ヤジキタは四つめの街で

御厨 匙

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道の肆区

四十四哩(メリーゴーランドと馬鹿笑い)

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 有機溶剤のようなニオイを数分嗅がされた。意識が朦朧もうろうとして、頭痛ががんがんと膨らむ。ショーン・ポールのダンスホールレゲエのドラミング。ワゴンは走りつづける。着メロの安っぽい六和音、チャイコフスキー《弦楽セレナード》第一楽章の出だし部分。ぼくのケータイだ。音が途切れる。男の声。
「警察は呼ぶな。余計なこといったら、てめえの彼氏のケツに腕つっこんで壊すぞ」
 別の男がバカ笑いした。喉笛に小さなナイフの冷たさ。ケータイが耳に当てられる。
「……モヨ」
『タツヤ?』竹宮朋代の声。
「……ごめん。いわないで」
 ケータイとナイフが離れた。誰かの手が、ぼくのワイシャツのボタンを外す。ぼくはもがいた。平手打ちされる。左頬が痺れる。
「顔はやめろよ。腹にしろ」
 みぞおちを殴られる。鈍痛。息が止まった。
「初モン、おれが最初に食っていい?」
「初モンじゃねえよ。どうせ、あいつがやり倒してんだろ」
 下卑た笑い。三人の男はしゃべりつづける。
「初モンじゃなくても、上玉じゃね?」
「なあ、おれ、もうガマンできねんだけど」
「今、脱がすと、移動んとき面倒だろ」
「誰にも会わなきゃいいんだべ」
「だめだ、エレベーターに防犯カメラがある」
 運転手が口をだした。舌打ち。脱がすのはいったん諦めたようだ。また有機溶剤のようなニオイ。頭痛がいっそうひどくなった。
 十五分ほど走って、ワゴンのエンジンが停まった。スライドドアがあいて、ぼくは引っ立てられた。ぬるい雨。男たちは目出し帽を外していた。見覚えのある面々。芝安吾と、仲間のルイと、髭づら。運転席から降りてきたのは、いつかの特徴のないイケメン美容師だ。ワゴンは日産キャラバン。ヘッドライトが割れて、バンパーがへこんでいた。マンションの狭い駐車場。ぼくは酔ったようにふらつきながら、エントランスへひきずられた。
 エレベーターから、住民らしき中年男が降りてきた。シバゴたちは何食わぬ顔で挨拶した。助けてください、といいたいのに呂律が回らなかった。ルイが介抱するようなふりで、ぼくの首を絞めた。中年男は薄気味悪そうなそぶりをして去った。ぼくが女だったら怪しんでくれたのだろうか。
 エレベーターが最上階についた。外廊下の一番手前の角部屋、美容師がドアをあけた。そこに連れこまれたら、おしまいだ。ぼくは余力を振り絞って階段へと向かった。けれど、六本の腕で軽がると絡めとられて、暗い室内へと運びこまれた。スチールのドアが音を立てて閉まった。

