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 第一章 転生令嬢は、覚醒する。


 なんということでしょう。
 ドリスタン王国の公爵家令嬢である私、クリステア・エリスフィードは前世の記憶を思い出してしまいましたわ。
 前世は異世界――日本という国の住人だったようです!
 記憶を思い出した途端、あまりの情報量にわずか八歳の私はショックで熱を出し、数日間寝込んでしまいましたの。
 今もこうして自室のベッドで横になっていますが、ようやく高熱から回復して少し落ち着き、前世のことをゆっくり考える余裕ができたのです。


 なーんてね? がっつりしっかり思い出したってんですよ!
 前世の私は日本人。下町暮らしのOLだった。ラノベやアニメが大好きだった私は、今の状況に初めは混乱したものの「あ、これっていわゆる異世界転生ってやつなんじゃないの!?」と思い至り、なんとか受け入れることができたのだ。
 とはいえ、クリステアの記憶と前世の記憶はいまだに混乱中。前世の記憶を一気にブワッと思い出しちゃったせいか、今も頭がクラクラ、ふわふわとして現実味がない。
 前世の私ってどうなったんだっけ? 死んじゃった? いつ、どうして死んだわけ?
 確か……仕事帰りにスーパーでたこ焼きの材料を買って、「帰ったら心ゆくまで一人タコパだ、ひゃっほーい!」って浮かれていたところに、車が……そうだ、車が突っ込んできたんだ。
 あのまま助からなかったのかなぁ……しょんぼり。
 お父さんやお母さん、皆、悲しんだだろうなぁ。親不孝でごめんなさい。
 一瞬のことで、痛みとかそういう記憶がないのだけが救いかな。


 前世の自分の最期にしんみりしているところへ、私付きの侍女であるミリアが様子をうかがいにやってきた。ボンキュッボンの魅惑のボディを堅苦しいメイド服に押し込め、明るい茶色の髪をきっちりと三つ編みにした美人さんだ。

「クリステア様、お加減はいかがですか? ……うーん、お熱はもうないようですけれど。まだ顔色は優れませんね」

 ひたいに手を当てつつ、ミリアが心配そうに言う。ああ、ひんやりとした手が心地よい。

「いいえ、もう大丈夫よ。看病してくれてありがとう」

 へにゃりと笑ってベッドから起き上がろうとした私を、ミリアが制す。

「いけません。まだしばらくはお休みくださいませ」

 めっ、と言わんばかりの口調だけど、心配してくれているのはよくわかる。七歳年上のミリアは、私にとってとても頼りになるお姉さんのような存在だ。ちょっと……いや、かなり過保護だけどね。

「ふふ、わかりましたわ。ミリアは心配性ね。ああ、喉が乾いたのでお水をちょうだい」
「かしこまりました。お腹はいていらっしゃいませんか? よろしければ、スープか何かお持ちしますが」

 そう言いながら、ミリアはサイドテーブルに置かれた水差しからコップに水を注いで手渡してくれた。

「そうね。お願いするわ」

 一口水を飲むと、ふわりと広がるさわやかなかんきつの香り。レモンか何かをしぼって入れているのだろう。さっぱりとして美味しい。
 ミリアが退室した後、ひとまず私の現在の状況を整理してみることにした。
 私の名は、クリステア・エリスフィード、八歳。ラスフェリア大陸の中でも特に大国として名高い、ドリスタン王国に領地を持つエリスフィード公爵家の令嬢ってやつだ。
 可愛いというより、幼いながらもどちらかというと美人系の顔立ち。ちょっとつり目気味で、瞳はサファイアブルー。ふんわりとしたチェリーブロンドの髪は、我ながらお気に入りだったりする。
 海に面しているドリスタン王国は貿易や漁業がさかんで、前世で言うところの中世ヨーロッパとよく似ているけれど、魔法によりある程度近代に近いレベルの生活ができている。
 そう、この世界には魔法があるのだ! 生活魔法から水や風などの属性魔法まで、その種類は様々。高位の貴族ほど魔力量や使える魔法属性の数が多く、威力も高い。
 前世の記憶が戻る前の私は、魔力量が多すぎて魔力暴走を起こしかねないからと、王都からほど近い領地で隔離されるように引きこもって暮らしていた。魔法を使うなんて当たり前のことだったし、上手に魔力がコントロールできなくて飽き飽きしていたくらいだ。
 けれど、今、私は魔法が存在するという事実に猛烈に感動しているッ!
 ふおお……魔法、魔法だよ!? すごい、まさにファンタジー! いわゆるラノベの世界ってやつじゃないの! すごくない?
 今まで真面目に勉強しなかった自分をしかりたい。魔法学の先生ごめんなさい、これからはちゃんと勉強します……と心の中で謝罪し、決意を新たにした。
 しかしなんだ、ラノベの世界なら転生前に神様がチート能力を授けてくれるとか、そういうお約束ってやつが普通はありそうなもんだよね?
 私、そんなものもらった記憶がまったくないんだけど。そりゃあ、公爵令嬢・魔法・前世の記憶ってだけで、この世界ではチートかもしれないけどさぁ……
 に落ちず悶々もんもんと考えているところへ、ミリアが戻ってきた。
 手早く給仕を終え、私にスープカップを差し出す。

