならやりかねん。冗談に聞こえないからやめてくれ。仕方ない、お館様に相談してみる」

 がっくりと肩を落とすシン。

「本当に? やったー! ありがとう!」

 やったーやったー! と飛び跳ねて喜ぶ私のそばで、頭を抱えて盛大にため息をつくシン。
 それをよそに、転移魔法を習得するって手もアリだな、とひそかに思う私なのだった。


 シンがお父様に相談したところ、私の市場行きについて議論と入念な打ち合わせが行われ、前回よりもさらに大勢の護衛を配備することで、なんとか許可が下りた。

「買い物するだけなのに、そんなに護衛をつけるのは少しおおなのではないでしょうか」

 たかが買い物に、多くの人員をくのはもったいないと思うんだけどな。

「何を言うか。子供はさらわれやすいのだぞ。特に其方そなたのように見目の良い子供は格好の獲物だ。れい商人に売られぬよう、用心するに越したことはない」

 なるほど。そっかぁ、なら仕方がないね、うん。……って聞き流そうと思ったけど、れいなんて本当にシャレにならないので、しっかり護衛していただくことにしよう。
 いざという時は自分が魔法でどうにかしたらいいんだけどね。
 風・火・水・土の攻撃魔法は、今やどれもほぼ無詠唱で使えるのですよ。
 あのね、マーレン師に鍛えられ、なおかつ無詠唱で同時発動できるよう、めっちゃ練習したのよ。詠唱ありだと発動に時間がかかるし、何より詠唱するの、ほんっとに恥ずかしいんだよ……なんであんなにちゅうくさいの? 詠唱よりイメージが大事、とわかった時は、妄想力豊かなオタクで良かったと……いやいや、想像力豊かで良かったなとしみじみ思ったね!
 コホン。魔法のことはさておき、今回はミリアとシンにもついてきてもらうことに。
 二人には、自室に戻った後で耳にタコができそうなほど注意された。まったく、心配性だねぇ。
 それより明日買いたいものはこんなのなんだけど、と欲しいものをずらりと書いた買い物リストをシンに見せたら、ぜんとされた。

「……誰がこんなに持つんだよ?」
「ええと、路地裏でこっそりインベントリに?」
「何のために護衛つけて行くと思ってるんだ。わざわざ危険な路地裏に行くとかアホか!?」

 ごもっとも。しかし買わないという選択肢はない! と主張しまくったところ、ある程度荷物が増えたら護衛の人に預けて、馬車まで運んでもらうはずになった。護衛の皆さん、重ね重ね申し訳ない。


 そしてお買い物前夜の今、うれしくてなかなか寝つけずにいる。遠足前の子供か! ってレベルで。
 まあ実際子供ですし? 市場への買い物も遠足みたいなもんだよね。
 もちろん、しっかり買い物する気満々で準備は万端だ。子供が金貨で支払うと、何かと面倒なことになりそうなので、銅貨や銀貨など細かいお金に分けて、インベントリに収納ずみ! 支払う時はポシェットから出すフリをすれば問題ないよね。知らない人からすると、ザクザクお金が出てくる不思議なポシェットに見えるだろうけど。そこらへんは気をつけないといけないな。
 これで段取りはバッチリだ! 明日が楽しみだなー!


 はい! てなわけでお買い物当日ですよ。お買い物よりのいい天気! 素晴らしい!
 前回と同じく、商家のお嬢様風のワンピースを着てお出かけです。
 いざという時のために、可愛い編み上げブーツの足先に鉄板を入れようとか、かかとに小型のナイフを仕込もうとか色々提案したんだけど全部却下されたよ。なんでだろうね?
 公爵家の紋章付きの馬車は目立つので、ごくごく普通の馬車を手配して、いざ出発っ!
 ……うん、前世ショックのせいですっかり忘れてたけど、馬車ってとっても乗り心地悪かったよね。サスペンション? だっけ? そういうのがないから衝撃がダイレクトにくるのだよ。
 あうう、お尻がぁ……。市場に着いたら、クッションをたくさん買って置いといてもらおう、そうしよう。あだだだだ。


 馬車に揺られることしばし、なんとか苦行を乗り越え市場に到着した。
 うわあああぁ! これ、この空気ですよ! 前世で過ごした活気ある下町の商店街の雰囲気によく似ていて、ドキドキする。ああ、なつかしい!
 さあ、ぐずぐずしてはいられない、お目当てのブツを探しに出陣だーっ!