     ♂

肋骨に閉じこめられた心臓は16ビート刻んで狂う

     ♂

 あっというまに身ぐるみ剝され、ぼくは素っ裸でカーペット張りの床に突き飛ばされた。大の男四人がかりじゃ敵うはずもなかった。ケツの穴に何か挿されて、液体を注入される。まもなく腹痛がした。おそらく浣腸剤。芝賢治にも一度だけされたことがあった。ユニットバスの汚い便器に座らされる。水の流れる音とともにぼくは漏らした。ひどく冷たいシャワーで尻を洗われた。
 部屋に戻ると、ベッドのうえで黒革の拘束具を装着された。腕は後ろ手に固定され、足はM字のまま閉じておくこともできなかった。
「ゴメス、ちゃんと撮っとけよな」
「はいはい、わかってるよ」
 美容師がビデオカメラを構えていた。ほかのやつらもそれぞれケータイのレンズを向ける。電子のシャッター音。剝きだしの急所を、シバゴがつかむ。
「けっこうでかいじゃん」
「でかいうちに入んねえだろ」
「そりゃ、おまえと比べちゃな」
 ルイが脱いだ。ルイの勃起したアレはぶっとい長芋みたいだった。こんなの突っこまれたら死ぬ、と思った。
「まず、おれがトロマンつくっといてやるからさ」
 ルイに口に何か押しこまれた。ぼくのトランクスだ。クリームをすくって、ぬるぬるした指で、ぼくのケツの穴を犯す。
「あは、賢治よりも締まりいいわ」
 指が二本三本と増えた。体が火照って、心臓が跳ねる。ルイは自分のチンコにもクリームを塗った。量感のあるものがめりめりと押しいってくる。激痛。体が裂けるかと思った。ぼくは喚いたが、トランクスでくぐもった。
「おら、見ろよ」
 ルイがぼくの足を持ちあげた。長芋みたいなチンコが半分ほど肛門にめりこんでいた。芝賢治しか知りたくなかったのに。ぼくは涙を流して、首を振った。ルイは腰をがっちりつかんで、チンコを無理やり根もとまで押しこんだ。ただ、圧倒的な暴力。ぼくは泣き喚いた。男たちのバカ笑い。
「やばい、生ケツ最高」
 ピストン運動は初めから削岩機の勢いだった。ぼくはずっと叫んでいた。下腹が臀部を打つ音。ルイのアレが内臓を抉る。クリームだかカウパー液だかがグチャグチャと鳴った。性病がこわかった。ばらばらと連写のシャッター音。ぼくは目をつむって、歯を食いしばった。痛い。痛い。痛い。それでも擦られるうちに、気持ちとは裏腹に尻が勝手に揺れて、チンコが勃ちあがる。そういうふうに仕込まれたのだ、芝賢治に。
「こいつ、トコロテンすんじゃねえの」
 ルイが突く角度を微妙に変える。ぼくの体がびくんと撥ねた。その角度で執拗にこすりあげられる。腰ががくがく震えて、射精感が込みあげた。嫌だった。ぼくは懸命にこらえたけど、暴発した。精液のニオイ。情けなかった。
「トコロテンしやがった」
「淫乱じゃん」
 バカ笑い。ルイはぼくの精液を腹に塗りひろげた。
「もういいよな」
 レスラー体型の髭づらが、ぼくの口からトランクスを抜いた。ぼくの髪をつかんで、赤黒いチンコを押しつける。
「嚙んだら、おまえの歯ぁなくなるからな?」
 咥えるしかなかった。容赦なく喉を突かれる。吐き気がして、涙がぼろぼろこぼれた。シャッター音。同時にケツの穴も突かれて、わけがわからなくなりそうだった。髭づらが射精した。苦い。ぼくは咳きこんで、精液を吐きだした。
「バカ。飲むんだよ」
 髪をひっぱられる。ごめんなさい、とぼくは呂律の回らない舌でいった。
 甘ったるい煙のニオイ。上半身裸のシバゴが咥えタバコでそばに屈んだ。美容師はカメラを回しつづけている。ぼくの涙と涎と精液でぐちゃぐちゃの顔に、シバゴが煙を吹きかけた。
「賢治と何回やった」
「かぞえてない」
 シバゴはタバコの火をぼくの目に近づけた。
「何回やった」
 朦朧とする頭で、ぼくは必死に考えた。家出のまえに二回やって、十二日間の家出で一晩に平均三回はやったから……。
「たぶん、四十回くらい」
「よし。目標五十発だ」
 髭づらがいう。「そうすっと、一人あたり……えーっと」
「十二、三発だよ」
 絶望的な思いがした。五十回も犯されたら、ぼくの体はどうなってしまうんだろう。ぼくの表情に満足したように、シバゴは薄く頬笑んだ。
 ルイが痙攣して、イった。当然のように中出しだった。
「犯ってもらったら、お礼のお掃除フェラだよな?」
 髪をつかまれて、ぼくから抜いたやつを舐めさせられた。ルイのアレはしぼんでなかった。
「歯ぁ立てんな。おら、裏筋も舐めろよ」
「ねえ、そろそろ代わってよ」
 美容師がせっぱ詰まった感じにいった。シバゴは髭づらに顎をしゃくる。髭づらはしぶしぶって感じでカメラを受けとった。
「わー、さらさら。いい匂い」
 美容師はぼくの髪をさわって、鼻を近づける。ぼくは顔を背けた。美容師は髪の毛を巻きつけてチンコをしごいた。荒い息。べっとりと精液が髪に絡んで、顔へ滴った。