「クリステア様、お待たせいたしました」
「ありがとう。いただくわね」

 ミリアに礼を言い、ミルクベースのスープを一口いただいた。
 魔法には感動しているけど、実は別のことにはちょっと……いや、かなり不満がある。
 あのね、ご飯が……あんまり美味しくないの。いや、決して不味まずいわけではないのよ? 我が家のご飯は、きっとこの世界では美味しい部類に入るんだと思う。ここの料理人は公爵家に相応ふさわしい、ごうな料理を毎日振る舞ってくれる。
 でも、前世を飽食の国日本で育った私としては、いくらごうでも、毎日クリームやバターこってこてのフルコースって結構つらい。今までは疑問に思うことなく食べていたんだろうけど、庶民育ちの記憶がよみがえった今となっては、「ないなー」って思っちゃうのよねぇ。
 とはいえ、公爵家の料理人に粗食を作れなんて言っていいものなのかな? こんなことが不満だなんて、ぜいたくだとは思うけど。
 黙々とスープを食べ進めると、控えめな量だったからか、なんとか完食できた。

「おかわりはいかがですか?」
「いえ、もういいわ。お腹いっぱいだから下げてちょうだい。少し休むわ」
「そうですか? では……」

 ミリアはいた食器類を片付けて退出していった。
 いっぱいになったお腹をさすっていると、お嬢様生活ゆえにたいして運動していなかったからか、八歳にしては若干お腹がプニッてる気が……しなくもない。おかしいな、もっと小さな頃はガリガリだったと思うけど。
 いやいや、八歳だからね? ふっくらしていたほうが子供らしくて可愛いよね?
 ……自分をごまかすのはやめよう。このままでは、ぽっちゃりましゅまろ愛されボディまっしぐらだ。
 そりゃ、貴族の皆様はコルセットが必要なワケだよ。そんでもって、何かっちゃあ「あっ」て貧血起こして倒れるワケだよ、苦しいからだよ!
 ……ダンスと武術か何かで身体を鍛えよう。寝る前にこっそり腹筋でもしようかな?
 それに、どうにかして食の改善をしたい。絶対だ。


 それから数日経過した、ある日のうららかな昼下がり。美しく整えられた庭園の中にある東屋ガゼボで、私はゆったりと紅茶とケーキをいただきながら景色を楽しんでいた。
 さっきまで魔法学の先生、マーレン師にみっちりと講義と実技指導を受けてましたよ……ああ疲れた。「魔法学頑張ります!」と態度を改めた途端、待ってましたとばかりにスパルタ教育が始まったよ? どうしてかな? ふふ……お庭がきれいね? おっといけない、現実逃避しちゃったわ。
 ああ、緑茶とまんじゅうを食べたい。極甘ケーキより甘さ控えめあんだよ。

「クリステア様、お茶のおかわりはいかがですか?」
「ありがとう。お願いするわ」

 ミリアにおかわりを頼み、再び景色を眺める。
 紅茶があるなら緑茶だって作れるよねぇ? あっ、麦茶なら私でも火属性の魔法でばいせんできるかな? 火魔法の精度を上げたらいけるかも。
 よっしゃ、これで魔法学を受けるモチベーションが上がったね!? うん、頑張ろう。
 あん小豆あずきがあれば……今度料理長に聞いてみようっと。
 ……そういえば、前世の記憶を思い出したきっかけって何だっけ?
 ラノベで定番なのは、頭を打って突然思い出したとか、断罪シーンでザマァされたその場で、とかだけど。
 うーん、そんな衝撃的なことはなかったよねえ? ほんの数日前のことなのに、まだ記憶が混乱してるなぁ。

