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12‐1 農村にて(前編)
しおりを挟む翌日は色々と作業をこなす為に一日を費やすことになった。
メリッサはバギーのメンテナンスや各種バッテリーの充填。
あとはリュウエンのツナギの調整など。
エレスはウェアラブルデバイス化したポチと共に周辺の偵察。
近隣にある農村を探してもらう。
俺は家事全般と、〈アナリシス〉で武器耐久値の確認を行ったり、リュウエンに昨日メリッサとしていた推測について話したりなどして過ごした。
リュウエンは俺とメリッサが出した推論にほぼ反論の余地がないと悲しい顔をした。やはりラオから話を聞かされていただけで自分で調べてはいなかったらしい。
調べようにも身分が邪魔をして身動きが取れなかったようだ。皇子の頃から何をするにも側近が付いている訳だから、そんなこと言われてもって話だよな。
ただ、ロジンと正室の不義に関しては怪しさが残ると言った。一度ラオに連れられてロジンが後宮にある正室の部屋を訪れているところを見せられたそうだ。
このとき俺はリュウエンが実母のことを『正室』と呼ぶ意味を覚った。
本来、正式に呼ぶならば『皇后』で、家族としてなら『母上』だろう。
ずっと『正室』と呼んでいるのは母親と距離を取っている証だ。
不信感が募り、母と思いたくないのだろう。軽蔑していると同時に、捨てられたような気持ちも味わっているのではないかと寂しげな表情を見て思う。
一年ちょっと前に父親を亡くして悲しみ、母親の不義を疑い苦しみ、記憶を失って奴隷生活を強いられて、信頼していた側近が裏切り者って踏んだり蹴ったりだよな。
大厄の俺より災難続きだろ。
あんまり気の毒だったので、リュウエンを元気づける為に外で遊んだ。
軟質ウレタン製の棒で剣の稽古だ。まさかメリッサが娯楽用に放り込んでいたスポーツ用品が役に立つことになるとは思わなかったよ。
途中でメリッサも参戦。
ケツの叩き合いが始まる。
農民からしてみれば地獄だろうが、太陽は何の影響も及ばない俺たちには清々しい気持ちを与えてくれる。炎天下での運動は脱水症状に気をつけましょう。
楽しく笑いながら体を動かせばより爽快。それにしっかり腹も減る。飯を食って風呂で汗を流してぐっすり休む。それで暗い気持ちも幾らかは晴れるってもんだ。
という訳で更に翌日──。
俺たちはエレスとポチが発見してくれた農村へと向かった。
【覚悟しておいて下さい】
「わかった」
こっそり教えてくれたエレスの一言でもうわかる。
すごく嫌な予感。
今回は拠点の移動も兼ねているのでメリッサも一緒。バギーの運転席にはゴーグルを着けたメリッサ。助手席にはリュウエンを抱えた俺が座っている。
ぴったりの大きさにリメイクされたメリッサお手製のツナギを着用したリュウエンは「親子みたいで嬉しいです」と少し恥ずかしそうに涙ぐんで言った。
俺とメリッサは顔を見合わせて苦笑した。
そんでもって二人でリュウエンの頭をわしわし撫でまわしてやった。
最初は力を取り戻すまでって約束だったんだがなぁ。
いつの間にやら皇帝の座を奪還する流れに近づいているという。
そうなる予感はしてたけどな。
とかなんとか思っている間に農村付近に到着。
バギーから降りてストレージに収納し、街道とも呼べないような道の痕跡の脇にコンテナハウスを設置。地面が平坦じゃないと置きたくないから場所探しにも気を遣う。
例の如く魔導光学シートでコンテナハウスがステルス性能を発揮したところでメリッサに手を振ってリュウエンと共に出掛ける。
本当は一人の方が気が楽なんだが、「農村の状況を目にしておきたいのです」なんて言われちゃ断れないのよ。立派なことだと思うんだけども。
おじさんとしては嫌な予感がしてるから見せたくないなと思っていたら想像の上を行かれた。農村は思った以上に困窮していて目を覆いたくなる惨状だった。
村を囲っている柵は歪な木の板が並べてあるだけ。壊された箇所がいくつもあって、乾いた田んぼで隙間を作った萎れた稲が揺れている。
茅葺き屋根の家に寄りかかる子供の死体にブンブンと蝿がたかり、畦道の老爺の死体には餓鬼のように腹ばかり膨れて痩せ細ったゴブリンが食らいついている。
そのゴブリンも不意に胸を掻きむしって呻きだし、それから間もなく倒れてしまった。飢餓状態で貪り食うと死ぬ。それはゴブリンも同じなようだ。
そんな冷静な観察ができてしまうのは俺が精神構造をいじっているからで……。
リュウエンは地獄のような光景と死臭に噎せて傍らで吐いていた。
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