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第九話

神域

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「やぁ、よく来たね」
「よく来たねじゃねぇよ」

 それが俺とフェリルアトスの再会の挨拶だった。やはり神域は前世の記憶にある白い世界で、神門はこちら側から見ると黒い板だった。

 違うのはフェリルアトスが青年になっていることと、藍色の着物姿で褞袍どてらを羽織っていること。それに畳に置かれた炬燵こたつで背を丸め、蜜柑を食べながらテレビを見ていることだ。テレビは昭和を思わせるダイヤル式のもので、俺の幼少期に活躍していたブラウン管。画質は非常に悪いがレトロで感傷に浸れる。いや浸ってどうすんだ。

「よく僕だってわかったね」と、フェリルアトスが言う。

「わかるわ。金髪だし突飛だし。てかお前なんで和風なんだよもう。クソガキだったのが大きくなっちゃってるし、違和感しかねぇよ。で、これも悪戯の一環か?」

 俺の姿は、前世の十七歳の頃に戻っていた。着ているのも当時通っていたネクラ──今でいうコミュ障がクラスメートだった転校先の学校の制服だ。結局あの場所での記憶は一週間分しかない。この神域に入ったことで、退学を余儀なくされたからな。

「悪戯と言うか、演出? そっちの姿の方が懐かしめるかと」
「ラフィはどうした?」

 ラフィは神域に入った途端に姿を消していた。周囲を見回すがどこにもいない。

「ラフィなら仕事を終えたから『御使い』に戻ってもらったんだ」

「『御使い』に戻るってなんだよ? ラフィは『御使い』だろ?」

「いや、正確には『御使い』の一部。二度目の事故に対処する為に分離したんだよ。まぁ、長話になるし、そんなところに突っ立ってないで炬燵に入ったらどうだい?」

 俺は動かない。その見惚れるほどの笑顔に騙されてなるものか。

「こう言っちゃなんだが、悪意が感じられるぞ。また悪戯だろ」

 フェリルアトスが露骨に舌打ちしてそっぽを向く。

「面白くない奴」
「おい、聞こえてんぞ! 呼んでおいてなんだその言い草!」

 俺は炬燵には入らない。蜜柑も食べない。もう決めた。迂闊に動かんぞ。

 テレビに映された映像だって────。

「気づいたみたいだね」

 フェリルアトスが指を鳴らす。するとテレビが俺の目の前に移動し巨大化した。

 そこに映されていたのは、かつて俺を苛んでいたあの夢だった。

 中年の男が家族と幸せに暮らしていた場面から、まるで戦争が始まったような場面へと切り替わり、最後には空に浮かんだ光に焼かれて死んでいく。

「これはね、終末の光景だよ」

「終末って……世界滅亡ってことか?」

「そうだよ。これは『プリアポカリプスの光』が起きた後、地球で『アポカリプス』が始まって間もない頃の記録映像さ。終末戦争だよ」

「ああ、戦争なのはわかった。酷い光景だ。それで『プリアポカリプスの光』ってなんなんだ? 確か前世でも言ってたな? 二十三年後がどうたらって。十七歳にその年数を足せば四十歳だ。だからその光が俺を呑み込んだ光だってのは理解した。ただ、どうして俺は異世界で転生したんだ? 地球が滅んだからか? あの女子生徒が俺をこの世界に導いたってのも想像がつくが、それじゃあ地球が滅亡することをあの女子生徒が知ってたことになる。お前と顔見知りってこともそうだが『御使い』のラフィにもできないこの場所への移動もすんなりやってのけた。一体、なんなんだあいつは?」

 フェリルアトスが呆れたような顔で炬燵から出て俺の隣に立つ。

「はぁ、まったく、君の記憶力には驚かされる。半分も失っているというのに。余程鮮烈にトラウマとなって刻み込まれたんだね。でも恐怖はしっかりと分離して消去している。彼女の選択は誤りではなかった。君たち夫婦には本当に驚かされるよ」

「夫婦? 待て、順を追って説明してくれ。頭がついていかない」

「そうだね。じゃあ、まずは君が見ていたこの夢のことから話そう。このテレビで流れる映像はね、アーカイブに記録された君の一度目の人生なんだよ」

「俺の一度目の人生?」

 フェリルアトスが肩に掛かる金髪を揺らしつつ「うん」と呟いて頷く。

「彼女の要望でね、君の夢に僕がアーカイブから流してたんだ。不思議だとは思わなかった? この夢に出てくるのが自分だとわかっているのに、第三者視点で見ていたことを。まるで自分を主役にした映画を観ているような形になっていたはずだよ?」

「ああ、それについては違和感があった。でも、アーカイブに記録ってのがよくわからん。一度目の人生ってことは、俺は過去に戻ったんじゃないのか?」

「過去に戻ったのではなく、リセットしてやり直したという方が正しいね」

「リセット?」

 不穏な響きに、自然と眉根が寄る。

 フェリルアトスは俺を見て、どこか悲しげに眉を下げた。

「世界を戻したのではなく、消したんだよ。そして一からやり直した。だから以前のデータが残ってるんだ。ゲームのセーブデータみたいにね」

「そのデータを、俺が見せられていた? 何の為に?」

「一言で言えば、全てのダンジョンを攻略した者への御褒美」

「はぁ? どういうこったそりゃ?」

 フェリルアトスが腕組みし、困ったような顔で俯き深い溜め息を溢す。

「これがね、ややこしい話なんだよ」

 そう前置きして、フェリルアトスが話し始めた。
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