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第十話

ソニアの涙

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 ラズグリッドに帰還したソニアたちは、GS社のラスコール社長、そしてその娘のスカーレットと護衛のシンと共にGS社と懇意にしている医療施設に訪れていた。

 縦に設置された大型カプセル状の再生医療装置。その中に収められ、空色の再生促進液リグロウリキッドに浸るヒノカの焼死体が徐々に回復していく。それをソニアは皆と共にいる別室の窓越しに見ていた。二度目の新世界だが、初めて見る光景だった。

「ソニア、ずっと見てるね。あれに興味あんのかい?」
「見たことがないから、観察してるのよ」
「あれ、アタイも入ったことあるんだよ」
「そうなの? マスクも何もつけてないけど、苦しくないの?」
「んー麻酔で寝てたからねぇ……」

 二人が窓際でひそひそと話していると、ノルトエフがソニアの横に立った。

「マムはマスクをしてたよ。あれは遺体だからしてないだけだ。ついでに言うと裸でもない。患者の場合は医療用の着衣を身に着けて再生促進液リグロウリキッドに浸かるんだ」

「へー、そうだったんだぁ。アタイはこれ見て、すっぽんぽんになってたんだとばかり思ってたよ。大して気にもならないけどさ」

「気にしてくれ。愛する嫁さんをおかしな目で見られるのは俺が嫌だからな」

「あ、うん、き、気にします」

 イリーナは顔を覆って俯く。またも耳まで真っ赤になっていた。ソニアはそれを見て微笑んでから、ノルトエフに顔を向けた。

「ダディ、ヒノカを再生した後はどうするの?」

「名前で呼ぶのはよした方がいい。思い入れが出ると辛いぞ」

「そうは言っても、彼女はヒノカだもの。事実は変えようがないから。それより、質問に答えて。検死解剖するって訳でもないんでしょう?」

「それはワタクシが説明させていただきましょう」

 ノルトエフとは逆の方向から高めのふくよかな声がした。ソニアが振り向くと、部屋の扉の側に白衣を着た老いた小柄な男性が立っていた。

 IV総合医療施設メディカルセンターの総責任者イグオル。白髪で額から頭頂部のはげ上がったアフロのような髪型と鷲鼻に載った丸眼鏡、ふっくらとした顔と体型が特徴の六十五歳。

「おお、イグオルさん、すみません助かりました」

 すぐにラスコールが歩み寄り会釈する。イグオルは穏やかそうな顔に困ったような笑みを浮かべ、謙遜するようにかぶりと手を同時に振る。

「いやいや、こちらこそ申し訳ありませんです。今日は爵位持ちが不在でしてな、ワタクシしかグッドスピード卿の相手が務まらんので、そこはご勘弁を」

「何をおっしゃいます。願ったり叶ったりですよ」

 二人が笑い合う。そこにソニアが割って入る。

「イグオルさん、でいいの?」
「うむ、構わんよ、お嬢ちゃん。説明が聞きたいんじゃな?」

 ソニアが頷くと、イグオルは嬉しげに大きく頷いた。

「あの遺体を再生させておるのは、脳の記憶を司る部分の再生修復と、遺族に引き渡すときの配慮の為なんじゃよ。調べるだけなら脳を取り出して渡せば終わりなんじゃが、お嬢ちゃんのパパが、ご遺体のご家族にショックを与えたくないと言ってね」

 ソニアが振り返りノルトエフを見ると、その顔は頬を染めた仏頂面になっていた。隣に立つイリーナが、にやけた顔をして肘で軽く小突く。

(相変わらず仲が良いわね。うちのダディとマムは)

 ソニアは軽く笑ってイグオルに向き直る。

「脳の記憶をアウトプットできる装置があるということでいいかしら?」

「おお、賢そうだとは思っておったが、その通りだったようじゃな。如何にも。記憶野に溜め込まれた視覚映像を魔素に変換し、抜き取る魔道具があるんじゃ」

「それを保存放映する装置があるということね」

「末恐ろしい子じゃな。如何にも。専用の記録媒体に移し、それを映写機でスクリーンに映し出すんじゃよ。犯罪捜査などで使われるんじゃ」

「費用が嵩むから、余程のことがない限りは使われることはないがな」

 ラスコールが目を柔らかく細めて言いソニアの頭を撫でる。

「本当に賢いな。うちの馬鹿娘にも見倣ってもらいたいもんだ」

 部屋の端で壁に背を預けていたスカーレットが舌打ちする。だが隣に立つシンが何かを耳元で囁くと、途端にしゅんとして「ごめんなさい」と呟いた。

「兄さん、聞いてた話とずいぶん違わないか?」
「ちょっとあってな。シン……俺の優秀な護衛のお陰だ」
「なるほど。それなら納得だ」
「だねぇ。ありゃ敵に回しちゃ駄目な奴だわ」

 佇むシンをそう評する三人の会話を聞きながら、ソニアは誇らしい気持ちになっていた。一度目の人生で、シンはパーティーメンバーだったのである。

 微笑んでじっと見つめるソニアに気づいたシンが微笑みを返す。
 それを見て、ソニアは不意に泣きそうになる。

 シンは息子と同い年で、最も気遣いのできる少年だった。旅の中で、どれだけ救われたかわからない。いつの間にかもう一人の息子のように思っていた。

 そのシンが、最後のダンジョン最下層の戦いで死んだ。

 息子と共に自分と娘を庇って。光線を浴びて蒸発し血煙になった。

 放心しそうになる喪失感と嘆きを、涙を流しながら怒りで塗り潰した。

 歯を食いしばり、血反吐を吐きこぼしながら戦い抜いた。
 誰が死んでも、止まらずに。

 そして勝った。

 跡形もない仲間たちの血で濡れた地面にへたり込み一人叫んだ。
 それは生まれてから一度として上げたことのない慟哭だった。

 だが──今シンは目の前で生きている。

 あのときより成長し、立派になっている。もう大人だ。

(まさか、成長した姿が見れるなんて……)

 苦労が報われた気がした。気づけば涙がこぼれていた。

(あれ……? なんで……?)

 不思議に思ったが、溢れ出すと止まらなかった。
 ソニアは赤ん坊の頃を除いて、初めて声を上げて泣いた。
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