【完結】イスカソニア前日譚~風と呼ばれし不羈のイスカと銀の乙女と呼ばれしソニアが出会う遥か前の物語~

月城 亜希人

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第六話

手紙

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 親愛なるお母さんへ。

 私が軍事基地に到着してから一週間が過ぎました。あまり心配させるようなことは書きたくありませんが、志願したことを後悔しています。

 衛生看護部隊の訓練や業務を甘く見ていたという部分もありますが、それ以上に、同期の少女が亡くなったのが大きいです。

 亡くなったのは、エマさんという方です。十七歳の、えくぼが可愛い朗らかな人でした。一つしか歳が違わないのに、私のことをお姉ちゃんと呼んで慕ってくれていました。暗くなりがちな院内も、彼女がいるとの光が差し込むようにぱっと明るくなるのです。そういう晴れやかな魅力のある人に姉と慕われ喜ばない人はいるでしょうか。少なくとも私はとても嬉しく思っていましたし、幸せな気持ちでもいられました。

 彼女は決して優秀とは言えませんでした。私と同じく医療知識が低く、治癒魔術の腕前も乏しい上に、おっちょこちょいでよく失敗していました。

 けれど、それは新人ならば皆同じです。未熟なのだから仕方ありません。当人の努力だけで解決できる問題ではなく、腕を培う時間が必要なのですから。

 ですが、それを理解してくれる方ばかりがいる訳ではありません。毎日誰かが心ない罵声を浴びて泣いていました。ここでは気落ちするようなことは日常茶飯事なのです。

 心が擦り減る音が聞こえるような日々の中、叱られても決して腐らず、いつでも前向きな心でいる彼女にどれだけ勇気づけられたことでしょう。理不尽に責め立てられても真面目に業務と向き合う姿は、私に折れない心を与えてくれました。

 エマさんも頑張っているんだ、私も頑張ろう。胸を張ろう。そう思えたのです。

 先輩方も、私も、傷病兵の皆さんも、彼女のことが大好きでした。今はゲイロード帝国と名を変えた隣国アリアトス聖教国には、かつて聖女がいたという話ですが、それはきっとエマさんのような方なのだろうという話題になったくらいでした。

 エマさんのことを書いていると、涙が溢れてきます。悔しくてたまりません。

 人柄もそうですが、同期の中で女性は彼女だけだったので、もう励まし合えないのだと思うと胸が締めつけられる思いです。移動時の車内、野営のテント、配属後は相部屋で、私たちはいつも一緒でした。たった七日という短い期間を共にしただけですが、私は罪悪感も相俟って彼女のことを生涯忘れることはできないでしょう。

 彼女は、配属されたばかりの志願兵に殺されました。一人だけで診療に向かわせた私が悪いのです。敵が異形や魔物だけだと思い込んでいた私は浅はかでした。

 事件の内容について詳しく書くことはできませんが、どのような場所であろうとも愚かな行為に及ぶ者がいるということを思い知りました。基地ではそんなことは起こり得ないという甘い考えに囚われていたことを自覚させられ、今はただ、過去に戻れたらと、もう一度あのときからやり直せたらと、そればかりを考える日々を送っています。

 件の志願兵は軍法で罰せられるとのことですが、それも行われるか怪しいという噂が広まっています。懲罰房に食事を届けに行く方の話では、反省している様子がないそうです。この程度のことはこれまでもしてきたと悪びれることもなく言うのだそうです。

 そのくせ、取り調べでは反省したふりをするらしいのです。涙ながらに悪いことをしたと言い、机に何度も頭を打ちつけて心神喪失状態を演じると聞きました。

 それも途中で嘘だと明かして大笑いするそうです。確かにまともではありません。ですが正常な判断力があることは確かです。その上で、まともではないのです。

 どうしてそのような者が生きるのが許されるのでしょうか。社会から隔離する方が世の為ではないでしょうか。いえ、生かしておく必要があるのかも私にはわかりません。

 人道にもとる行為に及んだ者が尊厳を守られ、受ける刑さえも人倫に基づいたものであることが納得できないのです。エマさんはそれらを一切守られずに殺されているのに。

 念の為に書いておきますが、この手紙は情報漏洩にはなりません。検閲担当の先輩に見咎められましたが、監視の元で書き直し、ここまでなら大丈夫と仰ってくださったので問題にはなりません。私が罰せられることはありませんので心配しないでください。

 実は、この手紙を書くのは書き直しを含めて三度目です。二度目に書いたものは野盗の襲撃に遭い、物資共々奪われたとのことです。その野盗の話も、本当なのかどうか。

 エマさんが亡くなったときも、野盗襲撃の報告を受けたときも、お母さんがよく言っていた「人間同士で何をやっているのかねぇ」という言葉が頭に浮かびました。

 一緒に暮らしていたときは「また言ってる」としか思っていませんでしたが、今は私の口癖もそうなりつつあります。お母さんと違って、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いていますが、思わず口を突いて出てしまいます。心の中で止めることができないくらいには、呆れや怒りを感じているのだと思います。人が嫌いになりそうです。

 他にも書きたいことは沢山あるのですが、紙にも限りがあるのでこの辺にしておきます。明るい話題にできなくてごめんなさい。

 ヒノカより。


 *


「ソニア、何か見つけたのか?」

 ノルトエフの声がして、ソニアは振り返る。束ねて纏めた銀髪の後れ毛を揺らしつつ「ん」と喉を鳴らすような返事をして、今しがた目を通し終えた手紙を掲げる。

「手紙か」
「ええ、そうよ。きっと私たちに配達を頼む予定だったものね」

 ソニアは表面が炭化したベッドの焼死体に視線を移し、ノルトエフに手紙を渡す。

「多分、この人の。ベッドの下の金庫に入ってたの」
「そうか。よく開けれたな」

「単に施錠されてなかっただけよ。でも、当たりかもしれないわ」

 ノルトエフはさっと手紙に目を通すと、焼死体の側に跪き両手を組んで瞑目する。それを見てソニアは首を傾げる。
 ノルトエフが十年前までアリアトス教の聖職者であったことは両親から聞いている。だがその教義では神は死んだことになっており、祈りを捧げる目的が掴めない。

 それだけでなく、ソニアはこの世界の神を知っている。祈りが届かないことも。
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