【完結】イスカソニア前日譚~風と呼ばれし不羈のイスカと銀の乙女と呼ばれしソニアが出会う遥か前の物語~

月城 亜希人

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第九話

神の惜別

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「彼女は一度目の人生の家族を、この新世界レクタスで再現するつもりなんだよ。多くの命を犠牲にしてでも、自分の望む世界のために」

 フェリルアトスがそう言った直後、俺は寒さに凍えるような姿勢で叫んだ。

「重たっ! なにそれ重たい! 怖い怖い怖い!」

「だよね。それは同意する。僕も怖気立ったもの」

「おまっ、お前さぁ……」

「いや、ごめんて。でも本当にやるって聞かないんだもん。超頑固なんだよ彼女」

 前世の記憶を振り返る。ほんの数十分行動を共にしただけだが、フェリルアトスの言わんとすることがなんとなく理解できた。頑固とは違うが強引だ。そして人の要望は聞かない。聞く耳持たない。とにかく我が道を行き、他を圧倒する。

「確かにあいつを止めるのは骨が折れそうだ。天上天下唯我独尊を地でいってる感じがする。考えてみれば神でも無理なんだもんな。どうすんだよ」

「大丈夫、君ならできる」

「おまっ! ふざっけんなよ!」

「君の取れる選択肢は二つに一つ。彼女を受け入れる。或いは受け入れない。後者の場合、君は一生を逃亡者として過ごすことになるだろう」

 フェリルアトスがニヤリと笑う。こいつ、まさか──。

「なぁ、俺の予想だけどな、お前、これ悪戯仕込んだだろ? 巡り会いには干渉しないとか言っておきながら、俺をあえてあいつの近場に呼び出したな?」

「ギクッ」

「口に出すなよ。初めて見たぞそういうことする奴。恥ずかしいと思わないのか?」

「やめろよ! そういうこと言うの!」

 叫ぶなりボフンと煙にくるまれ、フェリルアトスが見覚えのあるスーツ姿の子供に変わった。片手に持った山高帽を被り、その位置を整えてから咳払いする。

「君は、神域に招いた中で最も僕に対して遠慮のない男だ。そして君の妻だった彼女は最も遠慮のない女だ。僕は君たちがお似合いだと思ってる」

「だから取り計らったと? 口では厳しいこと言っといて温情措置を取ったって言いたいのか? お前が? 本当に?」

 俺が疑いの眼差しを向けると、フェリルアトスは顔を背けて口笛を吹いた。

「お前、真実を知った俺があいつの愛の重さに耐え切れずに逃げ出す状況を作ろうとしてるだろ? そんで追いかけ回されるのを見て楽しむ気だな?」

「ばっ、馬鹿言うなよ! いくら僕だってそんなことするもんか! 疑うにも程があるだろ! 君はどこまで他者を信用してないんだよ!」

 俺は思わず吹き出して笑った。フェリルアトスはどこまでが本心かわからない。だけど多分、こいつは優しい。あの女子生徒のことを大事に思ってるんだ。口では干渉しないと明言しておきながら、どうにか巡り会うように導きたいんだろう。

 しょうがない奴だ。

 そう思いながら生温かい目で見ていると、フェリルアトスは膨れっ面になった。

「もう、君は察しが良すぎるんだよね。そりゃ、僕だって彼女には幸せになってもらいたいさ。贔屓だし、失われた他の命には悪いけど、彼女は頑張ったんだもの。でも君にだって選択する権利はあるだろう? 何もわからないまま『実は一度目の人生で夫婦でした。だから今回も夫婦になってください』なんて言われて受け入れられる?」

「怖すぎだろ。新手の新興宗教の結婚詐欺手口みたいだ」

「だろ? だから巡り会いに干渉しないってのは、君のことを考えてのことだったんだよ。何が怖ろしいかってさ、前世の記憶が戻る前に洗脳されることなんだ。彼女は産まれた時点から転生者として覚醒してるから、もし彼女に君の居場所を教えてたら、君は彼女に保護され、彼女を愛するように調教されてた可能性があるんだよ」

「ありがとうフェリルアトス。俺の自由意志を守ってくれて」

 俺は手を差し出す。フェリルアトスがその手を握る。

「わかってくれたようで良かったよ」

 俺たちは煌くような笑顔で固い握手を交わした。なんだこれ。

「ま、冗談はさておいて君を人に戻してしまおう」
「おおう、それなんだがちょっと待った」

 俺は片手を前に出し、フェリルアトスに手のひらを向ける。

「なに? まさか魔物のままでいたいとか言わないよね?」

「言う訳ないだろ。今持ってる魔物の固有技能がどうなるか訊きたいだけだ」

「それは消滅……いや、人用に変化させよう。十年もの間、ゴミ捨て場を生き抜いた君への御褒美だ。技能の内容も少し変化させるよ。上方修正で」

「それは有り難い」

「彼女から逃げるのに必要になるかもしれないからね」

 冗談ぽく言うが、それが本当に冗談であることはもうわかっている。多分だが、俺たちとはこれきり会わないつもりなんだろう。そんな気がした。

 フェリルアトスが何もない空間を見つめて、オーケストラの指揮者のように手を振る。かと思えばパソコンを操作するような動作も行い、不意に宙に浮かんで胡坐を掻き、高い場所へと上がると黒板に文字を書くような仕草をする。

 おそらく、俺には見えない装置が存在するのだろう。それを使って、俺の設定を変更しているってとこか。俺の目から見ると可愛くふざけてるようにしか見えないが、大変な作業をしているに違いない。そうじゃなければこいつは何をしているというのか。

 やがて、フェリルアトスは俺の目の前に降り立った。

「よし、終わったよ。む、その顔は、察してるね?」
「ああ、もう会わないんだろ?」

 フェリルアトスが寂しそうに苦笑する。

「見守るのが神の仕事。干渉するのは違うから。これまではあり得ないことが起こりすぎたのさ。もう処理は終わったからね。人と神との接触は終えるべきなんだよ」

「さては、楽しかったな?」

「ああ、とてもね。心が躍った。悪戯も楽しかった。僕はきっと、神として生まれたことが間違いだったんだろう。人に近すぎるって自覚がある。だから時々、思うんだ。もし、もし君たちが結ばれたら、三人目の子供として生まれたいってね。この世界の管理は『御使い』に任せて、神の身を捨ててでもね」

「退屈そうだもんなぁ、ここ」

 俺は神域を見渡す。ただただ真っ白で広大。黒い板、もとい神門があるだけ。

 必要なものはフェリルアトスが用意できる。だが世界同士の不干渉を貫いているってことは、その管理を担う神同士も、何かが起こらない限りは会ったり話したりすることがないのかもしれない。完全なる孤独だ。それを惑星の誕生時から続けているとなれば、もはや何かの罰としか感じられないのではなかろうか。

「僕が神らしければ、こんな風に思うこともなかったんだろうけどね」
「そうか」

 少しの沈黙の後、名残惜しそうにフェリルアトスが口を開いた。

「それじゃあ、そろそろ」
「おう。それじゃあな」

 俺は頷いて片手を軽く上げ、神門を潜る前に顔だけで振り返る。

「あー、三人目、考えとく。期待しとけ」

 フェリルアトスのきょとんとした顔が嬉しそうな笑顔に変わるのを見てから、俺は苦笑して神門を潜った。すぐに振り返ったが、もうそこに神門はなかった。

 俺は十歳の姿に戻り、スウ氏族国家トライブの街シュンジュの教会で一人佇んでいた。
 

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