     ♂

栗の花臭きひとりの修羅である天上天下唯我独尊

     ♂

 足の拘束具だけが外された。奪いあうかのように、やつらは代わるがわるぼくを犯した。ユニットバスの便器に座って、キッチンの調理台に乗って、玄関のドアにぼくを押しつけて。やつらはぼくの中に注ぎこんでは、チンコで掻きだした。そして、お掃除と称して舐めさせた。こぼれた精液でぼくの体はべとべとになり、ベッドやカーペットが丸まったティッシュだらけになった。むっとするニオイ。髪の毛フェチの美容師がゴメスで、イラマチオの好きな髭づらがクマ。巨根自慢のルイに犯されるあいだは声が止まらなかった。シバゴは後背位でぼくを突きあげながら、ずっとタバコをふかした。
「おれのチンコ反ってるから、バックですると前立腺モロなんだよ」
 どこかできいたセリフ。芝賢治もこいつに犯されたのだ。ぼくのなかで怒りが甦った。でも、ぼくの意思とは関係なしに、ぼくの体は昂っていた。勝手にアレが反応して、精をこぼした。心と体がばらばらになってしまったみたいだった。
「音楽がききたい」
 ぼくはゴメスにいった。この四人のなかじゃ一番まともそうに見えたから。ゴメスはいう。
「何かかけてやろうか」
「カバンの、ウォークマン」
「おまえのカバン、車んなか」
「お願い」
 ゴメスは面倒そうな顔をして、でも服を着こんで玄関をでていった。
 休憩タイムのような雰囲気になった。ルイはトイレに行き、クマはカップ焼きそばを食べだした。シバゴはタバコをふかしながら、見覚えのあるスキットルをちびちび傾けた。中身はブランデーだろう。
 ゴメスが戻った。シバゴにキャメルの箱を投げてよこし、ぼくのボストンバッグを床に置いた。MDウォークマンのイヤホンを耳に嵌めてくれる。ぼくはいう。
「リピートにして」
 ゴメスは舌打ちした。「世話の焼けるやつだな」
 ありがとう、とぼくはいった。J.S.バッハ《マタイ受難曲》、ナザレのイエスが弟子に裏切られて処刑されるまでの物語だ。ミシェル・コルボ指揮の、一九八二年の録音だった。悲哀をおびた管弦楽に続いて、荘厳な合唱。
Sehet見よ - wen誰を? - den Bräutigam花婿を,
 Seht ihn見よ彼を! - wieどんな? - als wie ein Lamm子羊のような.
 O Lamm Gottesおゝ罪なき神のunschuldig子羊よ
 Am Stamm des Kreuzes十字架上に犠牲 geschlachtetとなられ,
 Sehet見よ! - was何を? - seht die Geduld見よ その忍耐を,
 Allzeit erfund'n geduldigいつも忍受なされた,
 Wiewohl du warest verachtetたとえ嘲りを受けようとも.
 Seht見よ! - wohinどこを? - auf unsre Schuldわれらが罪を.
 ゴメスはお使いの駄賃とばかりにぼくを正面から犯した。ぼくは顔をゆがめて、低く喘いだ。乳首に吸いつかれた。吸いあげて、嚙んで、舌で転がす。女々しい声がぼくの喉を突いた。ゴメスがキスしてきた。ねっとりとしたディープキス。四人で散々ぼくにしゃぶらせたのに、よく舐める気になると思った。ゴメスが鼻息荒くいう。
「なあ、こいつ、おれらのペットにしない?」
「もうちょい筋肉ほしいな」
 ルイがいった。クマがいう。
「いらねえだろ、筋肉。むしろ女がいい。あの彼女つれてきたかったのに、あのギターのガキ」
 百瀬新が殴ったのはクマだったらしい。ぼくは初めて百瀬に心から感謝した。竹宮がこんな目に遭わされるくらいなら、ぼくは自分が死んだほうがマシだった。
「べつにいいけどな」
 シバゴはタバコを山盛りの灰皿に躙って、ゴメスを押しのけた。どろどろのケツの穴にアレを突き挿す。ぼくはできるだけ反応したくなかった。目をつむって、声を殺す。シバゴは浅いところをこすりあげたり、奥まで突きあげたりした。
「おら、いいんだろ。感じてんだろ。もっと鳴けよ、淫乱」
 亀頭を潰されて、尿道口に爪を立てられる。声を殺しきれなかった。嫌だった。
「……芝」
「なんだよ」
 ぼくはハッとした。そうだ、この男も芝なのだった。
「賢治……!」
 ぼくは叫んだ。あいつの生前はついぞ呼ぶことのなかった下の名前。
 シバゴは醒めた目で、ぼくの首に手をかけ、力を込めた。自分の首の脈拍を感じた。苦しい。ぼくは自由になる足をばたつかせたけど、脚のあいだにいるシバゴには効かなかった。シバゴは笑いながら腰を振った。意識が遠のいて、アリアが途切れた。
 気がつくと、次のレチタティーヴォの途中だった。気を失っていたのはひとときだったみたいだ。シバゴが薄っすらと笑う。
「おまえの首、長くて絞めやすいな」
 ぞっとした。シバゴはいう。
「おれらのいうこと、きくよな?」
 うなずくことしかできない自分がいた。シバゴはぼくの腕の拘束具を外した。ぼくを首に抱きつかせて、駅弁スタイルで犯した。それをまたゴメスがビデオカメラで撮影する。
「賢治、ケンジ、けんじ……」
 犯されながら、ぼくはおまじないのようにあいつの名前を繰りかえした。それが唯一の抵抗だった。ぼくの神は芝賢治だけだ。テノールが歌う。
〽︎Gebuld耐えに耐えGebuld忍びに忍べ!
 Wenn mich falsche偽りの言葉が わが Zungen stechen胸を貫くとき,
 Leid' ich wider meine Schuld罪ありとする言葉に逆らうことなく
 Schimpf und Spott嘲りも蔑みも忍受しよう,
 Ei! So mag der liede Gottだが 愛する神は きっと
 Meines Herzens Unschuld rächenわが心の無垢を明かしてくださる.
 リピート機能が働いて、再び第一幕冒頭の合唱が始まった。