「……ここが、天国か……っ」

 スパイスたくさん、ハーブもてんこもり。美味しそうなものも勢ぞろい!
 まさに食の宝庫やーっ!
 ここには我が家の調理場にはないスパイスやハーブが、たくさんあった。嬉々ききとして香りや味を確かめ、各種購入していく。
 これだけあれば、魅惑のカレーにも挑戦できそうだ。私にカレースパイスが調合できるかはわからないけど、基本のスパイスを押さえたらいけるはず……多分。お米はなくてもナンは焼ける。よし、頑張ろう!
 ハーブも大量に購入したので、ブーケガルニとかハーブ塩とか、料理長に相談して色々試してみようっと。
 目につく端から立ち止まっては大人買いする私に、ミリアもシンも呆れ顔だ。
 ……いいじゃないか、これで我が家の食生活がさらに向上するのだから! 美味しいものが食べられて、私も幸せ、皆も幸せ、まさにWin‐Winなんだからねっ!
 あっ、シンさんや、足りなくなったら今度からお使いを頼むのでよろしくね?
 しっかし、おかしいなぁ。東の島国の品らしきものはどこにあるんだろう?
 市場をあらかた回ったと思うけれど、それらしきものは見当たらない。

「ねえシン、東の島国……ヤハトゥールの品はどこで売ってるの?」

 ここは、やはり街のことを知っているシンに聞くのが一番だ。

「多分市場にはほとんど置いてないと思うぞ? 美術品は評価が高いが、食材は使い方がよくわからないものが多くて、扱ってる店も限られてるんだよなぁ。さぁて、どこの商会だったかな」
「そこをなんとか思い出して!!」

 本日のハイライトなんだからああぁ!!


 シンの記憶を頼りに、ヤハトゥールの品を扱う商会を訪ねることにした。
 とりあえず、今持っているスパイスその他の大荷物は、近くにいた護衛の方にお任せしたよ。
 インベントリって、おおっぴらには使いにくいから、便利なようで便利じゃなかったね。

「バステア商会……ここなの?」

 シンの案内でたどり着いたのは、こぢんまりとしてはいるものの、趣味は良さげなたたずまいの建物だった。出入り口の前で建物を見上げながら、シンに確認する。

「ああ、確かここはヤハトゥールの品をおろしていたはずだ」
「そう! じゃあさっそく入ってみましょう!」

 ウキウキと建物に入った途端、奥から大声が飛んできた。

「おい! それじゃあ話が違うじゃないか! お前さんに頼まれたから無理して荷を増やしたってのにっ!」

 ……おおっとぉ。何だか穏やかじゃない感じ? ドリスタン王国ではあまり見かけない風貌の大男が大声で怒鳴っている。

「も、申し訳ない。思ったより数が出なくてね。前に頼んだ時はもっといけると思ったんだが」

 タジタジと申し訳なさそうに謝罪する相手は、ここの店員? いや、店主だろうか。
 ドリスタン王国の衣装ではあるけれど、ちょっと異国風な顔立ちをしている。シンみたいなハーフさんかな?

