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第六話
軍事基地(1)
しおりを挟む「おいおいおい、これは洒落になってないんじゃないか?」
ノルトエフはフロントガラス越しに見える光景に思わず呟く。まだ遠いが、それでもわかる。予想だにしていなかった軍事基地の惨状に、ハンドルを握る手が汗ばむ。
「──ダディ、モニターじゃいまいち確認できないんだけど、煙は?」
インストルメントパネルに搭載されたスピーカーからイリーナの声が発せられる。
「出てない。が、少し様子を見た方が良いだろうな」
「──同感。こりゃ大事になってきたねぇ。駐車できそうかい?」
「ここからじゃなんとも言えんが、瓦礫がなければ基地内で駐車スペースは確保できるだろう。とりあえず様子を見ながら接近する。場合によっては退がるぞ」
実用性を重視して計器類が配置されたインストルメントパネルのマイクに向かいノルトエフが答える。間もなく発せられた「──あいよ」というイリーナの声を聞いた後、ノルトエフはマイクのスイッチを切り【魔力防護壁】を発動する準備を整えた。
(使う事態にならなければいいが……)
不安からか、知らず知らずのうちにアクセルを踏む足に力が入っていた。
やがて軍事基地に到着したソニアたちは愕然とした。
建物としての形は残しているが火災があったことが明白な状態で、どこがなんの施設なのかがわからない悲惨な様相を呈していた。焼け焦げて真っ黒になった軍用輸送車が駐車場に幾つもある。すべて廃車だろう。どうしたところで使い物になりそうもない。
「魔物の襲撃ではなさそうね」
「わかってるじゃないか。でも戦争って感じでもないねぇ」
「ああ、ただの火災にしか見えん。だが──」
「規模が大きすぎるわ。消化が行われていないのも不自然よ」
「だな。さて、どうしたもんか」
ノルトエフはイリーナと相談し、拠点にしているノエラートの街への帰還を決めた。だが休まず車を走らせても戻るまでに二日はかかる。それでは報告が遅れてしまう。
報告の義務はないが、信用を落とす真似は避けたい。そう思った二人は車内に置いてある中型情報端末を利用し、ソウルカードのメッセージ機能で斡旋所に依頼達成不可の状況報告を入れた。すると何故か接続を切るより早く返信があった。
「はぁ⁉」イリーナが切れ長の目を見開く。「早すぎんだろ!」
「確かに異常だな。『生存者の捜索と発見時の救出及び治療による生存維持、並びにノエラートへの護送。また可能であれば出来得る限りの遺体の回収も願う』だとよ」
「なにが『願う』だ! 表現を柔らかくしてるだけで、命令と変わらないじゃないか! ゴマすりのお為ごかしだってのはわかってんだよ!」
イリーナは依頼の内容を聞いた瞬間、眉を吊り上げてそう怒鳴った。ノルトエフもまた苦い物でも口にしたような顔をして歯噛みしていた。
(汚いやり口ね)
ソニアは親指の爪を噛んだ。イリーナは断れない類の依頼という意味で怒ったのだろうがソニアは違った。引くも戻るも地獄のような依頼だと感じて胸が悪くなっていた。
断ることはできる。しかし、人道倫理に反したと見做されるのは間違いない。また軍事基地に配属している兵の大半がノエラートの出身者というのが芳しくなかった。
兵の身内の中には家族を見捨てられたと思い込む者も出てくるだろう。仮に受けたとしても悪評が立つことは避けられない。人の口に戸を立てることはできないからだ。
「ああああ、腹立つねぇ。斡旋所の連中、絶対に知ってたろこれぇ!」
「有り得るな。受けようが断ろうが被害者を煽られれば悪評が立つのは同じだからな。軍のスケープ・ゴートにされた可能性がある。俺たちが放火犯にされるかもな」
「アタイらに悪評かっつけて軍の不祥事から民衆の目を逸らそうってかぁ⁉」
「オルトレイは旅人だと思われてるところもあるからな。なすりつけるのにうってつけってことだ。これで道中の負傷兵が関わってるのが確定したな」
件の負傷兵たちはやはり怪しかった。車の進行方向に立ちはだかり、止まらないとわかると慌てた様子でボウガンや魔術を使い攻撃を仕掛けてきたのである。
ノルトエフが【魔力防護壁】で防いだので車は無傷だったが、運転席から放り投げた食料の詰まった大袋は見るも無惨な状態で地面に散らばることになった。
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