47 / 55
第九話
神域
しおりを挟む
*
「やぁ、よく来たね」
「よく来たねじゃねぇよ」
それが俺とフェリルアトスの再会の挨拶だった。やはり神域は前世の記憶にある白い世界で、神門はこちら側から見ると黒い板だった。
違うのはフェリルアトスが青年になっていることと、藍色の着物姿で褞袍を羽織っていること。それに畳に置かれた炬燵で背を丸め、蜜柑を食べながらテレビを見ていることだ。テレビは昭和を思わせるダイヤル式のもので、俺の幼少期に活躍していたブラウン管。画質は非常に悪いがレトロで感傷に浸れる。いや浸ってどうすんだ。
「よく僕だってわかったね」と、フェリルアトスが言う。
「わかるわ。金髪だし突飛だし。てかお前なんで和風なんだよもう。クソガキだったのが大きくなっちゃってるし、違和感しかねぇよ。で、これも悪戯の一環か?」
俺の姿は、前世の十七歳の頃に戻っていた。着ているのも当時通っていたネクラ──今でいうコミュ障がクラスメートだった転校先の学校の制服だ。結局あの場所での記憶は一週間分しかない。この神域に入ったことで、退学を余儀なくされたからな。
「悪戯と言うか、演出? そっちの姿の方が懐かしめるかと」
「ラフィはどうした?」
ラフィは神域に入った途端に姿を消していた。周囲を見回すがどこにもいない。
「ラフィなら仕事を終えたから『御使い』に戻ってもらったんだ」
「『御使い』に戻るってなんだよ? ラフィは『御使い』だろ?」
「いや、正確には『御使い』の一部。二度目の事故に対処する為に分離したんだよ。まぁ、長話になるし、そんなところに突っ立ってないで炬燵に入ったらどうだい?」
俺は動かない。その見惚れるほどの笑顔に騙されてなるものか。
「こう言っちゃなんだが、悪意が感じられるぞ。また悪戯だろ」
フェリルアトスが露骨に舌打ちしてそっぽを向く。
「面白くない奴」
「おい、聞こえてんぞ! 呼んでおいてなんだその言い草!」
俺は炬燵には入らない。蜜柑も食べない。もう決めた。迂闊に動かんぞ。
テレビに映された映像だって────。
「気づいたみたいだね」
フェリルアトスが指を鳴らす。するとテレビが俺の目の前に移動し巨大化した。
そこに映されていたのは、かつて俺を苛んでいたあの夢だった。
中年の男が家族と幸せに暮らしていた場面から、まるで戦争が始まったような場面へと切り替わり、最後には空に浮かんだ光に焼かれて死んでいく。
「これはね、終末の光景だよ」
「終末って……世界滅亡ってことか?」
「そうだよ。これは『プリアポカリプスの光』が起きた後、地球で『アポカリプス』が始まって間もない頃の記録映像さ。終末戦争だよ」
「ああ、戦争なのはわかった。酷い光景だ。それで『プリアポカリプスの光』ってなんなんだ? 確か前世でも言ってたな? 二十三年後がどうたらって。十七歳にその年数を足せば四十歳だ。だからその光が俺を呑み込んだ光だってのは理解した。ただ、どうして俺は異世界で転生したんだ? 地球が滅んだからか? あの女子生徒が俺をこの世界に導いたってのも想像がつくが、それじゃあ地球が滅亡することをあの女子生徒が知ってたことになる。お前と顔見知りってこともそうだが『御使い』のラフィにもできないこの場所への移動もすんなりやってのけた。一体、なんなんだあいつは?」
フェリルアトスが呆れたような顔で炬燵から出て俺の隣に立つ。
「はぁ、まったく、君の記憶力には驚かされる。半分も失っているというのに。余程鮮烈にトラウマとなって刻み込まれたんだね。でも恐怖はしっかりと分離して消去している。彼女の選択は誤りではなかった。君たち夫婦には本当に驚かされるよ」
「夫婦? 待て、順を追って説明してくれ。頭がついていかない」
「そうだね。じゃあ、まずは君が見ていたこの夢のことから話そう。このテレビで流れる映像はね、アーカイブに記録された君の一度目の人生なんだよ」
「俺の一度目の人生?」
フェリルアトスが肩に掛かる金髪を揺らしつつ「うん」と呟いて頷く。
「彼女の要望でね、君の夢に僕がアーカイブから流してたんだ。不思議だとは思わなかった? この夢に出てくるのが自分だとわかっているのに、第三者視点で見ていたことを。まるで自分を主役にした映画を観ているような形になっていたはずだよ?」
「ああ、それについては違和感があった。でも、アーカイブに記録ってのがよくわからん。一度目の人生ってことは、俺は過去に戻ったんじゃないのか?」
「過去に戻ったのではなく、リセットしてやり直したという方が正しいね」
「リセット?」
不穏な響きに、自然と眉根が寄る。
フェリルアトスは俺を見て、どこか悲しげに眉を下げた。
「世界を戻したのではなく、消したんだよ。そして一からやり直した。だから以前のデータが残ってるんだ。ゲームのセーブデータみたいにね」
「そのデータを、俺が見せられていた? 何の為に?」
「一言で言えば、全てのダンジョンを攻略した者への御褒美」
「はぁ? どういうこったそりゃ?」
フェリルアトスが腕組みし、困ったような顔で俯き深い溜め息を溢す。
「これがね、ややこしい話なんだよ」
そう前置きして、フェリルアトスが話し始めた。
「やぁ、よく来たね」
「よく来たねじゃねぇよ」
それが俺とフェリルアトスの再会の挨拶だった。やはり神域は前世の記憶にある白い世界で、神門はこちら側から見ると黒い板だった。
違うのはフェリルアトスが青年になっていることと、藍色の着物姿で褞袍を羽織っていること。それに畳に置かれた炬燵で背を丸め、蜜柑を食べながらテレビを見ていることだ。テレビは昭和を思わせるダイヤル式のもので、俺の幼少期に活躍していたブラウン管。画質は非常に悪いがレトロで感傷に浸れる。いや浸ってどうすんだ。
「よく僕だってわかったね」と、フェリルアトスが言う。
「わかるわ。金髪だし突飛だし。てかお前なんで和風なんだよもう。クソガキだったのが大きくなっちゃってるし、違和感しかねぇよ。で、これも悪戯の一環か?」