「ねぇミリア、ちょっと聞きたいのだけれど。私が熱を出して倒れた日って、何があったのかしら? 熱のせいかよく覚えてないの」

 困った時のミリア頼み。ストーカーレベルで私の行動を把握している彼女に聞けばわかるだろう。

「倒れた日ですか? あの日はクリステア様が初めて街にお出かけになるということで、私と護衛の者がお伴させていただきました。クリステア様は大層はしゃいでいらして……ああ、申し訳ございません。私がついていながらお熱が出るまで無理をさせて、に記憶を失わせるだなんて、侍女失格です」

 うっすらと目に涙を浮かべるミリアを慌ててなだめる。

「そんな、ミリアが悪いんじゃないわ! 私がはしゃいでしまったのがいけないのよ」

 優しい声音で言いながら、あの日のことを思い出していた。
 そうだ、お父様から街に出てもいいと許しをもらって、買い物に出かけたんだった。
 公爵令嬢の私は、誘拐される危険があるということで、今まで外出の許可が下りなかった。私一人の買い物のために護衛をするほど、皆暇じゃないからね。
 それでもミリアや他のメイドから聞く街の様子や、たまにお土産みやげとしてもらう可愛い雑貨、ちょっとしたお菓子がうれしくて、うらやましくて、ずっと街にお買い物に行くことにあこがれてたんだ。
 お屋敷に出入りする商会が持ち込む品はどれも高価でステキだけれど、それとはまた違う魅力を街のものに感じていた私は、どうしても街へ行きたいとお父様に散々おねだりして、ようやくもぎ取った許可だった。
 当日は町娘の……と言っても、商家のお嬢様のような可愛いワンピースというお忍びスタイルで、お目付役として、ミリアと少しばかりの護衛を連れ、私は揚々ようようと街に繰り出した。実は、私の知らないところでも、かなりの護衛がついていたらしいんだけど。
 初めての街は見るもの全てが新鮮で、はしゃいでしまったのは無理からぬこと。雑貨屋で可愛いアクセサリーを見つけて、お父様やお母様、お兄様にもお土産みやげを買ったんだよね。
 もちろん使用人の皆にも、忘れずにお菓子を買った。
 そんな風に買い物を楽しんでいた私は、せっかくなのでいちにも行ってみようと思った。
 ……そうだ、そこで衝撃的な出会いがあったのだ。
 どうしてこんな大切なことを忘れていたのよ! ばかばか!


 市場に向かった私は、初めて見る食材や活気のある市場特有の雰囲気に圧倒されていた。
 新鮮な野菜に果物、肉や魚。独特の香りを放つ香辛料やハーブ類。それらを売る店主と客の威勢のいいやりとり。全てが鮮烈で、刺激的で……
 お店を一つ一つ見て回り、少しお腹が空いてきたところで何か食べようということに。
 公爵令嬢である私に、屋台の料理なんて食べさせるわけには、と難色を示したミリアを見聞のためだと説き伏せ、屋台のあるエリアに向かった。
 美味しそうな匂いが立ち込めるその一角に踏み込んだ私は、小さな屋台の前で、ふと足が止まる。

「いい匂い……」

 店番をしているらしい、異国風の顔立ちをした黒髪の少年が威勢よく声をかけてきた。

「いらっしゃい! うちのオクパルは美味うまいよ!」

 オクパルは、茶色いソースが香ばしい匂いを放つ食べ物だった。匂いからしてお菓子ではないけれど、丸い形が可愛らしい。そして、何だかとっても食欲をそそられた。

「それ、お一ついただけるかしら?」

 そわそわしながらそう言うと、少年はにこやかに「毎度あり!」と言いながら器に数個のオクパルを盛り付けた。そして、木のスティックを添えて手渡しながら「中は熱いからヤケドしないようにな!」とニッと笑う。

「ありがとうございます」

 つられて私も笑顔で受け取ると、手にした容器から熱が伝わってくる。
「毒味をしなくては!」と意気込むミリアも慌てて同じものを買い、お行儀が悪いけれど、近くの噴水のふちに座っていただくことにした。