「どちらにせよ、約束通りの値で全部引き取ってもらうからな! このままじゃ兄貴に何言われっかわかんねぇ!」
「いや、しかし……」

 うーむ、取り込み中っぽいなぁ。でも、今日のメインはむしろここでの宝探しだ。このまま引くという選択肢はない。
 意を決して、声をかけようとしたその時。

「のう、店主よ。あちらは客ではないのか?」

 ん? 子供の声?
 視線を下に向けると、大男のかげにお人形さん……いや、お人形さんのように可愛らしい子がいた。

さんだ……」

 肩までまっすぐ伸びた黒髪ストレートのおかっぱ頭で、着物に似た衣装を着たその子は、まさにさん……市松人形のようだった。

「見苦しいところをすまぬの。何かご入用かの?」

 にこりと笑いながら、トトト、とこちらにやってくるさまも愛らしい。
 いやーん! 転生して以来、手前ミソながら、自分やミリアで美少女には見慣れていたつもりなんだけど、やっぱ和と洋じゃ可愛さのベクトルが違うねっ! お友だちになりたいわぁ。
 ……ハッ! いかんいかん。目的を見失うところだった。

「あの、ヤハトゥールの調味料や乾物があれば、見せていただきたいのですけれど」

 若干照れながら、いちまさん(仮)にそう伝えると、先ほどの大男がぐるっとすごい勢いで振り向き、ズカズカと近づいてきた。

「ヤハトゥールの食いもんに興味があるのかっ!? イテッ! ……いや、ございますか!?」

 大男の乱暴な問いに、いちまさん(仮)の手にしていた扇子(?)がいっせん、大男の鳩尾みぞおちにズバッとヒットした。えっ? い、いちまさああぁん(仮)!?

ほうですまなんだ。ヤハトゥールの調味料や乾物をご所望とな?」

 冷たい目で大男をジロッとめつけたかと思いきや、にっこりとこちらに微笑みながら問いかけるいちまさん(仮)。こ、こわっ。大男さんが固まってるよ?

「は、はい……」
「それはちょうじょう。先日着いたばかりの商船からおろしたばかりの品がほら、こちらにたんと」

 そう言いながらいちまさん(仮)が示す先には、たるや木箱が積まれていた。

「こちらのたるの中はミソと言うて、汁物、ええと、なるものをはじめ、色々なものに使える調味料じゃ。それから、こちらは……」

 今何て言いました!? ミソって、みみみ!?
 我が耳を疑いながらも、たるの中身を見せてもらった。

「み、だあぁ!」

 ついに、ついに出会えたよ!! お様!! こんなにあっさり見つかるなんて……やっぱりヤハトゥールにあったんだ……やばい、泣きそう。

「どうしたのじゃ!? おぬし、具合でも悪いのか?」

 ギョッとしながら私を見るいちまさん(仮)に、「何でもないです!!」とグッと涙をこらえて答える。
 他の品も見せてもらったんだけど、しょうこん……色々あった。呼び名が違うんじゃないかと思ったら、ほぼまんまでびっくりだ。ウーロンも、実はうどんが正しい名前だった。
 多分だけど、シンが小さい頃に舌ったらずでウーロンウーロンと言ってたのを、そのままお母様が呼んでただけなんじゃないかな? それに気づいたらしいシンが少し赤くなっていたのを、私は見逃さなかった。うひひ。あとでからかうネタにしようっと。
 さっきめていたのは、この荷についてだったみたい。どれも味見させてもらい、問題ないどころか期待通りだったから、交渉してこちらで引き取れるだけ引き取り、その分お安くしてもらうことに成功した。もうけた~!
 シンとミリアは、私の大人買いした荷物を運ぶために慌てて護衛を呼び、馬車を商会の前まで回すように手配していた。
 交渉の際にエリスフィード家の令嬢であることを明かすと、店主らしき人が「ああ、あのうわさの……」って、ボソッと納得したように呟いたのだけれど……私が料理をしているっていう話が広まっているのかな。
 いちまさん(仮)たちは、私が公爵令嬢であることよりも、ヤハトゥールの食材や使い方に詳しいことに驚いたみたい。この国で売るのは美術品が主で、食材についてはこちらに移住しているヤハトゥール人が買い求めるのがほとんどなのだそう。そりゃそうだろうなぁ。我が国の料理人からしたら未知の食材だらけだもんねぇ。
 今後もバステア商会を介して取引できるように、お父様にお願いしなくては! 手に入れたばかりので豚汁ならぬオーク汁を作ってかいじゅうするつもりなので、ほぼ確定事項といえよう。ふっふっふ。お父様、絶対和食党になると思うんだよねぇ。

かつおぶし……と、それに削る道具はございますか?」

 やっぱりお出汁だしをとるならかつおぶしは欠かせないよね!

