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第六話
軍事基地(2)
しおりを挟む「あの馬鹿共が基地をこんなにしたってことかい?」
「大方、息子が馬鹿をして親が揉み消したんだろう。基地ごと燃やしてな」
「もしかすると再建の計画があるのかもしれないわね」
ソニアの言葉を吟味するように、ノルトエフは俯き顎を擦る。確かに、燃やせば建て直さざるを得なくなる。利権絡み。企業との裏取引の線も浮上する。
「邪推、とも言えんか。隣国との関係は良好とはいえ国境の防衛設備だからな。GS社が関わってないことを願いたいが、念の為ラスコール社長に連絡を入れておくか」
「でもさぁダディ、もしそうならアタイらを基地に入れるような依頼はしないんじゃないかねぇ? 証拠品とか見つけちまうかもだし」
「ねぇマム、依頼人は証拠品も生存者もないって知ってるんじゃない?」
再建についての発言後から顎に手を遣って考え込んでいたソニアが口を開いた。だが要領を得なかったようで、イリーナは「どういうことだい?」と首を傾げる。
「もし火災の前に掃除が得意な化け物を嗾けていたとしたらどうかしら?」
ソニアの推測を聞いたノルトエフが目を剥く。
「まさか、異形か⁉」
「異形だって⁉」
驚愕の表情を向ける二人とは対照的に、ソニアは落ち着き払った顔でこくりと頷く。
「異形は不定形の液体生物。取り込んだものを消化してしまう。肉や穀物、植物、鉱物という風に優先順位はあるけれど、消化できないものはないという話よね。この基地は異形の襲撃を受けて綺麗さっぱり証拠が消えてしまったんじゃないかしら?」
「そうか。あとは火に弱い異形を火災で燃やし尽くして痕跡を消すだけで……!」
「ただの火災になる……! それで完全犯罪ってか! 腐り過ぎだろ!」
イリーナが拳の腹で壁を叩く。その打撃音にまったく動じずソニアはかぶりを振る。
「ううんマム、不完全よ。考えてみて。異形を嗾けたとすれば基地の中はもぬけの殻よ。火災があったのにまったく遺体が見つからないなんてことあるかしら? そんな不自然を優秀なオルトレイが見落とす? むしろ、ただの火災じゃないことに気づくと思わない? それに依頼人は斡旋所との癒着が明らかよね? ならダディとマムのオルトレイとしての功績を知らない訳がないわ。その家族構成もね」
弱みは幼い娘。ソニアは『家族構成』というオブラートに包んだが、ノルトエフとイリーナは暗に意味するところに気づいたようで、すっと表情を消す。
「口封じに消すか、弱みを握ってアタイらをいいように使おうって腹かい」
「それもできる、といったところだな。相手からすれば目的に付随した選択肢の一つでしかない。他国の諜報部員による破壊工作、内乱誘発、異形の軍事利用実験、嫌な芽が出てきたもんだ。揉み消した不祥事の内容が大幅にレベルアップしたな。目的はわからんが、この依頼も俺たちをここで足止めさせる為のものかもしれん」
「尻尾巻いて逃げちまうってのは? 癪だけどさ」
「わかっているだけでも軍と斡旋所が相手だ。指名手配も有り得る。こうなったらもうなんでもありだ。けつを捲るしかないだろうな」
「ダディとマムが邪魔なんじゃないかしら。ラスコール社長と懇意だし、優秀な人って嫌われるもの。多分、軍事施設の建築を担えるだけの実績がある企業も敵の一つね。それと、ラスコール社長と同程度の力を持った権力者も。結局、完全犯罪なんて用意する必要がないのよ。ダディとマムの罪をでっち上げれば済む話なんだもの」
「飽くまで相手の中だけでな。そいつらに画餅に帰すって言葉を送ってやるとしようか。謀ったつもりだろうが、相手が悪かったと思い知らせてやる」
「ああ、許しゃしないよ。舐めた真似してくれた分、しっかりと報いは受けてもらおうじゃないか。形振り構わなきゃ十分に張り合えるんだからね」
静かだが怒鳴りつけていたときよりも凄みがきいていた。ソニアは初めて目にする両親の激怒を(ブチ切れると殊更冷静になるタイプね)と冷静に分析しながらも、怒りの理由が自分への愛情であることを密かに嬉しく感じ、微かに頬を緩ませていた。
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