「とっても美味しそう……」

 ホカホカと湯気を立てるそれは、すごく食欲をそそる。

「クリス……こほん、お嬢様。私が先にいただきますから少しお待ちくださいませね」

 ミリアはそう言ってスティックを手に取り、一つに刺して、慎重に口に入れた。

「……っ! 熱っ!?」

 熱々のそれを一口で頬張ったせいで、目を白黒させるミリア。
 そんなミリアを見て、まさか毒が!? と一瞬警戒した私だったが、次の一言であんした。

「はふっ、熱いれすけど、とてもおいひいれすわ! ……ふぅ、お口をヤケドしてはいけませんから、お嬢様は少しましてからお召し上がりくださいませ」

 ミリアはそう言いながらも、もう次のオクパルにスティックを突き刺している。

「ミリアがそんなに美味しそうに食べているのに、待ってなんかいられませんわ!」

 そう言って私もパクリと頬張った。

「……っ!?」

 熱い! 口の中で熱が暴れているよう。こんなに熱々のものは食べたことないかも。でも……

「美味しい!」
「本当ですわね。お嬢様に相応ふさわしいとは言いがたいですが……」
「もうミリアったら、そんなことないわ。ふふ、こんな美味しいものは生まれて初めて!」

 私は夢中で頬張った。
 ……いえ、初めてではないような? なぜかしら、何だかとってもなつかしく感じる……?
 そこで私の中で何かがはじけた気がした。


 ……思い出した。そうだ。オクパルを食べて前世の記憶がよみがえったんだ。
 オクパルは、前世で食べたアレに限りなく近い。
 そう――たこ焼きだ。
 丸い形状、あのソースの香ばしさ。あらけずりではあったものの、まさにたこ焼き! と言ってもいいくらいのもので。
 オクパルを食べた後、私は気もそぞろでミリアに心配されながらフラフラと帰途につき、その後高熱で伏せったのだった。
 ああ、美味しかったなぁ。まさかこの世界でたこ焼きが食べられるなんて。しかも、それで前世を思い出すとか夢にも思わないよねぇ?
 私、そんなに死ぬぎわにたこ焼きを食べたかったのかな? 食い意地張りすぎてない!?
 ま、まあいっか! 美味しいは正義!!
 はあ……また食べたいなぁ。もう一度街に行きたいって、お父様におねだりしないとね。
 オクパルの味を思い出してはうっとりとしつつ、おねだりする機会を待ったのだった。


「ダメに決まってるだろう」

 お父様とお母様、私の三人で大きなダイニングテーブルを囲む夕食の席で、お父様に可愛くおねだりしたのにかんはつれず却下された。そんなバカな。
 若干お腹はプニっているものの、前世に比べたらありえないほど美少女(笑)に生まれ変わっていた私は、まばたきから上目遣い、小首の傾げ方まで研究。あざとさ全開でお父様をかんらくすべく、さっきまで鏡でおねだり作戦の練習をしてまでのぞんだというのに……即却下、だと!?

「そんな……この前は許可してくださったではありませんか」
「その外出がきっかけで熱を出したのは誰だ?」

 青みがかった銀髪にアイスブルーの瞳を持つお父様にジロリとにらまれた。
 こういう時のお父様って、美形のせいか冷たく見えるのでちょっと怖い。普段は甘々なのに。

「お父様の言う通りよ、クリステア。また倒れたらどうするの?」

 お母様もそれに乗っかる。
 お母様は赤みがかった金髪にグリーンの瞳で、柔らかな色合いなのにツンとした印象の美人だ。
 そんなお母様も冷静に指摘してくるので、めんのような気持ちになる。
 くっ……言われると思ったんだ。きっとお母様には「街に出かける=はしゃいで熱を出す」の図式ができ上がってるだろうと思ったからこその、お父様かんらく作戦だったのに。
 だけど、私は! あきらめないッ!! あのオクパル……たこ焼きを食べるために!!
 そしてあわよくば、あの少年、またはその雇い主から材料や入手先を聞き出したい。
 未完成ながらも食欲をそそるソース……あのほうじゅんな香り。あれのためなら、エリスフィード家の総力を挙げて……って、ほぼお父様の力だけど、最高の材料を集めてみせるわ!
 多分、前世の記憶を頼りに作れるから大丈夫だと思うけど、もしかしたらこちらの世界独特の材料があるかもしれないので、コツなんかも聞きたい。
 そうだ、たこ焼き用の鉄板やピックも手に入れないと。お父様がこんにしているドワーフのガルバノおじさまにお願いしたら何とかなるかしら?
 と、ともあれ、今はあのたこ焼きを再び食べるために全力を尽くすのだ!