かつおぶしと削り器でございますか? 申し訳ございません。現在は扱っておりません」

 売れないから扱うのをやめたんだって。確かに、使い道がわかりにくいもんねぇ。見た目はれ木にかんなだもん。しょんぼり。

「あの、もしよければ、今度船がくる時にかつおぶしと削り器が届くよう手配しやしょうか?」

 話を聞いていたらしい大男さんが、次回の荷で取り寄せようと申し出てくれた。

「ほ、本当ですか! ぜひお願いします!」

 やったね! しかし当然ながら船便で往復するので、最短でも届くのは約三ヶ月後らしい。それまではこんだけでしのぐしかないか。あああああ、待ちきれなーい!!
 ……気を取り直して、と。
 基本の調味料は手に入った。あとは肝心の主食……そう、お米が欲しい。

「あの、お米……ええと、麦以外のこくもつはありませんか?」
「ん? 米か。店主よ、米はどこにあるのかの?」

 そばにいたいちまさん(仮)に聞いてみると、あっさりと店主にありを問う。
 えっ!? お米あるの!?

「コメ……ですか。当店ではあいにく現在取り扱っておりませんが……あの、クリステア様はご存知かわかりませんが、コメは……」
「……え?」

 店主の言葉に我が耳を疑った。ななななんだってー!?


 結論から言うと、この世界にお米はあった。しかも、ドリスタン王国に。
 この国ではお米を食べる習慣がなかったから、食材として認識されていなかった、ということが判明したのだ。
 うう、灯台下暗しとはまさにこのことか。馬や家畜の「飼料」だったよ。なんっっってもったいないことをおおおーんっ!(血涙)
 バステア商会の店主によると、お米はこちらではラースと呼ばれ、飼料米として麦とは別に広く作付けされているのだそう。知らなかった。料理長たちも知らないはずだよ、飼料だもん。
 店主の言葉を確かめるべく、急いで帰宅した私は気分転換と称して庭を散策し、ふらりと立ち寄った風をよそおってきゅうしゃに入り込んで……見つけたよ……もみを。
 これだよね!? これ、お米だよね!? 店主の話は本当だったんだ!?
 ……ってぎょうしてたら、うまやばんのトマスじいさんが「そいつはラースといって、お馬さんや鳥さんの餌になるんじゃよ」とトドメの一言。近くでにわとりもどきの鳥さんも美味しそうにつついてたよ……
 ま・じ・かーっ! 青い鳥はこんなに近くにおったんやーっ!! ヒャッホーウ!
 それからの私がとった行動はおわかりだろう。確保だ。
 うまやばんのトマスじいさんに「こんなに? 小鳥の餌にするにしちゃ多すぎやしませんかい?」なんて不審がられつつ、もみを袋いっぱいに分けてもらったのだよ!
 いやったー! クリステアは お米を 手に 入れた!! てってれー!!
 もみすりをして玄米になった段階で炊いちゃうことも考えたけれど、とにかく白いご飯が食べたかったから、頑張って精米することにした。前世の記憶を頼りに、びんの中に玄米を入れて棒でトントンとつく、いわゆるびんづきで精米したのだ。
 前世のOL時代、スローライフにあこがれて、田植えから精米までを体験するワークショップなるものに参加したことがあった。当時は「何これ、めっちゃしんどい! スローライフとか無理!」とあっさりせつしたけど、あの経験がこんなところで役に立つとは……
 その後に土鍋で炊いたおこげつきのご飯を思い出しつつ、麺棒でついてついてつきまくった。めちゃくちゃ大変だったけど頑張った。だって白飯だよ? あの、つやっつやに光り輝き、むごとに甘みを増していく白飯様だよ? 頑張るしかないでしょ!! どっせーい!
 ここだけの話だけど、夜中にこっそりと「ご飯……白いご飯……!」と精米してる私を、ミリアがおびえながらもドア越しに見守っていたそうだ。

