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18‐3 雨乞いの宴(後編)
しおりを挟むカイエンの話を聞いた俺は思わず顔を顰めた。
雲が大陸に流れてこない理由はラオに風向きを操られているからだという。
「確かに辻褄は合うな。それも風の精霊を宿した魔族である根拠ってことか」
「はい。我輩もロジン様に言われるまで気づきませんでしたが、言われてみればこれほど雨が降らない日々が始まったのはラオが現れてからなのです」
「カ、カイエン殿、それは『憶測に過ぎぬから口外無用』と言われていたではありませんか。ロジン様が話されるならまだしも出しゃばるのは良くありませんよ」
「リャンキよ。我輩はお叱りを受けても構わんと思っておる。セイジ殿はそう軽々しく吹聴して回るなどということはせんよ。考えは共有しておくべきだ」
カイエンよ。残念ながら俺は民に公表するぞ。
ラオは悪いことしてるんだから、ちゃんと悪者になってもらわんと勿体なかろうて。そうすることでリュウエンが軍を起こしやすくなるのは間違いないからな。
しかし、まさかラオが海風を抑えていたとは。
地表が熱せられれば気圧が下がって海風が吹くってのが元の世界では常識だった。異世界だからだろうと済ませていたが、どうもそうではなかったようだ。
道理で波が穏やかな訳だよ。凪ってほどじゃないが、それに近かったから不思議に思ってたんだよな。朝夕ならともかく俺が海に出たのは昼過ぎだったし。
「もしかすると、ラオは精霊を宿していることを公表する気なのかもな。リュウエンを取り戻せなければ自分が帝位を簒奪する気でいるんだろう」
皇帝が無能であると示し、帝位を簒奪後に風向きを変えて雨雲を呼ぶ。
そうすりゃ初代皇帝と同じく敬われるって寸法だ。
「そ、そんな。それではセグウェイが危険ではありませんか!」
リュウエンが焦った様子で言った。簒奪者だと思ってたときは怒ってたが、事態が明らかになるにつれて弟を救ってやりたいという気持ちが大きくなったようだ。
誤解が解けて家族に対する考え方が変わってきているように感じられる。このまま関係が修復されていくことを願いながら、俺はリュウエンの肩に手を置く。
「慌てるなリュウエン。まだその時じゃないはずだ」
「ううむ、流石ですな。ロジン様も同じことをおっしゃられていました。その段階に移るのは我々を始末してからだろうと。陛下を取り戻せば中止するでしょうが……」
「ああ、そうだな」
リュウエンが魔族になればその必要がない。それを強く望んでいるからラオは帝位簒奪を実行していないんだろう。国が乱れて捜しにくくなるかもしれないからな。
ラオはよほど魔族の仲間が欲しいようだ。
器がある人の体ってのは精霊にとっても貴重ってことか。
やっぱり、目的は魔族の国を作ることなんだろうな。メリッサから話を聞いてなかったら俺もリュウエンと一緒になって焦ってたかもしれん。
「まぁ、今はやれることをしよう。民が来たみたいだぞ」
民の先頭集団がぞろぞろと砂浜にやってきた。
とりあえず、飯の準備を始めるとするかね。
それから数時間が過ぎ──。
塩と真水。焼き魚の切り身をぶち込んだ野菜のスープ。
たったそれだけの食事が民たちを大いに喜ばせていた。
結局、俺は食材を渡す以外はほとんど何もせずに済んだ。火魔法使いが薪を使って火種を作り、何人かの女たちがてきぱきと料理を始めたからだ。
なんか、俺やリュウエンに働かせちゃ駄目みたいな雰囲気が出ていた。リャンキとカイエンは特に何も言っていないらしいが、民からは敬われている感じがした。
食器もそれぞれが木製の椀と匙を持ち歩いていた。
そうなるようにリャンキが配慮してくれたようだ。
「助かったぞリャンキ。考えてもみなかった」
「いえ、当然のことです。言われずとも不足を補うのが我々の役目ですので」
雨が降らないので野宿はさほど問題にはならないそうだ。火を絶やさず寝ずの番を置いて行うとか。それ以外にも、ここに来るまでの間に規則が色々と考えられていた。
「いかんな。俺は飯をどうにかすりゃ大丈夫としか考えてなかったわ」
【マスターの考えは的を射ていますよ。実際、民にとってはそれが一番の問題です。飢えと渇きを満たせなければ、ただ死を待つだけですから。他は些事に過ぎません】
「エレス殿の言う通りです。二つの村の民が全員行くと言っていましたから。むしろ残すのに苦労したほどで。農村はともかく、南の村は百人ほど残ってもらいましたよ」
集った民の数は二百五十人。リャンキの話によると、どちらの村も俺とリュウエンの名前を出すとあっという間に希望者が殺到したらしい。
俺たちに救われたことに感謝し、力になりたいと言ってくれたようだ。
良いことはするもんだね。なんて簡単には思えない。俺は食い物を目当てに集まってくるだろうと思っていたことを恥じた。民の皆さん見くびってましたすみません。
それでまぁ、丁度良いというと不謹慎ではあるんだが集団葬儀も行うことにした。民と兵士の遺体を砂浜に並べ、皆に別れを告げる時間を与える。
葬儀を取り仕切るのはリュウエン。民は墓も何もなく、亡くなれば近親者が別れを告げ、遺体を森などに置いて野晒しにするのが常らしい。自然に還すとのことだ。
それゆえにというか、皇帝が遺体の前で跪き両手を組んで祈る姿は民を大いに驚かせ、また心を打ったようで、感激して涙する者も多くいた。
真っ赤な夕陽と、それを背に祈るリュウエンと大勢の民たち。静かな波音を聞きながら遺体に向かい伸びる影を複雑な思いで見ていると、エレスが声をかけてきた。
【マスター、何か思い悩むことでもおありですか?】
俺は見透かされたことに苦笑する。
流石に魂が繋がってるだけのことはある、か。
「まぁな。葬儀まで人気取りに利用してるような気分になってな」
【それは結果論です。偶然そうなったというだけで、最初からそのような意図を抱いていなければ心苦しく思う必要などありませんよ。現にマスターは寂しそうです】
「そうか。ありがとなエレス」
俺は両親の葬儀を行った後のことを思い出していた。
ふとしたときに思うんだ。
ああ、そうか。もういないんだなって。
別れが突然だったからかもしれない。遺体は荼毘に付し骨壺にも墓にも納めたが、どうにも信じられなかった。まだ何処かで生きているような感覚が抜けなかった。
一年はそんな感じで過ごした。
きっと、彼らもしばらくそういう日々を過ごすのだろう。
大切な人との今生の別れってのは、本当に寂しいもんだよな。
俺も冥福を祈るよ。どうか安らかに。
リュウエンが祈りを済ませると、不意に一人の女が歌い始めた。それを皮切りに、まるで故人を明るく送り出そうとでもいうように民たちが歌や踊りを披露し始めた。
バッカンで高濃度塩水を煮詰めている民もまた歌い踊る。
「おいおい、こりゃ一体、何が始まったんだ?」
【リュウエンの祈りが民に感謝の宴を始めさせたのではないでしょうか?】
「ははっ、そういうことか。なんだか本当に雨乞いみたいだな」
【うふふ、マスターが意図した通り、恒例行事になるかもしれませんね】
「そうだな。そうなったらいいよな」
俺はしばらく民たちと共に踊る幼い皇帝の姿を見つめていた。
この国の未来が明るくなることを願いながら。
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