「お父様ぁ……」

 うるうると涙をにじませ、見つめる。必殺、まなむすめのうるうる上目遣いッ!

「……っ! いくら可愛い其方そなたの願いでも今回ばかりはダメだ。外に行くのは危険だということが先日の件でよくわかっただろう?」

 まなむすめのうるうる攻撃にひるみつつも、お父様の気持ちは変わらない。
 くっ、この攻撃でもダメとは……お父様てきもなかなかごわいな。

「危険だなんて……今回は私がはしゃぎすぎて熱を出してしまっただけですわ」
「クリステア、聞き分けなさいな。そもそも熱を出したのは、はしゃいだことが原因とは限らないでしょう? ミリアに聞いたけれど、貴女あなた、屋台の料理なんて食べたそうね。それから様子がおかしかったと聞いたわ」
「それはっ……」

 ええ、お母様。ある意味正解です。

「ミリアは毒味したし、美味しかったと言うけれど、貴女あなたの食べたものにだけ変なものが入っていたのかもしれないじゃないの」

 えっ、そんな大げさな。大体、目の前で調理されたのを盛り付けるところまで見ていたのだから、毒や薬を盛られて気づかないはずがない。
 すると、眉をひそめながら言うお母様をなだめるように、お父様がとんでもない発言をした。

「まあまあ……だから、その屋台の者を捕らえて、おかしなものを入れなかったか今調べているではないか」
「捕らえて……って、えええええーっ!?」

 なんてことしてくれちゃってるの、お父様あああぁーっ!?


 それから私は、令嬢にあるまじき絶叫にドン引きしている両親に説明し、どうにか誤解を解いた。
 そしてお父様を問い詰め、引きずるように――実際には、しがみついてうんうんと押しながら――少年を捕らえているという地下牢に向かった。
 ……なぜか、お父様がうれしそうな顔をしているのがせないけれど。
 うち、地下牢なんてあったんだね……おっそろしい。ねえ、それ何のために使うの? 地下牢を使うような事態が我が家では起こるってこと!?
 地下牢は、別棟の隠し部屋にあるらしい。その用途について色々な想像をしつつ、私は薄暗い階段をお父様の後をついて下りる。そして、かび臭い空気の中、少年がいる牢へとたどり着いた。
 牢の中では、屋台にいた少年が毛布にくるまってじっとしていた。足音で誰か来るのがわかっていたようだが、こちらに視線を向けて目を見張る。

「あんたは、あの時の……」

 私のことを覚えていたらしく、少年はてつごう越しにキッとにらんできた。

「ごめんなさい。私、こんなことになっていたなんて知らなくて……」

 申し訳なさにびくびくしながら謝罪した。
 お父様は私が彼を怖がっていると勘違いしているようで、不機嫌をあらわにしている。パパン、抑えて。悪いのはこっちなんだからねっ!

「なあ、何で俺が捕まんなきゃならないんだよ!? 口ん中でもヤケドして、それが気に入らなくて親に言いつけて報復ってことか?」
「違っ……」

 彼には全く落ち度がないのだから、ワガママお嬢様のかんしゃくされたと思われても仕方がない。ろくでもないお嬢様だと思われてるんじゃないかしら。ああ、知らなかったとはいえ、どうしよう!?

「娘の名誉のために言わせてもらうが、それは違う。おろかな親の目がくもっていたために、其方そなたには迷惑をかけた。すまない」

 オロオロする私の前に進み出たお父様は、少年に向かって謝罪し、周りの制止も聞かずにみずから少年を地下牢から解放した。

「お父様……」

 いつもデレデレでちょっとカッコ悪いとか、チョロいとか思っていたのはてっかいしますね。きちんと謝罪できるお父様はかっこいいです。
 それからお父様は少年に商売ができなかった分のてんなどの話をし、一区切りがついた。

「この度は私のせいで本当に申し訳ありませんでしたわ……」

 少年を無事に(?)地下牢から出した私は、しおしおと少年に謝罪する。
 あぁ、たこ焼き……いや、オクパルの秘密を知っているはずの人物がここにいるのに。
 でも、これ以上引き止めて彼に迷惑はかけられない。後日、改めてコンタクトをとるしかないか。

「いや、誤解だったならいいよ。親が子供を心配するのは当たり前だからな。商売にならなかった分はべんしょうしてもらえることになったし」

 よかった。そうだよね、数日間もこうそくされていたら、その間の売上とかパーだもんね。

「じゃあな」

 そう言って少年は帰ろうとした。

「あっ、あの! たこ……じゃない、オクパルとっても美味しかったですわ! また、食べに行ってもいいかしら?」

 とりあえず次へのつなぎはつけておかねば! もう必死だよ!

