40 / 55
第八話
三人の貴族主義者(2)
しおりを挟む「お互い子には苦労しますな」
「まったくだ」
カスケルの溜息混じりの言葉に同意し、ガルヴァンは不愉快な気分で足を組んだ。二十四歳になる息子は性格に難があった。貴族主義的な思想教育はしたが、思い上がりによる選民思想が過ぎ、加虐性が強く問題ばかり起こす。カスケルの息子も同じだった。
裏と表を使い分けることのできる親と違い、身分が低い相手には何をしても許されると思い込んでいる。それが保身の為に子の不祥事を揉み消し続けてきた自分たちの自業自得だとガルヴァンはわかっていた。だがどれだけきつく叱っても矯正されないのだ。
ガルヴァンの目から見ると、カスケルは子への愛情と執着が強い。自分は仕方なく生かしているだけで、誰との間の子であろうが男孫ができればさっさと殺してしまう気でいた。必要なのは血筋だけで、枷でしかない息子には愛情の欠片も抱いていなかった。
カスケルの子に対してもそれは同じで、カスケルが盟友でなければとうに殺している。その思いを子煩悩な盟友に覚られぬように振る舞うのは骨が折れた。
「御二方、そう気に病むこともないでしょう。災い転じてなんとやらですよ」
バイアレンが笑顔で柏手を打つ。
「御子息のお陰で軍事基地の再建が叶うんです。うちの方も異形の軍事利用に関するデータが取れるんですから、万々歳じゃありませんか」
「バイアレン、そのことだが──」
カスケルが眉根を寄せて目を閉じ、目頭を摘んで続ける。
「データはないそうだ」
「は?」バイアレンが硬直する。「ないとは?」
「どういうことだカスケル?」
ガルヴァンも眉根を寄せる。カスケルは言いにくそうに顎を引き上目を向ける。
「それが……眠剤を使用した基地の無力化までは上手くいったらしいんですが、誤って培養異形を食料庫にすべて放ってしまったようで、手に負えなくなったと」
絶句。
「あの、馬鹿息子が……!」
ガルヴァンが歯噛みして青筋を立てる。それは息子に与えた任務だった。
軍事基地再建計画は六氏族国家同盟との戦争を目的としていた。侵攻先がゲイロード帝国ではない理由はカスケルが共和国斡旋所ノエラート支部長に就いたからである。
そもそも計画はそれが発端で、発案したのもカスケルだった。単純だが良い策だと判断したガルヴァンが乗った形で、バイアレンは付随する部分を発案した。
まず隣国に破壊工作を仕掛け小さな諍いを起こし、次に合議体の決断で戦争状態に移行させ、最後にそれを元帥という立場で糾弾することで王政復古の足掛かりを得る。
軍を統べる元帥という立場にいることで、戦争は自身に最も有利な状況を作り出すことができる。飽くまで議長の決定で兵を戦地に赴かせ、自身は被害者面をして兵を思い遣る元帥を演じるだけで良い。合議体による採決で決められた戦争の方針で敢えて失策を生むことで、やがて合議体の有用性が疑われ、自身を英雄視させることができる。
その流れに疑念を抱く賢しい者は消せば良い。戦時下であれば尚の事どうとでもなる。ガルヴァンはそう考えている。状況が整ったところで、自身が反戦を謳い終戦条約を結ぶ。あるいは合議体を戦犯として押さえることで王政復古を成す。
つまりはマッチポンプ。マッチで火を点けポンプで消すという自作自演である。
ただし、それを完遂するには条件があった。戦争になった際に戦力を拮抗、もしくは優勢を維持しなくてはならないということだ。防衛力が低ければ逆に押し込まれ領地を失うことになってしまう。敗戦などもっての外。それでも王政復古が叶うだろうが、あまり望ましい展開ではない。条約を結ぶ際に問題となる。主に賠償面で。
大きく育った果実。もぎ取るならそのままが良い。烏に啄まれた残りカスで満たされるような小さな胃袋は持っていない。故に軍事基地の戦力強化は必須だった。
共和国軍元帥となり合議体の一員となったガルヴァンは軍事基地の国境警備力を上げるべきだと訴えてきた。だが生温い友好関係にどっぷりと浸かった日和見主義者たちの反応は鈍く、発案から三年経っても一向に叶う気配がなかった。
二年前に志願兵の採用をどうにか通し、なんとか兵力を上げることはできたものの、それきり意見は通らず、現在ではむしろ国防費の増加から志願兵の有用性を疑問視する声が上がっている。のみならず、平和が故に軍縮まで議題に上るようになっている。
折角増やした兵力、逃すのは惜しい。軍縮など行われてはたまったものではない。また夢が遠ざかる。そしておそらく、次は妥協案しかとれなくなるだろう。
追い込まれたガルヴァンは、即座にカスケルとバイアレンに相談した。
それで基地を強化せざるを得ない状況に追い込む策を弄し、火災を起こすことを決めた──のだが、ここで問題が起きた。カスケルの息子が軍事基地の志願兵になってしまったのだ。理由は『志願兵募集会でいい女を見掛けたから』というものだった。
カスケルから報告を受けたガルヴァンは激怒した。二人の息子は女絡みで度々問題を起こしていたからだ。保身の為に揉み消した事件は一つや二つではない。
その素行の悪さから、ガルヴァンは息子を庶子として扱い義絶したという噂まで流していた。しかし、それができない為に気苦労が絶えず、年々痩せ細っているカスケルを思うと怒りより憐れみが勝り、ガルヴァンは子を見限れとは言えなかった。
ただ、必ず足を引っ張られるという覚悟はした。それがどの程度のものになるかはわからなかったが、ガルヴァンは軍事基地に連絡を入れ警戒するよう伝えた。
0
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

RD令嬢のまかないごはん
雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。
都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。
そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。
相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。
彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。
礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。
「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」
元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。
大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。
「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。
しかも、定番の悪役令嬢。
いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。
ですから婚約者の王子様。
私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる