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第八話
三人の貴族主義者(1)
しおりを挟む時は数日遡り──。
イスタルテ共和国中央都市ラズグリッド。その貴族邸が建ち並ぶ区画に、共和国軍元帥ガルヴァン・デッカードの邸宅がある。商業都市として発展した都市には珍しく中世西洋風の城を模した造りになっているが、これは共和国となる以前、歴代のイスタルテ国王が暮らしていた居城を外観を損なわずに改築したものだからである。
かつては歴史的遺産として観光資源の一つとなっていたが、老朽化による維持費の増大と旅行者の興味の推移による収益減少に伴い利益が見込めなくなった。それが貴族合議の論題として取り上げられた際、ガルヴァンが買い取ったという経緯がある。
その理由は、ガルヴァンが王家の血筋を引いていたことにある。貴族主義的な思想を表に出すことはないが、取り壊しも修繕工事後の観光資源化継続も許せなかったのだ。
ガルヴァンは軍服姿で自室の窓辺に立ち、葉巻を咥えて外を眺める。五十五歳を迎えても衰えることのない大柄で筋骨隆々とした体躯が日差しを受け床に影を伸ばす。
「来たか」
角張った輪郭の中でギラついた双眸を細め、ガルヴァンは野太い声で呟く。
角刈りにした灰色の髪を掠めるように煙が燻る。その香りを楽しみながら、ガルヴァンは厚い唇の端を引き上げ、窓向こうに見える待ち人の訪れを喜んだ。
敷地を囲う石造りの壁に設置された黒い鉄門が開かれ、一台の黒い四輪駆動車が入る。グッドスピード準男爵家の経営するバイアレン商会の販売している新型車で、家督を継いだ嫡男のバイアレンが考案したもの。所謂セダン型の高級感溢れる外観を持つ車で、貴族からの注文しか受け付けていない。つまりは貴族専用車である。
車は広大な庭園中央に設置された華美な噴水を中心としたロータリーをゆっくりと巡り、やがてデッカード邸の前で止まった。少し間を空けて後部座席の扉が開き、茶色の帽子と灰色のスーツを着た中年の男二人が車を降りる。
カスケル・ベイス伯爵。共和国斡旋所ノエラート支部長を務める幹部。年齢は五十五歳。痩身痩躯で顔色が悪く頬がこけているが、目には力があり爛々と輝いている。
バイアレン・グッドスピード準男爵。年齢は二人と同じく五十五歳。中肉中背。兄弟間で最も整った顔立ちをしており、常に自信ありげな微笑を浮かべている。
邸宅としての改築後に設けられた玄関ポーチの前に二人が立つと、見計らったように扉が開き、執事服を着た壮年の男が現れ二人に歓迎の一礼をして出迎える。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞ中へ。ご案内いたします」
二人は執事の案内で、華やかに飾られたエントランスの階段へと向かった。
*
二階応接間。繊細で優美な装飾が施された中世西洋風の木製調度品が揃えられている。それらはすべてバイアレンとカスケルからの贈答品であり、また賄賂である。
ガルヴァンは応接間に二人を迎え入れる際、歓迎の言葉に贈り物への礼を付け加え、挨拶もそこそこに座るよう勧めると、まずは自らが座った。二人はガルヴァンに従い、対面できるように配置されたアンティーク調の革張りの椅子にそれぞれ腰掛けた。
「それでカスケル。お前の息子は救出できたのか?」
「ええ、お陰様で無事に御子息に助け出されたと連絡がありました。愚息の為に、とんだご迷惑をおかけしまして、閣下には感謝の念が堪えません」
猫背のカスケルが更に背を丸めて頭を下げるのを見てガルヴァンは手を振る。
「構わん。俺の方も愚息だ。足ばかり引っ張りおって。あれが跡継ぎだと考えると頭が痛いわ。血筋は上等なんだが、年々あいつに似てきて虫酸が走る」
ガルヴァンの頭には、二十五年前に毒殺した侯爵の顔が浮かんでいた。貴族であるにも拘らず、現在も一部残した状態の貴族共和政を廃止し、国民投票のみで合議体を成すべきであると訴えた敵である。忌々しいことに平民からの指示が強いだけでなく、貴族内にも賛同者を多く作れるだけの英雄的資質を備えた男だった。
同期として軍に入隊したが、いつも一歩先を行かれた。それだけならまだしも、思想が水と油。合議体に入られれば、敵の思想が叶えられることになるだろう。そうなれば貴族の存在意義が失われる。自身が成そうとしている王政復古の夢が潰えてしまう。
故に消すしかないと思ったのである。
ガルヴァンは同じ学び舎で過ごし意気投合した学友であるカスケルとバイアレンに声を掛け、侯爵の毒殺を計画、敢行した。地位も名誉も失う危険と隣り合わせだったが、何もしなければ生きていても望まぬ未来があるだけとガルヴァンは腹を括っていた。
頼もしいことにカスケルとバイアレンもたじろがずに付いてきてくれた。二人の策で侯爵に反感を持つ者を扇動し、襲撃も同時に行ったことで計画は成功。侯爵の妹を襲撃者に拐かさせたことで、反意を抱く賊による犯行と見做され事件は幕を閉じた。
侯爵の妹はガルヴァンの邸宅に幽閉され性奴隷として扱われた。一年後に男児を産んだが、ガルヴァンはすぐに取り上げ乳母に託した。それから七年後に侯爵の妹が衰弱死するまで、ガルヴァンは一度も子に会わせはしなかった。衰弱死の理由は、男児が丈夫に成長したと判断し、用済みと見てまともに食事を与えなかったことにあった。
悪い噂は立ったが、それが影響を及ぼせない程に地位は盤石になっていた。数年も経てばその噂も霞のようになり、誰かの起こした新たな風に吹かれて消えた。
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