「あー……来てもいないかもしれないぞ。あそこで店、続けられっかわからないからなぁ」
「えっ」

 な、なんですと?

「あの場所は商業ギルドに頼み込んでようやくお試しの期間限定で借りられたんだけど、騒ぎを起こしちまったから」

 店は続けるのは厳しいかも、と決まりが悪そうに言った。
 そ、そんなバカな……っ。たこ焼きが食べられなくなるなんて。私、いやお父様(?)のせいで!?

「悪いな。じゃあ」

 すまなそうに立ち去ろうとした少年を見て、思わず彼のシャツのすそつかんだ。

「いや……っ。行かないで」

 思わず涙がボロッとこぼれた。あれがもう食べられなくなるなんて、そんなのやだよぉ……!

「えっ!? おいっ!」

 私の涙にギョッとした少年は、オロオロと立ちすくむ。

「私の、っせいでぇっ……うええんっ」

 ここで少年と別れたら、たこ焼きなんてもう二度と食べられないかもしれない。
 そう思った私は、そりゃあもう必死に引きとめた。どんだけ食い意地張ってるんだ私、と思いながらも、あきらめるわけにはいかなかった。
 ぼろ泣きで少年を引き止める私を見たお父様は、慌てふためきながらも改めて詳しく少年に事情を聞き、申し訳ないと再び謝罪した。

「そうであったか……本当にすまなかった。しかし、なぜそのことを言わなかった? そのまま続けられるよう私から商業ギルドに申し入れ、便べんを図ることもできるというのに」

 そうだそうだ! お父様は腐っても貴族――いや、腐ってはないけど! ちゃんとお仕事は真面目にしているはず! こう言ってはなんだけど、ギルドに交渉することもできたよね?

「そこまでしていただこうとは思いませんでした。たとえ誤解だとしても、貴族に捕らえられて連行されたなんて店に客がくるとは思えません。それに、もともと俺はこの国の人間じゃないから留まる必要もないし、どこでもやっていけますから」

 少年はきっぱりと答えた。

「そういえば、其方そなたは東の島国の者の顔立ちをしているな」

 ふむ、とお父様は、この国では珍しい異国の容貌をした少年の顔を見つめる。
 東の島国? 確かに前世でいうところのアジア系の顔立ちをしているけれど。日本みたいな国がこの世界にあるのかな?

「ええ。両親は冒険者だったんですが、父さんがそこの出身だったと母さんから聞きました。父さんは俺が小さい頃、流行はやりやまいで死んだから詳しくはわかりませんけど」
「そうか。それはつらいことを聞いたな」
「いえ」
「しかし、父親がいないのであれば、稼ぎ手であろう其方そなたが職を失うのは困るのではないか?」

 そうだよ! えらいこっちゃ! 私の、いやお父様の暴走のせいで、とんでもないことになっちゃった!? あわわ、ごめんですんだら警察……じゃない、衛兵はいらないってやつじゃないの。どうすんのよ、お父様ああぁ!!

「いえ。母さんも昨年死んだので……。自分一人の食いさえ稼げたら、それでいいんです。店を始めたのも、母さんが俺のために作ってくれた、父さんの故郷の味を忘れないためってだけですし。しばらくは知り合いの店の手伝いでもして何とかするつもりですよ」

 ん? んん!? 今、なんと、おっしゃい、ま、し、た……!?
 オクパル……たこ焼きが、少年のお父様の故郷の味ですと? こ、これは、東の島国が日本っぽい国の可能性、倍率ドン! ですかね?
 ももも、もしかして……もしかするとですよ!? たこ焼き以外の日本食に近いものなんかも、あったり、する、の、では!?
 ……ごくり。こ、これは、少年から何としてでも情報を引き出さねばですよ!! このまま少年を帰したらいかーん!!

「お父様、ここは私たちに責任があるのですから、彼を料理人として我が家で雇うべきですわ! 優れた料理人である彼を失うのは、我が国の損失です!!」

 この後、無茶苦茶説得した。


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