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第八話

三人の貴族主義者(3)

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 数日後、軍事基地からの連絡でガルヴァンはこめかみから血を流す程に憤激した。案の定、カスケルの息子は問題を起こした。それも軍内では前代未聞の醜聞。公になれば世論が軍への不信に染まり、合議体で軍縮が可決してしまう程の不祥事である。

 衛生看護部隊員の集団強姦殺人。選民思想の強い貴族に声をかけて結託し、傷病兵になりすましての計画的犯行。既に捕縛され懲罰房に入れられているという。

 ガルヴァンは目の前が暗くなる思いだった。これだけ大きな不祥事の責任は元帥である自身にも及ぶ。『志願兵に対する偏見を生むことに繋がる。箝口令を敷き、取り調べが済むまで公表は控えるように』というメッセージを送るのが精一杯だった。

 取り調べも何もない。殺した少女の全裸遺体を数人で担ぎ上げ、笑いながら廊下を歩いているところを正規兵に取り押さえられているのだ。弁解の余地はない。

 どうするかを思い悩むガルヴァンだったが、答えは既に出ていた。ただ躊躇っていただけだ。道は一つしかない。二度目の腹を括るときが来たのだと前を向いた。

 ガルヴァンはカスケルとバイアレンに連絡を入れた。計画の内容変更。ただ火災を起こすのではなく、隠蔽の為に配属されている兵を何らかの方法で皆殺しにする。

 それをすることで、世論が軍備の増強に傾くようなものであれば尚良い。殺した兵の数より多く兵を集め、その訓練が済むまで隣国と戦争にならないような方法。

 恐ろしい上に難しい提案だったが、カスケルはもちろん、侯爵殺害時に毒を提供しているバイアレンも一蓮托生。もはや誰も後には引けない。ただ進むしかなかった。

「火災で大半の証拠は消せるが完全ではない。火災時の原因究明には合議体での話し合いの後に議長が選任した第三者機関が調査に介入することになる。おそらく、公明正大を信条とする厄介な鼻つまみ者が揃うだろう。賄賂では靡かんと踏んでいる。要するに俺の息のかかった者ばかりを派遣することは不可能でな、それでバイアレン、以前にも世話になったお前に頼るしかないと思い、こうして足を運んでもらったという訳だ」

「身に余る光栄です閣下。しかし、それでは毒も下手に使えませんね。どうしたものか……。ああ、そうだ。熱で消失する強力な眠剤があるんですよ。魔物に使う。まずはそれを使って、それから火を……そういえば火災はどうやって起こすんです?」

「お前の弟の会社が期限切れの商品を横流ししているのを知っているか? 最近、妙に愚息の金回りが良いから問い詰めたんだが、そこで購入した品の転売で小金を稼いでやがった。期限切れだが効果に差異のない燃焼剤も安価で購入できるらしいからな、どうせ燃やすだけのものだ、愚息に金を渡してそこで大量購入するつもりだ」

「ふっははは、あの堅物が横流しですか! これは愉快だ! 燃焼剤ならうちでも用意できますが、非正規ルートの横流し品を使った方が面白いですね。上手くすれば、奴を失脚させて会社も乗っ取れるかもしれません。では燃料はこちらで準備しましょう」

「すまんが頼む。あとは、火災の理由だが、なにかないか? できれば軍の不祥事とは思われたくはないのでな。あまりおかしな疑いは起こらんようにしたいんだが」

「それなら、うってつけのものがありますよ。あまり大きな声では言えないんですが、我が社では現在、異形の研究をしておりまして、培養して小型のものを増やしているんです。専用容器だと保管しておけることがわかりましたので、それを使いましょう。異形の襲撃で火災が起きたことにすれば不運な事故で片付けられますし、証拠も残りませんよ。あ、あと軍事利用目的で開発したものですので、そのデータがもらえればと」

 このような密談がデッカード邸で行われ、ノエラートにいるカスケルにも内容が伝えられた。その際、カスケルの懇願により軍事基地の懲罰房に拘禁されている息子の救出も計画に加えられ、任務はガルヴァンの息子に行わせることが決まった。

 ただ、息子に任務を遂行させると決めたのはガルヴァンではなかった。むしろガルヴァンは最後まで反対した。これが如何に重要な任務なのかをわかっているのかと、提案した者の正気を疑う程だった。息子に命運を託すなど不安どころの騒ぎではなかった。

 しかし、決まってしまった。ガルヴァンは折れざるを得なかった。そういう流れになってしまったからだ。それを後に悔いることになる予感を抱えて渋々認めた。

 提案者はガルヴァンの息子だった。他でもない、息子自ら実行役を申し出たのだ。理由は、幼馴染であり親友であるカスケルの息子を救いたいからというものだった。

 どの口が言うのかとガルヴァンは一笑に付したが、息子の思いに胸を打たれたらしいバイアレンがノエラートにいるカスケルにメッセージを送信してしまった。カスケルからは長々と息子に対しての謝礼のメッセージまで送られてくる程だった。

 ガルヴァンは盟友に弱かった。カスケルには息子の不祥事の揉み消しで何度も救われているが、その恩は返し切れていないと思っている。バイアレンには資金の援助で助けられているが、未だ陞爵の承認を得られておらず準男爵のままにさせている引け目がある。共に手を取り合って生きてきた仲間の考えや思いを無碍にはできなかったのだ。

 それが──。

(やはり、こうなったか……!)

 歯軋りしながら、深呼吸する。握った拳が震える。

 怒りを抑えるのに必死になってはいるが、落ち着くには時間を要する。ガルヴァンの憤怒の形相に、カスケルとバイアレンは身を竦め、怒気が霧散するのを黙って待った。

 しばらくすると、ガルヴァンは胸ポケットから取り出した葉巻の端を指先から放った【闘気剃刀ラースレイザー】で切り落として咥え【火術イグニス】で着火し何度か煙を燻らせた。
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