俺の姿は、前世の十七歳の頃に戻っていた。着ているのも当時通っていたネクラ──今でいうコミュ障がクラスメートだった転校先の学校の制服だ。結局あの場所での記憶は一週間分しかない。この神域に入ったことで、退学を余儀なくされたからな。
「悪戯と言うか、演出? そっちの姿の方が懐かしめるかと」
「ラフィはどうした?」
ラフィは神域に入った途端に姿を消していた。周囲を見回すがどこにもいない。
「ラフィなら仕事を終えたから『御使い』に戻ってもらったんだ」
「『御使い』に戻るってなんだよ? ラフィは『御使い』だろ?」
「いや、正確には『御使い』の一部。二度目の事故に対処する為に分離したんだよ。まぁ、長話になるし、そんなところに突っ立ってないで炬燵に入ったらどうだい?」
俺は動かない。その見惚れるほどの笑顔に騙されてなるものか。
「こう言っちゃなんだが、悪意が感じられるぞ。また悪戯だろ」
フェリルアトスが露骨に舌打ちしてそっぽを向く。
「面白くない奴」
「おい、聞こえてんぞ! 呼んでおいてなんだその言い草!」
俺は炬燵には入らない。蜜柑も食べない。もう決めた。迂闊に動かんぞ。
テレビに映された映像だって────。
「気づいたみたいだね」
フェリルアトスが指を鳴らす。するとテレビが俺の目の前に移動し巨大化した。
そこに映されていたのは、かつて俺を苛んでいたあの夢だった。
中年の男が家族と幸せに暮らしていた場面から、まるで戦争が始まったような場面へと切り替わり、最後には空に浮かんだ光に焼かれて死んでいく。
「これはね、終末の光景だよ」
「終末って……世界滅亡ってことか?」
「そうだよ。これは『プリアポカリプスの光』が起きた後、地球で『アポカリプス』が始まって間もない頃の記録映像さ。終末戦争だよ」
「ああ、戦争なのはわかった。酷い光景だ。それで『プリアポカリプスの光』ってなんなんだ? 確か前世でも言ってたな? 二十三年後がどうたらって。十七歳にその年数を足せば四十歳だ。だからその光が俺を呑み込んだ光だってのは理解した。ただ、どうして俺は異世界で転生したんだ? 地球が滅んだからか? あの女子生徒が俺をこの世界に導いたってのも想像がつくが、それじゃあ地球が滅亡することをあの女子生徒が知ってたことになる。お前と顔見知りってこともそうだが『御使い』のラフィにもできないこの場所への移動もすんなりやってのけた。一体、なんなんだあいつは?」
フェリルアトスが呆れたような顔で炬燵から出て俺の隣に立つ。
「はぁ、まったく、君の記憶力には驚かされる。半分も失っているというのに。余程鮮烈にトラウマとなって刻み込まれたんだね。でも恐怖はしっかりと分離して消去している。彼女の選択は誤りではなかった。君たち夫婦には本当に驚かされるよ」
「夫婦? 待て、順を追って説明してくれ。頭がついていかない」
「そうだね。じゃあ、まずは君が見ていたこの夢のことから話そう。このテレビで流れる映像はね、アーカイブに記録された君の一度目の人生なんだよ」
「俺の一度目の人生?」
フェリルアトスが肩に掛かる金髪を揺らしつつ「うん」と呟いて頷く。
「彼女の要望でね、君の夢に僕がアーカイブから流してたんだ。不思議だとは思わなかった? この夢に出てくるのが自分だとわかっているのに、第三者視点で見ていたことを。まるで自分を主役にした映画を観ているような形になっていたはずだよ?」
「ああ、それについては違和感があった。でも、アーカイブに記録ってのがよくわからん。一度目の人生ってことは、俺は過去に戻ったんじゃないのか?」
「過去に戻ったのではなく、リセットしてやり直したという方が正しいね」
「リセット?」
不穏な響きに、自然と眉根が寄る。
フェリルアトスは俺を見て、どこか悲しげに眉を下げた。
「世界を戻したのではなく、消したんだよ。そして一からやり直した。だから以前のデータが残ってるんだ。ゲームのセーブデータみたいにね」
「そのデータを、俺が見せられていた? 何の為に?」
「一言で言えば、全てのダンジョンを攻略した者への御褒美」
「はぁ? どういうこったそりゃ?」
フェリルアトスが腕組みし、困ったような顔で俯き深い溜め息を溢す。
「これがね、ややこしい話なんだよ」
そう前置きして、フェリルアトスが話し始めた。
0
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

RD令嬢のまかないごはん
雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。
都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。
そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。
相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。
彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。
礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。
「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」
元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。
大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。
「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。
しかも、定番の悪役令嬢。
いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。
ですから婚約者の王子様。
私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる