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第七話

スカーレット(2)

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「十年前、アーケイディア王国が召喚の儀式を行ったって話は知ってます?」

 カラン、とスカーレットの目の前にハンマーが投げ落とされる。

「私、それで召喚された異世界人なんです。聞けば、元の世界が滅ぶところだったそうですが、それでも納得いかないんです。高校を卒業して、志望校にも合格して、田舎から東京に出るところだったんです。それが突然こっちの世界に呼び出されたので」

 今度は、ペンチが投げ落とされる。ハンマーとぶつかり硬い音を鳴らす。

「アーケイディアの王は労働力を欲していたらしいんです。それで異世界から人を召喚して奴隷としてこき使おうとしてたんです。それも、自国で使い物にならなくなった死にかけの奴隷を百人ばかり代償にしてやったそうなんです。要するに、人を百人、異世界間でトレードしたと。まったく、人の命をなんだと思っているのかと」

 ナイフが投げ落とされ、スカーレットは固唾を吞む。目の前の道具が増える度に尿意が増した。(このどれかでこれから──)という展開を、嫌でも想像させられる。

 スカーレットにはシンが何の話をしているのかよくわからなかった。危機的な状況にいることで上手く頭に入ってこないのだ。ただ延々と精神的な重圧が募り、耐え難いという思いが膨れ上がるばかり。それでも容赦なくシンの話は続いた。

「転移者は皆、狭い牢屋に放り込まれたんですが、国籍も言葉も違いましたので、文化の違いからちょっとしたことで喧嘩が起きたんです。互いになにを言ってるかわからないので、何に怒っているかもわかりません。それが発端になって、気に入らない国同士での争いが始まったんです。聞けば、洗脳教育を受けた人たちの偏見と言いがかりによる小さな戦争です。私は隅っこで怯えているだけだったので無事でしたが、止めに入った人は気の毒だったなと。巻き添えが増えるばかりで、意味はさしてなかったので」

 カミソリとノコギリが目の前に落とされたとき、スカーレットは遂にじわりと失禁した。少し漏れ出ると止まらなかった。辺りに尿の臭いが広がり、股間の生温い不快感と羞恥に嗚咽する。だがシンは気にした様子もなく続ける。

「二日後くらいに、ラフィっていう案内人が牢屋から出してくれたんですが、その時点で十人くらい減ってたんです。小さな戦争の犠牲になったので。それを見たラフィは横暴に振る舞う者のうちから一人を選んで惨たらしく殺したんです。『罪業の報い』だそうです。彼らは人を殺したことの罪悪感が抱けないというより、間違ったことをしていないと思い込んでいたのかと。それが全否定されたんです。他でもない神様の御使いにです。聞けば『見せしめでおとなしくさせる為のパフォーマンス』というだけだったらしいですが『死後に罪の測定とその数値に応じた報いがあることは確か』らしいので同じかなと。それから私たちはラフィに導かれて、アーケイディア王国から命からがら逃げたんですが、神様のいる神域ってところに辿り着けたのは三人だけだったんです」

「もういい! さっさと殺しなさいよ!」

 叫ぶスカーレットの口を、シンが背後から塞ぐ。グローブの嵌められた手で顔を強く握るように塞がれたスカーレットは、すぐにおとなしくなる。

「わかります? 大半は殺されたんです。ラフィだけでは無理だったんです。言うことを聞く人ばかりではないので。それより、知ってます? アーケイディア王国の兵ってなぶり殺しが得意なんです。腐って死ぬまで拷問を続けるんです。私も実際に目にして勉強したので。だから簡単に殺されるなんて甘い考えは捨てた方が良いかと」

 シンがスカーレットの口を塞ぐのをやめ、再び耳元に顔を寄せて囁く。

「正直、あなたは鬱陶しいんです。私はずっとアーケイディア王国に復讐する機会を窺っているので。私の他に生き残った二人も同じです。彼らは今、ゲイロード帝国と六氏族国家同盟リウトライブユニオンで、国を動かせるだけの力を持った人格者の右腕として働いているんです。目的は言わずともわかりますよね? あなたの父親は上に立つべき御仁です。彼の邪魔も私たちの邪魔もしてほしくないんです。わかります?」

 スカーレットは泣きながら何度も頷いた。怖くて仕方がなかった。

「では、質問に答えてもらいましょうか。次からは嘘を吐く度に拷問が始まるので、覚悟を決めたほうが良いかと。ただ真偽の判断をするのは私ですので、間違うこともしばしばあるでしょう。人間は間違う生き物ですので、そこは仕方ないと思ってもらうしかないかと。そうそう、使う道具を選ぶ権利だけはあげましょう」

 ころん、と毛先のふくよかな筆がスカーレットの前に落ちる。潤滑油も転がった。

「知ってます? 快感も拷問の一つなんです。私、そういうのも得意なので」

「あっ──」

 地獄と天国。スカーレットはその狭間を揺れながら、知り得るすべてを明かした。

 疼きを抑える為に、痛みを逃れる為に。そうしているうちにシンを愛しく思い始めた。
 解放される頃には新たな性癖の扉が開き、シンの言いなりになっていた。
 
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