【完結】イスカソニア前日譚~風と呼ばれし不羈のイスカと銀の乙女と呼ばれしソニアが出会う遥か前の物語~

月城 亜希人

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第八話

三人の貴族主義者(2)

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「お互い子には苦労しますな」
「まったくだ」

 カスケルの溜息混じりの言葉に同意し、ガルヴァンは不愉快な気分で足を組んだ。二十四歳になる息子は性格に難があった。貴族主義的な思想教育はしたが、思い上がりによる選民思想が過ぎ、加虐性が強く問題ばかり起こす。カスケルの息子も同じだった。

 裏と表を使い分けることのできる親と違い、身分が低い相手には何をしても許されると思い込んでいる。それが保身の為に子の不祥事を揉み消し続けてきた自分たちの自業自得だとガルヴァンはわかっていた。だがどれだけきつく叱っても矯正されないのだ。

 ガルヴァンの目から見ると、カスケルは子への愛情と執着が強い。自分は仕方なく生かしているだけで、誰との間の子であろうが男孫ができればさっさと殺してしまう気でいた。必要なのは血筋だけで、枷でしかない息子には愛情の欠片も抱いていなかった。

 カスケルの子に対してもそれは同じで、カスケルが盟友でなければとうに殺している。その思いを子煩悩な盟友に覚られぬように振る舞うのは骨が折れた。

「御二方、そう気に病むこともないでしょう。災い転じてなんとやらですよ」

 バイアレンが笑顔で柏手を打つ。

「御子息のお陰で軍事基地の再建が叶うんです。うちの方も異形の軍事利用に関するデータが取れるんですから、万々歳じゃありませんか」

「バイアレン、そのことだが──」

 カスケルが眉根を寄せて目を閉じ、目頭を摘んで続ける。

「データはないそうだ」
「は?」バイアレンが硬直する。「ないとは?」
「どういうことだカスケル?」

 ガルヴァンも眉根を寄せる。カスケルは言いにくそうに顎を引き上目を向ける。

「それが……眠剤を使用した基地の無力化までは上手くいったらしいんですが、誤って培養異形を食料庫にすべて放ってしまったようで、手に負えなくなったと」

 絶句。

「あの、馬鹿息子が……!」

 ガルヴァンが歯噛みして青筋を立てる。それは息子に与えた任務だった。

 軍事基地再建計画は六氏族国家同盟リウトライブユニオンとの戦争を目的としていた。侵攻先がゲイロード帝国ではない理由はカスケルが共和国斡旋所ノエラート支部長に就いたからである。

 そもそも計画はそれが発端で、発案したのもカスケルだった。単純だが良い策だと判断したガルヴァンが乗った形で、バイアレンは付随する部分を発案した。

 まず隣国に破壊工作を仕掛け小さな諍いを起こし、次に合議体の決断で戦争状態に移行させ、最後にそれを元帥という立場で糾弾することで王政復古の足掛かりを得る。

 軍を統べる元帥という立場にいることで、戦争は自身に最も有利な状況を作り出すことができる。飽くまで議長の決定で兵を戦地に赴かせ、自身は被害者面をして兵を思い遣る元帥を演じるだけで良い。合議体による採決で決められた戦争の方針で敢えて失策を生むことで、やがて合議体の有用性が疑われ、自身を英雄視させることができる。

 その流れに疑念を抱く賢しい者は消せば良い。戦時下であれば尚の事どうとでもなる。ガルヴァンはそう考えている。状況が整ったところで、自身が反戦を謳い終戦条約を結ぶ。あるいは合議体を戦犯として押さえることで王政復古を成す。

 つまりはマッチポンプ。マッチで火を点けポンプで消すという自作自演である。

 ただし、それを完遂するには条件があった。戦争になった際に戦力を拮抗、もしくは優勢を維持しなくてはならないということだ。防衛力が低ければ逆に押し込まれ領地を失うことになってしまう。敗戦などもっての外。それでも王政復古が叶うだろうが、あまり望ましい展開ではない。条約を結ぶ際に問題となる。主に賠償面で。

 大きく育った果実。もぎ取るならそのままが良い。烏に啄まれた残りカスで満たされるような小さな胃袋は持っていない。故に軍事基地の戦力強化は必須だった。

 共和国軍元帥となり合議体の一員となったガルヴァンは軍事基地の国境警備力を上げるべきだと訴えてきた。だが生温い友好関係にどっぷりと浸かった日和見主義者たちの反応は鈍く、発案から三年経っても一向に叶う気配がなかった。

 二年前に志願兵の採用をどうにか通し、なんとか兵力を上げることはできたものの、それきり意見は通らず、現在ではむしろ国防費の増加から志願兵の有用性を疑問視する声が上がっている。のみならず、平和が故に軍縮まで議題に上るようになっている。

 折角増やした兵力、逃すのは惜しい。軍縮など行われてはたまったものではない。また夢が遠ざかる。そしておそらく、次は妥協案しかとれなくなるだろう。

 追い込まれたガルヴァンは、即座にカスケルとバイアレンに相談した。

 それで基地を強化せざるを得ない状況に追い込む策を弄し、火災を起こすことを決めた──のだが、ここで問題が起きた。カスケルの息子が軍事基地の志願兵になってしまったのだ。理由は『志願兵募集会でいい女を見掛けたから』というものだった。

 カスケルから報告を受けたガルヴァンは激怒した。二人の息子は女絡みで度々問題を起こしていたからだ。保身の為に揉み消した事件は一つや二つではない。

 その素行の悪さから、ガルヴァンは息子を庶子として扱い義絶したという噂まで流していた。しかし、それができない為に気苦労が絶えず、年々痩せ細っているカスケルを思うと怒りより憐れみが勝り、ガルヴァンは子を見限れとは言えなかった。

 ただ、必ず足を引っ張られるという覚悟はした。それがどの程度のものになるかはわからなかったが、ガルヴァンは軍事基地に連絡を入れ警戒するよう伝えた。
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