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第九話
監獄街(2)
しおりを挟む「あからさまに待遇良くなってますね。これはもう街ですよ」
「生活は大変みたいだよ。完全自給自足だから。作物が育たなければ飢え死ぬしかない。一冬越すのも難しいと聞いてる」
「俺にそれ言います? ゴミ捨て場とは雲泥の差ですよ?」
ラフィが「イスカは比較対象外で」と苦笑して続ける。
「確かに、さっきの区画と比べれば優遇されてはいるよね。だけど、ここが栄えて見える理由は配達人がいるからなんだ。オルトレイっていうこの世界のなんでも屋がここに送られた人の家族から預かったものを運んでくるんだよ。仕送りがなければこの街のトレードで生き延びるしかない。地獄の沙汰も金次第ってやつさ。行商人も来るからね。ちなみに私も行商人としてこの街に入ってるんだ」
話をしているうちに第三関門に到達した。ここで初めて衛兵の男に見咎められた。
「私の連れです。行商の見習いですよ」
ラフィが笑顔で言うが、男は腰を屈めてフードを被った俺の顔を覗き込んでくる。人相は悪くないが、酷い隈があり、死んだ魚みたいな目をしている。そして酒臭い。
「いくら?」と、その男はラフィに向かって言った。
「はい?」
「おたく、行商でしょ? お酒、いくら? あるだけ売ってくんない?」
「申し訳ありません、今回、酒は取り扱っていなくて」
「そっかぁ。そりゃ仕方ない。じゃあ、薬は? ある?」
「ございますよ。何が御入用でしょうか?」
「よく眠れるやつ。それはもう目が覚めなくなるくらい。どろっどろになるやつ」
「かしこまりました。それでしたらこちらを」
ラフィがストレージから錠剤の入った小瓶を渡す。
「今回は無料で提供させていただきます。その代わりと言ってはなんですが……」
「ん、いいぞ。俺が確認したことにしとく。通れ通れ」
「ありがとうござい……え?」
うおい⁉ 何やってんだこのおっさん⁉
男は用法用量をまるで無視。小瓶の蓋を開けるとザラザラとすべて口に流し込みガリガリとお菓子のように錠剤を噛み始めた。咀嚼しながら俺たちの方を見る。
「あれ、まだいたの? 早く行きなよ。ああこれ、味が良いね。気に入った。かなり美味しい部類。うん、かなり良い。効いたら最高。また頼むね」
「か、かしこまりました。行こうイスカ」
引き攣った笑顔で言うくらいにはラフィも驚いたらしい。気持ちはわかる。あの行動はある種の暴力だ。精神に一撃を加えられた感じがする。心臓が縮んだわ。
「恐るべき変人でしたね」
「うん。流石にちょっと驚いたよ。あれで眠らないなんて」
「え、そこ⁉ 薬を袋に残ったポテチみたいな扱いしたとこじゃなくてそこ⁉」
「もちろん、それにも驚いたよ。でも、やっぱり眠らなかったことの方が驚きだね。いや、死ななかったことに、かな。あれはかなり強めの眠剤なんだ。三錠も飲めば翌朝までぐっすり。小瓶は四十錠入りだから、あんなことをしたら普通は永眠コースなんだよね。どうして生きてられるのか。【分析】で見ておけば良かったかもしれない」
「それなら、今からでも遅くないんじゃありません?」
そう言いつつ振り返ると、件の男が倒れて大いびきをかき始めた。
「あ、寝たね。飲み込むまでのタイムラグか」
「危険なんですよね? 助けます?」
「いや、放っておこう。そこまでする義理はないよ。それにあれも彼の自由だ」
そうだよな。人生に疲れ切った顔してたし、助けて恨まれても面白くないしな。
おかしな人もいたもんだと思いながら最後の門を潜り上級区画に入る。
案の定というか、閑静な住宅街。邸宅という程ではないが、中級区画よりも更に敷地が広く建造物の質も上がっていた。メイド服を着用した女性もちらほらと見受けられることから、おそらく使用人も許されているようだ。
「これはもう、監獄ではないですよね。罪人とも呼べないのでは?」
「飽くまで嫌疑が掛けられているというだけの人たちの区画だからね。看守から取引に使われることもあると聞いてるよ。貴族の家督争いを避ける為に、わざとここで一生暮らす選択をする人もいるらしい。死ぬよりはマシという考え方なんだろうけど、私にはわからないな。ずっとここで安穏と暮らしていける訳ではないだろうから」
「いずれはお金も尽きますもんね」
「それもあるけど、ほら」
ラフィが視線で示してくれた先には、手枷をはめられた身なりの良い女性がいた。手枷に付いたロープを衛兵に引かれ連行されている。丁寧に扱われている様子はない。
その女性が不意に「何かの間違いよ!」と涙声で叫んだが、衛兵たちは聞く耳を持っていないようで、面倒臭そうに引っ張るだけ。女性が転んでもすぐに立たせる。
「ここに入るってことは、入れた相手に命を握らせるってことなんだ。それなりに強かでなければ、騙されてあんな風にされてしまう。多分、あの女性はここに入る前に自分の身を守る用意を怠ったんだろうね。賢い人は自分をここに入れた相手の弱みを握っているよ。ここを出て姿を眩ますことを考えているからね」
怖ろしいな貴族社会。
あの女性がどうなるのかを考えると、暗い気持ちになった。だがどうしようもない。ただ中級区画へと連れていかれる背を少し立ち止まって見送る。
「どこまで落とされるんですかね、あの人?」
「さぁ、ね」
その後、俺たちは上級区画にある教会で六氏族国家同盟と呼ばれる国家同盟の南東部スウ氏族国家の中央街シュンジュの教会へと転移し、教会内部にあった神門──見覚えのある白い板──を使いフェリルアトスのいる神域へと入った。
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