「鬼気迫る表情で意味不明の言葉を呟きながら暗闇でトントンと棒でついている姿は、何か呪いの儀式のようでした」

 後日、ミリアに恐る恐るそう言われてしまい……な、なんか、すみませんでした。
 そしてようやく! お待ちかねの白いご飯、なのですよ。やったね! レッツ炊飯!


 ご飯を美味しく炊くコツは、はじめチョロチョロ中パッパ、赤子泣いてもふた取るなってね♪
 翌日、すっかりお目付役と化したシンがいないすきを狙って、こっそり調理場に入り込んだ。
 頑張って夜なべして、どうにかこうにか精米したお米をふところに忍ばせて。ささっと水魔法を使ってぎ、かまどの隅っこに陣取ると、鍋で炊き始める。
 火魔法って、微妙な強弱の加減が意外と難しいんだよなぁ。かまどについている魔石を使えばいいんだけど、自分の欲望のままにご飯を炊くために、魔石の魔力を無駄遣いするのはちょっとね? 魔力がそれなりにあって魔法が使える身としては、自力で何とかしてみようと思うわけで。
 それに、この方法で上手く炊けたら、いつでもどこでもご飯が食べられるようになるよね。むふふ。美味しいご飯のために……いやいや、魔法制御の訓練になると思って頑張ろっと!
 実は精米も、魔法でできないか試してみたのだ。が、文字通り見事に粉砕したよ……
 魔法って明確にイメージすればするほど、繊細なコントロールが可能だそうだけど、精米するイメージって言われてもねぇ。周りのいらないのをバッと取り去る感じかなー? って念じたら、バッとはじけて粉になっちゃった。ほんの少しの量で試してよかった。大事なお米様が台無しになるところだったわぁ……
 道具に関しては、がまはともかく土鍋がないのがつくづく残念で仕方ない。
 土魔法で作れるかな? 作れたら冬に鍋なんかもいいよねぇ。
 前世で陶芸教室に通った経験が役に立つかもしれない。OL時代にあれやこれや習い事しまくって何も身にならなかったな……と当時はむなしい思いをしていたけど、無駄にならなかったよ! と前世の私をなぐさめてみる。
 むっふふふーん♪ と鼻歌まじりで蒸らしに入った鍋を今か今かと眺めていたら、いつの間にかシンに背後を取られていた。ぬおお……ぬかった。鍋ごと自室に引き上げるべきだったか。

「クリステアお嬢様? 奥様との約束で、俺がいない時に勝手にかまどを使わない……料理をしないって話じゃあなかったんでしたかね?」

 ガシッと頭をつかまれ、ギリギリと力を込められる。痛い痛いっ!

「ちょっ、いだだだだっ……! これは雇い主にする行為じゃなくないかな!?」
「俺の雇い主はお館様です。そしてこれは、約束を守らなかったことへのペナルティーだ」

 ギリギリギリ。
 ひいぃ。ごめんなさあああぁい! あーっ!


 ようしゃないアイアンクローからようやく解放された私は、みずからの頭をさすさすと撫でさすりながら、シンをにらんだ。

「で? 今度は何をやらかそうとしてるんですか」

 私のうらみがましい視線などものともせず、お嬢様のすることだからな、とあきらめたようにため息まじりに尋ねるシン。むむっ、失敬な。

「やらかすとはなんですか、やらかすとはっ! まあいいわ、今はそれどころじゃなくってよ? 見て驚け、食べておののけ! いざ! オープーン!!」

 蒸らしが終わって、さあご開帳~っ!

