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12‐2 農村にて(後編)
しおりを挟む「大丈夫か?」
リュウエンの背を撫でて吐き切るのを待ってから訊くと、地面にポタポタと滴が落ちた。それもあっという間に大地に染み込み乾いてしまう。
干ばつの脅威に思わず眉を潜める。吐瀉物さえ水気が抜けていた。
やがてリュウエンが声を絞り出すように言った。
「これは、これは私の所為なのですね……」
「おい、それは違うぞリュウエン。この村がこうなったのは馬鹿な大人の所為だ。さあ、もう気は済んだだろ? ここはおじちゃんに任せておけ。お前は休んでろ。な?」
責任を感じている様子のリュウエンを抱き上げ足早にコンテナハウスに戻った俺は、メリッサに事情を説明し、すっかり意気消沈したリュウエンを託した。
「言葉が通じないが大丈夫か?」
「問題ないよ。セイジを見てるんだ。すぐ立ち直るって」
「俺を見てるのは関係ないだろ」
「ヘヘっ、自覚がないのも考えものだねー。まぁ任せときなよ」
「頼む。悪いな」
面倒ごとばかり引き受けさせて申し訳なく思いながら再び農村に向かう。
【マスター、〈踏破マップ〉の使用を進言します】
「ん? おう、わかった」
ホログラムカードを顔の左斜め前に固定する。ちなみに今回はしっかりツナギを着てポチを装着している。とても暑いが仕方ない。エレスが不満そうだったからな。
「しかし、エレスはポチのことになると厳しいよな」
【お留守番ばかりでかわいそうですから】
「そりゃ言えてる。最近くっついてなかったしな」
【そ、それは関係ありません】
関係あるようだ。
やっぱりエレスはポチに入った状態で俺と接触したいんだな。
もう随分と撫でてないしな。寂しかったんだろう。
あとでエレスの気が済むまでポチを撫で回そう。
「ところで〈踏破マップ〉を使う理由は?」
【生存者がわかります】
「生存者か。伊勢さんがいれば亡くなった人を全て復活できるのにな」
【死体をストレージで保管しておけば可能かと】
「ああ、そうか。復活云々は置いといて、疫病とか流行っても弱るしストレージに死体を回収していくか。ロジンの情報収集はそれからだな」
しばらくして農村に到着した俺は、ゴブリンを含め村の中にある死体を全てストレージに回収した。〈踏破マップ〉は死者が灰色で示されるので非常に便利だった。
生存者がわかるってことは、死者もわかるという仕様だった模様。
これだけ使っておいて初めて知ったよ。
ざっと〈踏破マップ〉を確認したところ、この農村は二百人くらいの人が生活していたようだ。五十人ほどは亡くなっている。
残りの村民は家の中に引きこもっている状態で、最寄りの家の点は一切動いていない。これはなんだか怪しいと思い板戸を勝手に開くと中で女が倒れていた。
麻の貫頭衣に腰紐を巻いただけの格好で、目は虚ろ。頬がこけて唇が乾燥している。そしてはぁはぁと忙しく頼りない呼吸を繰り返している。
「脱水症状どころじゃねぇなもう」
俺はストレージからマグボトルを取り出して蓋を開け、女の頭を少し持ち上げゆっくりと水を飲ませた。最初は唇を濡らすように、じわじわと口に含ませていく。
そのうち女の手が動いてマグボトルを握ったので、体を起こすのを手伝った。こくこくと喉が動いて、女はあっという間に水を一本飲みきってしまった。
ただ、まだ息は荒く動くのも辛そうだ。
無理もない。家の中も外よりはマシとはいえ暑い。
そして臭い。衛生的に問題がある。
「こりゃ無理だな。対処できん」
この村にいる全ての人に同じことをすればストレージに入っている水を使い切ってしまう。そんな真似をすれば俺とメリッサが困る。
「エレス、なんとかできんもんか?」
【マスター、忘れておられませんか? この世界には魔法が存在しますよ】
言われてハッとした。
村の中で動いている点は、水属性の魔法が使える村民ってことか。MPが足りず村民全てに水を与えることができなかったとすれば対応可能だ。
メリッサ用に魔力回復剤を大量にストレージに入れてある。
それを配れば水不足を解決できる。
「ナイスだエレス。どうにかなりそうだ」
【お役に立てたようで何よりです】
俺は朦朧としている女を置いて、急いで動いている点のある家に向かった。
最初に入った家の青年に声をかけ、魔力回復剤の援助を申し出たところすぐに水属性の魔法を使える村民を集めてくれた。彼らは薬を手にするなり村中を駆け回った。
「おい、いぎでっがー!? 水だぞー!」
「偉ぇ人がたぁすけに来でくれだどー!」
「お前ぇら水出しすぎんなやー! 目眩すだら薬飲めー!」
井戸が干上がって、手を拱くしかなく歯痒い思いをしていたそうだ。
見りゃわかるよ。切歯扼腕だったってのがな。
彼らは感極まったように大声を上げ、笑顔で泣きながら救助していた。
「エレスの助言通り、水属性の魔法を使える村民が二十人ほどいたな」
【規模に見合っていません。倍は必要です】
「そういうことも考えてないんだろうな。国が指導すれば……」
やがて──。
俺は最も大きな家へと案内された。それでも土間と板張りの十五帖一間だ。村長の家とのことだったが、その村長はまだ青年で他の村人と変わらず痩せ細っていた。
村長は駆け回っていた青年たちと共に正座し俺に平伏した。
「どごのどなだか存じませんが、ありがとうごぜぇましだ!」
もてなしもできずに申し訳ないという口上が続いたが、ここでそんなことを要求する奴はいねぇと思うんだ俺は。いたら文字通り人でなしだよ。
その後は、訊いてもないのに話が始まり『食べ物も水も他の村民を優先しろ』と言って誰より先に亡くなったという立派な前村長の話を聞かされた。
道理で今の村長が若い訳だよと納得しつつ、話の切れ目で俺はロジンについての質問をした。「五十代ほどで鋭い目をした長い髭の男が村を訪れなかったか?」と。
すると大当たり。その特徴と合う男が五日前に村を訪れたという。
「五人で馬ど馬車で来で、みんな怪我すでますだ。一件ずつ家を訪ねで回っでがら、『他に村があるが?』ちゅうで訊がれだもんで、教えたら出ていがれますだ」
南に向かえば隣村があると教えたらしい。ただすぐ側に柄の悪い連中が多く住む山の集落もあるとのことで、行くのは止めた方がいいと止めたのだとか。
「あの方々も、水や食べ物を分げでくださいますだがら、おらたづ心苦すぐで、心苦すぐで。まさか、あなだ様も行がれるのですか?」
「その人に用があるんでね。有益な情報ありがとう。それじゃあ」
俺はさっさと村長の家を出て、エレスに小声で頼んでストレージからサツマイモに似た芋とカボチャに似た野菜の入った袋を五袋ずつ置いて、逃げるように村を出た。
一袋十キロで計百キロ。
わあわあと後ろで感謝の声が上がったが、俺は全く喜べなかった。
あの程度、二日もすればなくなるだろう。
この村は間違いなく冬を越せない。
何か方法がないだろうか?
また余計なことを考えたからか、いつの間にやら頭を掻いていた。
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