     ♂

透明な麻雀牌を掻き鳴らす八本の手に黄昏が来る

     ♂

 夕方から深夜まで、深夜から明け方まで、明け方からまた夕方まで、ぼくは四人のオモチャになった。あらゆる体位で、痴態のかぎりをつくした。四人のあいだをローテーションしながら、回転木馬みたいだと他人事のように思った。
 薄っぺらなカーテンが暗くなると、クマとルイとシバゴはシャワーを浴びた。帰り際、シバゴはビデオとケータイを手に念を押した。
「ぜんぶ撮ってあるから、余計なことは考えんなよ」
 ぼくはうつむいた。
 ゴメスはため息をついて、大量のティッシュと吸殻と食べ物のパッケージをゴミ袋に押しこんだ。あたりにファブリーズを噴霧する。ここはゴメスの部屋らしい。ぼくは体じゅう乾いた精液でがびがびだった。
「シャワー貸して」
「立てるか」
 ゴメスが手を差しだす。ぼくは反射的に身構えた。ゴメスはそっぽを向いた。
「悪かったよ。いちいち断んなくていいから、すきにしろよ」
 ぼくはふらつく足で、ユニットバスへ行った。ひらききったケツの穴にお湯を入れて洗ったけど、たぶん、何かしら病気をもらってるだろうと思った。たった四人相手するだけで死にそうなのに、十二人も相手させられた芝賢治はどんなにつらかったろう。
 ワンルームへ戻ったとき、ぼくは何かを踏んだ。車のキーだった。ハッとした。
「あのヘッドライト、人いたんじゃないよね」
「あゝ、あれ。轢いてねえよ。トモヨちゃんが邪魔するから、電柱にぶつけただけ」
 よかった。ぼくはしゃがみこんでしまった。
「とりあえず、それ着とけよ。おまえのシャツ汚れちまったから」
 ゴメスは服をよこした。だぼだぼのビッグTシャツ。気がひけたけど、ぼくは着こんだ。
「あの車、あんたの」
「そうだよ」
「あんたが手を貸さなかったら、あいつらはこういうことはできなかったよね」
 ゴメスは自嘲のように笑った。「おれも奴隷みたいなもんだからさ。おれのビデオも芝が持ってるよ」
 かつての被害者が加害者になる。やりきれなかった。ゴメスは頬笑む。
「髪、乾かしてやろうか」
 いい、とぼくはいったけど、ゴメスはドライヤーを持ちだした。慣れた手つきで、ぼくの髪を捌く。
「いいなぁ、さらさらで」
 ほんとうに髪の毛が好きみたいだった。ゴメスはぼくを抱きしめて、鼻を髪にうずめた。
「もういっぺん洗ってやるからさ。なあ、いいだろ」
 ぼくは動けなかった。ゴメスはチンコをぼくの髪にすりつけた。精液がどろりと顔まで垂れてきた。

