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第十話

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「終わってみれば呆気ないもんだったねぇ」

 ノルトエフの運転する車内のリビングで、だらしなくソファに腰掛けているイリーナが言った。テーブルに置かれた菓子を食べながら、下着姿で大股を開いている。

 そんな母の姿を見慣れているソニアは、さして気にすることもなく答えた。

「デッカード元帥が自殺したからね」

「それそれ。あのタイミングで自殺ってのは怪しくないかい? 暗殺だろぉ」

「だとしても、私たちにかかってた嫌疑もすべて晴れたじゃない」

 ソニアは仰向けに寝転がってはいるが、それでもイリーナよりは行儀が良かった。お腹の上で手を組み、几帳面に真っ直ぐになっている。

 イリーナはそんなソニアの下着姿を目を細めて見ながら菓子を摘む。

「ちょっとだけ、膨らんできたかねぇ?」
「なんの話?」
「ソニアのお胸」
「え、本当?」

 ソニアは頭を上げて顎を引き、自分の前面を確認する。

 その視界に平坦な白い肌着が映る。やや膨らんでいるのはお腹の方だ。

「ありゃ、お腹だったかな?」
「マム、そういうの良くないわ」
「いっひっひ、悪かったねぇ」

 ソニアは呆れたように溜息をこぼす。この数日、イリーナはずっとこの調子だった。おそらく、暇を持て余しているのだろう。と、ソニアは思う。

 ガルヴァンの死後、ラスコールは一気に形勢を逆転させた。

 イスタルテ共和国の各地で、ガルヴァンとカスケルの息子を含む集団がこの車を襲ったときの映像や、ヒノカの遺した手紙の内容が報道され、二十五年前に起きた侯爵家毒殺事件の真相までもが報道された。

 ガルヴァンの遺書とされる手紙の内容も公開され、そこに書かれていたカスケルとバイアレンは捕縛された。現在は息子と共に牢獄に繋がれている。

「だけどまぁ、乱れたっちゃあ、乱れたよねぇ」

「マム、それは仕方ないわ。溜め込んでた悪事が噴出すれば、必ず被害に便乗する者が出てくるんだもの。イスタルテ共和国なんて特にじゃないかしら?」

「なーに言ってんだい? あんたはイスタルテしか知らないだろう?」

「本で読んだのよ」

 ソニアは嘘を吐いた。一度目の新世界の記憶から情報を引用しただけだ。

「イスタルテ共和国は治安が良いし、民度も高い分、日和見主義者が多いのよね。気遣いが過ぎて、言いたいことも言えない人が多いって」

「ああー、それはあるねぇ。顔色窺う人は確かに多い気がするかなぁ」

「報道で、自殺者も多いって。あんなに栄えて幸せな街ばかりなのに、そうなるなんて不思議よね? 平和がそうさせるのかしら? それとも、そういう人たちばかりだから平和なのかしら? 長いものに巻かれてるから、いざ解けると解放感でおかしくなるのかもしれないわ。仲間外れになりたくないとか、そういう理由で」

「皆が被害を訴えてるから自分も被害者ぶりたいって? そんな奴いるかね?」

「思いを共有できないと不安になるんじゃない? それまでとは事態が反転する訳だし、乗り遅れて浮いたら白い目で見られるとか、そういうことを気にしてしまうのだと思う。だから嘘を吐いてでも被害に遭ったってことにして集団の一部になろうとするのよ。そういう人って、気の毒よね」

「まぁねぇ。だけどさぁ、たった一人で大軍相手に挑んだって勝てる訳が──」

 イリーナは言葉を止めてぴしゃりとおでこを叩いた。「あー……」と思い当たる節があるようなそぶりを見せる。ソニアは寝たまま小首を傾げた。

「どうしたのマム?」

「いや、なんというか結局は強けりゃどうとでもなるんだなぁと思ってさ。今回の件にしたって、権力者が事件を揉み消してたろ? 我が身可愛さに口を閉ざすってのは、仕方ないと思うんだ。でもねぇ、もしそれをする必要がないくらいに物理的に強けりゃさぁ、あっという間に解決しちまってたなって」

「暴力的な解決だと内乱や他国の介入があると思うけど」

「そうなんだよねぇ。だけどそれも未然に防ぐだけの強さを発揮するとさ、不思議と収まっちまうもんなんだよね。そういうのを平気でやっちゃうジジイがいたんだよ」

 ソニアが起き上がりイリーナと対座する。これまで聞いたことのない話だった。

「誰のこと?」

「ダディとアタイが仕えてたゲイロード帝国初代皇帝。つっても、アタイらはジジイが皇帝になった翌日には出奔しちまったから、それっきりなんだけどね。今頃、どうしてんのかねぇ。まだ生きてたら八十かぁ。流石に隠居してるよなぁ」

 両親が誰に仕えていたかを初めて知ったソニアは、その後も興味深げに話を聞いた。

 基本的にソニアは両親の過去については当人たちが話し出すまで訊ねることはない。両親がアリアトス聖教国を出奔したという事実を知っているからだ。逃げ出したからには理由がある。思い出したくないこともあるだろうと、あえて触れないのである。

 だが話し出せばもう遠慮する必要はない。

 ソニアはそう言いたげに色々と質問して深堀した。

「あんたの知りたがりって、絶対にダディに似たよねぇ」

 イリーナは苦笑しつつも、訊かれるままに思い出を語った。

 車は現在、建築資材と社員を乗せたGS社の物資輸送車と共にノエラートと六氏族国家同盟リウトライブユニオンの国境沿いにある軍事基地跡地へと向かっている。

 ノルトエフ一家はラスコールからの依頼という名目で物資輸送に協力しているのだが、それを行うのは一度だけ。基地跡地に資材を受け渡した後は、六氏族国家同盟リウトライブユニオンに属するスウ氏族国家トライブへと向かう予定になっている。目的は近隣国家ではそこにしか存在しない神門の見学とダンジョン探索。要するに観光旅行なのだが──。

 ソニアは知る由もなかった。
 そこに悪戯好きの神が用意した出会いという名のプレゼントがあることを。(了)


────

【あとがき】

 お読みいただきありがとうございました。
 これをイスカとソニアの二人が出会う以前の話として完結させることにしました。
 続きは別の小説として書く予定です。
 2023/10/10完結。
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