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第七話

ラスコール(2)

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「首にしたいならすればぁ? 私は別に構わないけど? でもどうなるかなぁ?」

 スカーレットは開き直っていた。脅迫とも取れる言葉にラスコールは閉口した。処罰しようがしまいが、待っているのは破滅。それを強く意識させられ目眩がした。

 折悪おりあしく、この年ラスコールは国家の経済発展に寄与したことが認められ準男爵位を叙爵していた。貴族としての地位を得た以上、どうあっても醜聞は避けたかった。

 生家の家督を継ぐだけの長男を見返してやりたいという思いがずっとあった。積み上げたものをくだらないことで崩されるのを、矜持が許さなかったのだ。

 それからラスコールはずっとスカーレットを見逃してきた。ただ監視は外さず、度が過ぎた報告が入ったときは呼び出し釘を刺してきた。表沙汰にならないようにスカーレットを制御したことで、GS社は不利益を被ることなく益々大きくなっていった。

 そしてその分だけ手放すのが惜しくなり、苦悩の度合いも増していった。

 軍事力の強化に寄与。陞爵。治安向上に貢献。陞爵。ボランティアによる社会的貢献。陞爵。貢献と陞爵が繰り返され、現在ラスコールは侯爵の地位に就いている。

 スカーレットの行いから目を背け続け、いつ崩れてもおかしくない山の頂で、ラスコールは戦々恐々とした数年を過ごしてきた。既に感覚は麻痺して久しい。

「年貢の納め時だな。俺も、娘も」

 スカーレットの不正はもはや社内でも隠し切れず暗黙の了解となっていた。監視からの報告も最近では嘘が多い。賄賂による寝返りだろう。監視は一人ではなく、また監視にも監視を付けている為、スカーレットに抱き込まれた者は既に炙り出せていた。

 なにか大きなことに手を出そうとしている予感はあった。そこに『軍事基地の建築計画が裏で取引されている可能性がある。軍と斡旋所も関わっている可能性が高い。GS社内に不審な動きはないか?』というノルトエフからの連絡。

 スカーレットの関与は大いに有り得る。流石に看過できない。

 かつて君主制独裁国家であったイスタルテは暗君の圧政に耐え兼ねた平民の反乱によって滅亡した。故に当時から続く貴族の系譜は個人に権力を集中させる恐ろしさと、身分差による不満の噴出がもたらす脅威を知っている。

 彼らの祖先はその反省を踏まえ、共和国としての再建時に八人の合議体による国家運営体制を導入した。合議体は身分闘争を防ぐ為、貴族が合議で選出した貴族を四人、平民による候補者への投票で選出された四人の計八人で構成し、任期は五年とした。

 君主が存在しない為、爵位を与える権限を持つのは合議体となる。つまりラスコールを侯爵にしたのもこの合議体で、今やラスコールはその内の一人としても働いている。

 それも、貴族による合議と、平民からの投票の両方で選出された二重代表として国家運営にも携わっているのだ。愛国者として越えてはいけない一線はわきまえている。

 親としての罪滅ぼしや自己保身はもう逃げ道にできなかった。横流しや横領とは訳が違う。ノルトエフからの連絡には『ノエラートと六氏族国家同盟リウトライブユニオンとの境にある軍事基地が破壊されている』という一文もあった。これは国家反逆罪に相当する。

 ラスコールは机の上にある薄型の室内無線機を手に取り「シンを寄越してくれ」と伝えた。すぐに扉がノックされる。等間隔に三度、控えめな打音が部屋に響く。

「入ってくれ」
「失礼します」

 扉が開き、スーツ姿の男性社員が目礼して部屋に入る。吾妻アガツマシン。黒い髪と彫りの浅い中性的な細面、狐目と長身痩躯が特徴の二十八歳。日本からの転移者である。

「お呼びですか、社長」
「ああ、軍事基地の再建に関する話を社内で耳にしたことはないか?」
「軍事基地、ですか?」

 少し考えるようなそぶりを見せた後、シンはラスコールに歩み寄り声を潜める。

「仰られているような話は出回っていませんが、スカーレット嬢が合議体の一人である元帥閣下の御子息と関係があることは掴んでおります」

「何? デッカード卿の息子? 子がおられたのか?」

「庶子だそうです。娼婦との間に産まれ義絶したことになっていますが、途絶した侯爵家の令嬢との間に出来た子という噂があります。私見ですが確度は高いかと」

「根拠は?」

「二十五年前、その侯爵家で軍属だった家長の大将昇級パーティーが行われたそうなんですが、食事に毒が仕込まれていたらしく、一部の参加者と共に侯爵一家は亡くなっています。当時中将だったデッカード卿はそのパーティーの生き残りの一人な上に、亡くなった侯爵の後釜に着いて大将になっていますし、胡散臭いことに令嬢の遺体だけが見つからず行方不明扱いになっていますので、疑わない方がおかしいかと」

 ラスコールは苦虫を噛み潰したような顔をして、また深く溜息を吐く。

「それで、そのデッカード卿の息子とスカーレットとの関係は?」

「横流し品の顧客です。大量の燃焼剤を購入していたので不審に思い部下に追跡させたところ、ノエラート付近の荒野で気づかれ戦闘になったと連絡を受けました。その際、斡旋所の通報で野盗として捕縛されたので解放を願うと報告を上げた件です」

「ああ、その件か。確か、張り込ませて継続調査をすると言ってなかったか?」

「はい、捕縛時の連絡の際に付近を通る輸送車を探るよう追加で指示を出したのですが、それから連絡がありません。私見ですが、情報端末が使用できない状況にあるのではないかと。部下が生きているのはソウルカードで確認済みですので、勾留が解かれていないか、斡旋所と教会が使用を禁じているかのどちらかでしょう」

「斡旋所が……? ん、ちょっと待て! さっきノエラートと言わなかったか⁉」

 ラスコールが尻を浮かせ、目を剥き声を荒げるが、シンはまったく動じた様子を見せず、静かに顔の前に人差し指を立てて首肯する。

「はい、確かに言いました。ですからこの話をしたんです。燃焼剤を積んだ輸送車が向かった先には軍事基地しか目ぼしい施設はありませんので。繋がりがあるかと」

「ある。間違いなくな。シン、悪いがスカーレットを捕縛して尋問してくれ。軍事基地の建設計画が我が社で行われていないかを探ってもらいたい」

 ラスコールが立ち上がり歩き出す。即座にシンが追従する。

「社長はどちらへ?」

「議長に会う。先程の君の話が事実なら、デッカード卿は何をするかわからん。まずは議長に国家緊急権を行使してもらい、軍の総指揮権を剥奪してもらわねば。クーデターなど起こされたら敵わんからな。追い詰めようにも手をこまねくことになる」

「ご英断かと。社長とスカーレット嬢のようになっては国民が困りますので」

「耳が痛いな。だが俺はこれを機に腐敗を一掃するつもりだ。それが済んだら社長を辞す。引きずり下ろされるのは格好悪いからな」

 ラスコールが笑う。その後ろでシンは眉を下げて微笑んでいた。
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