     ♂

「家まで送ってやるよ」
 ゴメスはいった。ひとりで帰れるから、といったけど、マンションのエントランス前でぼくはしゃがみこんでしまった。体の奥の鈍痛。二十四時間以上犯されて、身も心もぼろぼろだった。ゴメスが手を肩に置く。
「無理すんなよ。車だしてやるから」
 家を知られたら、もう逃げ場がなかった。ぼくはケータイで電話した。どんよりした夕方だった。目の前の線路を帰宅ラッシュの電車が走っていく。呼出音が切れた。
「すいません、メグさん。助けてください」
『どうした』
「動けなくなっちゃったんです。迎えに来てもらえませんか」
『どこだ』
「えっと、保土ヶ谷の、東口のほうの……」
 ゴメスがぼくのケータイを奪った。
「あゝ、メグちゃん? 悪いね、きみの後輩ケツが痛くて動けねえってよ。西久保町のマンションの前だよ」
 ぼくは息を飲んだ。目黒秀気がなんと返事をしたのかはわからない。ゴメスは笑った。
「ちょっといつもの四人で遊んだだけだよ。いい尻だったぜ」
 ゴメスは通話を切って、ケータイをぼくに投げ返した。ぼくはどんな顔をして目黒に会おうか悩んだ。
 二十分後、ヤマハJOGジョグで目黒はやってきた。二ストロークのエンジン音。ジェットヘルメットのシールドをあげて、ゴメスにガンを飛ばす。
「おれ、借りたもんは返す主義ですから」
 ゴメスは薄く笑って、エントランスへと消えた。目黒は何もきかず、シートをあけて、ぼくに予備のヘルメットをよこした。ぼくは唇を嚙んで、顔をあげる。
「あの、メグさん、もうひとつ頼みがあって」

     ♂

「いいんだな?」
 仏向町のメグロ理容店二階の六畳間、目黒はもう一度きいた。ぼくは正座でうなずいた。ヸヸヸヸヸヸヸヸヸィー……! 懐かしいバリカンの音。ぼくの頭から髪の毛が剝がれていく。髪をつかまれてイラマチオされるのも、髪に射精されるのも二度とご免だった。芝賢治が坊主頭でいた理由がわかった気がした。
「ありがとうございました」さっぱりした頭を、ぼくは撫でた。「芝安吾以外の三人の名前って、わかりますか」
馬場ばばルイ、熊谷くまがいアツシ、牛込うしごめトクロー。牛込はゴメスって呼ばれてる。四人でテリブル・フォーとか名乗ってて、女さらったりしてるとはきいたけど……」
 目黒は口ごもって、三毛猫のQ太郎を撫でた。ぼくはみずからの肩を抱いた。人にいえないところが痛かった。
 目黒は七分袖を捲った。右肘の手術痕。「紀州犬けしかけたのも、あいつらだよ。熊谷のジジイが飼っててさ。賠償請求したけど、踏み倒された」
 ぼくは息が苦しくなった。ぼくはうつむいて、ケータイを確認した。竹宮からメールが来ていた。
 
 
 ぼくは目黒にメールを見せた。
「竹宮も、さらわれるところだったんです。でも、たまたま百瀬がいて」
 目黒はケータイを畳んで、刃物のような目をした。

     ♂

 目黒は家まで送ってくれた。二階の部屋、自分くさいベッドに転がったら、緊張の糸が切れたのか、涙がでてきた。枕に顔を突っこんで、声を殺す。
 腕にルドルフの毛皮を感じた。ざらりとした舌が懸命に手を舐める。慰めてくれるのだろうか。ぼくは黒猫を抱きかかえた。
 熱い舌に、数時間まえの輪姦がフラッシュバックする。嫌でたまらないのに、体の芯がかっと火照る。ぼくは勃起した。感情と欲望が一致しなくて、ぼくは自分自身がわからなくなった。

     ♂

道化師の泪なほくろこすっても擦ってもまだ実在レアル根拠グルント
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