「わあぁ……」


 白飯だ! 白飯様だよおぉ! つやっつや、ふっくらのご飯!
 お米の一つ一つが立ってますよ! このつや、この香り……成功です! 立った、立った! お米が立ったー!
 感動のあまり涙が出そう。このキラキラと輝く美しいビジュアルに、全俺が泣いた!! ってやつですよ!! この白飯様にたどり着くまでの数多あまたの苦労を思うと涙を禁じ得ません。
 ああ、もうしんぼうたまらん。このまま鍋ごと抱えて食べたいくらいだけど、そこはまだ思いとどまる程度の理性がある。
 でも、ちょっと、ちょっとだけ。一口だけすぐさま食べたいっ!
 ……いやいや、せっかくの白飯様だ。きちんと居住まいを正していただかなくてはなるまいて。
 ああ、いざ成功したとなると、ご飯のお供を考えていなかったことが実にやまれる。これは今後の課題だわ。美味しいご飯のお供を探さなくちゃ。
 ご飯が手に入ったからには、やりたいことがいっぱいあるから大変だ!
 また「クリステアのやることリスト」に書きとめておかなくちゃ。そのリストには今後やりたいこと、作りたいもののレシピなんかを前世の記憶を頼りに、日本語で書きとめている。
 私の前世の知識はお金になるみたいだから、他の人にはわからないようにしておかないとね。「これは……」
 白飯様を前にニヨニヨと笑う私のことなど構う様子もなく、シンが炊きたてご飯を見て固まった。やば、飼料なのバレた? シンったら勘がいいからなぁ。

「あの、えっと、これは……」

 あせあせと、これはれっきとした食べ物であることを説明しようとした私の言葉を遮るように、シンが呟く。

「この香り……もしかして、ゴハン? か?」
「へ?」

 ん? シンさんや、ご飯……コメのことやっぱり知ってたの?
 話を聞いたところ、なんとご飯を食べたことがあったのだそう。シンのお父様がご存命だった幼い頃の記憶だったので、すっかり忘れていたそうだ。
 冒険者ぎょうをしていたご両親は、価格の安さからご飯を常食にしていたのかもしれないね。何といってもこの国では飼料だったわけだし。
 この国に流れ着いてからは、お母様も飼料であるお米を炊くのは周りの目を気にして避けていて、次第に忘れられてしまったのだろう。
 まあねえ、もみの状態で、しかも家畜の餌として流通していたんじゃねぇ。旅している時ならまだしも、街で暮らすのなら、お米がなくてもパンを食べたらいいじゃない? ってなるものね。
 何はともあれ、せっかくの炊きたてご飯なんだし、待望の実食のお時間ですよっ!
 ……しかし、ご飯茶碗なんて我が家にはあるわけがなく。だからといって、ごうなスープボウルや平皿に盛って銀のスプーンで食べるのは何か違うのよねぇ。
 土鍋もだけど茶碗とお箸を作らねば。あ、バステア商会で取り扱ってないのかな? 聞いておけば良かったなぁ。
 そんなわけで、シンプルに塩むすびにしてみたよ。子供の手で握るから、小さな小さな三角むすびになっちゃったけど、ふんわりと空気を含ませ、絶妙の握り加減で。がないのはさみしいものの、純粋にご飯を楽しみたいならこれで十分だ。
 塩むすびを一つ手に取り、はぐっと口にしてゆっくりとしゃくした。めばむほどご飯の甘みが口の中にふわりと広がる。ああ、これ、この味だ!

「ふわああぁ、おいひいぃ……」

 もう、もうね、これだけでごちそうです。ありがとうございます。はあぁ、今までの苦労……主にミリアの気苦労かもしれないけれど……を思うと、涙を禁じ得ません。
 感動に打ち震えながら、見た目だけは上品に塩むすびを食べる私のそばで、シンも黙々と食べていた。


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