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第九話
フェリルアトスの話(3)
しおりを挟む最後のダンジョンの最下層攻略が終わったとき、生きていたのは唯一人、君の妻だけだったんだ。二人の子供と、三人の転移者仲間は皆死んでしまったんだ。
肉体が爆散、或いは消失してしまっていて、蘇生も不可能な状態だった。
君の妻の願いは『家族の転生』に変わった。けど、そこで歯止めが利かなくなったんだろうね。『両親の更生』と『仲間の復活』までをも望んだ。
絶望のあまり、彼女は愛を求め過ぎた。幸せを望み過ぎたんだ。それで彼女は『全部やり直す』と願ったんだ。それも『自分の望む通りにやり直す』って。
その願いって、どういうことかわかる? 例えば『過去に戻る』とか『大金持ちになる』とかそういう願いでも、結局は煮詰める必要が出てくるよね?
どの時間の、どこに戻るのか。どのくらいのお金持ちになるのか。
家を建てる場合でも、ただ『大きな家が欲しい』って願っても、どこに建てるのかはもちろん、間取りや外観内装含めて決めることは山ほど出てくる。
でも、叶えられない訳じゃない。決めれば一つとして叶えることは可能なんだ。どういう道筋にするのかを決められれば、彼女の願いを叶えることもできたってことさ。
ただ、彼女の願いはその範疇を超えていたんだよ。『すべて同じ魂の上で』という前提があったから。僕は確かに『なんでも一つ願いを叶える』とは言ったけど、魂の『性格』は変更することができないからね。
必然的に、その『性格』がもたらす人の歴史の流れを変えることもできない。未来を知る誰かが働きかければ別だけど、それにしたところで大きく変わることはない。
残念ながら、小さな蝶の羽ばたきが竜巻を起こすことはないんだよ。大海原を小魚がいくら泳いだところで、振った尾鰭で津波が起きることもないようにね。
規模を小さくすれば、大きな変化と取れることもあるけれど、世界的に見れば些細なことに過ぎない。例えば干渉する魂の量を減らす──世界規模で大量虐殺でもしない限りは、既存の世界の在り方を覆すことは不可能なんだ。
ああ、確かに話が大きくなりすぎだね。彼女もそこまでは望んでなかったよ。
要するにだ。彼女が両親からの愛情を手っ取り早く求めるなら、彼女の両親の肉体には、家族として上手くいきそうな別の魂を入れるしかないんだよ。
でも彼女の望む前提ではそれをすることができない。
だから僕は、望んだ通りの環境を与えることは不可能だと言ったんだ。
そしたら彼女は『強くてニューゲーム後に、夫と二人で同時期に異世界転生し、子供二人は夫との間に産まれるまで転生保留』って感じに内容を詰めてきた。
夫っていうのは君のことね。実感ないだろうけど。
彼女の望みは、所持中のステータスを保持したままリセット後の二度目の地球に産まれ、その強さで両親を更生させて愛を得て、君とこの新世界で巡り会い恋をして、子供二人を実子として転生させることだった。親の『性格』は自分が変えるってね。
ちなみに親の更生は既に失敗してる。彼女は躓いてるんだよもう。
これでも説得してきたんだよ。何度もね。君のことを諦めろって。
そのまま生きても、一度目の人生と同じように君と共に幸せな家庭を築ける訳だし、地球が人工知能に破壊されて滅亡する事実を変えることはできないけど、転移後も強いまま過ごせるから命を脅かされる心配もほぼない。子供たちも、復活を望んだ転移仲間も生きているし守ることもできる。君以外、全員が揃うんだ。君を見捨てるだけでね。
でも彼女はそれを選択しなかった。決意を固める為に、自分の両親とその愛人、そして愛人の家族までをも殺して転生する道を選んだ。選んでしまった。
両親の更生に失敗し、愛を得られなかったから。
君のことを、心の底から愛しているから。
だから次に賭けたんだ。新しい家族に。
保持していた強さを捨てて転生し、姿を変えた状態で、同じく姿を変えた君を、この広大な新世界レクタスで見つけ、愛を育み結ばれるというとても分の悪い賭けに。
僕の叶えられる願いは、飽くまで二度目の新世界に君たちを転生させるところまでだ。君が転生者として覚醒するまで生き延びた場合に限り、魔物から人に戻すというアフターフォローを行うことは彼女に確約したけど、君たちを巡り会わせるところまでは干渉できないとも伝えてある。ここまででも十分過ぎる程に優遇しているのだから、君にだって文句は言わせない。そもそも言われる筋合いもない。
僕は彼女の言うとおりに願いを叶えただけなんだから。
ちなみに、一度目の人生で君たちの子供として生まれた魂は輪廻から出ないように留めてある。君たちが巡り会い、結ばれなければ新世界に産まれてくることはない。
わかるかい? これがどれほど身勝手で怖ろしいことか。
彼女は一度目の人生の家族を、この新世界レクタスで再現するつもりなんだよ。
多くの命を犠牲にしてでも、自分の望む世界のために。
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