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第八話
三人の貴族主義者(4)
しおりを挟む「すまんな、時間を取らせた。カスケル、状況の詳細を訊かせてくれ」
「はい。その、御子息は異形が増殖肥大し続けたことで、危機感を覚えたらしく、兵舎に向かわせる前に基地に火を放ったそうでして、異形の襲撃で火災が発生したという状況は作れなかったと思われます。それと、輸送車も、軍用基地と同じものを使用しておられたのですが、炎上し使い物にならなくしてしまったと。現在徒歩で帰還中とのことですが、文面から察するにおそらく相当な恐慌状態に陥られたようですな。『聞いていない』とのことで、事後処理は放棄して逃げ帰っているようです」
「ちょ、ちょっと待った! カスケル、淡々と話してたが、それは相当まずい事態だぞ? もし火災後そのままの状態だとしたら不審な点が山盛りになる。君のことだから、もう何かしらの手は打ってあるんだよな? な? なんとか言ってくれ」
バイアレンが前のめりになって訊く。その表情と口調から焦りを感じとったガルヴァンが「落ち着け」と一言。今にも尻を上げそうだったバイアレンが頭を抱える。
「閣下、申し訳ありません。閣下が反対されたとき、受け入れていれば……」
「構わん。過ぎたことだ」
ガルヴァンは息子に与えた指示を反芻する。やはり簡単に遂行できるように思えた。
まずは人を眠らせる。基地内に侵入し、異形、燃焼剤、燃料を撒き脱出。数時間後に火を放ち、鎮火後に施設内を荒らし戦闘の痕跡を作れば完了。それだけの任務だった。
だが、息子が遂行できたのは、人を眠らせるという部分だけ。あとはすべて失敗。
「これで、お前も愚息の無能を知ってくれた。俺はそれで十分だ。まさかお前も、俺の息子が、大の大人が、こんな簡単なことさえできない訳がないと思っていたんだろう? それはそうだ。仕方ない。俺もそう思う。だがな、あれは本物のクズなんだ。大義を持たず、学べず、受け入れず、我が道を行く。それでいて根拠のない自信があり、更には過信し、自惚れ、あまつさえ先を見通す力はない。いいか、あれは人ではないと思え。あれは刹那的に辺りを食い散らかして欲望を果たしているだけの原生動物だ!」
哄笑し始めたカルヴァンがふと笑いを止め、カスケルに鋭い相貌を向ける。
「なぁ、カスケルよ。俺はもう我慢の限界だ。お前はどうだ? ん? これだけ息子に足を引っ張られて、それでも許すか? いや、いやいやいや、お前のことだ。許すだろう。だが──もう次はない。次にもし俺たちを煩わせるようなことがあれば、愚息共々、お前の息子も殺す。それを踏まえた上で訊く。手は打ってあるんだろうな?」
カスケルは視線から逃れるように目を伏せ「はい」と首肯する。
「失礼だと思い黙っておりましたが、御子息が失敗されたときの為に、腕利きのオルトレイに補給物資輸送の仕事を任せておりました。現在、基地に向かっております」
「ほう? その意図は?」
「御子息の失態をなすりつけます」
カスケルが懐から紙を取り出し、丁寧な仕草でガルヴァンに渡す。そこに書かれていた内容を見たガルヴァンが目を見開き驚きの声をもらす。
「これは──依頼書か?」
「ええ、偽装したものですが本物の依頼書です。GS社の社長ラスコール・グッドスピードが今回の件を画策、弟のノルトエフとその妻のイリーナに指示したものとします」
バイアレンが「は?」と呟き唖然とした表情を見せる。が、それも束の間、その顔が徐々に笑みに歪み、肩を震わせ始め、微かな笑い声がはっきりとしたものに変わる。
「流石だ! 流石だよ、カスケル! そうだよな! 事故に見せかけられないなら、なすりつければいいだけだ! ああ、横流しをしてることも使えるぞ! なんて素晴らしい! 忌々しい連中を一掃できる! これは僥倖! 災い転じてなんとやら!」
大笑いするバイアレンをガルヴァンが迷惑そうに手で制す。
「バイアレン、事はそう簡単ではない。ノルトエフの噂は俺も聞いている。かなり優秀なオルトレイだ。何よりラスコールが手強い。自分たちが嵌められたことにすぐ気づくはずだ。そこから情報を掻き集め、俺たちの関与まで辿り着かれると考えるべきだ」
「閣下の仰るとおりです。ここからは如何に押すかという戦いになるでしょうな。あちらは何かしらの証拠を提示してくるに違いありません。既に印象操作は行う手筈となっておりますが、出どころを探られることを危惧し、機会を伺っているところです」
「何を言うんだカスケル! 閣下もです! 横流しを行っているのはラスコールの娘だ! 私の姪のスカーレットだ! 調べはついてる! 親戚一同が結託し、利権目的で基地の再建計画に取り組んだって筋立てが簡単に作れるじゃないか! それでも足りないなら私の商会から異形を詰めた密閉容器を搬入しておけば証拠にできる!」
バイアレンが立ち上がり、興奮気味に身振り手振りを加えて捲し立てるが、カスケルは表情を変えずに目を閉じる。ガルヴァンは眉根を寄せて溜息を吐き、口を開いた。
「バイアレン、その筋立てを使うことが前提だ。今はその上での話をしてる。逆に言えば、俺たちが突けるところはそこしかないということだ。もしお前が異形の密閉容器を搬入したことから足がついてみろ。一気に形成は逆転する。それと忘れていないか? こちらは原生動物を抱えてる。一匹ではないぞ。二匹もだ。俺たちの預かり知らんところで何をしでかすかわからん。浮足立っておればあっという間に足元をすくわれるぞ」
「それですが閣下、御子息は軍事基地に向かう道中、野盗紛いのこともしたようです。軍事基地からノエラートに向かう輸送車を襲ったとか。それ以前にこちらで捕らえておった者を何人か容疑者として衛兵に突き出しましたが、どうもその者たちはGS社の所属のようで、おそらく燃焼剤を購入したときに御子息が追跡されたのではないかと」
「やはり、既に動いていたか……。ラスコールは娘が横流しを行っていることにも勘づいていたのだろうな。流石に合議体の一員なだけはある。泳がせておっただけかもしれん。とすれば、既に愚息は目をつけられておるだろう。失態だな。益々厄介だ」
「念の為に小型の情報端末を御子息に渡しておいて正解でしたな。この情報すらなければ、我々は話し合うことすらできなかったでしょうから。なぁ、バイアレン、我々は首の皮一枚繋がったというところにいる。年甲斐も無くはしゃぎたい気持ちはわかるが、閣下の言うとおり慎重を期さねばポロリと首が落ちることになるぞ?」
カスケルの言葉を聞いたバイアレンは青褪め、尻もちを着くようにソファに腰を落とした。三人の貴族主義者は、この日から枕を高くして寝ることができなくなった。
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